表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/69

44:信じていたもの


 レティシアは、サイラスにエスコートされ、豪奢な廊下を歩いていた。といっても、飾りを見ている余裕はない。足元に視線を落としながら、ゆっくりと進む。


 身にまとうのは深い青のドレス。緩やかに広がるスカートの裾から、ほんの僅かに純白のレースが覗いている。織り込まれた銀糸の刺繍が、光を受けて星のように瞬いた。


 こんな至近距離でサイラスの腕を取っているなんて、普段のレティシアなら緊張でいっぱいいっぱいになっていただろう。

 だけど今は、彼の腕だけが頼りだった。決して離さないようにぴたりと寄り添う。


「緊張していますか」


「はい……」


 頷いた拍子に、髪飾りがしゃらりと綺麗な音を立てた。隣のサイラスが微笑んだ気配がする。



 

 王太子との約束の日。

 レティシアとサイラスは揃って登城した。


 一応第二王子メルヴィンと婚約していたとはいえ、レティシアは彼の兄である王太子と一度も会ったことがなかったし、城に来たこともなかった。メルヴィン本人が嫌がったからだ。


 だから、初めての城にとても緊張していた。サイラスが一緒に来てくれて、言い表すことができないくらい安堵している。


「俺も、フレデリカもいます。安心してください」


「ありがとうございます」


 ぎこちなく、レティシアは笑顔を返した。サイラスが頷き、前を見る。

 目的の場所、玉座の間はすぐ目の前にある扉の向こうだ。


 サイラスが侍従に名を告げた。彼は静かに扉を押し開く。


 レティシアとサイラスは赤い絨毯の中央、玉座から程よく離れたところで跪いた。


「面を上げよ」


 低い声が響き、レティシアたちは顔を上げた。

 玉座の間に座る次期国王は、サイラスと同い年くらいに見えた。金髪に灰の瞳は弟とよく似ているのに、穏やかそうな眼差しのためか印象が大きく異なる。

 王太子のすぐ隣には近衛騎士が数名控えていた。その中にはフレデリカの姿もある。レティシアは少しだけ表情を緩めることができた。


「サイラス、久しぶりだな。この時間に起きているのは辛いのではないか?」


「殿下が呼んだんでしょう。できれば午後にして頂きたかったのですが」


「断る。お前への嫌がらせができなくなるだろう?」


 サイラスが苦笑いを浮かべた。近衛騎士たちの顔に、「また始まったよ」という呆れが混ざる。けれどそれは決して冷たいものではなく、見守る温かさを感じられた。

 

「それからオルコット嬢、よく来てくれた」


「お初にお目にかかります、ハワード殿下。メルヴィン殿下と婚約させて頂いていた身ですが、ご挨拶が大変遅れて申し訳ありません」


 レティシアが頭を下げると、王太子はゆっくりと首を横に振った。


「構わない。どうせメルヴィンが嫌がったのだろう。……そういえば、奪った側から弁明を聞いていないな?」


 王太子の視線がサイラスへと移る。


「奪ったのではなくて、彼女が俺を選んだのですよ」


 不敵な笑みを浮かべるサイラス。


(い、言い方!)


 事実とはいえ、誤解を招きそうな言い方にひどく焦る。皇太子に、レティシアが抱く懸想が伝わってしまうかもしれない。そう思って、今すぐここから消え去りたい気持ちになった。


「そう仕向けたのは俺ですけどね。レティシアさんにとても興味が湧いてしまって」


 サイラスがこちらを見た。慈しむような優しい眼差しから逃れるように、レティシアはそっと視線を外した。王太子の側で、フレデリカが渋い顔で頭を抱えている。


「魔力ゼロ……だったかな。そのような人物が実在しているとは思わなかったな。メルヴィンから聞いた時も、てっきりオルコット嬢を婚約者にするための方便だと思ったぞ」


「殿下……」


 思わず、声が震えた。


「子供の頃のあいつは、本当にオルコット嬢を気に入っていたからな」


「……っ」


 レティシアは俯いた。強く握りしめた手を、隣のサイラスが黙って包みこんでくれる。


 深く息を吸って、呼吸を整える。


「それは、昔のことです……殿下」


  


 今でも、忘れることができない。





 

 *





  

 貴族の子供たちが集まったお茶会。魔力がないからと爪弾きにされ、レティシアはひとり垣根の影に座り込んで泣いていた。


「おい、そこのお前! めそめそするのはやめろ、見苦しい」


 声をかけてきたのが、メルヴィンだった。

 偉そうで、威圧的な言葉遣い。だけど――


「魔力がない? なら、僕が守ってやろう! 弱い者を守るのが王子の務めだからな!」


 差し伸べられた手の温かさを、レティシアはずっと、ずっと信じていた。








 *






「今の彼は、私を見ていません」


 静かにレティシアが言いきると、王太子はため息をつきながら、深く頷いてみせた。


「そのようだな。大した理由もなく令嬢との婚約を破棄するなど、メルヴィンは何を考えているのか……自由にさせすぎたかもしれないな」


「殿下は、レティシアの後見人であるレジーナ夫人やその娘と共謀して、何かを企んでいるようです」


 サイラスの言葉に、王太子は眉をひそめた。近衛騎士たちも怪訝そうな顔をしている。


 その反応を見て、レティシアは王太子が『精霊の巫女』やメルヴィンから言われた『期限』について知らないと察した。


(ならやはり、私に関わる情報を知っているのは――メルヴィンとドリス、レジーナ叔母様だけ)


 レティシアはネックレスに触れる。

 やはり、彼らとの対面は避けられない。


「手紙でも簡単にお伝えしましたが、レティシアさんの件には、恐らく精霊教会が絡んでいます。動向を確認しておいた方が良いでしょう」


「わかった。なら、人払いをしよう。詳しく聞かせてくれるな?」


「もちろんです」


 王太子が無言で手を上げると、衛兵や近衛騎士たちが次々と謁見の間を出ていく。

 レティシアのところにフレデリカが近付いてきて、一礼する。


「レティシア様。行こうか」


 レティシアは頷き、サイラスを残してフレデリカと共に謁見の間を出た。

 重厚な扉が侍従の手で閉ざされていく。レティシアは振り向き、サイラスがこちらに向けて軽く手を振ったところを見た。


 扉が完全に閉ざされ、サイラスの姿が見えなくなる。

 レティシアはフレデリカと共に廊下の端に寄り、サイラスの話が終わるのを待つことにした。


「緊張したかな?」


「はい。でも、サイラス様とフレデリカ様が居てくださったから大丈夫です」


 そんな風に、レティシアとフレデリカが話していた時だった。


「……レティシア」


 聞きなれた声。背後から聞こえたそれに、レティシアは硬直した。先に相手を確認したらしいフレデリカの表情が険しくなる。


「……殿下」


 彼女の声が、緊張に満ちている。

 レティシアは一度ネックレスに軽く触れてから、意を決して振り向く。


 そこには予想通り――メルヴィンが、真剣な表情で立っていた。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お城に行ってもサイラス絶好調というか、サイラスと王太子コンビが絶好調?(笑) メルヴィンは何か聞き出したのかな? 真剣な表情って、ロクでもないこと考えてないよね? (^_^;)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ