第1話「濫觴」
3作目(実質2作目)です。
1作目に比べたらかなりなろう寄りに仕上げられたのではないかと思ってます。
それではお楽しみ下さい*˙v˙*)ノ"
涼やかな、心地の良い風が一陣吹いた。青草は舞い、ビロードのような私の白金の髪ははたはたと靡く。ふわりと持ち上がったスカートは重力に沿ってまた元の位置に落ち着く。
「アタナシア!ちょっとこっち来て手伝って!」
おばさんが畑を耕しながら私を呼んでいる。「はーい」なんて、間延びした返事をしながら、駆け出す。
ガレリア王国は北部、アントラム地方の一角のことである。緯度が高く、夏と冬の寒暖差が激しい国だ。この頃は隣国との戦争が集結して5年、比較的穏やかな初夏を迎えている。
私はその戦争で、戦災孤児となった。今から数えて5年前なので、おおよそ12歳頃の話だ。しかし、それも正確な年齢とは言えない。
「記憶」というものが、欠落しているのだ。
家族の顔も名前も分からない。それまでどんな暮らしをしていたかも、さっぱり忘れてしまっている。唯一覚えていたのは「アタナシア」と言う名前だけ。
孤児院に預けられていたところを、養子としてこの家に迎えられることとなったのだ。
今の生活にはかなり満足している。おじさんもおばさんも優しくていい人だし、作ってくれるご飯も美味しい。近隣に住んでいる方とも良好な関係を築けている。
何より、ここはとても自然が豊かで、澄んだ空気をしている。
一息に空気を吸うと、胸いっぱいに爽やかな感覚が広がる。十分堪能して、はぁと吐き出す。
「ふぅ。お疲れさん。とりあえず、今日の作業は終わりだね」
どろんこ塗れの腕でおばさんが額の汗を拭いながらそう言った。すっ、と軌道に沿って泥の後がつく。
かくいう私も、当然どろんこ塗れだ。
「先に身体綺麗にしてきな」と、おばさんが言うので私は言葉に甘えてお風呂に入ることにした。
桶に貯めた水をざばっと勢いよく頭から被る。あんまり冷たくって、心臓が縮み上がった。
ほんのちょっとだけ沸かして貰えばよかったな、なんて考えながら体に着いた汚れを落としていく。
頭から爪の隙間までくまなく綺麗にすると、なんだか心までさっぱりした気分になって得をしたような心持ちになる。
浴室から出ると、身体を拭いて水気を飛ばす。
特に入念に、髪の毛をタオルで挟んで拭いていく。髪が長いと、濡れた状態で肌に当たるとほんのり不快なのだ。
そうして拭き終わると、手早く着替え、ドアノブに手をかけた。
「よし。それじゃあ、行ってきます!」
私が元気よくそういうと、「行ってらっしゃーい」と家の奥からおじさんの声がした。
今日は私の大好きなお祭りの日なのだ。今年の豊穣を願うお祭り。ここからしばらく行った城下の通りでは沢山の露店が並んで、そこには人熱で一足先に夏が来る。
街は、人でごった返している。
人々の声が雑音のように重なる。
「ママ〜あれやりたい」
「今年はどこも力入ってんな」
「ちょっ押すなよ」
「今年も平和な一年になればいいな」
「どうだろうな。最近、西の方がきな臭いし」
「そういえばこの前のあの事件どうなったの」
「あそこら辺のステーキコーナー食べ比べしようぜ!」
「そんなに金ねぇよ」
「こないだこの辺で黒魔女見かけてよ」
「嘘つけよ。お前この前も狼出たとか言ってただの野犬だったろ」
「人多すぎ!」
「おっやっと来たな。行こうぜ」
その中に、聞き覚えのある声がした。
「あ、アタナシア姉ちゃん!」
「本当だー!お姉ちゃんもお祭り?」
私のご近所に住んでいる12歳くらいの双子の兄妹が私に声をかけてきた。兄のグレイと妹のマリーだ。
「そうだよ〜おすすめのお店とかある?」
「あのね、あそこのパン屋さんのサンドイッチ、フワフワで美味しかったよ!」
マリーが答える。
「ほんと!?行こ行こ!」
二人に案内してもらって、パン屋の出店へ行く。
「あら〜アタナシアちゃん!来てくれたんだ〜」
「アリアさん!出店してたんですね!」
アリアさんは、私がいつもパンを買いに行くパン屋さんの店主だ。
「えーっと……このパンとこのパン、あとこれ下さい!」
私は塩パンとカツサンド、そしてマリーの言っていた果物の入ったサンドイッチを指さしてそう言った。
「毎度あり〜!おまけしとくね」
アリアさんはそう言って、食パンの耳で作ったラスクをおまけしてくれた。
それからしばらく、双子と共に色々な店を回った。食べ物の他にも花屋さんや硝子細工、射的などのゲームの出店、様々な人が様々な店をやっている。
ちなみに、アクセサリーの露店もあり、可愛いクラゲのイヤリングが売ってあったので買った。すると、マリーがせがんで来たので、お揃いのイヤリングを買ってあげた。グレイには剣にドラゴンが巻きついたチャームを買った。凄く嬉しそうだ。
「はー……楽しかった」
私達は出店の並ぶ通りから少し外れた、川沿いに来ていた。
「人混み凄かったな」
グレイが言う。
「楽しいけど、お祭りってちょっと疲れるね」
マリーが言う。
「ま、とりあえずパン食べよう!」
先程アリアさんの出店で勝ったカツサンドを取り出した。
「……アタナシア姉ちゃんさ」
グレイが口を開く
「何?パン食べたいの?」
「違うよ。姉ちゃん、記憶がないって本当なの?」
「ん?うん。本当だよ。5年前くらいから前の……あの戦争より昔の記憶が無いんだよね」
「思い出したいとか思うの?自分の家族のこととか、昔の友達のこととか何も思い出せないんでしょ?」
「うーん……どうだろ。あんまり思ったことないかな……」
「なんで?だって、それってなんか……こう、すっごく……寂しくない?」
「寂しい……。あんまり考えたこと無かったなぁ。今の生活に満足してるからかな」
「そうなの?」
「そうだよ。おじさんもおばさんも優しいし、ご飯は美味しいしみんなも優しい。それに……」
そう言って私はグレイを抱きしめた。
「こんな優しい友達もいるしね!」
「ちょっ……!急になんだよ!」
「照れちゃって〜可愛いね」
彼は顔を赤くして私から距離を取った。
「ねぇねぇ私は?」
と、マリーが聞いてくる。
「もちろんマリーのことも大好きだよ!」
そう言って私は彼女を抱きしめて頬擦りした。
「えへへっ。私も大好き!」
マリーがそう言って笑った。
そうして、段々日が傾いて来たので、私達は解散して、帰路につくことにした。
軽くスキップをしながら草原を進む。
本当に、記憶を取り戻したいなんて考えたこと無かったなぁ、と思い出す。
……でも、そうか。私を産んで育ててくれた家族がきっとどこかにいるのか……。あの戦争で、死んでいなければ。
いつか、会えたりするのかな。
がさっ、と草むらに影が動いた。
がさがさがさっ。
影は二つ、三つと増えていく。
……なんだ?
なにかが近づいて……
低く唸るような声が聞こえた。
逆立った毛。らんらんと輝く眼光。
野犬だ。
そう気付いた時には遅かった。
世界が転倒する。後頭部に鈍い痛みが走った。その拍子に、ガチっと歯がぶつかって鳴った。転けて、頭を打ったのだと気付いた。
ズキズキと痛む足には、野犬が噛み付いている。大声を上げながら、私はもう片方の足で野犬を蹴ったが、怯むどころかより噛む力を強めた。より深く、牙が肉に沈み込む。ドクドクと赤い血が流れ、傷口の周囲の皮膚は赤黒く変色して滲んでいた。
更にもう一匹が私に向かって飛びついてきた。防ごうとして腕を噛まれる。
痛い痛い痛い痛い。
ゴリッと、骨まで達した音が聞こえる。
泣き叫びながら助けを呼んだが、人の気配は周囲にない。
そして残った最後の一匹が、私の喉に噛み付いた。息ができない。苦しい。辛い。
牙が気管を貫通したのか、呼吸の度に肺がゴロゴロと音を立てて焼けるように痛む。口の端からあぶくになった血液が伝う。
そうして、私の視界は真っ暗になって行った。
冷たい冷たい、暗闇へと体が沈んで行った。
どこからともなく、女の人の声がした。聞き覚えの無い声。でも、どこかで聞いたような声。
「時間ですよ」
時間……?一体何の───
パチッと目が開いた。痛い。未だ身体は痛い……が、何か変だ。何か……。
噛まれたはずの腕の傷が、みるみるうちに塞がっている。そして、私の身体は炎に包まれていた。
熱くはない。服も草も燃えていない。
不思議な炎に私は包まれている。
野犬は怯えた様子で耳を垂らし、背を低くしながら後ずさりして逃げて行った。
数分ほど経った頃だろうか。
私を包む炎は消え、傷口は完全に塞がっていた。足も腕も喉も。痛みも完全に癒えていた。
呼吸が荒くなる。
心臓が早鐘のように鳴っていた。
死んだ。私は確かに死んだはずだ。でも……今こうして生きている。
さっき私の身体に起きたことは人間の範疇を明らかに超えている。
私は……私は……。
「私は……人じゃ……ない?」
今まで気にしていなかった。気にする必要が無かったから。それをすることが……現状に不満があると言っているようで好かなかったから。
だけど、あの痛みが。
今生きていることが。
私の思考を揺らがせる。
失った自分の過去が揺らいでいく。
眩いくらいの月光の下、どこか遠くで、誰かが笑った気がした。
おかしいような、悲しいような、そんな声で。
私の運命を、この先に定められた宿命を
嘲笑うように───。
3話まで同時に投稿してます。
回を追うごとに面白くなっていくと思うので引き続きお楽しみ下さいd('∀'*)




