繁忙期とお休み13
ヨキカナーという鳴き声に、チュンチュン騒ぐスズメたち。その他に、心配するような誰かの声を聞いたような気がした。
落下しながら。
スジャークさんからまさかのヤクザキックを貰い落っこちた穴は、見た目通りというか、ただ掘られた穴ではなかった。
慌てて何かに掴まろうとしても、なぜか手に土の感触を感じない。ジタバタした足にも何も当たらない。
わーわーと心の中で叫んでいた私は、さすがにおかしいと理性が働き始めた。
カウントしていたわけではないけど、もう確実に5秒は経過している。
空気抵抗があったとしても、さすがに落ちすぎでは?
そして落下しているにしては空気の動きも感じず、落ちているときの独特の感じも少ない。身ひとつで何もない場所を落ちているのに、ジェットコースターより内臓の浮く感じが少ないってそんなことあるだろうか。
「あ、たまご!」
腰の辺りを探り、見つからなかったので肩にかけてある細いベルトをたぐって、私の体より後から落ちてきていたバッグを抱え込んだ。チャックの隙間から見えるテピちゃんたちが少ない気がする。慌てて開いたバッグを手で押さえ、体を反転させて上を見た。白いものがポツポツと残されたように見える。
「テピちゃんー!」
ん?
なんで真っ暗なのにバッグやテピちゃんが見えるの?
そう気付いた瞬間、私はどしーん!! と尻餅をついた。
「うっ!! いっ……たくはないけどぉ〜……」
急にのしかかってくるような重力を感じる。ついでに、ぽこっぽこっと私の頭や肩に何かが落ちてきた。
「テピッ!」
「あ、テピちゃんたち! 大丈夫だった?」
「テピテピー!」
倒れた私の横にコロンと転がったテピちゃんたちは、てぴっと体制を立て直し、てぴてぴ近付いてきて私の頬にくっついた。ちっちゃな両手のムニッとした凹凸を頬に感じる。
そういえば、球体じゃなくなっている。
「落ちたの5匹だけ? 他のテピちゃんは?」
体を起こしつつバッグを覗き込むと、わらわらとテピちゃんたちが出てきた。ぎゅーと私の指に抱きついたり、ふいーとちっちゃい手でおでこを拭ったり、プルプルと抱き合ったりしているけれど、みんな元気そうだ。ついでに卵を取り出してみるけれど、金銀のメタリックな殻も傷ひとつない。
「ん?!」
卵を持ち上げて眺めた視界、メタリックなそれの後ろに広がる光景に驚く。
私がいるのは、どう見ても、私の部屋だった。
「……どういうこと?」
朝食の食器が乾かしたままのシンク。洗濯機。端に置かれたフロアワイパー。脱衣所にお風呂に、ラグの敷いた部屋。外に出る前に見た光景そのままだ。
私の体は狭い玄関に転がっていて、すぐ足元にドアがある。
「どういうこと?」
あちこち歩き回って走って到着した暗くてボロボロの神社、その裏にあった穴に落ちたら家だった。
どう考えてもおかしい。物理的におかしい。私の部屋、2階だし。
ふと天井を見上げてみる。特に何もない天井だ。
思わずホッとしてしまった。よかった、謎の穴とか開いてなくて。これ以上改造されると絶対敷金返ってこない。
靴を脱いでよっこいしょと立ち上がる。ちょっとふらついたけれど、ブレスレットのおかげか盛大にぶつけたおしりも痛くない。
テピちゃんを踏まないように歩いて冷蔵庫の中をチラ見し、部屋にある窓を開けてみる。本当に私の部屋だ。
ベッドに座って卵をタッパーに移し、テピちゃんたちがそこを目指して私の足をよじ登ってくるのをそのままに私はスマホを開いた。
「うーん……確かこのコンビニだったよね」
「テピ?」
「こう走って、こっちの方かな……線路は超えてないからこの辺?」
地図アプリで、辿ってきた道を探してみる。ポテチとお茶を買ったコンビニは見つかった。そういえば、と見回してみると、ポテチも床に落ちている。割れてそうだけどまあいいか。
コンビニから出て走った方角はかなり曖昧だけれど、車が通れないくらいの細い道を通ったので場所は限られる。けれど、私が見当をつけた辺りには神社のマークは表示されていなかった。
場所が違うのか、それともボロボロすぎて神社として登録されていないのだろうか。
地図をズームアウトして広範囲を表示しても、出てくる最寄りの神社は駅を挟んだ向こう側にある。
小さかったし、誰かの私有地に建てられたものかもしれない。
「敷地的に、ここっぽいよね」
「テピー」
ぽっかり開いて何の表記もない場所が、おそらくあのボロボロ神社の場所のようだ。
ちょっと考えてから、そこをタップする。できなかったので、とりあえず一番近い建物をタップして、その場所を保存しておいた。
色々と、謎すぎた。
堂々と歩くスジャークさんに、怪しげな神社。やたら人懐っこいスズメたちに、極め付けは空間を歪めているとしか説明できない謎の穴。
色々と盛り沢山過ぎたし、私の理解力を軽く超えてきている。
けれど、とにかく、帰ってこれた。
ユウと顔を合わせることなく帰ってこれたのは、すごく助かる。たとえ穴に落ちてワープするとかいう異常事態を経験したとしても。
もし、あの神社の穴が一度限りのものではないなら、また何かあったときにはあそこに逃げ込めば帰ってこられるかもしれない。それにあのお社のある敷地は薄暗くて木が鬱蒼としているので、よく考えたら隠れるには最適だ。逃げるために作られたような場所にすら思える。
家に帰る以外で逃げ込める場所を見つけられたというのは、かなりの収穫なのではないだろうか。手段が物理的におかしいだなんてどうでもいいくらいのメリットに感じた。
ボロ神社だろうが謎の穴だろうが、逃げられる方がずっといい。
そう考えて、普通の人相手にそんなに逃げたいと思うのはちょっとどうだろう、と思った。
「まあ……とりあえず、バイト行こうか」
「テピッ!」
タッパーにこんもりと乗ったテピちゃんたちが、片手を上げて賛成してくれた。
結局、買えたのはポテチだけ。
もうお米もマンゴーもニンニクも全部通販しよう、と私は心に決めた。
それにしてもスジャークさん、人をいきなり蹴るのはどうかと思う。
今度ああいう状況になることがあったら、自分のタイミングで飛び込むから蹴るのはやめてとお願いしよう。




