表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/10

第1話 1849年、ヨーロッパ——嵐の前の時代

嘉永2年

アメリカ船「プレブル号」の長崎来航(ビットル代将による捕虜引き渡し要求)

松前藩による福山城(松前城)の築城開始

佐久間象山による電信機の実験成功

長崎での牛痘種痘(天然予防接種)の普及開始(モーニッケによる導入)

吉田松陰の北九州遊学



 まず、現代から始めよう。

 2023年10月7日。

 イスラエル南部の国境を越えて、ハマスの戦闘員が侵入した。

 1200人以上のイスラエル市民が殺され、200人以上が人質として連行された。

 その後のガザへの軍事侵攻は、数万人のパレスチナ人の命を奪い、中東全体を揺るがした。

 世界は問うた。なぜこうなったのか、と。

 答えようとすれば、話は100年以上前に遡らなければならない。


 いや、正確には——一人の男の誕生から始めなければならない。


 その男が夢見た「ユダヤ人の国家」がなければ、イスラエルは存在しなかった。


 イスラエルが存在しなければ、現代の中東の地図はまったく別の姿をしていた。


 ガザの包囲も、ヨルダン川西岸の入植地も、テヘランとエルサレムの緊張も——すべては、その男の夢から連鎖して生まれた現実だ。


 その男の名は、テオドール・ヘルツル。


 しかし彼の物語を語るためには、まず彼が生まれる前の世界を描かなければならない。


 なぜ、ユダヤ人には「国家」が必要だったのか。


 その問いへの答えが、すべての出発点である。



1 ヨーロッパという名の「自由」の罠


 1849年。


 ヨーロッパは、希望に満ちていた——少なくとも、表面上は。


 前年の1848年、「諸国民の春」と呼ばれる革命の波がヨーロッパ全土を席巻した。


 フランスで、オーストリアで、ハンガリーで、ドイツで。

 民衆が立ち上がり、専制君主に自由と平等を要求した。

 革命の多くは最終的に鎮圧された。


 しかし「自由」という言葉は、もはや封じ込めることのできない力として、時代の空気に溶け込んでいた。


 ユダヤ人にとっても、この時代は希望の季節に見えた。

 ヨーロッパ各地で、ユダヤ人への法的差別が少しずつ撤廃されつつあった。


 隔離居住区(ゲットー)——中世以来、ユダヤ人が強制的に押し込められた都市の隔離区域——の壁が、文字通りあるいは制度上、取り壊されていった。


 大学の門が開かれた。

 弁護士にも、医者にも、銀行家にもなれるようになった。


 「解放(エマンシペーション)」という言葉が、ユダヤ人の語彙に加わった時代だった。


 しかしここで、1つの問いを立てなければならない。


 「解放」とは、何からの解放だったのか。



2 ゲットーの千年


 ユダヤ人がヨーロッパで生きてきた歴史を、一言で語ることはできない。

 しかし、その核心にあった事実は単純だ。


 千年以上にわたって、ユダヤ人はヨーロッパ社会の「外側」に置かれていた。


 キリスト教が支配するヨーロッパにおいて、ユダヤ人は「イエスを殺した民」という烙印(らくいん)を押された(この解釈は後に神学的に否定されるが、民衆の意識には根強く残った)。


 彼らは土地を所有することを禁じられ、多くの職業への参入を阻まれ、ゲットーと呼ばれる隔離区域への居住を強制された。

 十字軍の時代には、ユダヤ人の集落が虐殺された。


 黒死病ペストが猛威を振るった14世紀には、「井戸に毒を入れたのはユダヤ人だ」という根拠のない噂が広まり、各地でユダヤ人が焼き殺された。


 スペインでは1492年、ユダヤ人全員が国外追放令を受けた。

 ポーランドやウクライナでは、17世紀に数十万人のユダヤ人がコサックの反乱によって虐殺された。

 差別と迫害の歴史は、例外ではなく、通常の状態だった。

 それでもユダヤ人は生き延びた。


 信仰によって、コミュニティの絆によって、そして何より——生き続けることへの執念によって。



3 「同化」という新しい賭け


 そして19世紀が来た。

 啓蒙主義の時代が、新しい思想をヨーロッパにもたらした。


 「人間は理性的存在として平等である」——この命題は、論理的にユダヤ人の解放を要請した。


 信仰の違いに関わらず、人間は市民として平等に扱われるべきではないか。

 フランス革命(1789年)は、この思想を制度として実現した最初の例だった。

 フランスは、ユダヤ人に完全な市民権を付与した。

 ヨーロッパで最初のことだった。

 その後、解放の波は徐々に広がっていった。

 多くのユダヤ人が、この変化に希望を見出した。


 彼らは「同化(アッシミレーション)」という戦略を選んだ。


 ドイツ語を話し、ドイツ文化を愛し、ドイツ市民として生きる——「ユダヤ人ドイツ人」として認められることで、千年の差別を終わらせようとした。


 ハンガリーではハンガリー人として、フランスではフランス人として、オーストリアではオーストリア人として。

 信仰は個人の内面に留め、外面は周囲の社会に溶け込む。

 理性的な判断だった。

 少なくとも、理性的に見えた。


 しかし、この「同化」という賭けには、根本的な欠陥があった。



4 賭けの欠陥


 賭けが成立するためには、相手側の同意が必要だ。


 ユダヤ人が「同化したい」と思っても、周囲の社会が「同化を認めない」とすれば、賭けは成立しない。


 そして、ヨーロッパ社会の多くは——表面的には「解放」を謳いながら——内心では、ユダヤ人を完全には受け入れていなかった。


 法律が変わっても、感情は変わらなかった。

 制度的な差別がなくなっても、日常の中の差別は残った。


 教育を受け、文化を身につけ、経済的に成功しても、「あいつはユダヤ人だから」という一言で、すべてが無効化された。


 さらに、19世紀後半になると、差別は新しい「科学的」衣を(まと)って復活した。

 「反ユダヤ主義(アンティセミティズム)」という言葉が生まれた。


 ユダヤ人は信仰が違うのではなく、「人種」として劣っている——そういう擬似科学的な言説が、知識人の間にも広まり始めた。


 これは、従来の差別よりもはるかに危険だった。

 信仰を変えれば許されるという逃げ道が、完全に塞がれたからだ。


 同化しても、改宗しても、どれだけ「ヨーロッパ人」になろうとしても——「血」は変わらない、という論理。


 この論理が行き着く先に何があるか——それを、当時の誰もまだ知らなかった。


 しかし後世の我々は知っている。

 ホロコーストという名の、人類史上最大の組織的虐殺を。



5 1849年——嵐の前の静けさの中で


 1849年、ヨーロッパはまだ「希望」の季節にいた。


 前年の革命は鎮圧されたが、自由主義の思想はむしろ地下に根を張り、次の噴出を待っていた。


 ユダヤ人の「解放」は進みつつあり、同化という戦略は有効に見えた。


 この年の7月29日、ハンガリーの首都ペストで、1人の男児が産声を上げた。

 ガブリエル・スュドフェルトというユダヤ教の指導者(ラビ)の息子である。

 名をマクシミリアン・シモン・スュドフェルトといった。

 後に彼は名前を変える。マックス・ノルダウ、と。

 この子が何者になるかを、この時点で知る者は誰もいなかった。


 しかしこの子は後に、「同化」という夢が幻想だと気づいた別の男——テオドール・ヘルツルという男——と出会い、その男の「不可能な夢」を最初に信じる人物となる。


 二人が出会うのは、まだ40年以上先のことだ。



6 問いだけが、先を走る


 1849年のヨーロッパには、まだ答えがなかった。

 ユダヤ人は本当に解放されるのか。

 同化は成功するのか。


 「科学的」反ユダヤ主義という新しい毒はどこへ向かうのか。


 千年の差別の歴史は、本当に終わるのか。

 問いだけが、先を走っていた。

 その問いに、1つの答えを出そうとする男がいる。

 テオドール・ヘルツル。

 彼はこの年からさらに11年後、1860年に生まれる。

 ペストという、ノルダウと同じ街で。

 二人は幼少期には互いを知らず、それぞれ別の軌道を走り、やがてパリという都市で出会う。

 その出会いが、現代の中東地図を作ることになる。

 この物語は、その軌跡を追う。

テオドール・ヘルツル

19世紀末のジャーナリスト。「近代シオニズムの父」と呼ばれ、ユダヤ人国家建設を提唱した本書の主人公。


ハマス

ガザ地区を実効支配するパレスチナのイスラーム主義組織。2023年10月のイスラエル奇襲の主体。


諸国民の春(1848年革命)

ヨーロッパ全土で巻き起こった自由主義・ナショナリズムによる革命の波。既存の専制体制が揺らぎ、ユダヤ人の権利拡大(解放)にも影響を与えた。


ゲットー

中世から近世にかけて、ユダヤ人が強制的に居住させられた特定の区域。壁や門で外部と仕切られていることが多かった。


エマンシペーション

ユダヤ人が法的な差別から解かれ、市民として対等な権利を得ること。18世紀末のフランス革命を皮切りに欧州へ広がった。


アッシミレーション

ユダヤ人が独自の文化や伝統を抑え、居住国の言語・習慣・文化に溶け込み、その国の一市民(例:ドイツ系ユダヤ人など)として生きようとすること。


アンティセミティズム

ユダヤ人に対する偏見、差別、迫害。19世紀後半からは、宗教的な理由だけでなく「人種」を根拠とした擬似科学的な差別として激化した。


ラビ

ユダヤ教の法学者であり、コミュニティの宗教的・精神的指導者。


マックス・ノルダウ

ヘルツルの盟友となる医師・作家。ヘルツルと共にシオニズム運動を組織し、世界ユダヤ人会議の設立に尽力した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ