第七話 思い込み
白石さんの娘さんの話が終わった後、白石さんは眉間にしわを寄せながら黙り込む。
赤山さんも、今日に限って顔が真っ青になっている。
二人とも、具合でも悪いのだろうか?
釘本さんは相変わらず、カメレオンのように「無」になっている。
僕には訳が分からないが、とりあえず揚げ物のパックを続けることにした。
ええっと、白身フライは一枚入りをいくつ作ればよかったっけ?
僕は、やり方を一から釘本さんに尋ねることにした。
* * *
それから12時を迎えるまで、作業場はしんと静まり返っていた。
12時を迎えるなり、白石さんは急いでその場を後にした。
赤山さんは、この時間になるといつも事務所に戻る。
「それでは、松山さん。休憩に入りましょうか。」
「はい、そうしましょう!」
僕たちはそれぞれ休憩に向かう。
釘本さんは車通勤のため、車の中でご飯を食べて来るそうだ。
さて、僕は今日何のお弁当を買おうかなぁ~!
僕は、休憩室にいる皆さんに挨拶をして入った。
「あら!お疲れさまぁ~!今から休憩なのね~!」
「わ、本当だ、王子様みたいにキレイな子ー!」
なぜかパートのマダムたちは、僕を見るなり"王子様"扱いしてくる。
僕は松山優であって、王子様ではないのに。
「梅崎さん、お疲れさまです!お隣空いてますか?」
「お、お疲れ~・・・あ、空いてるけど~。」
「では、失礼します!」
昨日の"神様の一件"で、今朝は僕の背中を平手打ちしてきた梅崎さん。
一体、僕に何の恨みがあるのか。
それよりも、僕には引っかかっていることがある。
「梅崎さん、気分は良くなりましたか?」
「え?」
「今朝、僕が"エビピ"の話をしましたが、ご気分を悪くされたなら謝ります。ごめんなさい!」(今朝、僕がエビピラフの話をしましたが、エビがお嫌いでご気分を悪くされたなら謝ります。ごめんなさい!)
「えぇ!?私はもう、大丈夫!もうその話はいいから!」(えぇ!?エビピちゃんの話!?私はもう、松山君のこと気にならなくなったから、大丈夫!もうその話はいいから!)
僕が再びエビピ(エビピラフ)の話をすると、梅崎さんが拒絶した。
やはり、エビアレルギーなのだろう。
蒸し返してまた気を悪くしたようなので、僕ももうこの話は止めることにした。
* * *
僕は、ご飯を食べている時は「黙食」するタイプだ。
ご飯の美味しさにより集中するためでもあるし、ご飯を口に入れているというのに言葉を発するのは、お行儀が悪いと母から言われているからだ。
それなのに、パートのマダムたちはぺちゃくちゃ喋りながらご飯を食べている。
時には大口を開けて、大笑いしながらご飯を食べる。
口の中に入っている咀嚼物が時折見えて、はしたない。
申し訳ないが、僕はマダムたちを視界に入れないよう黙食を続けることにした。
おなかがいっぱいになって眠くなったので、僕は休憩時間ギリギリまで目を瞑ることにした。
家から目覚まし時計を持ってくるのを忘れたから伏せて寝るのはやめ、目だけを休める。
僕よりも早くから休憩に入っていたマダムたちが出て行ったようだ。
ああ、静かでとても落ち着くなぁ。
なんだか眠くなってきちゃった・・・。
「松山君、起きなよ~。そろそろ休憩終わるよ~。」
「・・・んん?」
リラックスしていると、僕はいつの間にか寝落ちしていたようだ。
隣に座っている梅崎さんが、僕を起こしてくれた。
「梅崎さん。起こしてくれてありがとうございます。目覚まし時計を持ってくるのを忘れたので、危うく寝過ごすところでした。」
「目覚まし時計~?スマホのアラームは使わないの~?」
「はい、僕は起きたい時間に鳴ってくれる目覚まし時計派なんです。スマホのアラームは使いません。」
「そうなんだ~。ここは職場だから、せめてスマホのアラームでもかけてたほうがいいよ~!今日はたまたま私がいたからよかったけど、ずっと起きなかったらどうするの~?」
「その時のために、僕は仕事用の目覚まし時計でも次の休みに買いに行こうかと思います!」
「え?意味分かんな過ぎ~!でも、ウケる~!」
「ウケる」とは、また「謎の言語」なのだろうか?
日本語っぽく聞こえるけど、「受ける」ではなさそうな気がする。
僕にはよく分からないけど、まあいいか。
僕たちは、それぞれ作業場に戻ることにした。
* * *
「釘本さん、お疲れさまです!」
「お疲れさまです、松山さん。ゆっくり休めましたか?」
「はい!ありがとうございます!」
ちょうどその時、赤山さんが事務所から戻って来たようだ。
「お疲れさま~。松山君、戻って来てる?」
「お疲れさまです。はい、松山さん戻ってますよ。」
赤山さんは作業場に入るなり、僕の方に歩み寄る。
「赤山さん、お疲れさまです!僕と釘本さんは先ほど休憩から戻りました!」
「松山君。今日はポテトサラダがたくさん並んでるんだけど・・・リンゴ入りポテトサラダは作らなかったの?」
「はい。」
「は、はい、じゃなくて・・・なぜ作らなかったの?昨日、釘本さんに教えてもらってたよね?」
「昨日は釘本さんが僕に"覚えることが多いと大変かと思いますので、今日は私がポテトサラダ2種を作りますね"と言ったので、正確には"僕は大まかな流れは教えてもらったものの、リンゴの切り方など実践は教えてもらっていない"状態です。つまり、僕はまだ"ポテトサラダのやり方を知らない"ということです。」
やり方を知らないのだから、僕にはできないのだ。
つまり、僕はまだリンゴ入りポテトサラダを作れないということだ。
「赤山さん、すみません。昨日松山君がマカロニサラダとスパゲッティーサラダを作っている間に、私がポテトサラダ2種を作成したので、リンゴの切り方などはまだ教えてません。」
「そ、そうか・・・なんかごめんな!う~ん・・・あんなにポテサラだけがたくさんあっても売れないかもしれないから、今日は"本日限りのお買い得"にしようか。ちょっとPOP作ってくるね!」
赤山さんは何やらぶつぶつと独り言を言ったのち、また事務所へと戻る。
行ったり来たり、赤山さんも"サブクエスト"を楽しんでるんだろうなぁ。
* * *
「POPを作ってきたから、松山君は一旦ポテトサラダを"全部引いて来て"!それから"価格を108円"に変更したラベルを貼り替えて!」
「"全部引いて来れば"いいんですね!その後"価格を108円"に変更したものを貼ればいいんですね、分かりました!」
"全部引いて来て"なんて、赤山さんは一体何を始めようと言うのだろうか。
僕は、お惣菜コーナーに並んでいるポテトサラダを"全部引く"ことにした。
これらを"全部引く"のは大変だ!
しばらくすると、赤山さんが作業場から店内に顔を出してきた。
「・・・!?松山君、何してんの!?」
「何って、ポテトサラダを"全部引いてる"んですよ!」
「!?」
なぜか赤山さんは、口をぽかんとさせる。
「違うよ!!そうじゃなくて、"全部引いて"っていうのは、"作業場に回収して"って意味だよ!」
「え?赤山さん、"引く"という言葉には"手前に寄せる"という意味はあっても、"空間を変える"という意味はありませんよ。赤山さんの指示は、言葉の定義として不完全です。次は"回収して"とご指示願います。そうすれば僕も迷わず作業場に移動させますので。正しい日本語を使ってください!」
「!?!?」
そういう意味だったのか。
全くもう。
赤山さんったら、僕の知っている日本語とは違う意味合いで言葉を使うから、気づくわけないよ!
「ご、ごめんな松山君!それじゃあ、全てのポテトサラダを一旦作業場に持って行って!それから、値段を"128円"ではなく"108円"に変更して、ラベルシール上部に"お買い得の文言を入れて"から、また陳列コーナーに並べてきて!」
「はい!分かりました!」
さて気を取り直して、僕はポテトサラダを作業場に回収し、"全部のパックの値段を108円"に変更して、ラベルシール上部に"お買い得の文言を入れる"ことにした。
ラベルシールを貼り直して、商品をカートに乗せて店内に出る。
あ、しまった!
「お買い得の文言」を入れるのをうっかり忘れてしまった。
僕は急いで黒のマーカーを取りに戻る。
商品の上部に書き込もうとした時、赤山さんが再び顔を出す。
「ま、松山君!何してんの・・・!?」
「すみません、赤山さん、"ラベルシール上部にお買い得の文言を入れる"のを忘れちゃって!」
「!?!?」
赤山さんはひょっとこみたいな顔をしながら、こう続ける。
「松山君、ポテトサラダの値段が、"全て108円"になってるよ?!」
「はい。さっき赤山さんが"値段を108円に変更"してと言ったので、これらのポテトサラダは全て"値段を108円に変更"して、ラベルを貼りました!」
赤山さんは、赤ちゃんオラウータンのようなきょとんとした顔をした後、「定価」やら「単価」やら業界用語で話を始めたが、僕にはよく分からなかった。
僕は、赤山さんから「値段を108円にして」と言われたので、「全部のパック108円の商品である」という意味だと思ったのに。
「あ、あのね松山君。ポテトサラダが"全パック100g入りだと思った"って言ったけど、パック担当は松山君自身でしょ?釘本さんにマカロニサラダやスパゲッティーサラダのやり方を教えてもらった時、"測りを使っていい"って言われてたから、何グラム入りなのか松山君が分かるんじゃない?」
「え?測らないといけないんでしたっけ。記憶にございませんでした!!」
「・・・クカッ・・・ッコォァッ・・・。」
「赤山さん、どうしたんですか?」
赤山さんの顔が瞬く間に赤くなっていく。
それに、喉の奥の淡を取るかのように「クカッッコォァッ」という、はしたない音まで立てる。
「ほぉぉぉぉぉぉーーーーぅ!!」
赤山さんは突如、キジバトのようなミミズクのような、不思議な奇声を上げた。
もしかして、赤山さんは鳥の鳴き真似が好きなのかな?
時々ニホンザルの威嚇みたいな甲高い声も上げるし、バリエーションが豊富だ。
やっぱり面白い人だな~!
* * *
赤山さんの説明不足により、僕はまたポテトサラダのラベルシールを貼り直すことになった。
僕がやり直そうとすると、赤山さんが僕を差し置いてラベラーの操作を行う。
僕がラベルシールを出しているのを見て、赤山さんもやりたくなったのかな。
「やっと終わった・・・もう、散々だ・・・。」
「え?赤山さん、どうしたんですか?」
「いや、何でもない!何でもないよ!」
「何でもないようには見えませんよ、赤山さん。今"もう、散々だ"って言いましたよね?何か悩みでもあるんですか?何か思い詰めていることでもあるんですか?何が散々なんですか?」
僕は、上司である赤山さんのことが心配になり、答えを問う。
「・・・俺のことは、誰も知らないんだ。」
「いえ、僕たちは赤山さんを知っています。赤山一郎さん、47歳、惣菜チーフだということを。」
「そういうんじゃないよ。誰も理解してくれないから、妻ともダメになって・・・あ、やべっ。」
「え?今"妻ともダメになって"って言いましたけど、赤山さんは離婚されたんですか?いつですか?どうしてですか?何があったんですか?」
「・・・。」
赤山さんは、チンパンジーが上唇を裏返したような顔をして、ぽつぽつと弱音を吐き始めた。
そして、その話を聞いた僕には引っかかっていることがある。
「それは、赤山さんが悪いですね。」
「え?」
「その話、赤山さん視点だとまるで赤山さんが被害者みたいになってますけど、元奥様の視点で考えると、赤山さんが売れないバンドマンとして元奥様に苦労と寂しい思いをさせ続けた挙句、愛想を尽かしただけだと思いますよ!」
「へ?」
「だってそうじゃないですか。元奥様がいるというのに、赤山さんは深夜までカラオケ店に行ってはご自宅になかなか帰らなかったんでしょう?"夫が私をほったらかしにする"って言うくらいですから、それは元奥様も寂しかったんですよ。」
「そ、そうじゃない。俺は妻にカッコイイ姿を見せるために、バンドボーカルとして有名になって良い生活をさせるために、頑張ってただけじゃないか!」
「それを、元奥様は望んでいましたか?それは全て、赤山さんの思い込みではありませんか?」
「?!」
「もしかしたら、赤山さんが一方的に"カッコイイ姿を見せたい"、"良い生活をさせるため"と思っていただけで、元奥様はそんなこと望んでいなかったかもしれませんよ。それに"もっと稼げ"と言うのは、"バンドマンとしてもっと稼げ"と言われていたのではなく、単純に"サンセットの社員としてもっと頑張れ"って意味だったんじゃないんですか?」
「・・・。」
赤山さんは、また顔を赤くしながら黙り込む。
「赤山さん、さっきから"記憶がない"とか"覚えてない"とか言ってますけど、自分に都合の悪い記憶を無かったことにしていませんか?それは全て、赤山さんの思い込みではありませんか?赤山さんの記憶は、おそらく赤山さんの脳内で"編集"されています。元奥様が不貞を働いたのは事実かもしれませんが、それを選ばせたのは赤山さんの無責任な夢であって、100%元奥様が悪いとは、僕は思いません。さっきのポテトサラダの件についても、"俺はこう言ったつもりだった"なんて言いながら、"全部引いて"とか"値段を108円にして"とか、"分かってる人目線"でやり方や業界用語を伝えても、それについて全く知らない僕に伝わるわけがありませんよ。僕の今までの行動を見ていて分かるでしょう?僕は忘れっぽくて物覚えもよくありません。そんな僕が"分かってる人目線"の話を理解できるわけないでしょう?釘本さんを見習ってください。釘本さんは、分からないことを質問すると一から全て教え直してくれます。たった一度言葉にしただけで"教えた気になる"人も世の中いますが、相手に伝わっていない時点でそれは"教えた"うちには入らず、"ただ音声として発しただけ"なんですよ!」
「ンアアアアアアアアアアーーーー!!」
赤山さんは、マンホールの中に突き落とされたような雄叫びを上げた。
「カメレオン」のように周囲に溶け込んでいた釘本さんは、タイムサービス用の揚げ物まで済ませ、フライヤーの掃除を始めた。
赤山さんも釘本さんの真似をするかのように、がむしゃらに作業場の掃除を始めた。
床の汚れが残らないよう、力いっぱいにデッキブラシを扱う。
さすがはプロだ!
僕もタイムサービス用の揚げ物のパックにとりかかることにした。
17時になったので、僕たちは退勤の打刻に向かう。
僕と赤山さんは、明日休みだ。
赤山さん曰く、僕が仕事に慣れるまでは、赤山さんと僕はシフトが丸被りになっているそうだ。
赤山さんは面白い表情をしたり奇声を上げたり目が離せない存在なので、それがちょっと楽しみでもある僕にとって、出勤するたびに赤山さんがいるのは嬉しい。
まだ勤務三日目だけど、個性豊かな従業員たちと出会い、早くも仕事が楽しくなってきた。
明日はお昼休憩用の目覚まし時計でも買いに行こうかな。
それより、今日のタイムサービスのかぼちゃコロッケ、いい匂いだったな~。
買って帰ろ~っと!
買い物を済ませて帰路に就く途中、サンセットの従業員駐車場から一台の車が出ようとするところを目にする。
「アァァァーーーー!!」
その車から叫び声のようなものが聞こえた。
運転手の顔を見ると、赤山さんだった。
赤山さんは、あくびをするマントヒヒのように歯を剥き出しにし、叫んでいた。
その声が「叫ぶマーモット」で有名なネットミーム動画に激似だったので、僕は思わず笑ってしまった。
赤山さんって、車の中でも動物の鳴き真似の練習を怠らない人なのか。
やっぱり面白い人だ!
赤山さんの後ろに続く車も目に入る。
あれは・・・誰だ??
少し釘本さんに似ているような気がするけど、彼女は仕事中眼鏡をかけていないから、別人かな?
まだお会いしていない従業員かもしれない。
僕は気にしないことにした。




