たくらんだとり4
次の日にやってきたテピちゃんたちは、ものの見事に緑色に染まっていた。
濃い緑色、まさに茹でたブロッコリーの粒々部分の鮮やかさである。
はっきりした色合いのせいか、テピちゃんたちがいつもよりも活発に見えるくらいに印象が変わり、普段とのギャップに私は思わずドアを開けたまま爆笑してしまった。
お腹がよじれるほど笑った。
そして、それがテピちゃんたちはお気に召さなかったようだ。
私がひとしきり笑い終えた頃には、身を寄せ合った集団のつぶらな目が、むうっと不満そうになって私を見上げていた。
テピテピテピテピテピ、と小さな手で交互に私の腕やら指やらを叩いている。ててててて、と繰り出される攻撃はそこそこ素早く、そしてカウンターに置いた腕をみんなで並んで一斉に攻撃しているのだけれど、いかんせん一発一発が非常に弱い。
「いやー、ごめんごめん」
謝罪に誠意が感じられない、とでも言いたげに、濃いグリーンの集団が私をてててててと叩いている。受け手としてはごくゆるーいマッサージを受けているようで、くすぐったいと気持ちいいの中間あたりのやんわりした感触はむしろもっとやってほしいくらいだった。
人参や金平糖で予想していた通り、テピちゃんは食べたものの色素が鮮やかに体に反映される体質らしい。どういう消化の仕方なのかわからないけれど、元の色が白いだけにわかりやすい。また、スライムのようなお化けのようなちっちゃい体なので、カラフルだとなんか可愛いのだ。白いときよりコミカルな存在に見える。
だから笑ってしまったことについては不可抗力だ、という主張はもちろんテピちゃんたちに受け入れられることなく、掃除する私の肩に乗っかったり、ご飯を作る私のエプロンのポケットに入ったりと、テピちゃんたちは執念深くやわらか復讐を続けていたのだけれども。
「……ヒマだね……」
「テピ……」
昼食を食べる前に魔王さんがやってきたあとは誰もお客さんが来ない状況で、私とテピちゃんは時間を持て余しすぎていた。
毎日毎日暇だからと掃除をし過ぎたせいで、もう念入りにお手入れをするような場所が残っていない。お店のどの面のどの角っこをポヌポヌ犬さんが歩き回ったところで、不思議な音を出す肉球にはホコリひとつ入らないという確信が持てるくらいだったし、棚に置いてあるアフリカのお面っぽい暗黒感あふれる商品も、綿棒を使って細かくホコリを取り払ったせいでどことなく機嫌が良さそうにピカピカしている。キッチンも磨き上げた上に特に汚れていないテピちゃんたちを何度か水遊びに誘ってみたものの、テピちゃんたちも飽きたようで3回目は断られてしまった。
早めの夕食を食べ終わった頃にはテピちゃんたちも攻撃することに飽きたらしく、私と一緒にカウンターでだらけた姿勢でボーッとしていた。ちなみに今日のごはんとしてかぼちゃの煮物を分けてあげたら、緑色のテピちゃんたちは疑わしそうな目で私を見ながら受け取ったものの、その美味しさが気に入ったようでテピテピと嬉しそうに私に抱きついていた。単純である。
ぽてぽてと転がっているテピちゃんたちは満腹だからか、つぶらな目をうつらうつらと閉じかけている。カウンターに腕枕をしてそれを眺めているうちに、私もボーッとなってきた。
うっかり居眠りしそうになってハッと体を起こす。いつの間にか午後8時に近かった。
これはダメだ。何かやることを探さないと迷宮で居眠りしてしまう。
勢いよく起き上がり、まだ寝ぼけているテピちゃんたちをおいたままカウンターの外に出て、軽くストレッチを始める。屈伸運動をしていると、コンコンコンと低い位置からノックが聞こえてきた。もう聞き慣れた音だ。
「いらっしゃいませー!」
そろそろ閉店。客だろうが客じゃなかろうが、それまでの時間の眠気と暇を追い払ってくれる存在は大歓迎だ。
そんな気持ちでドアを開けると、ふっくらした金と銀のウズラっぽい鳥が立っている。
そしてその後ろに、カモがいた。
「えっ……あ、いらっしゃいませ」
ドアを開けると、金銀のペアはホロロッと鳴いて我が物顔で店内を歩き回る。その後ろから入ってきたカモは、どう見ても普通の鴨である。川とかに浮いている茶色っぽいカモ。ペタペタと水かきのある足で左右に揺れるように入ってきたその体の後ろには、ヒナが6匹ほど一列になって付いてきていた。
「うわ、かわいい」
私の声に先頭の親ガモが立ち止まり、じっと見上げたあとグワグワと鳴いてまた歩き始めた。
子ガモは小さなクチバシと頭のてっぺんとまだ飛べそうにない小さい翼のところだけが茶色で、その他がやわらかい黄色をしていた。全体的にふわっふわで、歩くのが意外と早い。ピヨピヨピヨと絶え間なく囀りながら、親ガモのぷりぷり動くおしりを追いかけるように一生懸命に付いていっている。
すごくかわいい。
親ガモがカウンターのところで立ち止まりグワグワと鳴くと、ピヨピヨと鳴き交わしている子供たちもその周りで立ち止まった。
「あ、カウンターまで持ち上げますね。このお盆に乗ってもらえますか?」
既にテピちゃんたちがいなくなったカウンターから、お盆を取り、乗りやすいように床に置いて促す。すると親ガモがガーグワッと鳴いてそれに乗り、子ガモちゃんたちもピヨピヨとそれに続いた。
「じゃあ持ち上げまアッ」
そう大きくはないお盆の上でパタパタ走り回った子ガモが、持ち上げる途中でお盆から落ちる。
「ごめんなさい! 大丈夫?」
とりあえずお盆をカウンターの上に置いてから、落ちた子ガモを見る。怪我はしていないようで、ちっちゃい羽をパタパタ動かしながらピーピーと鳴いていた。
「かわ……持ち上げますね……ふわふわ……」
両手でそっとお椀を作るように救い上げると、ふわっふわな毛と体温が伝わってきてめちゃくちゃ気持ちが良かった。頬擦りしたい欲求を懸命に抑えながら親ガモのそばにそっと載せる。
私がカウンターの内側に入ると、親ガモは既に欲しい品物のところで平たいクチバシをパクパクと動かしていた。置いてあったマニュアルを自力でめくったらしい。
「えーっと、『上級水鳥の餌S』を小袋ひとつ分ですね。少々お待ちください」
指でなぞって確認すると、親ガモはグワッと鳴いた。
途中で棚の下段にあるカーテンを覗いている金銀ペアの視界を手で遮り「そこは関係者専用なのですみません」とやんわりテピちゃんから引き離しつつ、反対側の棚にある引き出しから小さな袋を取り出した。「上水鳥(S)」と書かれているのを確認して、カウンターに持っていって袋を少し開ける。細かく刻まれたような粉っぽい食べ物は、何種類かの色が混ざっていた。
「こちらでよろしいでしょうか」
平たいクチバシを突っ込んで覗き込んだ親ガモが、おもむろに振り払うようにして頭を上げると、中の餌がばっとカウンターに散らばる。それを子ガモたちがピヨピヨと啄み始めた。親ガモは翼の内側からどうやってか代金を出してチャリンと置いた。
「……金貨1枚、ちょうど頂きます」
グワグワと鳴いた親ガモが、再び袋にクチバシを突っ込んでガツガツと餌を食べ始める。時折混ぜ返すようにして、袋の中から餌を撒き散らしては子ガモに与えていた。
イートインなさるつもりのようだ。
「えーっと、お皿お使いになられますか?」
カパカパと平たいクチバシの音をさせて食べている親ガモに聞くと、顔を上げてグワッと鳴かれた。イエスと判断して、キッチンから平たいお皿を1枚と、ちょっと深さのあるお皿に水を入れたものを1枚持ってきてカウンターに置いた。
「この袋から全部出しちゃいまアッ?!」
そっと小袋を持って平たいお皿に開けようとすると、それを親ガモのクチバシがグイッと引っ張り、中の餌が水の張ったお皿の方に全部入ってしまった。それを見るや否や親ガモがそこへクチバシを突っ込み激しく食べ始め、小鴨もそれにならうようにお皿に突進した。小さな体がお皿の上に入り込んで、ふわふわなお腹に水と餌が混ざったものがくっついている。餌は故意に水の中に落としたようだ。
「ごゆっくりどうぞー」
バチャバチャと跳ねる水と餌がカウンターのあちこちを汚し始めたので、マニュアルを避難させて空のお皿を下げた。掃除が必要になったけれど、むしろありがたいくらいである。
「ホロッ」
「うわびっくり」
みるみるうちになくなっていく餌と水を眺めていると、いつのまにか座る私を挟むように金銀のペアがカウンターに登っていた。ホロローと小さく鳴きながらじっとカモ親子を眺めている。
さっき一緒に入ってきたし、知り合いなのかな。
あれこれ店内チェックしていたのは、信頼できるお店を紹介するためだったとか?
相変わらずメタリックな姿を眺めているうちにカモファミリーは食事を終えた。
「おしぼり使いますか?」
胸元あたりを盛大に汚している子ガモたちを、濡れ布巾とタオルで綺麗にするという名目でふわふわを堪能し終わると、親ガモはグワグワとまたおしりをぷりぷり動かしながら帰っていった。ついでに金銀ペアの鳥も帰っていった。今日は滞在時間が短い。
「ありがとうございましたー。またお待ちしていますー」
ピヨピヨ帰っていく姿をしっかりと眺めてからドアを閉じる。
すごく可愛かったなーと思いながら立っていると、テピ、と声が聞こえた。
「ん?」
緑色の集団がいつのまにか足元にやってきて、じーっと私を見ている。
「子ガモがいたよ。すごいかわいかった」
しゃがんでそう言うと、テピちゃんたちはまたテピテピテピテピテピと攻撃を再開したのだった。




