繁忙期とお休み9
その日は忙しさがかなり緩和された1日になった。
胸焼けしたシノちゃんがカウンターに居座っていたおかげだと思う。息をつく暇もないほどにひっきりなしだった来客は10分間隔くらいの頻度に減っていたし、買い物ついでにどうにか卵を貰えないかと口に出すお客様がほとんどいなかった。
ドアを開けて入ってきたお客様は、どのひとも「イラッシャイマセダヨネ〜」とか言いつつ寝転がっているシノちゃんを頻繁にチラチラ見ていて、私の後ろにある卵のテピちゃん盛りを盗み見るのにも挙動不審になっているくらいだった。
誰もがまるでシノちゃんが今にも襲いかかってくるのではないか、と怯えているような態度なので、迷宮世間一般にはシノちゃんは相当顔が売れていると同時に警戒すべき存在と見られているようだというのがわかった。
生クリーム食べ過ぎた上に仰向けに寝転がって爆睡している姿ですら油断ができないらしい。普段どんな生活してるのだろうか。
1日お店でゴロゴロして過ごしたシノちゃんは、元気になったから一杯引っ掛けてくるといって夕食前に帰っていった。うちはお酒を出していないといった途端にそそくさと帰っていったけれど、鳥はお酒飲んじゃダメだと思う。
マイペース過ぎるシノちゃんと1日を過ごすと、夜に来るサフィさんが随分まともな人に見えてくる。サフィさんも割と適当なこと言っているけれど、流石に生クリームを自分のキャパシティ以上に食べたり、1日ゴロゴロしてたくせにすごい働いた風な態度を取ったりすることはないし。
サフィさんに「本日休業」の看板製作をお願いして、近いうちに休むと伝えてニンニク漬けのまとめ買いを頼まれたり、シノちゃんの話にサフィさんが爆笑したりしてその夜はのんびり過ごし、久しぶりにクタクタじゃない状態で家に帰って、テピちゃんたちとおやつタイムをしたりほったらかしてた掃除なんかをちょっとやってから寝た。
そして翌朝。
今日こそお米を買うぞ、と意気込んで出掛けた私は、ショルダーバッグに入っているたまテピたちと一緒にコソコソと小道から道路の様子を窺っていた。
「……なんであんなとこにあんな人が?」
「テピ?」
視線の先にいる男性がスマホから顔を上げそうだったので、私は慌てて隠れた。
ユウがいる。
昨日スーパーで会ったのは偶然だったとしても、この辺は偶然で通りがかかるには住宅街過ぎる。コンビニ前で立っているということは、誰か友達と待ち合わせをしているのだろうか。早朝というわけではないけれど、まだ遊ぶようなお店は開いていないのに。
「……」
その道は諦めた。
遠回りになるけれど、他の道からでも駅に行くことはできる。まさか、卵目当ての謎カスタマーから逃げた経験が役立つとは思わなかったけれど、こうなってくると黒ウサギたちに追いかけられたことがありがたく思えてくる。
早足で歩きながら、偶然だよね、と心の中で呟いた。
同じ大学だし、ここは学生用アパートも少なくない地域だ。駅前で酔った大学生たちが騒いでいたり、同じ講義を取ってる人を見かけたりしたこともある。
うちの近くで見かけたからって、私が関係してると思うのは流石に自意識過剰だ。相手はただの元バイト仲間で、学部も学科も違う。昨日はたまたま会ったけど、それだけ。いきなりバイトをやめたから気になっただけ。
「テピッ!」
ちょうど黒ウサギたちに追い詰められた場所を通り過ぎたあたりで、いつも外では静かにしているテピちゃんが珍しく大きな声を出した。歩きながら鞄の荷物を出すフリでショルダーバッグを触ると、チャックの向こうにいるテピちゃんたちが小さい手をピコピコと動かしてテピテピと何かを伝えてきた。
「え? 何?」
見える範囲にいるテピちゃんたちが、ピピピと手を一方向、私の背後の方へ動かしている。電気自動車でも来たのか、と振り返ると、200メートル後方くらいに知っている顔がいた。
え、なんで。




