たくらんだとり9
栄養というのは、数十分かそこらでグングン吸収されるものではないとは思うけれど。
私がニンニクの皮を剥き素揚げを作って出すたび、ガーリックライスにカレーを掛けて出すたびに、サフィさんはみるみる元気を取り戻した。
「ねえユイミーちゃん、ずっと思ってたんだけどユイミーちゃんはニンニク食べないの?」
「私は大丈夫です」
「これすごい美味しいよ? ごはんに刻んだニンニク混ぜるのすごい発想だよね。食べた方がいいよ」
「いえ、白ごはんの方がいいので」
「素揚げもホクホクしててすごい美味しいよ! 食べなよー」
「お気になさらず」
「遠慮しないで、俺の分けてあげるから」
「いらないから」
明日もバイトだという状況で、誰がニンニクを食べたいと思うだろうか。
というかニンニクはもう匂いでお腹いっぱい。何度もガーリックライスとニンニクの素揚げを作ったせいで、キッチンだけでなくこの部屋までがニンニク臭を漂わせている。ついでに手も臭い気がする。ちゃんとスプーンで擦りながら洗ったけれど、とり切れてない臭いが付いている気がした。
「美味しいなあ……。おかわりまだある?」
「もうないです」
サフィさんがエーと残念そうな顔をしたし、本当はひと玉残っているけれど、私はきっぱり否定した。
「サフィさん、これ以上ニンニク食べたら鼻血とか出ますよ。食べ過ぎで」
「いや鼻血は出ないでしょー」
「とにかく今日はもうダメです。お気に召したなら、また今度作りますし」
「銀貨10枚払うから店のメニューに入れて」
「銀貨はいらないですね」
最後に揚げたニンニクたちを惜しみながら食べつつ、サフィさんは今日までの仕事のことを面白おかしく話してくれた。
迷宮の中にある雪が積もったエリアですごく大きな生き物と戦っていたらしい。その生き物の名前はカタカナでややこしかったけれど、特徴を聞く限りどうもマンモスっぽかった。マンモスと対決するヴァンパイア。どっちも強そう。
「で、ユイミーちゃんはどうだった? 何も問題なかった?」
「はい。鳥のお客さんが多かったです。今日もなんかこう、大きくて赤くてヨキカナーって鳴く派手な鳥がお弁当をイートインしていきました」
「えー、それってもしかしてスジャークかな」
「スジャータ?」
「スジャーク。燃え盛る炎と生命の化身で、尾羽は一本で金貨500枚にもなるとか」
ガタッと立ち上がった私を、サフィさんが見上げた。
棚の横に立て掛けて置いていたものを掴み、サフィさんに見せる。
「これ……これ……」
「うわ、そうそうそれ。初めてみたけど魔力すごいなー! てか金貨500枚の弁当とかあるんだね。美味しそうだった?」
「代金ちがう……これちがう……弁当美味しそうだった……」
「顔色が悪いよユイミーちゃん落ち着いて」
金貨は1枚で日本円にして約500万円。かける500とか途方もなさ過ぎて、私は派手鳥の尾羽を持つ手が震えた。
なんとか己を制して、今度は棚の横に立てかけるのではなくちゃんと棚の上にそっと載せると、サフィさんがコップにお茶を入れてくれた。
「え……じゃあタダでくれたの? よっぽどユイミーちゃんのこと気に入ったのかな」
「いや普通に接客しただけだし……特に何もなかったですけど」
「まあ貰っておけば? なんかそれ死んだときに使うと復活できるらしいよ」
「何それ怖い」
薬効ってレベルじゃないし使うってどういうことだ。食べるのか。死んでるのに。
サフィさんに訊いてもよくわからないと答えられた。ヴァンパイアで不老不死なので使う機会がなかったらしい。そりゃそうだ、と納得する自分と、それはそれでどうなんだ、と悩む自分に二分された気がした。
「えぇ……死にかける予定もないしいらないんですけど……お店の売り物にしてもいいですかね?」
「いいけど、ユイミーちゃんがそれ売ったことになって金貨いっぱい貰うと思うよ。羽根のほうが嵩張らないよ」
「……」
派手鳥さん、なんという置き土産をしてくれたんだ。返すから帰ってきてほしい。
意図せぬぼったくりで分不相応なマージンを得た上に、さらにヤバい額のチップを渡されてしまった。バイトしただけなのに私の人生が破滅に向かっている。カレーがたっぷり入った胃がきりきりしてきた。
「本当になんで渡してきたんでしょうか……」
「さあ。財宝鳥と死の鳥も合わせて三種の羽を得たときものすごいことが起こるらしいけど、一種類だしねー」
ガタッと立ち上がった私を、サフィさんが見上げた。
家に繋がるドアを開け、窓際のポトスの隣に置いてあった小さい羽根を掴んで戻る。
「あ、財宝鳥の羽だ。しかもオス」
「……何が起きるっていうんですか!!!」
迷宮に、いやお店で何が起きているのか。
私は金銀鳥ペアの置いていった金の羽根を、カウンターにぺいっと投げ捨てた。羽根はカレー皿の間にふわんと着地した。




