たくらんだとり1
しゃーこしゃーこと乾いた音がお客のいない店内に響く。
「テピッ」
「ちょっと待って」
床についていた膝と左手のひらがそろそろ痛い。あと腰も。ゆっくり姿勢を変えてちょっとストレッチをしてから、私はまた板張りの床と向き合い始めた。
手に持っているのは、小さく切った角材。紙やすりを使いやすくするために、ホームセンターで買ってきたものだ。
暇を持て余しているので、前々から気になっていた、接客スペースにある床のささくれを地味に削っていたのである。テピちゃんたちが歩き回ると、てぴてぴてぴてぴぽてっと転ぶ場所があるのだ。ポヌポヌ犬さんのように裸足、というか靴なしでやってくる人も多いので怪我をする可能性もある。というのは建前で、暇すぎて運動不足になりそうなので何かしら体を動かす仕事を見つけたかったのが本音だ。
荒いヤスリで凹凸を整えて細かいヤスリですべすべに仕上げる。ふうと顔を上げると、転びポイントにいるテピちゃんたちがテピテピと私にアピールした。あと4ヶ所。
「疲れたから一旦掃き掃除するね。目印ちゃんたちはそこにいて」
「テピー!」
振り返ると、あちこちにヤスリがけした粉が散らばっている。ホウキで掃き集めていると、コツ、コツコツ、と小さなノックが聞こえてきた。
「はーい」
私の返事と同時に、テピちゃんたちがてぴてぴっと走ってカウンターの向こうへ逃げていく。立ち上がって腰をさすりつつドアを開けるとお客さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。いま掃除中で汚れていてすみません」
私が挨拶すると、お客さんのひとりが「ホロッ」と鳴いた。
私が渡す上級南国果実Bの他に、新たに入荷するようになったマンゴーを購入しにくる魔王さんに並んで、このところ毎日来店しているお客さんがいる。
私がバイトして初めて出会った鳥のお客さんである。
大きさは鳩とカラスの間くらい。クチバシは小さく、ほとほとと歩く脚は黒くて前に3本、後ろに1本指が伸びている。頭から短い尾にかけてふっくらした曲線の体は、ウズラの成鳥そっくりだった。ただし羽色はウズラとはかけ離れていて、1羽は金と黒のまだら、もう1羽は銀と黒のまだら。
一枚一枚の羽根が金や銀の地色をしていて、そのフチだけが黒色になっているのだ。だから鱗のようにも見える。金銀はそう見えるという比喩ではなく、本物のメタリックな輝きだ。
なんで知っているかというと、もらったからである。羽根を。
「どうぞ店内自由にご覧くださーい」
私がそう言いながらまたヤスリがけの姿勢に戻ると、2羽はしばらく私の周囲を歩いたのちに勝手知ったる顔でカウンターの向こう側へと歩いていく。入れ替わりにテピちゃんたちがぴゅーっと私の方へ逃げてきた。
派手なウズラっぽいペアが最初にやってきたのはもう1週間ほど前のことだろうか。
ノックをして入ってこないお客さんは大体ドアノブを開けられない系のひとなので、私が開ける。にゅにゅっと入ってきた2羽は、ポヌポヌ犬さんがしていたように店内を検分しはじめる。壁には登らないので、派手だけれど普通の鳥かなとその時は思った。
小さいお客さんなので、チェックが終わったら後でカウンターに乗せてあげよう。
そう考えながら、歩き回る2羽の邪魔にならないように私はカウンターの内側で待つことにした。あんまりジロジロ見るのもアレかなと思って、サフィさんに書いてもらった価格表やマニュアルの準備をしながら待っていると、チェックし終わったらしい2羽がカウンターの方へと近付いてきた。
と思ったらレジ側に入ってきたのだ。
ホロローウ、と小さな声で鳴きながら入ってきたお客さんに、最初は戸惑った。
今まで、カウンター越しにお客さんと店員の私として接していたのだ。不文律というか、テピちゃん以外お客さんは誰も超えなかったその境界線を2羽のウズラっぽいペアはやすやすと超えてきたわけである。
こっち側に入れていいものなのか、追い返すべきか、直接品物を見たい派として見守るべきか。
悩んでいる私とお客さん接近に逃げ惑うテピちゃんたちをおいて、2羽はジロジロと棚を見回しカウンターの下に入り込み椅子をつついた。
そしてしばらくしてから「お決まりですか」と声を掛けた私に、金色の方が羽根を渡したのだ。クチバシで背中から抜き取ったとれたてホヤホヤの羽根である。
その1枚を私の手に置いて、2羽は何事もなかったかのように去っていったのだった。
貰った羽根は一枚だけだけれど、それ以外のことをこの2羽はこの1週間ずっと繰り返している。
カウンターに乗せて価格表を提示してみても、2羽は「ホロロー」と鳴くだけで眺める様子もなく帰る。特に何か注文したそうな様子もないので、もう好き勝手に見てもらっているのだ。
新居のインテリアの参考にでもしに来てるのかな。適当にそんなことを考えつつ、私は2羽の来客中でも気にせず掃除や日誌つけなどをすることにしていた。
最初はパニックを起こしていたテピちゃんたちも流石に慣れたらしい。歩き回る2羽の進行方向を避けて私の方へ逃げ、掃除用エプロンのポケットに入り込んだり、きゅっとしがみついたりして風変わりな来客をやり過ごしていた。
「テピちゃん、次どこだっけ?」
「テピー」
ソロソロとエプロンから顔を覗かせた数匹が、てぴてぴてぴと床を歩いてぽてっと転んだ。そこへ移動して、またヤスリがけを再開する。
サフィさんによると、このお店の立地はなかなか強者揃いのエリアにあるらしい。
ホロッと鳴く金銀のウズラペアも、こう見えて相当の猛者なのだろうか。
変なことを企んでないといいけど。念入りに下見をして強盗するつもりとかだったら困るな、などと適当な妄想をしつつ、カウンターの向こうからホローホロローウと声が響く中で私はヤスリがけを最後まで仕上げた。




