はじめての魔術21
冷蔵庫から取り出した半透明生首が、カウンターの上で髪を振り乱す。
「ユイミーちゃんさまひどいひどい〜!! あんなところに入れるなんて!!」
「ごめん、水に入れるには時間なかったし……もしかして冷たいのもダメだった?」
「魔術ノートは無機物なので温度は感じませんが! あちこちから話しかけられてとってもとっても怖かったんですぅ〜!!」
ふえぇ〜とわざとらしく声を上げながら主張する魔術ノートに、私は首を捻る。
「え……話しかけられたの? 冷蔵庫で?」
「真っ暗な中であちこちから声を掛けられましたっ!」
「えぇ……」
このお店では、生きている商品は存在しない。冷蔵庫には要冷蔵な商品が色々置いてあるけれど、品名を見る限りはどれも加工済みであったり、そもそも生物じゃないものであったりするものばかりである。
……何に話しかけられたんだろう。
「えーと、なんかごめん」
「お詫びとして強大な力を持つ偉大なる魔女になると誓ってくださいっ」
「それは無理」
「じゃあ温度差で吸湿しすぎないよう早急にヂップロックに入れてくださいっ」
「いいよ」
湿気でヨレヨレになるのは、苦手なジッパーバッグに入ってでも防ぎたいレベルで許せないことらしい。ジッパーバッグに入れ言われるがままに空気を限りなく抜くと、ジッパーバッグの中で半透明の顔が平たくなっていた。怖い。すいすいと泳いで掃除場所を探していたニンニクも、慌ててヒゲ根を動かして逃げていっていた。
「あのさ、その半透明のって物質はすり抜けられないの? ストッキングかぶったみたいな顔になってるよ」
「ユイミーちゃんさまからの魔力供給がまだ不安定なので、すり抜けできるときとできないときが……えいっえいっ」
「顔押し付けると余計に怖いから出るまでは本体に戻ってたほうがいいんじゃないかな……」
若干声がこもって聞こえるけれど、ジッパーバッグに入れただけならちゃんと会話はできる。しばらく格闘していた魔術ノートは、渋々諦めて半透明のつぶれ顔を魔術ノートに戻した。
本体も割と派手というか雰囲気満載なんだけど、半透明少女が騒いでいるのに比べたら随分シンプルでスッキリしているように思えてくるのが不思議だ。
「テピー!」
「ん?」
集団で協力して棚をよじ登っているテピちゃんが、私に向かって声を上げた。
それぞれ小さな引き出しの隣で、ちっちゃい手をピコピコと動かしている。
近付くと、テピテピと口々に鳴きながら一番上の段を指していた。そこを開けてみると、細長く小さな木箱が3つ並んでいる。
「あ、これさっきの甲冑さんが言ってた『特上魔術ペン(金)』か」
「テピッ!」
一箱取り出して、テピちゃんたちも抱えてカウンターの方へ持っていく。
木箱の蓋をそっと持ち上げると、黒色のシルクのような布の中央に金色のペンが鎮座していた。さっき銀色甲冑さんに見せてもらったものと同じものだけれど、新品で汚れのない金色をしている。
蓋とクリップが付いていて柔らかに膨らんだようなフォルムは、万年筆のような雰囲気だった。全体的には金箔のように少し柔らかな輝きをしているけれど、キャップの縁やペンのお尻部分、クリップなどは鏡のように磨かれている。
箱ごと持ち上げてまじまじと眺めたあと、ため息のように言葉が漏れた。
「すっごい派手だね……」
なんかバブルとか成金とかそういうキーワードが似合うビジュアルである。
さすが品名に(金)と付いているだけある。ゴールドだ。
「テピッテピテピ、テピー!」
趣味じゃないなと思っていたら、テピちゃんたちが一生懸命ジェスチャーを始めた。ブンブンと体を振ったり、「てっ」をしたり、ピコピコと両手を交互に動かしたりしている。
「全然わからないけど、テピちゃん的にはオススメなの?」
「テピッ!」
「買うべきと思うならこっち、やめとくべきならこっちに移動してもらえる?」
カウンターを手で区切ってそういうと、テピちゃんたちは先を競うように「買うべき」の方へと移動し始めた。急ぎすぎて転び、カウンターから落ちているテピちゃんもいる。
どうやらこの特上魔術ペン(金)は、テピちゃんたちからしても激推しらしい。あんまり主張しないテピちゃんたちがこれほど推すとは。
「……ちなみに魔術ノートとしては、こういうペンってどうなの?」
「とてもオススメですっ! 魔術ペンは文字通り魔術行使のために作られたものですから、魔術陣は安定しますし実力をよく引き出してくれますよっ!」
「テキストには普通のペンでもいいって書いてあったけど」
「もちろん初心者としては練習にそういった物を使っても構いませんが、やっぱり魔力を伝えるという点では効率が悪くなりますっ。今から魔術ペンを使っておけば魔力がより馴染んで、まるで自分の手足のように使えるようになります! そう、この魔術ノートのように!!」
熱烈に推していた。
かなり値段の高いものだけれど、今のところは買うべきという意見しかない。
ならば買っておく方がいいのだろうか。
「……って感じで、迷ってるんですけど」
「そうなんだ。これいいペンだよ。俺も持ってる〜」
夕食を食べにきたサフィさんに相談すると、サフィさんも懐から使い込んだ風合いのペンを見せてくれた。銀色甲冑さんのものと比べても年季が入っているのは、やはり不老不死だからだろうか。
「術がかなり安定するから、初心者ほど良い魔術ペンを買うべきだと思うんだよねー。お金あるんだし、ユイミーちゃんは買った方がいいよ」
「うーん……」
「何で迷ってるの?」
躊躇している理由を聞かれて、私はチラッと魔術ノートを見る。
「また実体化とかしたらちょっとなーって思って……」
「あっユイミーちゃんさまひどいっ私はこんなにコンパクトなのにっ」
「いや、生首だけでも存在感すごいし」
これ以上うちが圧迫されると困る。
そう言うと、サフィさんはまたお腹を抱えて爆笑した。




