プロローグ 暗黒邪神ザドレア、爆誕!
「よおおおし、きたああああァ!」
思わずあたしは両手でガッツポーズを作り、腹の底からドスの利いた叫び声を上げていた。
小学校以来の親友にして同志にして導師の虹尾このみからこっそり借りた18禁ホモゲーの名作『薔薇王室復讐譚――愛と友情と戦乱の系譜――』の最重要キャラである「王室査問官リンジット・デュバル」の攻略を終えたのだ。
ゲーム内一の堅物で、どんなに思わせぶりな態度を取っても、どれほどキュンとくるような台詞を並べても「私はこの王国と陛下のためだけを思って生きております」と繰り返すばかりで、主人公のことなど見向きもしなかったのに、年の離れた弟と仲良くなるという裏ルートを使うことで、こんなにすぐ親密度が上がるとは!さすがはネットの攻略情報様々だ。
黒髪ストレートの長髪に、イケメンというにはちょっと顔が長すぎる、でもやっぱりイケメン顔。真面目を絵に描いたような厳しい目つき、顔立ちをした男が、ほのかに頬を赤らめ、
「王国に拾われた私には、幸せになる権利などないと思っていた。この命燃え尽きるまで、陛下にひたすら忠義を尽くすことこそ、我が使命だと思い込んでいたのだ。それが……いったいどうして、こんな気持ちになってしまったのだ。そなたという温かい陽光に包まれて、私の冷たい心はいつの間にか溶け、山々を流れ下る清流となって、そなたに向かい、流れ下らずにはいられなくなってしまったのだ……」
これまでの展開からは考えられないような甘い台詞を、大好きな低音イケメン声優松田和智さんの声で、そっとささやいてくれるのを、ぐふぐふイヤな笑い声を立てながら、一言一句もらさぬ勢いで、一心に聞き入る。
とうとう最後の長台詞が終わり、リンジットが主人公のカイルを抱きしめ、そっと口づけをかわしたところで、
「うっひょおおおおおーー!ぐっはあああああああーー!」
あたしは身もだえしながら、思い切り背もたれに身を任せた。
公式攻略キャラ10人に、裏攻略キャラ4人。これで全ての攻略対象をクリアしたことになる。このみにこのゲームを借りてから半年、夏休みの課題も、親に無理矢理行かせられた予備校の夏期講習も、定期テストの勉強も全て放りだし、毎晩毎晩睡魔と闘いながら午前3時までプレイし続けた努力が、ようやく報われたのだ。
「いやあ、乙女ゲーならまだしも、2次元のホモゲーなんてどうよと思ってたけど、楽しめましたなあ!変に女性要素が絡まない分だけ、純粋にイケメンを愛でることができるとは!新たなジャンルに導いてくれたこのみには、本当に感謝しかないですなあ……」
ようやく全てを終えたという満足感、充実感でコーコツとなりつつ画面を眺めていると、一通りエンディングアニメが流れた後で、不意に画面が暗転し、
「続きを♥♥見ますか?YES/No」という文字が表示された。
「きたきたきたきた……!」
ほくそ笑みながら、ためらうことなく「YES」をクリック。
すると、リンジットとカイルが全身すっぽんぽんのあられもない姿でひしと抱き合い、熱い口づけをかわしている絵がどどーんと表示される。
おおおおおおおお、カイルの引き締まったお尻を、リンジット様の片手が、片手がさりげなく移動していく!その片手、片手をどこに着地させるおつもりですか、リンジット様!
ぐっふぐっふよだれを垂らし、鼻息を吐き出しながらじっと画面に見入っていると、やがてリンジット様の片手は、つるつるしたお尻の右ほっぺと左ほっぺのちょうど真ん中、神秘の物体が鎮座する場所へとたどり着き、停止した。
その途端、カイルはわずかに顔をしかめ、うっと身をそらす。――そこで、再びエンドマーク。
「ぎゃああああああ!た、た、たまらん!」
あまりの興奮にそれ以上画面を見ていられなくなり、あたしもカイル同様後方にのけぞり――ただし、その背を支えてくれているのは引き締まった腕ではなく、使い古した椅子の背もたれだったけど――そのまま天上を見上げる。
興奮で胸が痛いほどドキドキしているせいか、天井がやけに遠く、白くかすんで見える。
ああ……イイ!やっぱりイケメン様はイイ!イケメン様サイコー!
うっとりそんなことを思っているところへ、どこかからかすかに、
(イケメンがいるぞ……)
とささやく声が聞こえてきた。
え、ウソ、イケメン……!?これだけじゃなくて、まだ隠しキャラがいるとか……?
あまりに激しくハアハアしたせいで酸素が足りず、ぼんやりした頭でそんなことを考えていると、再び、先ほどよりもはっきりした声で、
(イケメンがいるぞ……イケメンはここだぞ……!)
重々しい声が響いてくる。
「だから、どこにイケメンがいるっていうんだよ……」
ぼんやりした眠たげな声で思わずそう口にすると、いきなりぶわっと天井が遠のき、白くかすんでいた周囲がさらに白く、綿菓子の中に頭をつっこんだかのようになって……。
あたしは、なにも分からなくなった。




