第10話 vs.悪徳役人
「みんなー! 戻りましたわよー!」
行きと同じく行商の馬車に乗りこんで、私たち三人は青空市場から元気に凱旋してきた。馬車の窓から身を乗り出して手を振る私の声に、ちょうど夕方の畑仕事を終えようとしていたらしい村の人々が、クワやスキを置いて汗をふきながらあぜ道に上がってくる。シュベルトさんとナナさんの姿もあった。
「ミリアちゃんおかえりんさい!」
「ネネさん、リリー、おつかれさまやあ!」
口々にねぎらいの言葉をかけてくれる村のみんなが見守る中、私たちは馬車から降り立った。そして固唾を飲んで言葉を待つ幾多の視線に笑顔で応える。
「ヒエメイモチップス……見事完売しましたわ!」
わっと歓声が上がった。シュベルトさんとナナさんは抱き合って喜び、ルルーたち子どもらは手をつないで輪になって踊り始める。やがて集まってきた村人たちみんなが手を取り合い、その両目から涙を流してあちこちで熱い抱擁が交わされ始めた。
誇張ではなく、泣いているのだ。
大人も子どもも。ひとり残らず。人目もはばからずに。
「本当に、なんて村なのかしら……!」
言いながら自分も瞳をうるませる私に、まるで村ごと祝福するような黄金色の夕陽が降りそそぐ。左右から優しく寄り添ってくれるネネさんとリリーの手を固く握って、私は自分の胸がじんわりと温かくなるのを感じていた。
◆
青空市場でのチップス販売は、その後も出店するたびに順調に売上を伸ばしていった。さらに街の商店やレストランに売り込むことで、継続的にチップスを卸す契約を結ぶこともできた。それに加えて、評判を聞いた裕福な商家や、時には貴族からも大口の注文がせわしなく舞い込むようになる。
イモが採れるだけの目立たぬ存在だったヒエメ村は、今や貴族階級の間でも話題の新感覚スナックの生産地としてかつてない注目を浴びている。そしてその評判は遠く王都にまで届き、行商人の馬車がチップスを仕入れようと毎日列をなして村にやってくるようになった。まさに順風満帆、飛ぶ鳥を落とす勢いの我らがヒエメ村、ヒエメイモチップスである。
村は当然忙しくなった。ヒエメイモの生産とチップスの加工はもちろん、マンネリ化を防ぐために新商品の考案も平行してやっていかねばならない。前世の私が「さすがですねー」「知らなかったー」「すごーい」を乱発しながら流し聞きしていた『合コン相手』たちの仕事話が、今になって役に立っているのだった。たぶん。
チップス生産の現場の指揮は村長のシュベルトさんが、販路の拡大など対外的なことは私が担当することになった。イモ畑の世話のおかげですっかり日焼けして、また体に程よい筋肉までついてしまった私に、かつての色白華奢な伯爵令嬢の面影はおそらくもう無い。ただの健康的なヒエメの美女である(オホホ)。正体がバレる心配ももはや無しと見た私は、時には強気に、時には必殺のウルウル上目遣いを駆使して、難しい交渉もなんとかまとめ上げていった。村のみんなのためなら使えるものはなんでも使う。品質と値段に妥協する気は一切なかった。
村のみんな、シュベルトさん、そして私。
村人全員の頑張りの甲斐あって、ヒエメ村は豊かになりました。めでたしめでたし。
に、なるはずだった。のに。
「……おかしいわ」
村が豊かにならない。
ヒエメイモチップスの売上は順調に右肩上がり、村の現金収入は確実に増えている。それなのにどうして。この村の人たちが無駄遣いや、ましてや横領などするはずもないのに。
その謎はやがて解けた。この地方を治める領主配下の役人が、シュベルトさんの家を訪ねてきたのだ。
◆
ヒエメイモ事業が軌道に乗った後も、時間をやりくりして青空教室は続けている。そして今日の授業が終わった放課後、私はリリーたち子ども四人を連れて森にキノコ採りに行っていた。季節がめぐり、私がヒエメ村に置き去りにされたあの日から早くも半年が過ぎようとしていた。
「誰か来ているのね?」
かごいっぱいの香り高いキノコを抱えて子どもたちと一緒に戻ってきた私は、外の道に止められた馬車を見て言った。戸口に座っていたネネさんがうなずく。
「お役人が来てるんよ。なんら、父に……村長に話があるんじゃって」
「シュベルトさんに?」
私が首をかしげていると、その役人らしき身なりの男性が「じゃあ、そういうことでよろしく」と言って母屋から出てきた。私とネネさんの脇をすり抜けて馬車に乗り込んでいく、その仕立てのいい生地の上着に包まれた後ろ姿を私はなんとなく不穏な気持ちで見送った。
その日の夕飯のあと、シュベルトさんが大人たちーーナナさん、ネネさん、私、を呼び集めた。子どもたちは部屋のすみで組みひもを作ってにぎやかに遊んでいる。
「ヒエメイモチップスの評判、王都ば超えはってよその国にまで届いとるらしいんよ。また注文ば増えるかもしらんなあ」
そう切り出したシュベルトさんに、私はおやつのチップスをつまみながらうなずく。
「こんなに美味しいんだもの、当然の結果よね。今度できたてのチップスを食べに王都からツアー客も来るそうよ」
そう言うと、シュベルトさんはため息をついて口を開いた。
「それはもう喜ばしいことなんじゃが、そのぶん来年の税も重くなりそうなんじゃと。お役人様はその相談ちゅうか通告のために来なさったんじゃ。この分だとワシらの取り分はチップスが売れる前と大して変わらなさそうでなあ」
「あんら。今でもじゅうぶん納めとるのに、まだ足りんのじゃろか」
「せやなあ」
難しい顔になるシュベルトさんと、お茶を手にしながら首をかしげるナナさん。そして耳を疑って危うく手からチップスを取り落としそうになる私。
「え、え!? ちょっと待ってどういうことなの!?」
ひとり動揺する私に、ネネさんが悲しそうな顔になって言う。
「ミリアちゃんは知らんかったよね。ここら一帯ば治めとる領主様の小さいお嬢さんが、かわいそうに長らくご病気なんよ」
「病気」
「もうずっと、具合ば良くないんじゃと。よその国からお医者様呼んで、高い薬ぎょうさん買うて、それでもなかなか良くならんのじゃって」
「ほんに気の毒じゃわあ」
「ねえ。かわいそうに」
そう言って、ナナさんとネネさんは顔を見合わせて目頭を押さえている。不幸な子どもがいることに心から同情し悲しんでいるようだ。
「せやからね、仕方ないんよ」
「わしらの納めた税金が役に立つなら、なんぼでも使ってもらいたいしなあ。村のみんなもそう言っちょるし」
シュベルトさんの言葉にナナさんがうなずいた。横で聞いていたネネさんも言う。
「困ったときはお互い様やし。お嬢さん早く良くなるとええね」
「せや」
「せやね」
ちょ。
ちょちょちょ。
「……ちょっと待ってえ!!!」
たまりかねて私は思わず口を出した。顔を上げた親子三人の不思議そうな視線を浴びながら言葉を続ける。
「領主の娘さんが病気って、それは本当に本当なのかしら!? 役人がそう言っているだけじゃなくって!?」
私の言葉に、シュベルトさんは首をかしげる。
「ワシらは街には行かんから、わからんね。でもお嬢さんが病気やいうのは大変なことじゃけ。疑ったらいかんやろ」
「そうよミリアちゃん」
「いやいやいやいや!!」
さすが悪事を働いて追放された性悪な私をあっさり家に招き入れただけのことはある。みんなそろいもそろって人が良すぎる。私がたとえば現役の凶悪殺人鬼とかだったらどうしていたんだろう。それでも彼らはきっと、何も聞かずに笑顔で家に泊めてくれたに違いないと想像して私はゾッとした。
ダメよダメダメ人間っていうのは本来汚いものなの! もっと人を疑うことを覚えてちょうだい!
汚い人間代表の私の勘では、役人もとい領主の言い分は200%嘘だ。このヒエメ村の人々が優しくて情が深いことを利用して、ウソでだまして法外な税金を課し続けているに違いない。さらにヒエメイモチップスが大当たりしたことを知って、さらに増税をたくらんでいる。
そしてそのせいでこの村の人々は働けど働けどいつまでも豊かにならず、リリーの父や兄もいまだ村に戻ってこられずにいるのだ。
(もし私の勘が当たっているなら、とんだ悪徳領主に悪徳役人だわ。許せない!)
けれど、いま私がそれをそのままシュベルトさんたちに訴えても理解してもらうのは難しいかもしれない。こういう時にはどうする、と考えたところで、あの日あのとき舞踏会会場で私とお父様を一刀両断に断罪した公爵令嬢のことを思い出した。
あの人は自分の足で調査して証拠をそろえて、そのうえであの大舞台に臨んだ。
そして私を打ち負かして自身の矜持を取り戻したんだ。
ならば、私も。
あの人のように。
「……シュベルトさん。ナナさん。ネネさん」
「ん? どうしたねミリアちゃん」
「私、明日はお休みをいただきます」
きっぱりと言う私に、三人はうなずく。
「ええよええよお。ミリアちゃんはここずっと朝から夜中まで働き詰めだで。たまには羽を伸ばさんと」
「明日だけでええんか? もっと休んでええんよ」
シュベルトさんとナナさんの言葉に、私は笑顔で応えた。
「ありがとう。もしかしたら延びるかもしれないけれど、明日は街に行かせていただくわ」
明日、私は行商人の馬車に乗って街へ行く。病気のお嬢さんが本当にいるのか、しっかりと確かめてこなければ。「ええねえ」「ゆっくりお買い物でもしてきいや」とにこにこしながらハーブ茶を飲みチップスをつまむ三人に、ここが恩返しのしどころだわと私は心の中でこぶしを握って決意していた。




