たくらんだとり5
次の日は普段よりも少し早めに起きた。
身支度して買い物に出る。通勤ラッシュのピークを過ぎた電車で向かったのは、春休み中の図書館だ。
長期休み中に大学に来るのは初めてだった。普段からすると閑散としていて、それでも人気がないというには人が多い。
学生証を通して図書館に入り、検索機でいくつかキーワードを入れる。本棚の場所を覚えて、いつも通りに静かな図書館の地下に降りた。警備員のおじさんがのんびり巡回をしているのと、ソファのところで居眠りしている学生がいる以外には人がいない。
サイレントモードにしたスマホで時間を確認しつつ、私はめぼしい本を探した。
『おひとりさま料理はじめ まずこれ一冊』
『メニューの基本のキのk』
『1ヶ月これでまわせ! とりあえず覚える家庭メニュー30選』
『すぐラク映え見え ちょっと背伸びのおもてなし』
『究極!! 男心鷲掴み簡単モテめし』
一人暮らしを始める学生も多い大学図書館だからか、初心者向けっぽいレシピ本が沢山置いてあった。中身をパラパラ見つつ、良さそうだなと思ったものと、くたびれて良く借りられていそうな本を選ぶ。
とりあえず2冊もあれば十分だろう。選んだ本を抱えて歩き、ちらっと通い慣れた本棚を通り過ぎる。
昨年度履修した講義はすべて、テストが終わり春休みに入ってから一切手を付けていなかった。後期の終わりの方は、色々あってあまり集中できていなかったなと思い出す。
一般教養科目はおいといても、学科の授業については復習するべきかもしれない。
貸し出し手続きをしてから、大きめのスーパーに寄る。家に帰り、私は荷物を色々抱えてバイト先のドアを開けた。
コココココココココン。
「あれ? はーい!」
なんか連打している音が聞こえる。荷物をとりあえずおろしてからドアを開けにいくと、金銀それぞれの輝きをした鳥が私を見上げてホロロッと鳴いた。
「あ、おはようございます……早いですね……」
開店待ちをしていたのだろうか。買わないお客さんに対して詫びるべきか迷っていると、2羽はそのままヒョコヒョコと中に入っていってしまった。
ウズラっぽいメタリックな鳥は、来る時間がランダムだ。スイスイとカウンターの向こう側に消えたかと思うと、スーパーの袋をつついているらしいカサカサ音が聞こえる。相変わらずマイペースである。
ドアを閉めようとすると、小さくテピーと聞こえた。
「テピちゃんたちいるの?」
ドアを開け、透明な膜にぼよんと跳ね返されないよう気を付けつつ外に声を掛けると、しばらくしててぴてぴと歩いてくる集団が見えた。固まってじわじわ近付いてくるので、鳥ペアが来たところを見ていたのかもしれない。
「鳥さんたち来てるけど、大丈夫だよ。おいで」
「テピ」
手招きすると、てぴてぴと集団が歩いて入ってくる。ソワソワとくっつくように固まっていた集団は、カウンターの向こうからホロローと声が聞こえると、わっと私の足にしがみついた。結構顔を合わせたけれど、いまだにテピちゃんたちはお客さんが苦手だ。
「おはようテピちゃんたち。今日はいいオレンジ色だね」
「テピ!」
昨日あげたかぼちゃの煮物色がよく染みて、今日のテピちゃん集団は濃いオレンジ色になっていた。ハロウィンに似合いそう。
テピちゃんたちをお盆に載せて、とりあえずペア鳥の手の届かないキッチンにいてもらう。それからいつも通り店内の掃除を始めることにした。
掃除が終わり一息ついた頃に魔王さんが来たので、上級南国果実Bとマンゴーと買ってきたミカンを渡す。
「ミカンどうぞ。美味しいらしいですよ」
6つほどパックに入れる形で入っているミカンは、ナントカとナントカを合わせてできた品種らしい。皮が薄く甘味が強くて美味しいそうだ。
「ミカンはこの皮を手で剥いてそのまま食べられますよ」
1個見本を見せるように皮を剥き、中の房をひとつ取って差し出すと、魔王さんはしばらくそれを見てから黒く長い爪で摘むようにしてミカンを持ち上げた。体の大きい魔王さんが持っているとかなりの小粒に見える。頭蓋骨な口の中に入れるのを見つつもうひと房を取っていると、もぐもぐした魔王さんがちょっと止まってから、またもぐもぐし始める。
美味しかったんだな。
残りのミカンを手に乗せてひょいひょい摘んでいくのをなごんだ気持ちで見守り、残りのミカンを果物カゴの空いているところに入れて渡した。
「今日もありがとうございました」
頭を下げると、こくり、と頷いた魔王さんがドアの方へと足音もなく帰っていく。黒い靄から手を出してカチャリとドアを開けたところでその動きが止まった。
何してるんだろう。忘れ物だろうか。
30秒ほどジッとしているのをなんとなく見ていると、パタンとドアが閉まる。そしてススス……と戻ってきた魔王さんは、ミカンのひとつを持ち、カウンターに置いた。
『新たなる訪問者よ、妙なる果実を汝の臓腑に入れるがいい』
「え? あ、くれるんですか、ありがとうございます」
私が言うと、魔王はまた動物の頭蓋骨頭でこくりと頷いた。それから今度は止まることなくお店から出ていく。
全部渡したミカンのうち、ひとつが戻ってきた。お裾分けらしい。
強そうな見た目なのに優しいなあと思いつつミカンを食べ、薄皮も剥いてテピちゃんたちに一粒ずつ分けていると、ホロローと圧のある声が近くから聞こえてきた。
「……食べます?」
ホロッという返事をもらったので、薄皮を剥いたものをふたつ小皿に入れて床に置いてあげた。仲良くつついている。テピちゃんたちはテピーと怖がっていた。
勝手にやってきて、店の中をジロジロ眺めて買わず、おやつを食べる。
これがウズラっぽいのではなく人間の形をしていたら、間違いなくお断りしていたな、と思ってしまった。かわいい生き物は有利である。




