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道化師は泣き、女王は笑う  作者: Mel


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27 そして、夜は閉じられた

 宮廷道化師としての生活が再び始まった。

 議会に顔を出した道化師を忌々しげに睨みつけるものもいたが、肝心の議長はといえば涼しい顔をしている。

 

 そして会議を終えて太鼓持ちの貴族に声を掛けられたと思ったら――珍しくも貴族院の議長から呼び出しであった。

 始末しきれなかったと見て、改めて引導でも渡す気であろうか。

 それとも毒でも煽れと言うつもりだろうか。


 指定された議長室に赴いた道化師は、警戒を滲ませながら扉を叩く。

 ややあって開かれた扉の先。議長だけではなく他の貴族も控えていた。


「……ふむ。城内に紛れ込んだ物盗りに襲われたと聞く。無事で何よりであったな」

「ええ、お陰様でこの通り。死神も愚者を相手には出来なかったみたいです。わたくし、振られてしまいました」


 冷笑が漏れ聞こえる中、道化師はあくまでも笑みを湛える。物盗り。なるほど、そういうことにされたのか。この国で起きた事象など、尊い方々の手にかかればいかようにも捻じ曲げられるのだ。


 それはさておき、呼び立てた理由は何であろうか。道化師が用件を待っていると、議長の腰巾着が咳払いをした後に朗々と語り始めた。 

 

 いわく。最近、民衆の間では不満を訴える声が日に日に大きくなっている。暴動なるものまで各地で起きているようだ。

 そこで今こそ、諸外国に示したように、女王陛下の御威光を民衆にも知らしめるべき時ではないか。

 ――そう告げられた。


 つまりは、城下でパレードを催すというのだ。

 そして、その余興として道化師にも芸を披露するよう命じられたのである。


 ……まったく、傷も癒えきらぬうちにこれとは、なんと愚かなことか。

 まだ蝗害の余波も収まらぬというのに、そんな浮かれた催しを開けば、女王への反発をさらに煽ることは目に見えているというのに。


 とはいえ、女王が聖国との交渉を重ね食糧援助を取り付けていたことについては、徐々にではあるが民の間でも賞賛の声が上がり始めていると耳にした。

 備蓄の放出すら渋っていた貴族たちに比べ、よほど仕事をしているように映ったのだろう。


 貴族院にとっては、さぞ面白くない展開だったに違いない。

 それゆえ、わざと豪奢に飾り立てて不興を買わせようとしているのかもしれない。


 もっとも――お貴族様方の腹の内など、道化に分かるはずもない。ただひとつ確かなのは、自分には拒む権利など最初から与えられていないということだ。なにせ、つい先日には刃という名の毒まで送りつけられているのだから。

 

 あれきり二の手が来ないところを見るに、脅しで済ませるつもりだったのか。

 あるいは、利用価値を見出して飼い殺す腹か。

 ――おそらくは両方だろう。こんな命令を与えてくるあたり、少なくとも「まだ使いどころのある愚者」としては合格点をもらえたらしい。


「――承知いたしました。ですが、芸を披露するのはわたくし一人だけでしょうか?」


 そう問いかけると、貴族のひとりが鼻で笑い、杯を片手に傲然と続けた。


「鼓笛隊などはこちらで用意する。お前はいつものように、くだらぬ芸でも披露しておけ。……せいぜい犬のように跳ね回って、民の憂さ晴らしでもしてやるがいい」


 吟遊詩人は、民の怒りを煽るだけ煽って姿を消した。

 曲芸師は「また馬鹿どもの相手か……」とぼやきながら密命に戻っていった。

 歌姫の出自を知ってしまった今となっては、呼び戻すわけにもいかない。

 それに、あの()()()の一件を経た今となっては彼らを巻き込む気にもなれなかったから、一人であることに軽く安堵した。


「それでは、まずは陛下に許しを頂いてまいります。……わたくしの飼い主は、あの御方でございますから」

「それならばすでに許可はいただいている。……むしろ、このパレードなる催しは陛下ご自身のご希望だと聞いているぞ。お前の入れ知恵かと疑ったくらいだ」

「――左様でございましたか。偉大なる諸国では、確かにそのような催しも盛んにございますゆえ……つい、口が滑ったのかもしれません」

「飛蝗の騒ぎもようやく収まりつつある。民に少しばかりの憩いを与えるのは良いことであろう。……王家に楯突く下賤どもに私財を投げ打たれるなど、まさに慈悲深き御方だ。――まったく、陛下らしいことだな」


 嘲りを隠そうともしない口ぶりだった。


 きっと彼らも分かっているのだ。こうした見せかけの慈善では、民の不満など解消されはしないということを。

 それでも構わないのだろう。悪しき女王を盾にすれば、自分たちは責任を負わずに好き放題に振る舞える。

 ――止める理由など、どこにもないのだから。


「……では、わたくしは陛下と話をしてまいりますので、これにて失礼いたします」

「フン。お前が調子に乗っていられるのも、我らの温情があるからだということを忘れるな。……身の程は、もう分かっているだろう」

「ええ、過分なご温情でございました。それと……大玉に乗って歩くのは得意ですが、調子というものはどうにも苦手なんですよ。なにせ乗るとすぐに落ちてしまうものですから」


 けらけらと笑いながら、道化師は貴族院の部屋をあとにした。

 下卑た香りがなおも身体に纏わりついてくるようで、吐き気すら覚える。

 だが、それ以上に胸をざわつかせていたのは、女王の真意が見えないことだった。


 居ても立ってもいられず、足早に居室へ戻ると――。

 鳥籠の前に立つ彼女の姿があった。


「陛下。療養中に頭の中がお花畑となった私にも分かるよう、どうかご説明いただけませんか?」

「……生憎と、貴様に語ることなど何もない。道化は道化らしく、与えられた役割を果たしていればよい」


 こちらを見ることもなく、冷えた声音が返ってくる。

 いつものように軽口を返しかけた道化師は、ふと言葉を飲み込み、顎を引いた。

 真剣な眼差しで、彼女の背を見つめ直す。


「……この時勢下においてパレードなど、正気の沙汰ではありません。陛下が、また傷つくことになる」

「そうだろうな」

「それならば、どうかお考え直しください。……俺は貴女が傷つく姿を、もう見たくない」

「……道化よ。お前は少し、思い上がっているのではないか?」


 やはり、女王は振り向かない。

 背を向けたまま、厳かに、そして冷たく言い放つ。


「お前のような賤しき者が私の心を測ろうなど――身のほどを弁えよ。いいか。興行中にも余計なことは一切口にするな。いつものように王家を嘲ってみせろ。それが、民の心の慰めとなろう」

「……つまり、鬱憤晴らしが必要だと」

「余計なことは考えるな」


 吟遊詩人が王家を揶揄したように――。

 道化師にも、女王の面前でそれを演じさせ、民の溜飲を下げさせろということか。


 ……だが、それが本当に良策だろうか?


 ほんの少し離れていただけなのに。いまの女王にはかつての怜悧さも、わずかに覗かせていた余裕さえも見受けられなかった。

 聡明な彼女にしては浅慮な思い付きといえたが……これ以上食い下がれば、この部屋を追い出される気がした。

 

「承知いたしました。貴女が望まれるなら、俺は俺の役を演じましょう」

「……もう少し、取り繕え。私の前であろうとも仮面を被り続けるのだ」

「嫌ですね。……好いた女の前くらいは、素顔でいたいものですから」


 女王の肩が、わずかに震えた。

 それでも彼女は、決して振り返らなかった。

 ただ鳥籠の中の白鳩だけが、何も知らぬ顔で甘えるように女王の指先に頭をすり寄せていた。


 鳩の羽ばたきだけが耳を打つ静寂の中、女王はふいに、鳥籠の扉をそっと閉める。


「……この鳥は、自由を得たとして、一人で生きていけるのか?」


 それは静かな問いだった。

 あるいは、鳥籠の中の鳩に、自分を重ねているのかもしれない。

 

 求められている答えは分かっていた。

 それでも、道化師は首を横に振る。


「――いいえ。一度飼われた鳥は野に放たれても生きていけません。餌の取り方も知らず、やがて命を落とすでしょう。もしくは……自ら籠の中に戻ってくるかもしれません。居心地さえ良ければ、ですが」

「なるほどな。鳥ですらそうなら……私など、とても生きていけそうにないな」

「勘違いなさらないでください。それは一人では無理だという意味です。番がいれば、助け合い、寄り添いながら生きていけます」


 だから。

 鳥籠の中に未練を残さなければ、どこへだって行けるはずだ。

 恐れず、一歩、踏み出しさえすれば――。


 女王は、ひと呼吸の間を置いて、小さく呟いた。


「……なるほどな」


 それだけを残し、彼女は再び何も語らなかった。

 そして、その夜を境に――女王が居室へ戻ることは、二度となかった。

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