アシスタント・テピテピ1
部屋を半分に区切っているカウンター、それを挟んだ左右の壁は、床から天井まで棚が作り付けられている。乾いた植物が逆さに吊られていたり、不思議な色をした鳥の羽が瓶の中に何本も入っていたりするところはファンタジーな雰囲気を感じる。どこもかなり埃っぽい。
カウンターの向かいにある壁には、私の部屋に通じるドアの隣にもうひとつドアがあった。
「キッチンだ」
開けてみると、先程の部屋の退廃的な印象とは正反対に、普通のマンションの一室のようなキッチンがあった。シンクにガスコンロ、冷蔵庫と換気扇、電子レンジもある。床も私が住んでいるとこのフローリングと変わらないような綺麗な材質で、埃が落ちてない。ここもどこかの空間と繋げた場所なのだろうか。
振り返ったところの埃まみれな部屋とのギャップがすごい。
「……とりあえず、掃除でもしよっかな」
キッチンのシンクの横にマカダミアチョコを置き、埃まみれな部屋に戻る。棚の影に見つけたホウキを手に取った瞬間、カチャ、と音が聞こえた。
「……」
カウンターの向こうにあるドア、それに付いているレバータイプのドアノブがなんか揺れた気がした。
そのまま固まっているともう一度、カチャ、と音が鳴る。音と連動してレバーが揺れたので、どうやら誰かが入ってこようとしているようだ。
まさかこんな状況でお客が来たんじゃなかろうな。
魔女おばちゃんはマニュアルあるとか言ってたけど全然読んでないし、仕事を見てくれるらしい人も来てない。せめて紹介していってほしかったよまじょばちゃん。
どうしようか迷いながら待っていると、カチャ、カチャ、とドアノブが揺れ続ける。
……全然入ってこないけど、ドア、鍵でも掛かってるのかな?
いっそいないフリしたいと思うけれど、ブレスレットが私の出勤を記録しているはずだ。バイトしているなら、ちゃんと仕事をしないと給料をもらえない。
私はカウンターの左側の天板を開けて、ドアの前へと向かった。
レバー式のドアノブをちょっと眺める。特に鍵はない。私は覚悟を決めてカチャカチャと微妙に動いているそれを握り、こちら側から開けた。
キイ、と意外に軽くノブが回り、そしてドアが開く。外はなんだか洞窟のような、土を掘った穴みたいな通路が続いているようだった。松明が揺らめいて灯りになっている。
誰もいない。
「ん?」
と、思ったら、何かが部屋の中に入り込んできた。
入り込んだというか、倒れ込んだというか。
私の腰くらいの高さの何かが、ふわっとこちら側に転ぶ。コロコロと転がる姿があって、それはひとつのものではなく、小さいものが集まって小山のようになっていたらしいというのがわかった。
ひとつひとつは、ピンポン球くらいの大きさをしている。
何これ。
眺めていると、コロコロと転がった白いものがピクッと動いた。むくりと起き上がったそれには、黒くて丸い目のようなものがついている。
白いものはなだらかな円錐形というか、スライムのようなシーツお化けのような、上が丸くて下がうねうねしてちょっと広がった形をしていた。パチパチと丸い目をしばたかせ、テピ、と聞き慣れない音を発する。他の白いものも起き上がり、テピテピと謎の音を立てながらひとまとまりに集まってこっちを見上げた。あの、未来からきたネコ型ロボットの足音みたいな変な音だ。
いや、何これ。
いやこれ迷宮、いや何。
混乱していると、ふと私が握っているドアノブの向こう側のレバーにもひとつ白いのが付いている。金色のレバーにフラフラとしがみついていたそれが、ちょうど落ちそうになった。
「おっ、と」
つい手を出してキャッチしてしまった。手のひらに落ちてきた感覚はぽすんと軽く、温かくも冷たくもない不思議な温度をしている。コロンと手のひらの上で転がった白いものは、しばらくしてからギューと瞑っていた目を開け、ムクリと起き上がって周囲を見渡す。それから私をじっと見上げた。
手の上にいる白いものは、マシュマロのような色合いをしている。非常に軽く、持っているのか持っていないのかわからないくらいの重さと感触だ。下側のうねうねした部分が微妙に動いていて、それがムニュムニュと手のひらを優しく押しているような感覚がする。なめくじみたいに動いているのかもしれないけれど、手の上には特に粘液の跡は付いていない。
よく見ると目の下のあたりに二本、ちっちゃな突起のようなものがあった。手だろうか。
「……あのー、大丈夫? ですか?」
恐る恐る声を掛けてみると、さわさわと、いやテピテピと小さくざわめいていた床の上の白いの集団が静かになる。
……なんだか集団が私のことを見つめている気がする。
「落ちそうだったからつい受け止めちゃった。はい、どうぞ」
しゃがんで白いものを乗せている手をそっと床に付けると、しばらくテピテピと手の上を動いていた白いものが、中指の先へと動いて床へと移る。テピテピとごく小さな音を立てながら、他の白いものがそれに近付いていっていた。
見たことない生き物だ。私が今までの人生で見てきた生き物との共通点が少なすぎる。
じっと観察していると、白いものはさわさわ、いやてぴてぴと寄り添い合って何やら意思疎通をしているような動きをしていた。
こんな小さいのに脳が大きいのかな、と思いながら見ていると、先程手から降りた白いものがテピテピと私の方へ進み出た。




