命を刈り取るお仕事6
まずはカウンターを片付けて布巾でしっかり拭いた。それからキッチンに行って、私の部屋から持ってきていた卓上コンロと鍋をセットした。サフィさんはまた自前の椅子を取り出して座りつつ、私の動きを興味深げに見ている。
「ここで料理するの?」
「はい」
「へえ。ここに鍋を置くんだ」
サフィさんがコンロに興味津々になっているうちに、食材の準備だ。
白菜、椎茸、ネギ、玉ねぎ、春菊、人参などの野菜を適当に切っていく。白菜は旬が終わりかけでサイズが小さかったけれど、二人でやるには十分だ。白滝と豆腐も準備して、お皿に盛ってカウンターへ運ぶ。生卵も忘れてはいけない。冷蔵庫から薄切りのお肉をうやうやしく取り出せばだいたい準備完成だ。
「すみません、ごはんはまた冷凍したのなんですけど」
「いいよー。材料色々あるね。これ焼くの?」
「煮ます。すき焼きなので」
「すき『焼き』なのに煮るの?」
「……煮ます」
そういえば煮る料理なのになんで「焼き」なんだろう。サフィさんの質問に気を取られつつも、ごはんと取り皿と生卵とお箸を渡す。
生卵に付けて食べるのだというとサフィさんは訝しげな顔をしていたけれど、特に気にすることなく私の説明通りに卵を割って待機している。生卵には特に抵抗感はないようだ。
「ではこれよりすき焼きを始めます……」
「なんか厳粛だね。宗教的な料理?」
牛肉のお高いところを使うすき焼きは一人暮らしでは手の届かない料理なので厳粛な気分になるだけで、宗教は関係ない。ということを説明したら、ちょっと可哀想なものを見る目で見られた。
スーパーで貰った牛脂をステンレスの鍋に転がし、菜箸でつつきながら溶けるのを待つ。
「見てください! 人型町今全の『すき焼き割下 極上』です!」
「おお、よくわかんないけど高そう」
「高級なすき焼き屋さんの調味料ですよ」
「へー」
サフィさんの反応はイマイチだけれど、この割下、自分では絶対買わない値段をしている。まあ普段すき焼きすること自体ないから買う選択肢すらないんだけども。いつもお肉コーナーに燦然と置かれている瓶入りのこれを見て「いつか食べたいなあ」と思っていたのだ。思い切って買ったものの、まかないとして経費にしてもらうのはちょっと罪悪感があったのでサフィさんが来てくれてよかった。
テロテロに溶けたら菜箸でお肉を2枚入れて、極上らしい割下を入れる。じわわーと縁が小さく泡立つ割下にお肉をささっと絡めて、色が変わるや否や菜箸で取る。
「ハイ、サフィさん! 入れますよ! 食べて!」
「う、うん。なんかユイミーちゃん今日勢いがすご」
「早く食べて!」
最初のお肉が最高なのだ、とお母さんにしっかりと教え込まれていたので、忠実にその教えを守って私も最初のお肉を口に入れた。
熱々のお肉に絡んだタレと溶き卵。噛むほどに柔らかくサシの旨味が出てきて、甘辛い味と共にえもいわれぬ楽園を口の中に作っていく。牛肉ならではの美味しさと、タレの少し濃い味と、卵のこっくりした美味しさが口の中で踊っていた。
「くぅ……」
「美味い! 前のニンニク入りのやつも美味かったけど、この調味料もいいね!」
バイト始めてよかったなあ、と幸せを噛みしめつつ、野菜を入れて水分を出していく。
どんどん食べられるくらいにはお肉を切り分けてあるけれど、美味しさが強過ぎてじっくり味わいたい気持ちにもなる。ご飯と一緒に食べても美味しいし、野菜を食べてからのお肉もまた美味しいし、味が染みた白滝も幸せだ。
「煮込んだわけじゃないのに、味がしっかり付いて美味いなー。この香りのついた葉もいい。お肉もっと入れていい?」
「どうぞどうぞ。春菊も足しますね」
それぞれ菜箸でお肉や野菜をお鍋に投入しては、できあがったものを回収して食べていく。
しばらくお互いにモリモリ食べることに集中して、それからふと気付いた。
ほぼ初対面のサフィさんとすき焼き鍋をつついてしまった。
ヴァンパイアという種族性なのかサフィさんの人柄なのか、それとも牛肉をくれたことによる好感度上昇なのか、同じ鍋を食べることに抵抗感がなかった。
冷静に考えると、迷宮で、ヴァンパイアの人とすき焼きをしているってかなり異様かもしれない。
お肉も迷宮産だし。
我ながらバイト先への馴染み方が半端ない気がした。でも美味しいからしょうがない。
一人で鍋ものをすると、材料が余るので2日連続になりがちだし、そういう意味でもサフィさんがいてくれてよかった。
「ごはんおかわりある?」
「ありますよ。あっためてきますね」
「このオレンジのやつ、花の形してて変わってるね」
「私が切りました」
「そうなの? すごいねー! やっぱ女の子は凝ってるなー!」
サフィさんがお箸でつまんで見ているのは、私がなんちゃって飾り切りをした人参だ。ねじり梅じゃなくて最初に輪郭を削って薄切りしただけなので、そんなに褒められると逆にいたたまれない。
ちなみに余った人参のはしっこは、細かく刻んで隠れているテピちゃんたちにあげた。喜んでいるらしく、テピテピーと声が聞こえている。
「はー今日も美味かった!」
「お粗末様でしたー」
存分にお肉を堪能したあと、片付け終わったテーブルに肘をついてサフィさんが満足そうに言った。
料理のお代は小銀貨5枚。5000円と考えると結構高いけれど、それくらいが相場だそうだ。ありがたく頂戴しつつ、食後のお茶を出した。テピちゃんたちはまだ食事中らしく、カーテンの向こうでテピテピしている。
「で、なんだっけ、米に皮が付いてて困ってるとか?」
「籾殻です。まあ精米にも困ってるんですけど」
「どれどれ、うわほんとだ。米の殻って黒いんだねー」
籾殻付きのお米に馴染みのないサフィさんにちょっと親近感を覚えつつ、籾摺り機に心当たりがないか相談してみる。私はなぜか謎のボヨンボヨンに阻まれてこの部屋の外には出られないけれど、もし迷宮内でそれっぽい施設があるなら、死神さんをそこに案内したり、サフィさんなどにお仕事としてお願いして籾摺りしてもらうことができるのではないかと思ったのだ。
ついでに精米機もないか訊いてみたけれどサフィさんはうーんと首を傾げた。
「農家じゃないし、そういう機械はよくわかんないなあ。見たことない」
「そうですかー……」
「ちょっとちょっとユイミーちゃん、そこ諦めるとこじゃないでしょ」
サフィさんがパタパタ手を振ったので、私は顔を上げた。サフィさんが自らを指差してニッコリ笑う。キラキラ具合が5割増になっている。LED並みに眩しい。
「俺、魔道士なんだけど? 俺に頼めばよくない?」
「え……籾摺りを? 精米を?」
「モミスリでもセーマイでも炊飯でも、依頼があればできるよ」
「え?! できるの?!」
「できるできる」
魔道士って何する人なんだろう、と思ったけれど、この際関係ない。
私の籾摺りどうするか問題に希望の光が差したのだった。




