25 おかえり
ブレスレットをそうっと撫でた後で、フレイアは決心したように口を開いた。
「私からも渡すものがあるんだ。というか、返すものだな」
「返すもの…?」
首の後ろに手を回してネックレスを外し、僕に握らせる。
「これ…」
大きな紫色の石。
「アルヴィンのアメジストだ」
「まさか、兄上に渡さずに持ってたの?」
「いや、あのときは皇太子に渡した。死ぬわけにはいかなかったからな。だけど講和のときに取り返したんだ」
《皇太子のやつ、最初はアルヴィンのネックレスを隠して自分のネックレスを渡してきやがった。アルヴィンの兄貴だけど、まじで意地汚ねえ》
それを口に出さないのは、僕への思いやりなのだろう。そんなこと、今更どうだっていいのに。
このネックレスだって、今の今まで、どこにあろうがどうだってよかった。
だけど彼女が取り返してくれたのなら…これが二人の思い出になっているなら…
「…ありがとう」
僕はネックレスをつけて、ぎゅっと石を握った。懐かしい重みだ。
「その…」
「…?」
《聞いていいのかわかんないけど、この機会を逃したら聞けない気がする》
「なぜ一人で離宮で過ごしてたか、聞いていいか?」
《本当に病気療養してたなら、養成訓練に参加したいなんて言わないはず。それに私があそこに迷い込んだときも、アルヴィンは健康そうだった。つまり、アルヴィンが離宮にいたのは病気が理由じゃない》
心が読めないのに、野生の勘と推測だけでそこまでたどり着けるものなのか。
「その…家族に嫌われて…」
「理由は?」
「…」
《アルヴィンは自分のことを「みんなを不幸にする化け物だ」って言ってた。だけど…》
「どんな理由であっても、私がお前を嫌うことはないし、化け物だと思うこともない」
《あなたが背負っているその悩みを、辛い過去を、私も一緒に背負いたいの。少しでも楽になってほしい》
言っても、いいのだろうか。楽になれるのだろうか。喉の奥で「僕は人の心が読めるんだ」という言葉が、外に出たそうに待っている。
けれど僕は首を振った。
嫌われるのが、怖い。
「…言えない、ごめん」
「わかった、もういい。無理に聞いて悪かった」
「ごめん」という僕の小さな声が、僕とフレイアの間で頼りなげに揺れて消えた。
ーーー
それきり、フレイアが離宮時代について聞くことはなかった。
代わりにテムの風習や、フレイアの父の話や、リトやケシやカイの笑い話をしながらアンデ城の門をくぐると、「アルヴィン!」と明るい声がした。
「お帰り、アルヴィン!帰って来るって信じてたよ」
一瞬戸惑ってからルピのハグを受け入れたら、《本当に心配したんだから。ああでも、無事でよかった》という声が迎えてくれる。相変わらず嘘のないルピにほっとする。
「ありがとう、ルピ。急にいなくなってごめん」
「ほんとうにもう…心配したんだよ。みんなもね」
ルピの声で顔を上げると、同期たちが勢ぞろいしていた。セグが静かに進み出て、真っすぐに僕の目を見た。
「俺、アルヴィンに謝りたくて…」
《俺、今人生の中で最高にかっこ悪い。だけどこのまま謝らずに逃げたら、もっとかっこ悪いもんな》
「セグ…?」
「アルヴィンが正しかった」
僕がいなくなったあと実地訓練で山に入った候補生たち。チームリーダーだったセグは地理が頭に入ってなかったせいでチームごと迷ってしまい、探しに来たルピに見つけてもらって命拾いした。
「自分で覚えとかないと、仲間も危険に晒すってわかったんだ」
「そう…」
「兄貴にもめちゃくちゃ怒られた。お前はリーダーについてくだけの雑魚になりたいのかって。だから…うざいとか言って本当にごめん。それから…大事なことを教えてくれてありがとう」
《どんだけ罵られて馬鹿にされても仕方ない。だって俺が実際に馬鹿で最低だったんだから》
「もういいんだ。僕ももっと言い方を考えるべきだったよ」
「…!」
《こいつまじで…》
「かっこよすぎだろ!嫌がられても、一生ついてくからな!」
「…あ、ありがとう?」
セグがルピの外側から僕に抱き着き、他の候補生たちも次々と僕の肩を叩いたり、背中を引き寄せたりしてくる。
《おかえり、アルヴィン》
《帰ってきてくれてよかったよ》
僕は笑いながら、少しだけ泣く。
フレイアが「これでいい」というように頷く。
ここが、僕の帰る場所なんだ。




