前編
「エルザ……僕は君との婚約を……破棄する」
「「「――!!」」」
王家主催の夜会の最中。
僕は意を決して、婚約者のエルザにそう宣言した。
「理由をお伺いしてもよろしいですか、ダニエル殿下?」
だが、エルザは微塵も動揺した素振りは見せず、至って冷静にそう尋ねてきた。
嗚呼、こんな時でも、君はそうなんだね……。
「君には本当に申し訳ないとは思っている……。でも僕はもう、自分の気持ちに噓はつけない……! 僕は、このキャサリンとの真実の愛に目覚めたんだ!」
「ダニエル様……!」
僕は隣に立っている、キャサリンの手を引きギュッと抱きしめた。
キャサリンの体温を直に感じ、尚気持ちが昂る。
「ダニエル、貴様、自分が何を言っているかわかっておるのかッ!?」
僕の父上である国王陛下が、目を血走らせながら唾を飛ばす。
「お前はこのニャッポリート王国の王太子なのだぞ!? だというのに、王家が決めた婚約を破棄し、そんな身分の低い男爵令嬢の娘と結婚するなど、許されることではないッ!」
……父上。
「父上の仰ることはもっともです。――ですが、僕はどうしても、キャサリンが好きなのです! 王太子だからなどという理由で、この恋を諦めたくはない! どうかお願いです! キャサリンとの結婚を認めてください!」
「お、お願いいたします!」
僕とキャサリンは揃って、父上に深く頭を下げた。
「――承知いたしました。そういうことでしたらこの婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「「「――!!」」」
エルザが表情一つ変えずに、軽く頷いた。
お、おぉ……!!
「ありがとうエルザ! 君ならきっとわかってくれると信じていたよ!」
「ありがとうございます、エルザ様!」
「いえいえ、では、私はこの件を早急に父に報告する必要がございますので、本日はこれにて失礼いたします」
「あ、うん! そうだね!」
「どうかお気を付けて、エルザ様」
「うふふ、さあ、帰るわよ、ラシフェル」
「はい、エルザお嬢様」
エルザは専属執事のラシフェルと二人で、颯爽と会場から出て行った。
よし、当事者であるエルザが了承してくれた以上、父上もきっと折れてくださるはず。
――これで僕の未来は薔薇色だ。
「何ということだ……。どこで間違ったのだ……」
「……?」
父上?
父上の様子がおかしい。
ブツブツと独り言を繰り返しており、目の焦点が合っていない。
「斯くなる上は……私が……、父として……王として……、責任を取らねば――」
「――!? ち、父上……!?」
父上が腰の剣を抜き、その切っ先を僕に向けてきた。
なっ!?
「き、きゃああああ!!!」
「父上!! お気を確かに!!」
「ダニエルよ……あの世でしっかりと反省するのだぞ……」
「ガ……ハ……!!」
「ダ、ダニエル様ああああああああああ」
父上の剣が、僕の心臓に深く突き刺さった――。
い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!!!
息ができない……!!
視界がぼやける……。
「ダニエル様!! ダニエル様あああああ!!!」
その場に倒れた僕を、キャサリンが抱きしめる。
嗚呼、嫌だよキャサリン……。
死にたくないよ……。
君と…………幸せな家庭を…………築きた…………かった…………。
「エルザ……僕は君との婚約を……破棄する」
「「「――!!」」」
あ、あれ???
何が起こったんだ???
今僕、父上に殺されなかったっけ???
それなのに――時間が戻っている……!?
い、いや、そんなことあるわけがない。
多分僕は婚約を破棄する緊張感で、変な幻覚でも見ていたんだろう。
「理由をお伺いしてもよろしいですか、ダニエル殿下?」
だが、エルザの発言もさっきとまったく同じなので、途端に不安になってきた。
い、いやいや、こんなの偶然に決まっているさ……!
「君には本当に申し訳ないとは思っている……。でも僕はもう、自分の気持ちに噓はつけない……! 僕は、このキャサリンとの真実の愛に目覚めたんだ!」
「ダニエル様……!」
僕は隣に立っている、キャサリンの手を引きギュッと抱きしめた。
そうだ、僕はキャサリンと二人で生きるって決めたんだから、今更もう引き返すわけにはいかない――!
「ダニエル、貴様、自分が何を言っているかわかっておるのかッ!?」
「っ!?」
父上が目を血走らせながら唾を飛ばす。
あ、この展開も、さっきと同じ……。
「お前はこのニャッポリート王国の王太子なのだぞ!? だというのに、王家が決めた婚約を破棄し、そんな身分の低い男爵令嬢の娘と結婚するなど、許されることではないッ!」
先ほど父上に刺された心臓が、ズキリと痛む。
い、いや、あれはあくまで幻覚……!
幻覚なんだ……!!
「父上の仰ることはもっともです。――ですが、僕はどうしても、キャサリンが好きなのです! 王太子だからなどという理由で、この恋を諦めたくはない! どうかお願いです! キャサリンとの結婚を認めてください!」
「お、お願いいたします!」
僕とキャサリンは揃って、父上に深く頭を下げた。
「――承知いたしました。そういうことでしたらこの婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「「「――!!」」」
エルザが表情一つ変えずに、軽く頷いた。
嬉しいはずなのに、何故か不安がじわじわと押し寄せてくる……。
大丈夫……!
きっと大丈夫な、はずだ……!
「ありがとうエルザ! 君ならきっとわかってくれると信じていたよ!」
「ありがとうございます、エルザ様!」
「いえいえ、では、私はこの件を早急に父に報告する必要がございますので、本日はこれにて失礼いたします」
「あ、うん! そうだね!」
「どうかお気を付けて、エルザ様」
「うふふ、さあ、帰るわよ、ラシフェル」
「はい、エルザお嬢様」
エルザは専属執事のラシフェルと二人で、颯爽と会場から出て行った。
よし――これで僕の未来は薔薇色だ。
「何ということだ……。どこで間違ったのだ……」
「……!!」
父上の様子がおかしい。
ブツブツと独り言を繰り返しており、目の焦点が合っていない。
こ、これは――!!
「斯くなる上は……私が……、父として……王として……、責任を取らねば――」
「――!? ち、父上……!?」
父上が腰の剣を抜き、その切っ先を僕に向けてきた。
そ、そんなッ!!!
「き、きゃああああ!!!」
「父上!! お気を確かに!!」
「ダニエルよ……あの世でしっかりと反省するのだぞ……」
「ガ……ハ……!!」
「ダ、ダニエル様ああああああああああ」
父上の剣が、僕の心臓に深く突き刺さった――。
い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!!!
息ができない……!!
視界がぼやける……。
「ダニエル様!! ダニエル様あああああ!!!」
その場に倒れた僕を、キャサリンが抱きしめる。
嗚呼、やっぱりさっきのは、幻覚などではなかったのか……。
何故か…………時間が巻き戻って…………いたん…………だ…………。
「エルザ……僕は君との婚約を……破棄する」
「「「――!!」」」
まただ……。
また時間が巻き戻ってる……。
「理由をお伺いしてもよろしいですか、ダニエル殿下?」
クソッ!
このままでは、また僕は父上に殺されてしまう……!!
「ダニエル様……?」
隣に立つキャサリンが、心配そうな瞳で僕を見上げる。
クッ……キャサリン……。
僕は……どうしたら……。
「ダニエル、貴様、自分が何を言っているかわかっておるのかッ!?」
「っ!?」
父上が目を血走らせながら唾を飛ばす。
嗚呼……!!
このままでは……!!
このままでは……!!
「お前はこのニャッポリート王国の王太子なのだぞ!? だというのに、王家が決めた婚約を破棄し、そんな身分の低い男爵令嬢を隣に立たせるなど、許されることではないッ!」
二回も父上に刺された心臓が、ズキズキと痛む。
もうダメだ……!!
もうあんな苦しみは耐えられない……!!
僕は……死にたくない――。
「――承知いたしました。何やらダニエル殿下にも、やんごとなき事情がおありなのですね? そういうことでしたら、この婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「「「――!!」」」
エルザが表情一つ変えずに、軽く頷いた。
嗚呼、エルザ――!!
「では、私はこの件を早急に父に報告する必要がございますので、本日はこれにて失礼いたします」
「いや、エルザ、ちょっと待ってくれ!」
「帰るわよ、ラシフェル」
「はい、エルザお嬢様」
エルザは僕のことを無視して、ラシフェルと二人で、颯爽と会場から出て行ってしまった。
そんな、エルザ――!!
――クッ。
「……父上、じょ、冗談ですよ」
「……何?」
僕は必死に平生を装い、父上に向き合う。
「僕がエルザとの婚約を破棄するわけないじゃないですか。ドッキリですよドッキリ。ちょっとした、夜会の余興のつもりだったのです」
――ゴメンよキャサリン。
でも、僕が助かるには、こうするしかないんだ――!
「…………酷い」
「……え?」
キャ、キャサリン……?
途端、キャサリンの瞳が、ドブみたいに黒く濁った。
キャサリン――!?
「私を騙したんですね……。私を弄んだんですね……。許せない許せない許せない許せない……。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せないいいいいいいいいい」
「ガ……ハ……!!」
キャサリンが懐からナイフを取り出し、それを僕の心臓に突き立てた――。
そ……んな……。
「許せない……絶対に許せないいいいいいいいいい」
何度も何度も、キャサリンはナイフを僕に突き刺す。
嗚呼、婚約破棄をなかったことにしたら、今度はキャサリンに殺されるなんて……。
――いったい僕は、どうすればよかったんだ。
「エルザ……僕は君との婚約を……破棄する」
「「「――!!」」」
また巻き戻ってる――!!
もしかしてこれ、永遠に続くのか……?
「理由をお伺いしてもよろしいですか、ダニエル殿下?」
もう嫌だ……。
誰か……、誰か助けてくれええええええええええええええええええええ。




