繁忙期とお休み10
スマホを取り出して見るフリをしつつ、私はインカメラで背後の様子を見た。
いる。
遠くてはっきりしないけれど、高めの背に綺麗に染められた髪は特徴的だし、さっきも見た服装だ。こちらというか、前を向いて歩いてきている。
偶然……なんだよね?
この辺りは昔からの一戸建てが多いようで、周囲に大学生が住んでそうなところはあまり見当たらないけれど、きっと友達を訪ねてきた……んだよね?
万が一私を探していたんだとしても、多分、元バイト先の忘れ物とか、手続き関係のこととか、そういうのだよね。
そう考えていても、私は早足になってしまうのを止められなかった。
人を無闇に疑うのはよくない。よくないけど、なんというか、苦手な人だということもあって、ちょっと家の近くで会うとかそういう偶然はあんまり嬉しくないというか、話すこともないし、いいよね。
「テピ! テピー!」
私の心の問い掛けにテピちゃんたちが答えるように鳴いた。というか騒いでいる。バッグを見下ろすと、テピちゃんたちが騒ぎながらちっちゃい手で「速く歩け」と言っている、気がする。
テピちゃんたちは、先を急ぐことに賛成のようだ。そうだよね。遠回りしてるせいでいつもより既に遅れてるもんね。バイトの時間に間に合うためにも、ちょっとくらい早歩きしてもいいよね。テピちゃんたちが騒ぐ声を誰かに聞かれてもよくないだろうし。
心の中で言い訳しつつ、私は早歩きで進み、それから角を曲がった瞬間に走り始めた。そして先に見える2つ目の角を曲がる。振り返ったけれど、まだユウの姿はない。
まだ早歩きで移動しつつ、いくつか角を曲がって、私は完全に駅の方向を見失った。
「どこだここ……」
地図アプリで見てみると、家からそれほど離れた場所ではなさそうだ。あちこち曲がったので若干戻っていたのかもしれない。
一旦家に戻った方がわかりやすいかな、と思いつつ、私はとりあえずコンビニに入った。
変に緊張したせいか、喉がすごく乾いている。
「テピちゃん、お店入るから静かにしててね」
そっと話しかけると、テピちゃんたちは手で口の辺りを押さえておとなしくなった。
今日は晴れて暖かいので、ごくごく飲めるお茶がいい。ガラスの扉を開けてペットボトルを1本取り出し、それから軽くお店を見て回ることにした。もう今日はちょっとくらい遅れてもいいことにしよう。魔王さん、遅く来てくれるといいけど。
コンビニ、久しぶりだ。大学だと構内のコンビニを使ったりしたけど今は春休みだし、普段は少しでも安いスーパーに行くのでくることがない。油で揚げてないポテチを発見してシノちゃんに買っていくことにした。
ニンニク系の何かも売ってないかな、と探していると、コンビニのドアが開いた音とチャイム音がする。何気なくそっちを見て、私はまた慌てて頭を引っ込めた。
なんで?!
とりあえず入り口と対角線上の端に移動する。背後からもう一回チャイムが鳴って、賑やかな声が聞こえた。
「おー、ユウ! こんなとこで珍しいな!」
「え、お前この辺住んでたっけ?」
どうやら男子学生の集団らしい。それはいいとして、やっぱり、見間違いじゃないらしかった。集団の声に混ざって、ユウの声も聞こえている。
さっき見た道をまっすぐ歩いて行って、ここに来るってちょっと難しくないか。
いやそんなことより、と男子学生たちの声に集中する。窓側の雑誌エリア前を喋りながらゆっくり奥に移動してくる集団の声に気を付けつつ、距離をとって私はお店の手前側へと移動した。学生集団はお酒を選んでいるようだ。
商品を戻しに行ったら確実に顔を合わせてしまう。集団がレジに来ないことを祈りつつ、私は持っていたお茶とポテチを店員さんに渡した。
「っしゃいませー」
「袋いりません。ポイカで払います」
「428円になりゃーす」
「レシートいりません」
「あざーしたー」
眠そうな店員さんに食い気味に答えつつ商品を引っ掴んでコンビニを出て走りだす。コンビニを出る前から走っていたかもしれない。
とにかく走って逃げたかった。
走って走って、息切れしても走って、よくわからない道を走って、まだまだ走ってたら、いつの間にか私の前にド派手な鳥が先行していた。
「えっ……あ、あのっ……、す、スジャっ」
スジャークさんですよね? というのは、息切れで上手く喋れなかった。
しかしなんとか通じたのか、小さな飾りの付いた顔がちょっとこちらを振り返る。長い首が緩やかに曲がって、赤い羽の表面がハトやカラスみたいにちょっと虹色っぽく光った。
「ヨキカナッ」
いつもの元気な声よりは随分小さい音量で、スジャークさんは一声鳴いた。そしてそのまま、長い足でスイスイと前を行ってしまう。
私の前でゆらゆらと揺れる長い尾は、まるで先導しているかのようだ。
ついていっても、いいかな。いいよね。
いつの間にか現れていたのが謎だけど、今の状況では救世主にさえ見える。
相変わらず地域住民を仰天させそうな派手さだけど、スジャークさんなら悪いことにはならないだろう。前も助けてくれたし。
そう覚悟を決めて、私は真っ赤なスジャークさんの後をついて行った。
くねくねと小道を行き、家と家の間の細い道に入り込む。
そこをさらに進むと、鬱蒼とした木々の間をスジャークさんが進んでいった。
どう見ても行き止まりである。
「…………」
ついていって、よかったんだよね。だよね……?
若干不安な気持ちで立ち止まると、
「ヨキカナッ!!」
とスジャークさんが勢いよく返事をした。
よかったらしい。
たぶん。




