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ヴァンとアディ


 五年ほど前のこと。

 このゴルドヴァで、国王の誕生日を祝う盛大なパーティがありました。

 私はお父さまと叔母さまと一緒に、刺繍が入った濃い灰色のフード付きのマントに明るい灰色のシャツとズボン、竹の先を曲げた杖を手に、調停者として出席したのです。

 亡き正妃が産んだという長男は体調不良で欠席。壇上にいる国王に寄り添っているのは、まだ幼い三男と四男、名家出身というお后様でした。彼らよりもだいぶ年上らしい次男とあどけない赤ん坊の姫は、別の派手な女性の隣にいて、その女性はお后様の華奢なドレスと宝石を睨みつけています。

「アデリナ、よく観察しなさい。この国は近いうちに火種となるだろう」

「はい、お父さま」

 経験を積むためにこういった場所に連れて来られることは、よくありました。

 調停者は神ではありません。

 また、他国の政治に干渉する権利もありません。

 私たちに出来るのはただ、大陸中の国を観察し、情報を集め、その中枢にある人たちの名前や立場を覚え、人となりや好みや風習を知ること。どのような争いや戦いが起こるのか予想し、それが陰惨なものとならないように抑え、バランスをとること――ぐらいです。

 この時は、この国に逃げ込んだ難民たちの保護を訴えるために来たのでした。

 私たちが見せ物としてパーティに招待されたのだということは、成人前の私にもすぐに理解できました。

 着飾った大人たちが次々と「これが僻地シェレンの調停者か……」「まだ子供のうちに国外に出されるって本当なんだね。ぼく、いくつ?」「国王がほとんど国外に出ていて、めったに国にいないって噂を聞いたんだけど」などと話しかけてきます。みな、仮面を張り付けたような愛想笑いです。

 ……そのシェレンの〝めったに国にいない国王〟って、私の横にいて苦笑しているのですが。

「お父さま、庭に出てきていいかな?」

 人いきれに酔った私を見て、お父さまは優しくうなずきました。

 庭はとても綺麗でしたが、どこか『人の目に触れるところだけ整っていればいい』といった雰囲気で、みんなを楽しませよう、そして花々が伸び伸びと咲き誇れるように、と、気配りされた母の庭とは違いました。

 ゴルドヴァ王はかなりお年ですが、後継者が決まっていません。

 また、王妃や側室の言葉によってすぐ流される性格なのだと、聞いています。

 そして他国との戦争……。

 血のにおい。

 花壇の奥に、子犬の死体が無造作に捨てられていました。

 気の毒に。事故ではなさそうです。よその庭でどうしたら良いか分かりませんが、ここでは踏まれてしまいそうで、そっと抱き上げると庭の隅に埋めました。


「ぼうや、こちらにいらっしゃい」

 手を洗い、そろそろ宴席も終わりかけているであろう会場に戻ろうかと考えながら歩いていると、城で働く服装をした女性が、植え込みの奥から手招きをしていました。

「ちょうど今、あなたを迎えに行くところだったのよ」

 笑顔で優しげですが、あまり喜ばしい話では無さそうです。しかし、私も国の代表のひとりとして来ていますので、行かないわけにはなりません。

「なんでしょうか?」

 池の中の小島に四阿があって、石造りの橋を渡った先に、先ほど壇上の横のほうにいた派手な化粧とドレスの女性とまだ若い男の子が待っていました。

 愛妾と次男です。

 下の女の子はまだ赤ちゃんなので、置いてきたのでしょう。第二王子もまだ十代だったはずですが、ずいぶん背が高く、がっしりした体格をしています。服は舞台衣装のように派手で、顔立ちはそう悪くはないのですが、どこか卑しい印象のニヤニヤ笑いを浮かべています。

 着飾った女性は愛想良く

「お会いしたかったですわ、ちいさな調停者さん。お菓子はいかが? そちらではこんな珍しい砂糖菓子は無いでしょう?」

 と、お茶とお菓子をすすめてきます。

 とりあえず椅子には座りましたが、お茶やお菓子はやめておきましょう。

「なんの御用でしょうか」

 こちらもいちおう笑顔で返します。

 女性は一瞬だけ鼻白んだ顔をして、あわてて取り繕った笑みを戻しました。

「……いえね、あなたがたがどうして呼ばれたのかしらと思って。もしも陛下が後継者を相談してきたなら、うちのマルクルこそ次の国王として推挙すべきだと思いますのよ。勇気や決断力があって、強くて賢い子なのよ。もちろん、聡明なる調停者の方なら、分かっていらっしゃるでしょうが」

「どうして、そう思うのですか?」

「そりゃもう。兄王子は、そりゃあまぁほどほどに優秀でしょうけれども、亡きお母さまは踊り子ですもの」

 続いて、今の正妻が産んだ異母弟たちがいかにまだ子供で幼く愚かなのか、言葉を尽くします。

「母親が位の高い貴族だからって、後継者なんて、血筋だけで選ぶものではないとは思いませんこと? それに、うちの素晴らしいマルクルが先に生まれたのですもの」

 兄のことは血筋で否定して、弟には血筋ではないと言うのですねぇ。予想はしていましたけど、ありきたりですね。

「お話は伺いました。他の者にも伝えておきましょう」

 ありのままに言うだけですが。

 立ち上がって踵を返します。

「ちょっと待てよ、ちゃんと分かってるんだろうな!」

 石の橋を渡る途中で駆け寄ってきたのは第二王子でした。腕を掴まれます。

「父上に俺を後継者として推薦しろって言ってるんだよ。俺が国王になったら、お前んちにたんまりと寄付してやる。貧乏国には悪い話じゃないだろ」

 馬鹿ですか阿呆ですか。そんな言い方をされたらますますやる気が無くなるに決まっているでしょうに。そもそもうちの国が貧乏なのは、戦争や災害を防ぐほうに投資しているからです。

 彼からは血のにおいがします。腰には体格に不釣り合いな大きな剣を下げています。

 ……こいつですか。外国からの賓客も多い日に、庭で小動物をいたぶって、斬り傷もそのままに放置しておいたのは。何も考えていない低能なのか、それともあの可哀想な子犬で驚くゲストを見たかったサディストなのか。どのみちろくな子供ではありませんね。

 この母親は、勇気と決断力という単語を根本的に誤解しているようです。

 という気持ちは、おくびにも表情にも出さなかったはずなのですが、この短絡的な次男坊には伝わっていたようで、怒りを浮かべて、私を強く突き飛ばしました。

 あ

 そのまま、橋の下の池へと落とされます。

 冷たいっ。

「ざまぁみろ!」

 権力を振り回してきた子供にありがちな、あざけりの声。

 水が頭までかかってきました。そんなに深いはずはない、すぐに足が底に触れるはずなのに、何かに当たった手足がすべってちからが入りません。マントが重く、口と鼻から水が入ってきて苦し……

 私は咳込みました。

 水を吐きます。喉も目も鼻も痛い……。

「正気かマルクル!」

 耳元で叫び声。

 私を水から引き上げて、支えてくれている、少年。

 そのちからを借りて何とか自分のちからで立ちます。マントが重いですが、ちゃんと立ってみれば池はやっぱり腰ぐらいまでしかありません。

「……だいじょうぶです」

 ひとしきり咳込んでから、何とか彼を見ることができました。

 眼鏡をかけた整った横顔。濃い灰色の髪の少年が、橋の上を睨みつけています。

 どこかで、見たような……。誰?

 背は高いですが青年と言うにはわずかに若々しく、私と同い年か少し上ぐらいでしょう。騎士や警護兵ではなく、貴族の子息といった服装です。しかし先ほどのパーティにこの子はいませんでした。でも妙に記憶を刺激します。本人じゃなくとも家族ぐらいは見たことがあるような……。

 って、今はそれどころではありませんね。

「ありがとうございます、助かりました。風邪を引いてしまいますから水から出ましょう」

 なんとか体を離して自分で動きます。

 服も髪も水を吸ってじっとりと重いですが、飛び込んで助けてくれた彼も濡れ鼠です。

「……ああ。すまない」

「すまない?」

「落とされる前に間に合わなかった」

 申し訳なさそうな彼に、

「それが出来るのは予言者だけでしょう」

 苦笑を返すしかありませんでした。いつのまにか池の岸には揃いの制服の男性たちがいて、私たちを引き上げてくれると――。

「殿下。いかがしましょうか……」

 橋にうつ伏せに倒されて取り押さえられているのは、先ほどの次男でした。母親である華美なドレスの女性も、制服の兵士たちに捕まえられています。

 私を助けてくれた彼が現れると、次男は地面に引き倒されたまま藻掻き、うなるように叫びました。

「エステヴァンっ、ちょっと先に産まれたからって妾腹のガキのくせに偉そうに!」

「……妾腹というならお前もだろう。それに僕の母は正妃だ。たとえ、踊り子だろうとね」

 やはり彼はこの国の第一王子でしたか。体調不良ということで欠席なさってましたが、元気そうですね。早く着替えないと風邪をひきそうですが。

 彼は濡れたまま片膝をついて、押しつぶされている弟の顔を無表情に覗き込みます。

「僕を閉じこめるだけじゃなく、僕の犬を殺したな? いま外国の賓客を殺しかけたことで、お前はみごとに廃嫡だ。考え無しの我が儘が、城の外にも通じると思うなよ?」

 顔を真っ赤にして暴れる第二王子とその母親は、そのまま兵士たちに引きずられて行きました。

 それも当然ですね。この国の第二王子や幾人かの貴族たちはこちらを侮っておりましたが、シェレンは古き血の調停者である中立国。実は私たちは、国土は小さくとも大きな発言力を持つ、大陸の要人なのです。

 それを見送った王子はため息をつくと、片膝をついたままこちらを見上げます。

「控え室と浴室の準備をしています。シェレンのみなさまにも密かに声をかけさせていただきました。我が国の者が大変失礼いたしました。もう二度とこのようなことが起きないようにいたします」

 その言葉の通りに、エステヴァン王子はこの大国の実権を握り、不穏な火種を消して不要な戦争を回避していくのです。

 でも、兵士に「なぜあなたが真っ先に池に飛び込んでしまうのですか」と叱られていた彼は、ちょっぴり可愛かったですけれどね。



 それが、五年ほど前のことでした。


 農業用のため池から水しぶきがあがり、私の体はふたたび池に触れます。

 冷たいっ!

「アディ!」

 愛称を叫んだのは王様。

「あなたは――」

 思い出の中の王子の眼鏡を外し、顔立ちをさらに幼く愛らしく、アイスブルーの瞳はそのまま。すでにだいぶ濃くなっていた灰色の髪をもっと淡く銀色に……。

 あるとき伯父が「しばらくかくまってやってくれ」と、シェレンの城に連れてきた。

 中庭を我が物顔で駆け回る、黄金がかった羽のニワトリや、牛小屋などを物珍しそうに眺めていた。あまり良い環境じゃなかったという、どこかの国から来たやせっぽちの男の子。

 三つ年下だそうだけど、もっと幼く見えた。私のうしろをヒヨコのように付いてきて、畑仕事を手伝ってくれた、銀灰色のふわふわ髪の可愛らしい顔立ちの子供。

 とても優しい男の子。

「アディ、アディ、オレねぇ」

「――ヴァン、あなたは〝オレ〟よりも〝ぼく〟のほうが似合うんじゃないかなぁ」

「……僕?」

 数ヶ月たって、故郷へと帰ってしまった。



「……もしかしてあなたは、ヴァン?」

 成長して髪の色が濃くなることは、よくあること。声変わりがあったとはいえ、なぜ、この綺麗な顔で気が付かなかったのでしょう。

 五年前のあれは再会だったのですね。

 どこか泣きそうな表情をした王様の、たくましい腕が私をしっかりと抱えています。

「そうです、僕です。アディ。今回は、間に合って良かった」

 ……足先が冷たい。あのときは池に落とされましたが、今回は池に膝下が浸かっただけで、落ちなくてすみました。

 とはいえ、台風の雨がどんどん強くなっています。

 はずみで私を落としたテオは、農作業小屋の前でうつ伏せにされて兵士たちに取り押さえられています。デジャブですね。他国の王に危害を加えようとするだなんて、思った以上におバカさんです。これは義兄さんに締めてもらわないと……。



 髪を拭いて着替えてから、テオを捕らえてあるという客間に行きました。

 ……べつに牢屋に入れてもかまわないのですが、王妃の遠縁というところにお気遣いいただきました。……遠縁といっても血のつながりは皆無ですし、ほんとに地下牢とか北の塔などでかまわないのですが。

 兵士たちに挟まれて、椅子に座った状態で縄に巻かれたテオは、私を見て嬉しそうな表情を見せます。

 王様も着替えて、やってきました。

 横殴りの激しい風雨が窓を叩いています。

 着替えながら色々と考えていたのですが……。


「陛下、もしかして私を五年前に池から助けてくださったことを、覚えてらっしゃったのですか? この国の人々には男の子だと思われていましたが」

「もちろん。あのときは窓から姿を見てすぐにアデリナ姫だと気が付きました。……そうだ。その節は僕の犬を埋葬してくださってありがとうございました。あの頃は、過去に自分をかくまってくださったことが義弟派に知られると御迷惑をおかけすることになるため、なかなかご連絡を出来ず、たいへん不義理をいたしました」

「いえ、シェレンはそういう存在なので、お気になさらず」

 父や伯父伯母たちから素性も聞かないまま預かることや、のちに再会しても気付かないふりをすことは、とてもよくあることなのです。

 帰り際にたくさん贈り物をくれたのは、義弟がやらかしたことの口止めだけではなくて、その昔に保護したことへのお礼もあったのですね。たぶんお父さまたちには分かっていたのじゃないかと思いますが。

 テオが苛ついたように足を踏み鳴らします。

 王様は哀しそうな顔で私の片手をとります。

「……僕たちの結婚が、政略的なものだとは分かっています。あなたに好きな人がいたとしても……僕を選んでもらえませんか? やっと手に入れたあなたを、もう離したくありません」

 ええっと……。

「政略的な理由は、そちらにあるのかと思っておりました」

 王様は驚いた様子で、いつになく饒舌に、何度も〝シェレンのアデリナ〟を求めたが、大国に嫁ぐことは中立国としてはメリットがあるが、国を安定させるまでは嫁がせる気はないとシェレン側から言われたこと。

 なんとか内乱を押さえて国を継いで、気が変わる前にと結婚を急いだこと。

 しかし、いざ私を目の前にすると、空白期間が長すぎてどうしたらよいのか分からなかったこと。

 などを語りました。

「嫌われたくなかった。久しぶりにお会いするあなたはさらに可愛らしく、魅力的になっていたのですから。

 それに、あのちっぽけな〝ヴァン〟だなんていきなり言っても困るでしょうし、何よりも――忘れられていたらと思うと怖かったのです。あの数ヶ月間は僕の支えでしたから」

 ええと、つまり……。

 雄鶏の形をした黄金真珠に触れます。これは偶然ではなく本当に私のニワトリ?

「私は陛下に嫌われているわけではないのですね?」

 頬が熱くなります。

「ええ」

 うなずく王様の向こうで、何かがわめいています。

 私はため息をつきました。

「陛下。さきほど『あなたに好きな人がいたとしても……』と、おっしゃいましたが。ちょっと、この部屋でのことは聞かなかったことにしていただけますか?」

 王様がうなずくのも待たずに、縛られたテオに向き直ります。

〝本当に好きな人と別れて、利益で結婚するなんておかしいよ〟

 私は王様のことなのだと思いましたが、もしかして彼が言ったのは……。


「ひとつ確認したいのだけど。もしかしてテオは、私のことを好きなの?」

「………………そうだよ」

「さんざん農婦体型とか貧乏くさいとか馬鹿にしておいて?」

「そうだよ! そうじゃなきゃ、なんでわざわざ、兄貴が婿に行っただけのド田舎なんて顔を出すんだよ。そっちも分かってたんだろ?」

 うわー、やっぱりこの人って馬鹿だ。

 なまじっか顔の良い騎士職なものだから、ちやほやされて増長しているのでしょうね。ちょっと眩暈がしますね。

「で、もしかして私もあなたのことを好きなんだと思っていたのね?」

「そうだろ? なんで、当てつけに政略結婚なんてするんだ。照れるなよ」

「照れてない!」

 私はひと呼吸つきました。

「いや、私があなたを好きならば、お義兄さんにひとこと言えばいいだけですよね? 私が嫁ぐまでまったく知らされていない時点で、あなたへの当てつけって成立していませんよね?

 好き嫌いでいえば、どーでもいい存在というか。お義兄にいちゃんはあんなに優しくて聡明で視野が広いのに、なぜかまったく似てない頭が悪い弟っていう程度の認識ですよ。

 王様のように好みの顔でもありませんし、格好良いとも思えませんし、こんな大きな国の安定のために尽力したような尊敬するポイントもありませんし、私を何度も助けてくれた優しさもあなたにはありませんし……。

 オレ様系ってムカつくんですよねぇ。ただ単に乱暴なのと頼りになるのって違うんですよ。

 というか、今回のことでも日頃のうちの城での態度も、自分の故郷や職場を危機に陥れていますよね? いつもあなたが帰国してから、あなたのお兄さんがどれだけあちこちに頭を下げていると思っているのですか?

 自分勝手で我が儘で、何も知らない甘ちゃんのくせに偉そうな馬鹿テオなんかと結婚するような、ボランティア精神は持っていないのですよ。どうせ嫁ぐのなら、尊敬できる素敵な人と結婚したいですから」

 と、日頃の鬱憤をぶつけるように一気にまくしたてて。相手の顔色が紙のようになったところで、ようやく我に返りました。

 やってしまった。

 だから調停者には向いていないのです。

 まるきり赤の他人相手ならまだ取り繕えるのですが、今回はもう何年も顔を合わせている相手なので、ついつい素地が出てしまいました。

 さすがに、王様に呆れられてしまったでしょうね……。

 ちろりとそちらを向くと、王様は口元に手を当てて顔を逸らしていました。見ないふりをしてくださっているのでしょうか。さすが紳士ですね。

 しばらくして、王様は小さな声で言いました。

「……アディ。僕もひとつ確認したいのですが」

「はい、どうぞ」

 ちょっと怖いですね。

 王様の合図で、真っ白に燃え尽きたテオは、兵士たちによってどこかに運び出されて行きました。今度こそ牢屋だといいですね。考え無しの甘ったれにはよい薬です。

 深呼吸してこちらを向いた王様の顔は真っ赤でした。

「アディは……ええっと、僕の顔は好みなのですか?」

 そういえば、そんなことを言ってしまいましたね。私の本音ですが。王様は珍しくわたわたと慌てた様子で手を横に振ります。

「いや、僕が言いたいのはそこじゃなくて、いや、それも知りたいですが、その、ええっと……僕に嫁いで……後悔してはいませんか?」

 私は笑ってしまいました。

「後悔させる気ですか? いま言ったように私は、好みでもなく尊敬できないような人のもとには嫁入りいたしません。五年前にお会いしたあなたが素敵な人でしたから、このゴルドヴァに来たのです」

 あのときに好きになったのとは、少し違います。

 池でおぼれ、助けられてから気になって、ゴルドヴァのエステヴァン王子の情報を積極的に手に入れていました。

 投獄されていた弟王子の反乱や、大臣の裏切り、血塗れ王と呼ばれるまでの苦しみや悲しみを私は遠くからずっと見守ってきました。陰から手助けできるところはしてきたけれど、それでも距離が邪魔でした。

 結婚の打診があったとき「これで、近くで助けられる」と、思ったのです。

 王様は泣きそうな顔で微笑みました。

「後悔させません。決して。初めてシェレンの城であなたに出会った時から、ずっと愛していました」



 その夜。初めて王様は、寝室にいらっしゃいました。


 私は調停者たるシェレンの娘、アデリナ。

 私たちの子供たちがこのゴルドヴァをさらに豊かにするかどうかは、あと十数年もしたら分かることでしょう。



            了

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