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理由をお伺いしてもよろしいですか  作者: 間咲正樹


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2/2

後編

「さて、あのダニエル殿下は、いったい()()()なのでしょうね、エルザお嬢様?」


 夜会の会場から出るなり、ラシフェルがそう呟いた。


「ラシフェル、二人の時は、()()()()()()()でいいわ」

「ククク、そうかよ」


 ラシフェルは前髪を掻き上げながら、ネクタイをグイと緩めた。

 ――私はラシフェルと出逢った、()()()に思いを馳せた。




「カァ……カァ……」

「あら?」


 その日私は、一人で屋敷の裏庭を散歩していた。

 するととある樹の下で、一羽のカラスがうずくまってぐったりしていた。

 見れば全身傷だらけで、今にも死にそうだ。

 野犬にでも襲われたのかもしれない。


「大変だわ。ちょっと待っててね」


 私はカラスをそっと抱きかかえながら、魔力を込める。


「隔てた崖に あなたを想う

 届けるためには 風では足りない

 命を燃やして 初めて届く

 ――【命の風(アメイジンググレイス)】」


 カラスの身体が光り、全身の傷はたちどころに治った。

 よし、成功ね。

 【命の風(アメイジンググレイス)】は、自分の寿()()()()()()()()、どんな傷でも治療する魔法だ。

 私の寿命を数年削り、その対価としてカラスの傷を治したのだ。


「――! カァ! カァ!」


 すっかり元気になったカラスが、翼をバサリと広げながら鳴く。


「よかったわね。さあ、もう行きなさい。今度は野犬に気を付けるのよ?」

「……カァ」


 カラスはお礼のつもりなのか、すぐ側に咲いていた菫の花をくちばしで一輪摘むと、それを私の手のひらにポトリと落とした。


「まあ、ありがとう。大事にするわね」

「カァ」


 カラスは大空に、颯爽と羽ばたいて行った――。




「おはようございます、エルザお嬢様」

「――!!」


 そして次の日の朝。

 私が起きて部屋から出ると、執事服を着た見知らぬ背の高い男が、私に頭を下げてきた。

 烏の濡れ羽色の髪をした、恐ろしいほどに綺麗な顔の男だった。


「な、何者なの……!? 新しい使用人がくるなんて話は聞いてないわよ!?」


 瞬時に私は男から距離を取り、警戒する。


「まあ、エルザお嬢様が冗談を言うなんて珍しいですね」

「そうそう、お嬢様が()()()()のラシフェルのことを忘れるはずがないじゃありませんか」

「――!」


 周りのメイドたちが、クスクス笑っている。

 専属執事……!?

 ――そんなもの、()()()()()()


「フフ、エルザお嬢様は、最近演劇の練習が趣味なのです。これもその一環ですよ」

「まあ、そうなのね」

「頑張ってくださいね、お嬢様!」


 ラシフェルと呼ばれた謎の男は、すっかり周りに馴染んでいる。

 まるで()()()()()()()()――。


「フフ」

「……!」


 ラシフェルが私に、妖しい笑みを向ける。

 ……どうやらこの場は、変に騒ぎ立てないほうが賢明なようね。

 私は依然警戒を緩めず、少しの間ラシフェルを監視することにした。




「エルザお嬢様、こちら、食後のコーヒーでございます」

「……ありがとう」


 だが、朝食が終わる段になっても、ラシフェルは特に変な素振りを見せることはなかった。

 それどころか、お父様やお母様を含め、この屋敷に住む人間全てが、ラシフェルのことを昔から私に仕える専属執事だと認識している。

 どうやら事態は想っていたよりも、深刻なところまできているらしい。


「ねえあなた、この後、私の部屋に来てくれないかしら?」

「フフ、承知いたしました、エルザお嬢様」


 こうなったら、早急に白黒つけてやるわ――。




「で? 何者なの、あなた?」


 私の部屋で二人きりになった途端、私はラシフェルにそう尋ねた。


「ククク、これ、本当に大事にしてくれてるんだな」

「――!」


 ラシフェルは前髪を掻き上げながら、ネクタイをグイと緩めた。

 そして私が昨日カラスから貰った、菫の花を挿した小さな花瓶を見下ろした。

 この菫のことを知ってるってことは、もしや――!


「――あなた、昨日のカラスなの?」

「ククク、ああそうさ。もっとも、あれは仮の姿だがな」

「……でしょうね」


 ラシフェルの背中から、カラスの羽がバサリと生えた。

 ――明らかに人外の存在だ。

 今のこの人間の姿も、仮初めのものなのかもしれない。


「いやぁ、昨日はホント助かったぜエルザ。お前は文字通り命の恩人だ。改めて、礼を言わせてもらうぜ。ありがとう」

「……」


 ラシフェルは芝居がかった大袈裟なポーズで、頭を下げる。

 もしかしたら私は、とんでもない奴を助けてしまったのかもしれない――。


「あなたほどの存在が、なんであんな大怪我をしていたの?」

「ククク、それがよぉ、情けない話なんだが、()()とちょっと、仕事の方向性の違いで揉めちまってよぉ」


 上司――!

 まさかこの男は――。


「……そう。で? 屋敷の人間の記憶を弄ってまで私に近付くなんて、いったい何が目的なの? 言っておくけど私はたまたま家柄に恵まれただけの女で、大した力は持っていないわよ」

「ククク、そういう謙虚なところも、益々()()()()()ぜ」

「――!?」


 ほ、惚れ……!?


「オレの目的は至ってシンプル。お前と恋人になることさ、エルザ!」

「……変な冗談はやめて。それに、私はこれでも一応、ダニエル王太子殿下の婚約者なのよ。あなたと恋人になるなんて、無理に決まってるでしょ?」

「ククク、近々そのダニエルから、()()()()()()()()としてもか?」

「――!!」


 こ、こいつ――!


「お前も薄々気付いてるんだろ? あの男は浮気してるぜ? キャサリンとかいう、あざといだけのつまらない女となぁ」

「……」


 確かに最近、ダニエル殿下とキャサリン嬢との間には、ただならぬ雰囲気を感じてはいた。

 でも、まさか、王太子という立場でありながら、王家が決めた婚約を私情で破棄するだなんて……!

 そこまで愚かな人だとは思わなかったわ……。


「……仮に私がダニエル殿下から婚約を破棄されるとしても、だからといってあなたと恋人になるわけにはいかないわ」


 あなたと私では、そもそも文字通り住む世界が違うのだから……。


「ククク、強情だなぁ。そんなところも可愛いぜ。――じゃあこうしよう。オレから一つ、エルザにプレゼントを贈ろうじゃないか」

「プレゼント……?」

「ああ。オレがダニエルに、()()()()()()やるよ」

「――!!」


 そ、そんな――!


「やめなさい! いくらダニエル殿下が許されないことをしたからといって、命まで取ることは――」

「まあまあ、落ち着けって。呪いといっても、そんな大したもんじゃない。むしろ殺傷力は一切ない、ちゃちな呪いさ。それどころか、ダニエルに()()()()()()()()()()()の、救いにすらなり得るもんだ」

「え? そうなの……? いったいどんな呪いなのよ」

「ククク、それはな、『時を巻き戻す』呪いさ」

「――!」


 時を――巻き戻す――!


「そうだな、キーワードは『理由をお伺いしてもよろしいですか』にしておこう。お前がそのキーワードを言ったことがトリガーとなり、ダニエルに呪いが掛かる。そしてダニエルは、それから()()()()()()()()()()()()、キーワードを言った直前まで、記憶を保持した状態でタイムリープするのさ」

「……」


 つまり1時間以上ダニエル殿下が死ななかったら、呪いは消えるということ……?

 確かにそれなら、大した呪いではないように思える。

 ――だが、人外(ラシフェル)がこんなことを提案してくる以上、そんな簡単な話ではないことは想像に難くない。

 下手をしたら、死ぬよりも、余程酷い結果が待っているかもしれないわね――。


「なるほどね、まあ、使う機会はないとは思うけれど、一応いただいておくわ」

「ククク、そう言うと思ったぜ」


 ダニエル殿下、信じていますよ――。

 どうか私に、呪いを使わせないでくださいね――。




「エルザ……僕は君との婚約を……破棄する」

「「「――!!」」」


 だが、私の希望も虚しく、その翌日に開かれた夜会で、私はダニエル殿下から婚約を破棄されてしまった。

 嗚呼、愚かな人……。

 この国の未来を背負う立場でありながら、一時の欲で道を踏み外すとは――。

 ――これは、反省の機会を与えてあげなくては。


()()()()()()()()()()()()()()()()、ダニエル殿下?」


 この瞬間、黒い靄のようなものが、ダニエル殿下の左胸に吸い込まれていくのが見えた。

 ――どうやら呪いが掛かったようね。


「ククク」


 私の横でラシフェルが、妖しく笑った――。

 その美しい笑みは、まるで悪魔のようだった――。



拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。

よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)

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― 新着の感想 ―
…と、いうことは、エルザの時間は普通に流れるけれども、ダニエルの時間は同じ所で繰り返してるだけなんですな…そして1時間以内に確実に死ぬ運命にあるってことか…。そして父親に殺される運命は確定に近い状況に…
お、おお…これは…… 哀れダニエル… ディアボロ状態じゃないですか…… ドンマイ!
まさかの種明かし! くくくくく……これは斬新なザマァですね! 面白かったです!
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