ねらわれたまご16
木製鍋敷き付きの小さいスキレット。
焦りながらの買い物でそれがふと目に付いたとき、いつかこれ使うんじゃないかなと直感めいたものが走った。いつかというか、もう今日使おう。
「おおー! グツグツしてる!」
「熱いので気を付けてくださいね」
「ニンニクうまそうー」
サフィさんが仕事の合間に「ごはんまだ?」「ごはんいつごろ?」「そろそろごはんにする?」と小学生男子のような質問を浴びせかけてくるので、今日は早めに夕食の準備を始めた。
ニンニクと砂肝とマッシュルームとブロッコリーのアヒージョに、ガーリックトースト。ガーリックマシマシペペロンチーノ。ニンニク醤油で作ったドレッシングを掛けた温野菜サラダには浸かったニンニクをスライスして散らした。箸休めはしそかつおのニンニク。
ニンニクいっぱい使ってねの念押しがうるさかったので、お望み通りにニンニクまみれのメニューにした。流石にやり過ぎたかなと思ったけどサフィさんは大歓喜していた。
部屋がニンニクくさい。魔王さんにビームしてほしい。
「全部ニンニク?!」
「全部ニンニクですよ」
「ユイミーちゃん、料理の天才なの?」
天才のハードルが低くてありがたい。全然簡単なメニューだけど、いつもは大体焼いて食うくらいの手順しかしないらしいサフィさんからすると手間がかかっているように見えるようだ。ニンニクフィルターがかかってるせいもあるだろうし。
「ユイミーちゃん、そんなにニンニク少なくて大丈夫?」
「大丈夫です」
「俺のために使っちゃってなくなったから? 分けようか?」
「いらないです」
サフィさんが心配そうに私を窺っているけれど、小さな親切余計なお世話だった。
私のメニューはもちろんわざとニンニク控えめである。アヒージョは砂肝とブロッコリー多めでニンニクは半欠片しか入れてないし、薄切りフランスパンはただ焼いたのみ。お腹いっぱいになりそうなのでパスタはなしで、サラダのドレッシングはポン酢だ。
スキレットで別々に料理をすることで、ニンニク塗れになることが防げるのはありがたい。これからも積極的に使っていこう。そろそろニンニクのレシピが底を付いてるけど。
いただきますと声を合わせて夕食を始める。私の真似をして手を合わせるようになったサフィさんも、動作が板についてきた感じがした。
熱々のブロッコリーが美味しい。サフィさんもニンニクを口に入れてハフハフしながらアツイウマイとニコニコしていた。テピちゃんたちも温野菜を食べてテピテピしている。刻んであげた野菜はパプリカやブロッコリー、ナスもあるので明日はカラフルになりそう。
「こっちの何もついてないパンで、アヒージョのオイルを付けて食べても美味しいですよ」
「そうなの? やってみよ」
「あ、そっちのガーリックトーストはすでに味が付いてますよ」
「こっちを浸してもさらに美味しいよー!」
ガーリックトーストにもオリーブオイルが入っているのに、さらにアヒージョのオイルを付けたら油まみれになる気がする。けれどサフィさんは「ニンニクの二重奏が最高」などと意味不明なことを供述しながらパクパク食べていた。
オリーブオイルってなんか体にいいらしいし、いいのだろうか。ヴァンパイアの体にも良い成分であることを祈る。
アヒージョのオイルは、何も付けていないフランスパンに浸しても十分美味しかった。焼き目のついたフランスパンの硬い食感が、オイルで柔らかくなって美味しい。マッシュルームも、今まで好きでも嫌いでもない食材だったけど初めて美味しいなと思った。温野菜はポン酢でさっぱり食べられるので、アヒージョの油っこさが中和される感じがする。
「ユイミーちゃん、このパスタにね、こっちのサラダにかけてるニンニクの液体を掛けたいんだけどいいかな」
「いいですけど」
サフィさんはサフィさんで順調にニンニクを楽しんでいるようだった。
ニンニク醤油の入った小さい容器を持ってくると、キラキラした顔でうやうやしく受け取っている。
「これ、ユイミーちゃんが作ったの? 売ってくれない?」
「私が作ったんですけど、もうそれしかないんであげますよ」
「これしかないの?! なんでこんなちょっとだけしか作らなかったの?!」
「あんまりいっぱい作って失敗してもあれだし……」
200ミリリットルくらいの容器におさまる量で作ったけれど、サフィさんは納得いかなかったらしい。ローブの裾に手を突っ込んでお金を取り出すと私に握らせ、真剣な顔で言った。
「お願いだからいっぱい作って。金貨1枚で足りなかったらもっと渡すから」
「金貨いらないから! 容器と材料費込みで小銀貨3枚もあればお釣りが来ますから!!」
「じゃあ、それに手間賃で小銀貨7枚! よろしく!」
握らされた金貨を突っ返して、小銀貨に替えてもらった。手間賃も正直そんなにいらないけど、サフィさんが情熱的にニンニク醤油を欲している目が怖いので黙って受け取っておく。
サフィさん、最初は「ニンニク? 食べられるよー」みたいな反応だったのに、こんなに熱狂しているとは。まあいいけど。
「どれくらいでできる? 持ち歩きたいんだけど」
「漬けて味が出るまで数日から数週間かかりますよ。長く漬けるとそれはそれで美味しいとか」
「え、大量にほしい……」
「使い切れる量がいいような気がしますけど」
ニンニク醤油、気に入ったようだ。というか、気に入らないニンニク料理がないな、この人。
明日またニンニクを大量買いせねば、と考えたところで思い出した。
「サフィさん、明日さっそく漬けるためのニンニクを大量に買ってこようと思うんですけど」
「うん、ありがとうユイミーちゃん」
「そのために協力してほしいことがあって」
「ニンニクショーユのためならなんでもする」
キリッとした顔でものすごい気の抜けたことを言ったサフィさんに、私は背後の扉を指差した。
「私の部屋も変なひとが入ってこないようにしてくれませんか?」




