第11話 vs.領主の館
「これミリアーナ! 書庫の掃除は終わったのかい!?」
「はっはい! ただいまぁ!」
「ミリアーナ! 奥様のドレスの型紙を切るのを手伝って!」
「はっはい! よろこんでぇ!」
黒いロングスカートにフリルがたっぷりついた真っ白なエプロン。それにおそろいのヘッドドレス。『元』伯爵令嬢かつ『現役』ヒエメ村渉外担当こと私ミリア・グリゴールは、クラシカルなメイド服に身を包んだ新米ハウスメイド『ミリアーナ』として広い館の中をひいひい言いながら駆けずり回っていた。
掃除に洗濯、炊事に後片付け。メイドの仕事は多岐に渡り、それはもう次から次へと目の回るような忙しさだ。そのうえ上司たるメイド長は、人の皮をかぶった鬼悪魔かと疑いたくなるほどの厳しさ恐ろしさ。かつて私が自分の屋敷で日々あごで使っていた使用人たちもこんな風に忙しかったのかしら、とふと思う。そりゃ退職金代わりに屋敷の金目のものを洗いざらい持っていかなきゃやってられなかったでしょう、優しい言葉ひとつ掛けてあげられなくてごめんなさいねーー
「ミリアーナ! なにをモタモタしてるんだい!?」
「申し訳ございませええええん!」
◆
なにがどうしてこんなことになっているかというと、話は半日前にさかのぼる。
行商人の馬車に相乗りしてヒエメ村を出発した私は、昼前に無事街に到着していた。そして今、かつて青空市場で身につけていたのと同じメガネと分厚いマフラーを装備して街の中心部にある領主の館の前に立っている。この街においては、今や『ヒエメ村のミリア』は極悪令嬢ミリア・グリゴールよりも遥かに顔が売れているのだ。素顔をさらしたまま下手に怪しい行動をして、ヒエメイモチップスの評判に傷をつけないようにと考えての変装だった。
「さて、街に着いたはいいけれど。どうやって領主のウソを暴こうかしら」
『領主には幼い病気の娘がいる』という話が重い税を課すためのウソである証拠をつかみ、ヒエメ村のみんなに真実を伝えなければならない。街の人々にさりげなく聞き込んだかぎりではやはりそんな話は出てこなかったのだけど、それだけでは説得材料としては弱かった。貴族階級において、病気の家族の存在は世間から隠されることも多いからだ。
(館の、内部の人に話を聞ければ)
領主の館は、かつての我が伯爵家ほどではないもののなかなか立派な屋敷だった。周囲はぐるりと高い塀に囲まれており、なにか用向きがなければ立ち入ることはできなさそうだ。首をひねって思案していると、屋敷の正門とは別に塀に取り付けられた簡素な門がおもむろに開くのが視界の端に映る。使用人が使う出入口だろうかと思って見ていると、その門をくぐって屋敷の中から出てきた子牛のようにふくらんだ体格の女性と目が合った。
「あっ!」
「……え?」
はちきれんばかりの豊満ボディを黒スカートと白エプロンのメイド服に押し込めたようなその中年女性は、私に気がつくなり甲高い声を上げてまっすぐにこちらに向かって走ってくる。かと思うと目の前で止まり、私をにらみつけて一言「遅い」と言った。
「え……は?」
「こんな時間までなにをしていたんだい、もう逃げちまって来ないのかと思ったよ! ウチで働きたいならそれ相応の礼儀ってもんを身につけてもらうからね! まったく最近の若い者は!」
「……はあ」
一方的にまくしたてられてぽかんとしていた私は、やがてひらめいた。どうやらこの館で働く予定だった女性がおり、それが所在なげに館を見上げていた私だと勘違いしてこのメイド女性は怒っているらしい。口ぶりからして、働くはずだった女性は逃げたか何かできっともう現れないだろう。はっきり言ってよくある話だ。そしてまったくの勘違いではあるけれど、これは願ってもないチャンスとばかりに私は話を合わせることにする。
「ごめんなさい、道に迷ってしまって」
「ふん、仕方ないね。時間にはだらしないが発音はきれいだね、あんた。合格だよ」
「あら、光栄ですわ」
「ですわ……? まあいい早くお入り。あたしがメイド長だよ。人手が足りないんだ、今日からさっそく仕事を覚えてもらうからね!」
そう言って、大きな尻を揺らしながらメイド長は門をくぐって屋敷の中に戻っていった。その後ろについて私も敷地に入っていく。とりあえず潜入成功、と心の中でガッツポーズをした。
そして用意されていたメイド服に着替えて名前は『ミリアーナ』と名乗り、私のメイド仕事が始まったのだった。マフラーはさすがに取ったけれど分厚いガラスのダテメガネだけはそのままにして、そして冒頭に至る。
「あの、メイド長さん」
「なんだい」
屋敷の各部屋のベッドから回収したシーツを両手いっぱいに抱えて廊下を歩くメイド長に、同じくシーツを抱えた私はさりげなく話しかけた。探りを入れるなら、領主家族の世話を取り仕切るこのメイド長にだと思ってふたりだけになるチャンスを伺っていたのだ。
「この家のお嬢様のことなんですけれど」
「ああ。あの道楽娘のことかい。まったくどうしようもないやね」
道楽娘?
どうやら話に乗ってはくれそうだと思いながら、私は平静を装って言葉を続ける。
「お体の具合はいかがなのかしら」
「なんでそんなことを聞くんだい?」
長い廊下の前を行くメイド長が、首だけ振り向いてぎろりと音がしそうな視線をこちらに投げてよこした。私は亀のように首をすくめて、それでも落ち着いて言葉を返す。
「いえ、田舎の母が心配していたので。領主様にはご恩があるものですから」
「ふうん」
私のでまかせに、鼻から大きな鼻息を吐いてメイド長は言った。
「あんなの大したことありゃしないよ。嫁入り前の娘が恥も外聞もなく夜遊びしてさ、一人娘が酒に酔って転んで足をくじいたなんて旦那様も頭が痛いだろうよ」
「足をくじいた。ならご病気などは」
「そんなものあるもんかい。体だけは丈夫なんだから、あの放蕩娘は」
主人の娘の素行についてよほど鬱憤が溜まっているらしい。メイド長はそう言ったきりプイと前を向いてしまったけれど、私は内心深くうなずいていた。
噂好きなほかの若いメイドたちがあけっぴろげに教えてくれたことには、そもそもこの館に住む領主と奥方はあまり折り合いが良くなくてここ数年は寝室を共にしていないらしい。子どもはすでに成人済みの娘が一人いるだけだし、厨房で特別な療養食を作っている様子もそれをどこかに運んでいる様子もなかった。つまり、館のどこかに幼い病気の娘さんが隠されている気配など微塵も見つからない。メイド長は「一人娘」と言っていたから、娘さんがこの館ではなくどこか遠くの場所で療養している線も消えた。状況証拠はほぼそろっているといえる。
(あとはなにか決定的な証拠があれば)
屋敷の間取り図を見せてもらって、領主の部屋の位置は把握済みだ。部屋に忍び込んで、なんとかして税収の帳簿かなにかを手に入れられないだろうか。そんなことを企みながら、私は一日の仕事をなんとか終えて屋根裏部屋に与えられたベッドで横になった。
私の他に三人いるメイドたちは、すでに並んだベッドの中で静かに寝息を立てている。三角窓から差し込む月明かりを見上げて、今日はひとまず怪しまれずに屋敷に潜り込めただけ上出来だわと私は考えた。
箱入り伯爵令嬢だった私がメイドの仕事をなんとかこなせたのは、シュベルトさんの家でそれなりに家事を手伝っていたおかげにほかならない。馬小屋の干し草の香りと子どもたちのにぎやかなおしゃべりに満ちたあの温かい空間をお守りのように思い出しながら、私は疲労感に任せてまぶたを下ろし眠りについた。必ずみんなにいい知らせを持ち帰ってみせると心の奥に誓いながら。
そして翌朝、またとない絶好のチャンスが訪れる。
ここまでお付き合いくださっている方、本当にありがとうございます。
残り2話で完結予定です。全13話予定。
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