ねらわれたまご18
「うーん、やっぱ認識の問題っぽいなー。そこ解決したら行けそうなんだけどなー」
「サフィさん」
「かなり複雑な上にアレなんだったんだろ。失われた文字っぽいなー。てことは構築されたのって俺の生まれる前? しかし解読するにも読みにくいしなー」
「サフィさん」
「なーにユイミーちゃん。デザート買ってくるの忘れてたの?」
指で空中に計算式のようなものを書きながらブツブツ言っているサフィさんは、私がローブの袖を引っ張ってようやく返事をしてくれた。
「なんか聞こえるんですけど」
「え? そう? 何が?」
何が、じゃない。
断続的に聞こえ続けているその声に気付かないサフィさんの方を疑いたい、私は。
『グ……ワ゛……ワ゛……ル゛……ギャ……』
例えるならば、地獄の門番がラジオ越しに語りかけてきている、みたいな印象だった。途切れ途切れに聞こえてくる、どこか遠くから聞こえているようなそれ。低く軋むような、それでいてそこはかとなくおどろおどろしい。古いお化け屋敷の効果音のような、呪いの館で聞こえてきそうなような、なんかそんな音とも声ともつかないものが聞こえてきている。
お店の棚に並んでいる品物は、水晶玉っぽいものから木彫りの熊に限りなく似たもの、果ては瓶詰めにした目玉っぽいものまで色々ある。日々埃を払ったり洗ったりしているときに視線を感じたりもしなかったわけでもないけれど、こんなにあからさまな音を発するようなものはなかった。
「なんですかこの呪いの声みたいなやつ」
「声っていうか、もしかしてアレ?」
「アレ」
サフィさんがひょいと自分の肩越しに背後を指差す。
「床」
「床……アレェー?!」
なんか床がうにょうにょしてる。
正確にいうと、カウンターの向こう側の部屋、ドアの近くの床だけがなんかうにょうにょ波打っている。地震とか目の錯覚とかで起こるレベルではない。うにょんと曲線を描いて飛び出ると、普通の床よりは20センチほど盛り上がっているし、にょんと凹んだときも同じように20センチほど陥没している。
「なんか床が……沸騰? してるんですけど!! サフィさん何やったんですか!」
「えー俺のせいー? ちょっと魔術いじって使い勝手良くしたらなんかああいう形で落ち着いたみたいだよ」
「全然落ち着いてないしサフィさんのせいじゃん」
落ち着いているというかむしろうにょうにょが激しくなっているように見える。
「あれどうすればいいんですか……お客さん入ってきたらビビるでしょ」
「そうかなー? 魔術的には不正箇所はないんだけど」
「常識的にはヤバすぎるから」
サフィさんは仕方ないなーと言いながらも立ち上がって、うにょうにょしている方へと歩いていく。するとうにょっていた床が急に盛り上がったかと思うと、グニャグニャと形を変えながらサフィさんに襲い掛かった。
まるで木材のテクスチャーを貼った手だった。巨大な手がドア近くの床からグワッと飛び出てきて、サフィさんをぐっと鷲掴みにしてしまっている。
巨大な手はそこそこ背の高いサフィさんの肩から膝までを握るようにして掴んでいた。
「サフィさんー??!」
「うわ、捕まった」
『……ワ゛……ルイ゛……キャク゛……』
「さ、サフィさんー!!」
「ユイミーちゃん落ち着いて」
やばそうなデカい手に掴まれながらひとに「落ち着いて」とか言える方がどうかしているのでは。
まるで私が大袈裟なリアクションをしているようにサフィさんはハハハと笑っていた。巨大な手に掴まれながら。
「サフィさん大丈夫ですか!!」
「うんー。あれ? 外れないなコレ」
「ええええ」
「俺が行使者だっつの。あーあの魔力のせい? 全然解除できないわ」
「サフィさん全然大丈夫そうじゃないんですけどー!」
なんか、サフィさんを握っている巨大な手が、じわじわサフィさんを締め上げている気がする。
助けに行きたいけれど、ぶっちゃけ怖くてカウンターの向こうに行くことすら躊躇う。動く巨大な手、すごい怖い。木材っぽいのに怖い。
そもそも、サフィさんはかなりの実力者のはずだ。迷宮最奥エリアにあるこのお店にしょっちゅう顔を出しているし、金回りもいい。ヤバそうないきものも「雑魚」の一言で済ませてしまうような優秀な魔道士っぽいサフィさんをあっけなく掴んでしまうデカい手とか、私がどうにかできる気がしない。もうあそこ掃除したくない。
声を掛けるしかできない私に、サフィさんは「あっ」とのんびり声を上げた。
「あーあーなるほど、部屋の管理者がユイミーちゃんになってるから、ユイミーちゃんとしか会話できないのか」
「何それ怖っ会話とか怖っ」
「声っぽいの聞こえるんだよね? ちょっとやめさせてくれない?」
「えっ無理」
もしかして、サフィさんにはあの変な声は聞こえてなかったのだろうか。仕組み意味不明。
とっさに私が首を振ると、サフィさんがうーんと唸った。
「このままだと流石に潰されそうー。俺不老不死だから復活するけど、結構グロいよ。あとさっき食べたニンニクが」
「て、手のひとー!! やめてあげてー!」
床からデカい手が生えているだけでもカオスなのに、それにグロテスク要素を足されたらたまらない。
やけになって叫ぶと、若干ミシミシいっていた手の動きが止まったようだった。サフィさんを握ったまま、巨大な手が動かなくなる。
『ワ゛……ワル゛イ……ギャ……キャク……』
「え? なんて?」
『ワルイ゛キャク……オイ゛ィ……ダス……』
「悪い……客……追い出す?」
『ワルイ……キャク……オイダス……』
聞き取りにくい音をなんとか言葉にしてみると、それを真似するように巨大な手のほうから言葉が返ってきた。
悪い客、追い出す。
魔王さんのビームで、あの辺りにはお客さんが入れないような何かが刻まれていたらしい。
サフィさんがそれを改造して、普通のお客様は入ってこれるように、そして面倒そうな客は追い出すようにした、らしい。
その結果がこちら。
「つまり、その……手のあなたは、迷惑なお客様を追い出してくれるタイプのなんかこうそういうアレだと」
『オイダス……』
「で、サフィさんがその対象だと思ったと」
『ケッカイ゛……フレタ……』
手と会話してるの違和感すごい。
どうやら、サフィさんがおそらく私の部屋に通じるドアのぼよんぼよんに触ったのが原因で、床からもりっと出てきて仕事をしたらしい。確かに、普通のお客さんがカウンターに入ってきて私の部屋に侵入しようとしたら、それは迷惑極まりないんだけれども。
「あの、サフィさんはお願いしたから私の部屋に行こうとしただけなので大丈夫です」
『メ゛イワ゛ク……オイダス……』
「迷惑なひとじゃないので、離してあげてください」
『メイ゛ワク……ジャナイ……?』
「そうそう、迷惑じゃないひと」
しばらく沈黙が続き、「そろそろキツイなー」とサフィさんが言った1分後に、巨大な手は指を緩めてサフィさんを解放した。
「ふー。空気がうまい」
「サフィさん大丈夫ですか」
「大丈夫大丈夫。肋骨ヒビ入ってるっぽいけどほっとけば治るし」
「それ大丈夫じゃない」
巨大な手は『メイワク……ジャナイ……』と言いながらゆっくりともとの床の位置に戻っていく。サフィさんが「魔術のくせに生意気だー」と大きい指を軽く蹴ったので一瞬またグワッと戻って掴もうとしたけど、私が迷惑じゃないからと繰り返すとスススと戻っていった。
残されたのは、平たい、他と同じ、いつも通りの床だ。
「いやー自分の魔術に襲われるとか、貴重な体験だけど腹立つなー」
「腹立つレベルで済ませていいんですかアレ」
「まあ、ちょっと反応過剰だけど、ユイミーちゃん的にはいいんじゃない?」
「いいんじゃない……?」
「ほら、俺ですら捕らえられるような力あるならどんな客来ても安心でしょ。あれ魔力効かないし力かなり強かったよー」
言われてみれば、サフィさんレベルの人でも逃げられないなら、怪しい人は大体どうにかできるだろう。
用心棒を雇ったようなものと考えたら、お店のセキュリティ体制としてはこれ以上ないのかもしれない。
でも、とりあえず。
部屋が怖いからといってここに寝泊りするという選択肢は完全に消えたな、と私は思った。




