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「師匠、ちょっと見てもらってもいいですか?」
「なんだ?」
ルーナの家で生活するようになって、数日が経過した。
健太は少しずつこちらの言葉を覚え始めていた。
まだ難しい会話はできないが、簡単な意思疎通なら何とかなる。
そんなある日のこと。
健太は自分の服のポケットに手を入れた。
「あれ?」
指先に何かが触れた。
取り出してみると、それは見慣れた黒い長方形の物体だった。
「おお! スマホ!」
スマートフォンだった。
異世界に来てから、ずっと持っていないと思っていた。
どうやらポケットの奥に入ったままだったらしい。
「なんだ、それは?」
ルーナが興味深そうに覗き込んでくる。
「これはスマートフォンっていうんです」
「すまーと……?」
「まあ、俺の世界の道具ですよ」
健太は画面を確認した。
電源は入る。
しかし、当然ながら電波はない。
時刻表示もおかしくなっている。
「やっぱり圏外か……」
少し残念だった。
電話もインターネットも使えない。
しかし、写真くらいなら撮影できる。
「師匠、ちょっとこっちを向いてください」
「ん? なんだ?」
健太はスマートフォンを構えた。
カシャッ!
「おおっ!?」
画面にルーナの姿が映し出された。
「な、なんだ今の音は!?」
ルーナは驚いて一歩後ろに下がった。
健太は画面を見せる。
「ほら、師匠の写真です」
「…………?」
ルーナは画面を覗き込んだ。
そこには、自分と同じ姿をした小さな少女が映っていた。
「な、なんだこれは!?」
「写真ですよ」
「写真?」
「見たものを、そのまま記録できるんです」
「……は?」
ルーナはスマートフォンを受け取ると、あちこちから眺め始めた。
「鏡ではないのか?」
「違いますよ。これは俺の世界の道具です」
「こんな小さな板に、どうやって俺様が映っている?」
「えっと……説明すると長くなるんですが」
「説明しろ!」
健太は困ったように笑った。
正直、スマートフォンの仕組みなんて詳しく知らない。
普段使っているだけで、中身がどうなっているのかなど考えたこともなかった。
「えーっと、電気っていうものを使って……」
「電気?」
「それから、カメラっていう機能で……」
「かめら?」
説明すればするほど、ルーナの疑問が増えていく。
結局、健太はスマートフォンの詳しい仕組みを説明できなかった。
「……なるほど。分からん!」
「ですよね……」
「まあいい。面白い道具なのは分かった」
ルーナはスマートフォンを健太に返した。
「ほかにも何かできるのか?」
「写真を撮ったり、動画を見たり、音楽を聴いたりできますよ」
「ほう! 音楽まで聴けるのか!」
健太は保存されている音楽を再生してみた。
小さなスピーカーから音が流れる。
「おおおっ!?」
ルーナの目が輝いた。
「なんだこれは! どこから音が出ている!?」
「この中に音楽が入っているんですよ」
「ふむ……」
ルーナはスマートフォンをじっと見つめた。
どうやら、かなり興味を持ったらしい。
それから健太は、日本での生活について話した。
仕事のこと。
電車のこと。
コンビニのこと。
飲食店のこと。
車や飛行機のこと。
テレビやゲームのこと。
そして、食べ物のこと。
「俺の世界には、いろんな料理があるんですよ」
「ほう?」
「牛丼とか、ラーメンとか、カレーとか。あとハンバーガーもあります」
「牛丼?」
「ご飯の上に甘辛く煮た牛肉を乗せた料理です」
「ラーメンとは?」
「麺料理ですね。スープもいろいろあって、醤油とか味噌とか豚骨とか……」
「ふむふむ」
ルーナは興味深そうに聞いていた。
「それは食べてみたいな」
「俺も食べたいですよ……」
健太は遠い目をした。
こちらの世界の食事も悪くはない。
しかし、日本の料理と比べると、味付けが物足りないことが多かった。
「あと、俺の世界には魔法はありませんけど、科学っていう技術が発達しているんです」
「かがく?」
「まあ、いろいろな道具を作ったり、便利な生活をしたりするための知識ですね」
「ふむ。面白いな」
気がつけば、数時間が経過していた。
健太は話し続けていたが、さすがに疲れてきた。
「師匠……もう疲れました。休みましょう」
「なんだ、もう終わりか?」
「もう何時間も話してますよ」
「そうか。まあいい。また今度聞く」
ルーナは満足そうに頷いた。
健太が椅子から立ち上がろうとしたときだった。
「そうだ、ケンタ」
「はい?」
「お前、魔法に興味はないか?」
「魔法?」
「そうだ。俺様が教えてやるよ」
健太は一瞬、言葉を失った。
「……本当に?」
「なんだ? 嫌なのか?」
「いえいえ! ぜひお願いします!」
健太は思わず身を乗り出した。
魔法。
魔法だ。
日本にいた頃、男なら一度くらいは夢見たことがあるだろう。
手から火を出したり、雷を落としたり、空を飛んだり。
ゲームや漫画で見た魔法を、自分自身で使ってみたいと思ったことがある。
健太も例外ではなかった。
「俺、魔法を使ってみたかったんです!」
「ほう?」
「日本では魔法なんてありませんからね。男なら一度は使ってみたいと思うでしょう?」
「ふははっ!」
ルーナは楽しそうに笑った。
「そうかそうか! ならば教えてやろう!」
「お願いします、師匠!」
「ただし、簡単に使えると思うなよ?」
「大丈夫です!」
健太は自信満々に答えた。
もっとも、魔法というものがどれほど難しいのか、まだ何も知らない。
ルーナは机の上に置いてあった本を手に取った。
「まずは魔力について教えてやる」
「魔力?」
「ああ。魔法を使うための力だ。人間にも魔力はある。だが、その扱い方を知らなければ何もできん」
ルーナは指先を軽く振った。
すると、小さな光が生まれた。
「おおっ!」
光はルーナの指先でくるくると回り、やがて小さな花の形になった。
「これが魔法だ」
「すごい……!」
健太は目を輝かせた。
本当に魔法が存在する。
夢にまで見た光景が目の前にある。
「よし、ケンタ。まずはお前の魔力を調べるぞ」
「はい!」
こうして健太の魔法修行が始まることになった。
このときの健太は、まだ知らなかった。
自分がこの世界でどれほど長い時間を過ごすことになるのか。
そして、目の前にいる小さな師匠が、とんでもない大魔法使いであることも。




