たくらんだとり3
白い封筒は四方がややくすんで薄い紙で、日本にある普通の文房具店だと売っていなさそうな古めかしさがあった。
日本ですら手紙を送ってくる相手の心当たりなんてないというのに、まさか迷宮で貰うことになるとは。ここでの知り合いといえば限られている。
中央に臙脂色のインクで「ユイミーちゃんへ」と書かれた表側をひっくり返し、何も書いていない裏側から封筒を開ける。ぴったりくっ付いて隙間のなかったフタ部分を親指で少し端から押し開けるようにすると、封筒は破れずにペラリと綺麗に開いた。
「……『ユイミーちゃんへ。急な仕事で冬の荒野に行くことになり、今日明日あたりは食べにいけません。ごめんね』……?」
追伸、明後日はニンニク料理希望。
そう書いてある便箋の下中央に、小さな円形の魔法陣のようなものがスタンプされていた。
「サフィさんから……だよね」
私が疑わしく呟くと、そろそろてぴてぴと戻ってきていたテピちゃんたちが「テピ」と小さく返事をした。
常にキラキラした顔をしているサフィさんは、ヴァンパイアであり、かつ魔道士だ。
そして暇があればこの店に夕食を食べにくるお客さんでもある。
とはいえ何か仕事やら何やらで忙しいこともあるようで、食べに来るのは毎晩ではない。そのため準備に気を使ってか次はいつ来る、というのを帰る際に軽く告げていくのだ。
昨晩やってきたときに、サフィさんは「明日もよろしく」と言っていた。それが来れなくなってしまったので手紙を送ってくれたらしい。几帳面だ。
「じゃあ今日は納豆ですまそうか」
「テピ!」
誰かと一緒に食べる夕食は賑やかで楽しいし、来てもらえないとお店的には儲からないけれど、サフィさんが来ない夜はそれはそれで嬉しい。手抜きができるからである。
お店のメニューとして温めるだけで出来上がるレトルト的な料理が何種類かあるけれど、サフィさんは私の世界の料理に興味があるらしく、いつも私が夕食として食べようとしているものをオーダーしている。サフィさんは特に好き嫌いもなく、何を食べても美味しそうに食べてくれるのでラクではあるけれど、誰かに食べてもらうための料理というのは中々プレッシャーを感じるのだ。失敗もできないし、野菜の切り方にも気を使う。お金をもらって振る舞っているということもあって、メニューや量も考えないといけない。
普段、チンした鶏肉と野菜にドレッシングをかけてご飯で食べたり、納豆と卵とご飯で1日を過ごしたりも珍しくはないという手抜きレシピに親しんだ私の料理スキルでは、頻繁に食べに来るサフィさんをもてなすのがそろそろ難しくなってきていた。
スマホで時間を確認して、夕食の支度をすませる。納豆と卵を混ぜ、ご飯を解凍し、茹でて冷凍していたブロッコリーも温めてマヨを添えたらできあがり。非常に簡単である。
「テピちゃんたち、ブロッコリーも食べる?」
「テピー!」
緑色になるんじゃないかという期待と心配の混ざった気持ちで、ブロッコリーのポロポロ取れる部分を小さく分割してごはん粒と共に置いておいた。小さな手の片方にごはん粒、もう片方にブロッコリーの粒を持った集団が、嬉しそうにテピテピとカウンターで動き回っている。感謝を表しているのかむにっと抱きついてくるのは可愛いけれど、ごはん粒がくっつくので食べてからにしてほしかった。
「ニンニク料理かー……」
「テピー……」
食事を終えて食器を洗うついでにキッチンを軽く掃除し終わると、本格的に夜の暇タイムに入る。この時間は3日前くらいにポヌポヌ犬さんが腱ジャーキーをおかわりに来た以外にはお客さんは来ていなかった。何度かウズラっぽい金銀鳥のペアがやってきたけれど、今日はすでに来ているのでもう一度来ることはなさそうだ。鳥ペアは特に買い物はしていないため客なのかどうかは曖昧なラインだし。
スマホでレシピを検索しつつ悩む。
サフィさんが迷宮にいるのかどこか外に出掛けているのか謎だけれど、冬の、と付いているのであれば寒いところに行って仕事しているのだろう。だったら温かい食べ物の方が良さそうだ。あれこれ悩んで途中テピちゃんたちをムニムニ揉んだりしつつ、スーパーで買うものをメモしておく。
ネットで調べればレシピは山のように出てくるけど、多過ぎて逆に決めにくい。
難易度が高そうなものは失敗しても怖いし、簡単かつ人様に出せるようなメニューの載ったレシピ本とかあると便利かもしれない。
「本屋、いや図書館でいいかな」
「テピ」
「買って作れない料理ばっかりでも困るよね」
「テピー」
理解しているのかよくわからない返事をするテピちゃんたちを、ムニムニしてはリリースしてまた別のをムニムニしながら考える。テピちゃんたちはムニムニされるのが好きらしく、長い列を作って律儀に順番を待っていた。
ムニムニムニムニ。
ちっちゃい手を指で挟んで握手していると、テピ〜と嬉しそうに何か言っている。
癒し系。
「……まあ、今度でいいか」
「テピ」
「明日も手抜きでいいわけだしね!」
「テピ!」
肯定してくれている(のかは定かではないけど)返事を貰うと、なんだか自信がつく。
せっかくの春休みである。バイトをしているのだから、その他は限りなくのんびり過ごしたい。
ムニムニと戯れながら、私は問題を先送りにすることにした。




