第一章 九人でいることが、当たり前だった
「で、進路どうするんだよ」
中学三年生の冬、進路希望調査票を机の上に広げた俺に、健太がそう尋ねた。
「どうするって言われてもなあ」
「お前、まだ決めてないのか?」
「一応、決めた」
「どこ?」
「お前らが行くところ」
「それ、決めたって言わねえだろ!」
健太が机を叩いて笑った。
「いや、だってさ。お前らと違う高校に行ったら、朝、一人で学校に行かなきゃならないじゃん」
「小学生かよ、お前は」
「うるせえ。毎朝お前の寝癖を見て笑うのが、俺の一日の始まりなんだよ」
「それ、俺の人生に何のメリットもねえだろ!」
教室の後ろで、女子三人が笑った。
「でも、私も同じ高校だよ」
そう言ったのは、幼馴染の美咲だった。
「へえ、そうなんだ」
俺は、なるべく普通の顔をして答えた。
「うん。家から近いし、学校の雰囲気も好きだから」
「ふうん」
「何、その反応」
「いや、別に」
「もしかして、私がいるから?」
「はあ? 何言ってんだよ」
思わず声が裏返った。
美咲は、いたずらを成功させた子供みたいに笑った。
「冗談だって」
「冗談にしても、そういうこと言うなよ」
「なんで?」
「なんでも!」
「変なの」
美咲は笑いながら、健太の机に置かれていた消しゴムを勝手に持っていった。
「おい、それ俺の!」
「借りるだけ」
「返せよ!」
「あとでね」
「あんたら、ほんと小学生から変わってないよね」
そう言ったのは、女子の千夏だった。
「千夏にだけは言われたくないわ。こいつ、この前も俺のプリン勝手に食ったぞ」
「名前書いてなかったじゃん」
「名前書かなきゃ食っていいのかよ!」
「そういうルールでしょ?」
「どこのルールだ!」
また笑いが起きた。
俺たちは、そういう集団だった。
俺と美咲を含めて、男四人、女五人。幼稚園の頃から家が近く、小学校も中学校も同じだった仲間たちだ。
健太は声が大きくて、何をするにも勢いで突っ込む。陸はそれを横から茶化し、悠斗は騒ぎを面白がりながらも、いざとなれば誰よりも冷静だった。
女子の千夏は口が達者で、梨花は穏やかな顔をして意外と毒舌。真帆は面倒見がよく、紗季は人の気持ちに敏感だった。
そして、美咲。
俺にとっては、隣の家に住んでいる女の子だった。
いや、正確には、ずっと隣にいるのが当たり前だった女の子だ。
小学校の登校班では、俺が寝坊して美咲に玄関まで呼びに来られた。
中学校では、雨の日に傘を忘れた俺が美咲の傘に入れてもらい、肩が濡れたと文句を言われた。
夏休みには、九人で自転車に乗って海まで行った。
ひな祭りには、女子の家でちらし寿司を食べ、花見では男子が場所取りを押しつけられた。
キャンプでは健太が火を起こそうとして煙まみれになり、夏祭りでは全員が小銭を使い果たし、花火大会では誰かが必ず迷子になった。
「お前、昔、俺の誕生日にカブトムシくれたよな」
ある日、健太が言った。
「おう」
「俺、虫嫌いだったんだけど」
「知ってたよ」
「知ってて渡したのかよ!」
「男なら虫くらい平気になれって思って」
「余計なお世話だ!」
「結局、飼ったじゃん」
「お前が毎日見に来るからだろ!」
「懐かしいねえ」
紗季が笑った。
「私、あの頃の健太、泣きながらカブトムシの餌を替えてたの覚えてる」
「泣いてねえ!」
「泣いてたよ」
「泣いてない!」
「はいはい」
千夏が手を叩いた。
「そんなことより、卒業したら何する? 高校でも九人で集まる?」
「当たり前だろ」
健太が即答した。
「高校が違っても、休みの日に遊べばいいじゃん」
「みんな部活とか始めるんじゃない?」
真帆が言った。
「恋人ができたら、そっち優先になるかもしれないし」
「お前、誰かと付き合ってんの?」
健太が聞くと、真帆は頬を膨らませた。
「そういう話じゃない!」
「なんだよ、期待したのに」
「最低!」
「健太、そういうところだぞ」
陸が呆れたように言った。
「お前だって彼女できたら俺たち放置するだろ」
「俺はしない」
「どうだかな」
「お前ら、勝手に決めつけんなよ」
そんなふうに、俺たちは騒いでいた。
男女が一緒にいるからといって、仲間内でカップルができるわけじゃない。
梨花には、別の中学校に通う彼氏がいた。
陸は同じ塾の女子と付き合っていて、俺たちの集まりに彼女を連れてくることもあった。
健太は彼女がほしいと騒いでいたが、誰かを本気で好きになったことはないらしい。
悠斗と紗季は仲がよかったけれど、二人とも恋愛感情を否定していた。
千夏と真帆は、恋愛よりも遊びと食べ物に夢中だった。
美咲は、少なくとも俺の知る限り、特定の誰かと付き合ってはいなかった。
だから、俺はどこかで安心していたのかもしれない。
高校に入っても、きっと今までと同じだ。
朝になれば顔を合わせ、学校が終われば一緒に帰り、休みの日には遊びに出かける。
美咲は、ずっと俺の近くにいる。
そう思っていた。
今振り返れば、それはずいぶん都合のいい考えだった。
けれど当時の俺は、それが都合のいい考えだということにすら、気づいていなかった。




