四十話 清澄と成長
いつも読んで頂きありがとうございます♪
探り探り書いてますので、読みづらい点はご容赦下さい。
朝っぱらから宿の食堂でザバンと雑談に興じるのは初めてか。
「王都にやってきてからというものの、行商と言うよりも色々ありすぎて何だか旅というのもがよく解らないですね。」
お互い何かと忙しく動いていたから、そう思うのはなんら不思議ではない。
里で聞いていた行商のイメージとはかけ離れた日々に俺達は物想いに耽ったが、これも旅するからこその醍醐味でもあるのだろう。
「視察時の保守派の顔は酷かったな。」
「ええ、確かに。あれ以来カネーニも沈黙している様ですが、気は抜けませんよ。彼等の性質上、このまま黙りとは思えませんから。」
貴族というやつはどうにも鼻息が荒くならないといけない性格らしい。
特に政に関しては彼等が国の在り方を取り仕切り、各々が甘い密を吸わんとする下心が蔓延る。
その気概は志というべきものなのか、定かではないが、間違いなくそれは、ある意味で国を動かしている自負心から芽生えるプライドが育つのだろう。
民を蔑ろにする一部の貴族は特に俺やザバンからすると異常性をひしひしと感じるのだが、反面それが、国益や国防に寄与している面もあると理解している。
貴族は家柄を守ったり、発展させる為にあの手この手を駆使して莫大な経済力で誰よりも先行投資を心がける。
その甲斐あってか貴族個人レベルでは、私兵の質を高める為や権益確保、維持の為に必要な財を注ぎ込む。
兵の装備や実力、街道の整備や警備、領民領地の管理など、貴族にとってどれも感知しておかなければならない理由がある。
地方の領主ならば地道な経済活動を精力的に取り組まなければ、あっという間に手痛いしっぺ返しが来る事がわかっているらしいが、王都の貴族の大半は私腹を肥やす事しか考えていない。
ましてや何十年もかけて貧困街を潰そうとしていた者達があっさりと引くわけないのだ。
「何か仕掛けてきたら、相応の対応はしますよ。既に根回しはしてありますから。」
ザバンの表情は穏やかで、声色はとても落ちついていて妙な違和感を感じるが、彼は彼とて思入れが出来たゆえの言葉なのだろう。
里では貴族の様な立ち振る舞いをする者は居なかったし、ジャノスでは貴族というとダスコダの様に外様の扱いを受けるも反骨心の塊しか深く関わっていなかったのだが、他貴族を手中に転がすような性質であったため、王国貴族とは接点が無かったし、ダスコダの腹の底にある意味で護られていた。
それを思うと、ザバンとて今回の件は彼らしい決意が見え隠れするのだが… …なんというか、見ないうちに垢抜けている。
俺が感じた違和感は彼なりに何か一つの〝導き〟によって得た経験といえる。
「まぁ、厄介事が起きたら起きたで言ってくれよ。」
俺がそう言うと彼は柔らかな声色で返事した。
「それはそうと、ナルルさんから急を要する話があったとか?ここでのんびりしてて良いのですか?」
「あぁ、それか。なに、ナルルとシールが鍛造、魔力錬成の両方の仕上がり具合を見てくれと頼んできて昨夜見に行ってきたんだが… …成長に限界は無いと思い知らされたよ。刀剣や防具を作っては魔素抽出から解体、また精製… …信じられないかも知れんが、コツを教えてからたった数ヶ月で何万回もの繰り返し。あの根性と言ったら見上げたものだ。」
「ふふ。久々に見た気がしますね、そんなに嬉しそうな顔。」
ザバンの言葉にハッとした。
そうか、俺にもザバンみたく、いつの間にか言葉では表し難い何かがあると気付かされたが、それが何なのか擬かしさだけが残った。
「なぁ、ザバンこのまま王都の散策しないか?」
「奇遇ですね。この広い街並み一度はゆっくりと周って観たいと思ってましたし、今はそんな気分です。」
俺達が宿を出てからまず向かったのは王都の朝市通り、迷宮入り口から王宮へ延びる一本道の王宮側の市場。
ザバンは何度か買い出しに訪れたらしいが、俺は初めて散策する。
顔見知りの店主や看板娘達はこぞってザバンに声を掛けては店の品を挨拶がてらに次々と購入してゆくのだが、久々に腰に吊り下げる魔法袋が非常に役に立って仕方ない。
買う品毎に魔素カードへ収納すると改めてラム婆には感謝しか無い、というかこういった事象を見越していたのかも知れない。
聞けば当初、魔素カードに収納する行為は王都の民からすると途轍もない衝撃だったようで、王都では魔素カード自体ごく限られた者しか扱えなかったらしい。
それ故に、最近ではその光景は当たり前の様に街に浸透し、冒険者や騎士団界隈を中心に商人達や民にも広く開放され浸透している。
無論、魔力操作にある程度長ける事が条件ではあるが。
こっそりとザバンが、王と宰相と冒険者協会に根回しして説得したらしいのだが… …。
今や魔具師達は魔素カードの生成に余念が無くその市場は拡大の一途である。
「ギルド長なんて魔素カードの権益で笑いっぱなしでしたよ。なんでもっと早くこのビジネスに着手しなかったのかと。」
魔素カードの売り上げの一部、所謂ロイヤリティ
は版権を持つ冒険者協会の収益になる。
ふと、鍛冶でも似たような事が出来ないものかと考えてしまう己が居る。
鍛冶師の素養が備える者もそうで無い者も体験場と銘打ってレベルに合わせた鍛冶体験教室なんてのも有りか… …ナルル以外にも講師を当てて、俺は紹介斡旋料を… …。
なんて、冗談八分で呟いたが意外にもザバンは喰い気味に賛同してきた。
「良いではありませんか、それ。ぜひやるべきかと!」
互いに無邪気な馬鹿話しを掛け合うのだが、なんとも心地良い感じがする。
心が弾む。
かなり話し込んで居るうちに大通りの中間、魔具屋区間に差し掛かった頃、大声が聞こえた。
「ザバンの兄ちゃん!ちょうど良い所に来た!」
「ヴァン君じゃないですか?そんな血相変えてどうしましたか?」
翡翠の輝きのような透き通った瞳に漆黒の長髪を後ろに束ねた青年の焦り顔には悲壮に満ち溢れ今にもザバンに泣きつきそうな勢いで近寄ってきた。
王都内の魔具屋は鍛治屋とは違い、競争率は少ない。
その理由は、一言で魔具と言っても多種多様である。
冒険者や騎士向けの装備や道具専門、一般家庭向けの日用雑貨専門、王宮御用達高級品専用、インフラストラクチャー(インフラ)専門、娯楽品や嗜好品専門と、ありとあらゆる多岐にわたる。
ヴァンと呼ばれた彼の店はインフラ専門の魔具屋で、彼はその跡取りなのだが、最近近隣の街道整備で提供している高価な設備や機材が次々と壊れてしまい、修理が追いつかないとの事で、普段冷静沈着な彼の取り乱し様にザバンは放って置けないのだ。
「ふむ。ゼノ、少しだけ付き合ってもらえますか?」
無論、時間ならたっぷりとあるから付き合うさ。
彼の案内により、魔具屋へと足を運ぶと、工房内は壊れた機材で溢れかえっており、工房の職人達が全身を油と汗に塗れながら必死に修理に励んでいる。
「若ッ!何逃げてんすか!?」
一人の若い職人が声を張り上げて汗を拭いながら近づいてきたが、俺達の姿を捉えるや否やその怒声は歓声に変わった。
最も近くに転がっている機材に目を通してみると、どの部品も金属疲労が目立つ。
「この機材は何に使うんだ?」
俺は気になってヴァンに聞くと、彼は道路の整備の地固めに使うと答えた。
ならば、機材の重量、振動耐性からして間違いなく素材の質が原因だと言う事だ。
素材は純粋な鉄鉱石だが、純度が低く密度も粗い為か振動や摩耗の耐久性が低いせいだろう。
「ゼノ、原理は理解しました。ただ… …。」
素材だ。
純度の低い鉄鉱石で作られた部品の多さに目眩がしそうになるが逆に言えば一つ一つの部品は小さく手持ちの限られた鉱石類で間に合いそうだ。
「試しに幾つか部品を作ってみるか… …。」
「ゼノの分は鍛冶で必要でしょう。私の手持ちを使いましょう。赤鋼、青チタン鉱、輝水白鉛鉱、機材の性能を見極めながら慎重に試しましょう。形はこの部品を真似て… …。」
そこからは俺とザバンの二人で製作に没頭すると目まぐるしい成果を見せた。
とりわけ、周囲の職人達は俺たちの作業を食い入る様に見つめながらも、持ち前の向学心を発揮してしきりに加工技術を学ぼうとしている。
しかし、実験を繰り返す度、小部品の質と大部品の質が噛み合わなく、音も感触もなんとも気持ち悪い。
結局、小一時間の間に修理した物の大部品も同種にして作り替えたのだが、魔具師達の真剣な背中に俺達は寄り添う事に決めた。
工房内に埋まる三分の一程の機材を修理し終えた頃にヴァンが数枚の見慣れない魔素カードを持ってきた。
巷で流行りの食卓運搬専用の魔素カードだ。
一枚一枚の詳細に記されている内容は目を見張る程の質。
星8クラスの食事は何とも盛大な多種の料理である。
魔素カードから解放すると、これはこれで俺の向学心、好奇心を煽ってくる。
中には初めて見る彩りや初めて嗅ぐ香りも素晴らしい。
郷土料理と言うのか、里の料理とは一線を画す物ばかりで、食べる事よりも観察してしまうほど魅力に溢れる。
「若!今日は偉い太っ腹!」
その声に絆された一同は笑いに包まれるが、ヴァンは照れくさそうに声を張り上げる。
「お前らな!俺らが束になっても捌け無かった量をこの御二方があっという間に片付けて下さったのだぞ!このくらい礼をせねば申し訳が立たないだろ!」
この日、たった数時間でヴァンのインフラ魔具屋の経験値はかなりのものになったのだろう。
「さて、俺達はもう行くとするか。」
純度の高い鉱石類の魔素カードを幾つか置いて俺とザバンは料理と談笑を堪能してからその場を後にした。
午後を回った大通りは無数の往来で賑わっている。
「とても一日では周りきれんな。」
「でしょう!大通りから東西に延びる街路の多さといえば… …」
まだまだ、様々な店や工房が溢れているというのは王都の広さを象徴させ、改めて実感させられる。
ゆっくりとそれでいてまったりとした時が流れる… …清々しく澄んだ空を漂う白雲の壮観さたるや、これも冒険ならではの経験か。
俺とザバンは気が付けば街の喧騒をその身に浴びながらも、何故か心が洗われる気がした。
偶には落ち着いたこんな日もあって良いかと語り合おうとした瞬間に、プルスの部下、ニコライルから連絡が入る。
「ザバンさん!今すぐ砦までお越し下さい!隊長がッ!」
ええい!今ゆっくりと話出来て良いねと話していたばかりだと言うのに!
だが、ニコライルの焦り様は尋常じゃなかったし、騒音も幾つか聞こえた。
幸い境界警備砦への距離は近い。
俺とザバンは共に身体強化魔法を纏えば1分も掛けずに境界警備砦に辿り着けるのだが、それをすると、王都の景観を見事破壊する事になるので、魔力障壁を自身の周囲を囲む様に張りつづけ移動する事2分足らずで境界警備砦に到着した。
「ニコライルさん!何かありましたか!?」
ザバンが砦の扉を勢いよく開けると、そこでは、貴族の私兵部隊と思しき十数人の姿と警備隊が強烈に睨み合いを催していたが、傍らには顔中傷だらけのプルスが倒れ込んでいて、仲間達に手を出させないように制している。
助けにきた俺とザバンに部外者扱いしてくる私兵が食ってかかってきた。
私兵部隊の一人が難癖を告げながら俺に殴りかかってきたが、拳による協奏曲を喜んで受けて立つ俺と私兵にザバンは手を出さないよう激昂するが、折角の憩いの時間を邪魔されてご機嫌斜めなんだ。
ザバンには悪いがここは思いっきり暴れさせてもらおうかッ!
俺の形相に死地一遍を垣間見たのか、ザバン以外の敵味方皆、凍りつき、眼前に今にも飛び込まんとした私兵は顔を青ざめて腰を抜かし座り込んだ。
「あぁ… …こんな化け物が出てくるなんて聞いてない… …。」
それを見て俺の沸点は最高潮に達したのだが、何よりも腑抜けた態度が一番頭に来た。
愚の骨頂。
俺は殺気立ちながら、苛つきを隠さずに居たが、ザバンが静かにそれを遮りながらプルスに声を張った。
「何があったと言うんです?」
顔を腫れあかしたプルスや傍らのニコライル達を治療しながらザバンが全員に聞こえるように優しさ溢れる声色で諭すと、俺は一瞬憤怒に蓋をし、プルスは元凶である私兵隊長を指差し、事の顛末を話すと、俺は両拳の指を鳴らしながらその者に近づき、腰を抜かし怯み落ちている男の前に仁王立つ。
「駄目ですよ、ゼノ。相手は既に戦意喪失してますから。」
俺のこの苛立ちは何処へ吐き捨てれば良いのか。
実に面白くない。
事の始まりは、先週の事。
最近、革新派の貴族達がよく貧困街に足を運んでおり何か良からぬ企てがあると、王宮内で保守派が言い掛かりに近い難癖をつけたらしく、議会は荒れに荒れ、それを鎮める為に、前もって事情を把握していた王や宰相をはじめ、革新派の監視案内の下、貧困街の視察が執り行われた。
その街並みの変わり様に保守派貴族が騒つき、以降たった数日で多くの保守派が革新派へと寝返り、その鬱憤晴らしに保守派貴族が難癖をつけに来たらしいが、その難癖というのは、貧困街撲滅を目論む保守派が粛々と大枚叩いて根回ししてきた筈なのに、ある時を境に協力姿勢を見せなくなった警備隊への恨み節と報復によるもので、それを理解していたプルスはどんな横暴にも一切の手を挙げずに分かりやすい、糞安い挑発に耐えていたという。
そして、私兵とはいえ手を出せば民間人が貴族に刃向かったと受け取られれば大義名分が出来、憂さ晴らしと見せしめに出来るからと、私兵隊長も怯えながらそう言った。
―稚拙。
俺とザバンの声が揃う。
「おい、お前ら!」
まだまだ苛立ちが治らない俺の声に、大の大人達がその身を瞬間的に縮め上げると、悲壮感たっぷりにたじろぐ。
「俺は降りかかる火の粉は振り払わない主義でな、火の粉をいちいち振り払う手間より、一撃で火元ごと消し飛ばすほうが楽じゃないか。意味は理解できるか?」
青ざめた私兵たちは頭を一斉に縦に振ると、こんな奴等の茶番に至福を邪魔されたのかと感じ、再び苛立ちが押し寄せるが、深い溜息が自然と出た。
どうせなら、怯まずかかって来られた方が何倍マシか、その点だけ注視すれば迷宮の魔物の方が余程腹を括っているように思えた。
ザバンがその間に事の顛末を宰相に伝えること数分、王宮の馬車と騎士達が急ぎ砦に姿をみせ次々と連行してゆく。
「ゼノ、ああいう連中は、社会的な制裁で構いません。それでも来るようなら、完膚なきまで叩きのめします。それに、仕掛け人は大方察しがつきますよ。私兵の彼等も彼等で逆らえず仕方なく事を荒立てた、と思えば良いんですよ。そうでしょう?彼等からすれば貧困街と呼ばれた区画がどうなろうと知った事ではないのですから。」
いつの間にこの男はこんな寛大になったのか。
里で一番稚拙な人種だったのに、その成長ぶりに感心したが、その内心に気付かされて、ザバンからは冷ややかな眼差しを受けてしまう。
しかし、気になったのはその『察し』。
聞けば、王の腹違いの兄、王侯貴族でありながらにして、王都や王宮で最も不興を買うカネーニという男。
大抵そういう輩は、自分の思い通りにならないとゴネて周囲の迷惑なんて顧みない愚者である。
このまま大人しくするわけないだろう。
「… …消すか、俺の奥義、覚えたての隠密で。」
「物騒な事言わないッ!」
折角の休日が、つまらない事で気分は台無し、またもや、溜息をつくそんな俺を不憫に思ったのか、プルスが気を回してきた。
「ゼノ、ザバン。今夜一杯付き合えよ!俺の奢りだ。」
彼なりの誠意と言ったとこだろう、気分を変える為に俺達は夕暮れの安酒場へと足を運んだ。
ここまで読んで頂きありがとうございました♪
一身の都合上、不定期更新ですが、また次話読んで下されば嬉しいです♪
不定期過ぎにも程があるッ!
書き溜め… …_φ(・_・




