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セルツェ   作者: でるた
幽霊
14/29

-4-

「学校特定したわ」


 開口一番三角が言った言葉に、三人は静かに安堵した。


 剱持大尉から指示を下達されたダーツバーで酔いすぎない程度に小瓶の麦酒を飲んでいた三人が丸一日待ち続けた情報は、Mr.ドラッグの娘の木村穂波の通う高校の情報だ。三角が京城府内にある私立高校の在学生名簿のデータを、かつての所属である陸軍参謀本部情報部1課の元同僚に依頼(強要)して全て覗き見して入手してきた情報だ。SISに依頼すれば手っ取り早いのだが、ダーツバーのSIS工作員(マスター)が手間賃を要求してきたため、身内(陸軍)を使ったのだ。怒った三角がマスターに掴みかかって怒鳴り散らしたのは、怒りの沸点は低いが我慢の臨界点が高い彼女にしては珍しかったし、マスターは怒らせたのが彼女で幸いだっただろう。これがもし優や一之瀬だったなら、マスターの高めの頬骨は砕けたか陥没していたところだ。


「これが本人の写真。可愛らしい女の子でしょ。ブレザーの制服が良く似合ってる。成績優秀、品行方正、運動は少し苦手みたいだけど、文科系の女子高生としてみたら妥当な程度よ。教師受けもいいみたいだし」


「これで一先ずの問題は解決だな」


 テーブルに胸から上のみを撮影した証明写真を無造作に三枚置いた三角は、少し得意気な笑みを浮かべる。


 紺色のブレザーに白のブラウスと赤いリボンの、極々普通の女性用制服を身に付けた、一重瞼の薄幸な雰囲気を受ける少女の写真をスーツの内胸にしまう。


「写真も手に入った事だし、一度標的を確認しよう。平壌府(ここ)から京城府(けいじょうふ)まで移動した後は、優は青井と組んで標的を見張れ。三角は車両の調達。足が付かないようにしろよ」


京城府(むこう)までは電車?車?」


「大陸鉄道を使おう」


「了解です。しかしこの子もかわいそうですね。父親のせいでこんなめに遭うなんて」


 ため息混じりに青井がいう。


 既に店の入り口には『OPEN』の札がかかっているのだが、店内はがらんどうとしている。人で賑わう街の中心地から離れた場所にひっそりと構えた店だからだろう。貸し切り状態をいいことに、人目を憚らずに仕事の話ができるのは良いことだ。一之瀬も青井も無料(ただ)でダーツが投げられる。


「運がなかっただけっしょ。親だって人間なんだから、大なり小なり後ろめたいことくらいあるでしょ。Mr.ドラッグのそれが他より規模がデカいだけで」


 アルコールが少ないカクテルを頼み、一口含んだ三角は薄情なほど淡白に言う。


「子は親を選べない」


「優の言うとおりだ。それをどう受け止めるかによってだな。今回の件でその()がどう成長するか……」


「それを考える辺り、一之瀬は父親だな」


「子供は親の影響を受けやすいからね……。私達に復讐心を抱かないとも限りませんしね」


 青井が言った。


 誰にも家族がいて、大切に思う人、思われている人がいる。彼らの仕事は、そんな人達を不幸にさせるし、不幸の連鎖に巻き込んでしまう。誰しもが、不幸に耐えられるほど強くはない。


「その時は執行名簿(キルリスト)に名前が増えるだけだ」


 しかし世界は、弱者の都合にはお構いなしに、強者の都合で回転する。


 この世界は誰にも等しく不公平で優しくない。







 昭和の騒乱期に満州に敷設された南満州鉄道と朝鮮鉄道を繋ぎ、シベリア鉄道まで直通でロシアや欧州までのアクセスが可能な、大陸における半国営のJRグループが運営する大陸鉄道。一般の鉄道以外に存在する高速鉄道の新幹線の指定席を確保し、肘掛けを挟んだだけの密着した二人の距離は、しかし実際には果てしなく遠く感じる。


 乗車してから一度も口を開かない通路側に腰かけた先輩の篠崎優は、背もたれを軽く倒して、目を伏せた規則的な息づかいに一見眠っているようだが、呼吸の早さは彼が起きていると証明している。グレーのシャツに黒のジャケットを着て、長い髪を後ろへ撫で付けた彼は、一見するとマフィアやジゴロのようであり、青井もタイトなスカートのスーツに白いワイシャツ姿で、二人が揃えばやり手の商社員のようでもあるが、不自然な腰の膨らみや脇の膨らみの違和感で、やはり二人は後ろ暗い人間に見えてしまう。


「そろそろお昼ですね。昼食食べますか?」


 眠っていないのは分かっているため、青井は無言の気まずさに負けて、目を伏せる優に声をかける。平壌府の駅ナカで買った駅弁を差し出すと、彼は一言「ありがとう」とだけ言って、匙を取る。


 口数が多いとは言いがたい優だが、戦闘偵察連隊に居た頃はもっと口数が少なかった。


 前から不思議な人だったけど、ますます謎めいて見えるな。


 青井が優と知り合ったのは四年前の事だ。まだ看護師資格を取得する以前の事。化学兵器や感染症の対策研究機関である衛生防疫本部で、准看護士を兼ねた研究助手として勤務していた彼女が、戦闘偵察連隊に転属してた時だ。同じ本部管理中隊の所属ながら、青井は衛生小隊に、優は狙撃小隊に所属していたため、関係は薄かった。それ故に、青井は優の人柄をよく知らない。


 味わいながら綺麗に食べきった弁当をしまうと、彼は鞄から一冊の本を取り、開く。ハードカバーの英文小説らしいが、青井が盗み見て一ページを読み終える前に、彼はページをめくってしまうのだから、英語の理解はネイティブに近いのだろう。実際、彼の操る英語はTPOに合わせてイギリス英語にもアメリカ英語にも切り替えていて、発音もネイティブに近い。更にはロシア語すら訛りの無い発音で話すのだから、語学力は部隊でも随一だ。


「何読んでるんですか?」


 何を読んでいるのかは、青井も読んだ本のためわかっている。分かっていても、話題作りにはちょうどいい。


「知り合いの音楽家の自伝」


「今話題の本ですよね。本屋さんでも特設コーナーができてますし。お知り合いだったんですね。私も読みました」


「知り合いと言っても大分昔の仲だよ。たまたまこの間都内で会って、その時もらった」


「都内で開かれたサイン会の時ですよね!私も行って来ました」


「多分そうだろうな。夕食に呼ばれて行ったらサイン入りの(これ)渡されて困った。車で買い物行った帰りだったから酒も飲めなかったし」


 意外と話が続くな。


 心なしか嬉しげな表情の優。普段は二言三言話すと途切れる会話が、珍しく続いている事に、これ幸いと会話を掘り下げる。


「どう言ったお知り合いなんですか?」


「昔一緒にピアノを習っていた近所の友達。手紙で連絡取り合ってた関係が続いてるんだ」


「それじゃあ幼馴染ですかー。幼馴染と手紙なんて、なんだかロマンチックですね!憧れちゃいます!」


「お互い男だけどな」


「今も文通してるんですか?」


「流石に携帯使って────」


 話の途中で、不意に彼はジャケットの内ポケットをまさぐり、仕事用に使っている携帯電話(スマートフォン)を取り出した。バイブレーションに設定された携帯電話の液晶は着信を知らせて、震えている。


 彼は画面を一瞥して発信者を確認すると、無言で席を立って、デッキへと消える。


 一瞬だが見えた発信者は電話帳には登録していないようで、番号だけが表示されていたが、剱持大尉の仕事用携帯電話からだった。


 仕事の話だろう。


 青井もそうだが、彼らは基本的に携帯電話を二台以上持っているが、そのうち一つの仕事用には、電話帳に番号を登録しないし、履歴も一切残さない。秘匿主義からの処置であり、隊員の仕事用の電話番号は記憶してるため、仕事には支障無い。


 電話にたった彼は、降車するべき京城府(けいじょうふ)まで、戻ってくることはなかった。


「長電話でしたね」


「世間話だ。剱持さんと話すと長くなる」


剱持さん(あの人)ってそんなに話好きでしたか?」


「意外とな」


 普段寡黙な優と、常に表情が読みづらいポーカーフェイスの剱持が、世間話に花咲かせる様子など想像できない。


 因みに、電話の内容を問うと、はぐらかされてしまったため、青井が知ることの出来ないような内容なのだろう。


 列車を降りて数時間ぶりに動かない地面に立った二人は、少なくない荷物を両手に下げて、その足であらかじめ予約していたホテルに向かう。セーフハウスとして使用する予定の部屋は、公官庁が介在しない、完全民間のビジネスホテルだ。二人は二部屋予約していたが、青井は優と同部屋である。もう一部屋は三角と一之瀬が、既にチェックインしていたようだ。受付のカウンターから盗み見た帳簿に、一之瀬の偽名が既にチェックされていた。


 異性の同僚との相部屋。貞操を危ぶまれる状況といえるが、プライベートでならば酷く落ち着かない状況であってもビジネスとあらば、お互い気を使わない。


 二人は荷物を置くと、早々に部屋の中を隅々まで詮索(けんさく)し、盗聴や監視が無いことを徹底して調べる。ある意味病気とも言えるほど神経質に探し回って、異状がないことを認め、一息つく。


 別室に居る一之瀬の元に赴く優を見送り、青井は荷物をクローゼットにしまい、センサーや罠線をドアに仕掛ける。簡易的なトラップや、部屋への侵入者を知らせるセンサーを出入り可能な窓やドアに仕掛ける。傍聴、侵入、不意襲撃に備えるのは基本だ。洗面所に拳銃の予備弾薬を忍ばせ、ベッドの下に主武装である短機関銃を隠し、クローゼットに防弾チョッキをハンガーで吊し、金庫には携行する以外の弾薬をしまい込む。


 優の主武装(AKS74UN)と青井の主武装(MP5A5)とでは弾薬の互換性が無い。ついでに言えば、拳銃弾もそうだ。持参した予備弾薬は少ないが、手榴弾や閃光音響手榴弾など、弾薬や爆薬に類する物は、金庫で管理したいため、入りきらないことが常だ。しかし、今回に限っては、弾薬も少なければ爆薬も少ない。精々携行する以外の予備が一つか二つある程度だ。金庫に全てを納めた青井が二人分の茶を淹れて一息つくと、優も部屋に帰って来た。


 涼しげな表情で椅子にかけて、青井の淹れたパックの紅茶を味わう優を見ればわかる


一之瀬(イチ)さん達は異常なく到着したようですね」


「ああ。三角も車は二台用意したようだ。三角と一之瀬(向こう)で一台、こちらで一台。白いホンダのセダンだ」


「わかりました。後で確認してきます。部屋と荷物はいつも通りです」


 キーレスが主流の昨今だが、優に渡された車の鍵は、リモコンのような鍵ではなく、金属製の鍵らしい鍵だった。


「確認した。明日から対象の行動パターンの観察と身辺調査に入る」


「一息ついたら下見と現地偵察(現偵)に行きますか?」


「そのつもりだ。一之瀬(イチ)さん達の今後の予定だが、別のアプローチからの情報収集に当たる。あわせて、三角は古巣の知己(ちき)を頼って兵站の確保を行うようだ」


「了解です」









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