はじめての困難3
「あれ、お肉嫌い? これから食事時だし、ちょうどいいかなと思ってお近付きの印に持ってきたんだけど」
「好きですけど……」
「人間が食べても大丈夫な牛だから安心して。俺も食べたし」
食べても大丈夫じゃない牛もいるんだろうか。迷宮怖い。
毒々しい色の毛皮を持つ牛を想像しながらも、私はお礼を言って肉塊を受け取った。好意で持ってこられたのだったら断りづらいし、やっぱりちょっと興味があったからだ。
一人暮らしを始めて食料品の相場を把握してから、うちのメインのお肉はささみになった。こんなに巨大な牛肉、お肉屋さんで買ったら万札が群れで羽ばたいていく。もし食べられるのならありがた過ぎるプレゼントだ。
「あの、ありがとうございます。私何も持ってないんですけど、すみません」
「いいよいいよ。って言いたいけど、お腹空いてるからちょっと頼んでもいい?」
「血液はあげられません!!!」
「食い気味で断ってきたなー。いやそうじゃなくて、そのお肉ちょっと使って何か作ってくれない?」
サシの入った肉塊を指してヴァンパイアさんは言った。
何でもいいから美味しいもの。
「何でも……美味しい……」
「そう。調理品も売るでしょ? それの練習だと思って」
この数日、ポヌポヌ犬と魔王以外には特に来客がなかったため、私はマニュアルを読み進めていた。その過程で、調理済み食品も売り物のひとつとされていることは知っていた。
でも、具体的なメニューやら作り方についてはまだ読んでいない。魔女おばちゃんも簡単な調理と言っていたので、まずはポヌポヌ犬が何を欲しているのか解明すべく売っているものを全て把握することを優先していたからだ。
「あの、まだそのあたりは準備が」
「そんな構えなくて平気平気。迷宮の料理じゃなくてもいいから」
「……じゃあ、作ってみます。あの、買った調味料を混ぜて味付けするものなんですけど、それでもいいですか?」
「いいよー。楽しみにしてる」
タイミング良く、「焼肉のタレ」を買ってきていた。
お昼ごはんは朝簡単に作って持ってきているけれど、夕食は出来立てが食べたいのでここにあるキッチンを借りて料理をするようにしている。といっても、あまり時間をかけて接客時間を圧迫しても良くないので、手軽に作れるものがいいなと思って買い物していたのだけれど。
本当は半額になっていた豚バラと野菜を炒めてタレで和えようとしていたのだけれど、それが牛肉になったところで問題はないだろう。むしろその方がタレと合うはずだ。想像するだけでもお腹が減ってくる。
「じゃあちょっと作ってきますね」
「よろしくー」
キラキラした笑顔に会釈して、私はキッチンへと急いだ。
ヴァンパイアさん、どれくらい食べるんだろうか。成人男性並みに食べるなら私よりも多いだろうし、3人分くらいを目安に作っておこう。余ったら明日食べればいいし。
私はちょっと考えてから肉塊をなるべく薄く切り、残ったものは丁寧に包み直して冷蔵庫に入れた。ピーマンと玉ねぎとキャベツも切っていると、てぴ……てぴ……と小さなざわめきが近付いてくる。
足元を見ると、いつのまにか白いもの集団が近くまでやってきていた。固まってプルプルしながら私を見上げている。
「仕事を見てくれる人じゃなかったんだね」
「テピ……」
反省しているのか怯えているのか、白いものたちはお互いに身を寄せ合ったまま私を見上げていた。
そうならそうと早めに言ってくれたらよかったのにと思ったけれど、そもそもテピテピ言ってるだけだし短い手はピコピコしているだけなので意思疎通が難しいんだった。
「怒ってないよ」
しゃがんで私がそう言うと、つぶらな目がじーっと私を観察するように見ている。
本当に怒っていない。ヴァンパイアさんが初日から来てくれていればすぐ解けた誤解だし、誤解してたところで特に支障もなかったし。正体は謎だけれど手伝ってくれる意思はあったみたいだし、いてくれるだけでもちょっと心強かった。客が来ると隠れてたけど。
「これからも手伝ってくれる?」
尋ねてみると、白いものたちの目がキラキラと輝き始めた。ビビビッと体を震わせてから、テピー!! と大きな返事を貰う。全員賛成のようで何より。
「よろしくね」
「テピー!」
「はい、テピー!」
「テピーッ!!」
小さな体が私の足を囲んで、きゅむきゅむと抱き付いてきた。多分抱き付いてきてる。軽すぎて靴下越しの足にあんまり感覚が伝わってないけど。
丸い頭を撫でながらコールアンドレスポンスをしていると、ドアの向こうから「何か遊んでないー?」とヴァンパイアさんの声が聞こえた。
「夕飯作っちゃわないと。踏みそうで危ないから、離れた場所にいてね」
「テピ!」
1メートルほど距離を開けて私をじっと見上げる白いもの集団に囲まれつつ、私は炒め物を急いで作ることにした。




