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バイト先が異世界迷宮だったけどわりと楽しくやっています  作者: 夏野 夜子
本編

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繁忙期とお休み12

 スマホを取り出すと、普通ならバイトを始める時間だった。

 マンゴーやらお米やらを買って帰っているはずが、私の手にあるのはお茶とノンフライポテチのみ。そして場所はよくわからないけどボロボロな神社。

 バッグには球体になったテピちゃんたちと卵。


「とりあえず……そろそろ帰ろうか」


 球体テピちゃんたちが「テピ」とごく小さく返事をしてくれた。

 出勤退勤の時間が曖昧とはいえ、さすがに何時間も遅刻するのはよくない。鬱蒼とした木々に囲まれてぼーっとしているのもどうかと思うし、スマホで地図を見つつ帰ればなんとかなるだろう。

 帰り道でユウとバッタリ会うという可能性を考えると憂鬱だけど。


 ユウはやっぱり、私に何か用事があって探していたんだろうか。

 手続きは店長に確認しながらしたので会って何かするような用事があったとは思えない。たとえ他人が届けておくべきと思うような大事な私物を忘れていたとしても、それを届けて欲しいとは思わなかった。そのせいで前のバイトの人たちと関わりになるくらいなら、勝手に処分してくれた方がありがたい。


 究極、お給料の払い忘れがあったとしても、1ヶ月分くらいなら諦めたっていいくらいの気持ちだった。

 バイトを辞めたときは、本当にこれでいいのかとか新学期やっていけるのかとか悩んでたけど、しばらくしたら辞めてよかったと思えるようになった。今ではなんで悩んでたのかわからないくらいになって、とにかくもう関わりたくないだけだ。

 もう新しいバイトが決まっているし、魔王さんからうっかりもらってしまったチップもあるから思えることかもしれないけれど。

 実際に使うのは怖いけれど、いざとなったら魔王さんのチップでしばらくどうにかなるんだ、と思うと安心感が違う。魔王さんありがとう……と私は心の中で手を合わせた。


「ん? スジャークさん、何ですか? あ、お茶?」

「ヨキッ」


 私の袖をクチバシで咥えて引っ張ったスジャークさんが、ツンツンとペットボトルをつついた。喉が渇いたらしい。


「これお茶だけど大丈夫ですか? 水とか……ないか」


 ボロボロの小さなお社しかない敷地には、神社によくある手水場みたいな場所ももちろんない。参拝者がいなさそうなので需要がないかもしれないけれど、この神社、管理どうなってるんだろう。住職のいなくなったお寺は近隣のお坊さんが交代で管理したりするらしいけれど、神社もそういうのあるんだろうか。


 コップもないので、左手をちょっとお茶で洗ってから指を揃えてくぼみをつくり、そこにお茶を入れてみる。スジャークさんはヨキカナッと鳴いてそこにクチバシを付けた。上を向いてグビグビッと飲み干している喉が見える。


「おかわりいりますか?」

「ヨキッ!」


 よく考えたら、私が走ってついていく速さでスジャークさんは先導してくれていたのだ。鳥だからか息切れはしていなかったけれど、疲れたりはしただろう。

 あのタイミングで現れたのはわざわざ助けに来てくれたと考えていいだろうし、スジャークさんもいいひとだ。ひとじゃないけど。


 2度目のおかわりを注いでいると、パタパタッと軽い音がした。

 トンと軽い衝撃がして、私がお茶を差し出している腕、手首から5センチほどの場所にスズメが乗る。


「えっ」


 びっくりして固まっていると、スズメはその場を見回すようにピョンピョンと回ったあと、クチバシを私の方に向けてチュンと鳴いた。

 どこからどう見てもスズメだ。


 大学の構内でもパンくず目当てのスズメがいるけれど、さすがに堂々と腕に乗ってくるほど胆が据わっているスズメはいない。

 動くと驚かせてしまいそうな気がしてそのままでいると、スズメは私の腕をちょんちょんと伝って手のひらの方へ移動し、お茶にクチバシを付けた。


 このスズメも、喉が渇いていたのだろうか。

 小さい尻尾を上げるようにしてクチバシをお茶に入れ、それから尻尾を下げてクチバシを上げ飲んでいる。スジャークさんは気にしていないのか、特に反応することなく自分もグビグビと飲んでいた。


 度胸のあるスズメだなあ。

 茶色い尻尾を眺めていると、パタパタとまたスズメが飛んできた。今度は3羽。私の腕の上に止まると、2羽は喉を潤しに手のひらの方へ、残りの1羽はその場で羽をつくろい始める。

 さらにパタパタと音が降ってきた。


「えぇ……」


 もしかして私の前世って電柱、いや電線だったのかな。

 そんなことを考えてしまうほど、私が差し出している左手はスズメがたくさん止まってしまった。

 どこにいたのと問い掛けたいくらいのスズメが来たので途中から左腕を真っ直ぐ伸ばして止まる場所を確保したけれど、それでもギリギリだ。

 複雑な茶色模様の小鳥たちが、ぎゅうぎゅうにくっついている。しかもその中に1羽だけメジロもいる。何故。

 いや、可愛いけど。可愛いんだけども。


「ヨキ」

「あ、おかわりですか」


 私の腕の上で渋滞を起こしているスズメたちをできるだけ落とさないように注意しつつ、ペットボトルに入っていた残りのお茶を献上した。スズメたちが指の周りにも集まって美味しそうにお茶を飲んでは、チュンチュンとうるさいくらいに鳴き交わしている。

 最近気温も上がってきましたしね。小動物なので尚更熱中症とかに気を付けたほうがいいですしね。野生動物としてはかなりどうかと思いますけどね。


 どうにかしてほしいという気持ちを込めてスジャークさんを見たけれど、喉の渇きを癒したスジャークさんは満足げにヨキと鳴いて、私の腕にゆっくりクチバシをなすりつけただけだった。

 何なの。鳥ってクチバシをなすり付けてくるのがデフォルトなの。


「あのー、そろそろ腕がだるいんですけど……」


 チュカチュカと鳴いているスズメたちが私の腕の上でペッタリと寛いだり、ケンカをしたり、肩に止まったり、ショルダーバッグの中を覗き込んだりと好き勝手し始めていた。ずっと電柱になっているわけにもいかないのでそう言うと、のんびり隣で身繕いをしていたスジャークさんが顔を起こす。その背中に乗っていたスズメがパタパタと羽ばたいて私の腕に乗った。いやこっちに来るんかい。


 スジャークさんは細長い首を動かして優雅に私の腕に顔を近付ける。すると、腕に乗って好き勝手していたスズメたちがスジャークさんの方向に向かってチュンチュン鳴き始めた。

 まるで意思疎通しているようだ。

 スズメたちのお腹がふわふわ腕をくすぐる感触を堪能していると、スジャークさんが私の方を見てヨキカナと鳴いてから歩き始める。数歩歩いたところで、私の方を振り返った。


 付いてこいということだろうか。

 のしのし歩いていくスジャークさんの後ろを、チュンチュン鳴いているスズメを乗せてついていく。スジャークさんが歩いていったのは小さなお社の後ろ側、木々が所狭しと生えているところである。下草ももっさりと生い茂っていて、まだ春だというのに私の腰くらいまでは雑草が育っていた。


 まさかこの木の間を抜けていくつもりでは。

 断りたい気持ちで付いていくと、スジャークさんは木々の前で立ち止まり、一際もっさり生えている雑草を片足で蹴るようにして押し除けた。


「えっ」


 掻き分けた雑草の間に、大きな穴がある。

 直径2メートルくらいはありそうな、丸くて、大きくて、そして真っ暗な穴だ。

 木々の影で薄暗いせいとはいえないほどに真っ黒である。土の色にしては暗すぎる。

 私の隣に立って首を伸ばし中を覗き込んでいたスジャークさんが、私を見て「ヨキカナ」と鳴いた。


「えっ?」


 あれだけ寛いでいたスズメたちが、私の腕や肩から飛び立って近くの枝に移動し、じっとこちらを見下ろしている。


「えっ」


 ぽん、と後ろから誰かが肩を叩いたような気がして、振り返ると誰もいなかった。

 代わりにいたのは、いつの間にか背後に回っていたスジャークさんである。

 片足を上げているスジャークさんは、上げた方の足を勢いよくこちらに押し出した。


「えーっ!!!」


 鳥とは思えない、安定した力のある蹴り。

 そのひと蹴りで、私の体は真っ暗な穴に落ちていったのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] おー!ついに、ついに登場の予感! 楽しみだなー
[一言] スズメくんとメジロくんキターーー!! と、個人的に大盛り上がり回でした。
[一言] 不思議の国のユイミーちゃんというより、おむすびころりんになった感。 しかし> もしかして私の前世って電柱、いや電線だったのかな。 いやいやいや、ここで出てくる感想それですかもう不思議に対して…
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