3
レイが来てから数日。私は毎日のようにレイに話しかけていた。学校代わりの家庭教室の宿題が〜とか礼儀作法の練習だ〜とか言われるのは本当に嫌だから抜けてきたのだ。ただそろそろやらないとお父様を呼ばれて勉強が終わるまで軟禁されるらしい。どうしようかな。
「レイ様、今日は何をしますか?」
「その、敬語を使うのは止めませんか?」
「そ、それは……」
「敬語を使われると、仲良くない気がして……」
そ、それは不味い─!
仲良くならないと慈悲で私のことを生き残らせてくれる可能性が減ってしまう! タメ口に本気を出さねば。
「分かった。敬語をやめるから、レイ様も敬語を使わないでね」
「様って言うのもやめてほしい、です」
「敬語使わないでください……使うなら私も敬語にします……」
「わ、わかった!」
「ええと、レイ、でいいの?」
「うん! ロゼリアちゃん!」
子供って、可愛いなって思う。
ぱぁととても嬉しそうな顔をしたレイに、私はつい母性が湧いてしまった。しょうが無いだろう、元はもっと歳が上なんだ私は。
「あのね、ロゼリアちゃんのお陰で、わたし毎日寂しくないの。だから、ありがとね」
「え、うん……いいよ、そんなの」
「お人形もそうだけど、毎日話しかけてくれるから、嬉しいの」
「うん……」
もう、ヒロイン私に懐いてないか。この調子でバッドエンド回避──! と言いたいけど、駄目かな。
「ねえ、レイは勉強に興味ない?」
「勉強?」
「うん、私宿題しなきゃいけないみたいで、一緒にやりたいなって」
勿論私のやつを一緒にやりたいってことだ。
「いいよ、お勉強してみたかったんだ」
笑顔になるレイは、とっても可愛らしかった。
ただ、レイは勉強なんて全く出来なかった。それどころか文字もあやふやで、私が教えながら宿題をした。
正直、小学生レベルの勉強なんて余裕だったので、私がレイに教えることに。
レイは多分、まともに教育を受けていないんだと思う。平民出身のせいかもしれないけど。
「ロゼリアちゃんは、凄いね。こんなにお勉強ができるなんて」
「ううん、私は全然凄くないよ。大丈夫、沢山教えてあげる」
「ごめんね、ロゼリアちゃんの宿題やる為だったのに、私がこんなに教えてもらっちゃって」
「いいよいいよ。こんなの無くても私は分かるから」
けど、レイは申し訳無さそうに俯いていた。
私が転生してるってことを知らないから仕方が無いか。
でもその日から、私達の様子を見ていた使用人たちが気を利かせて、レイにも家庭教師を付け、勉強させるようになった。
そうすると私も勉強しなきゃだし、礼儀作法の先生がつくし、レイとの時間は自然と減っていってしまった。
レイと会えなくなって三日。そろそろ顔を合わせたくなった私は、先生に天才っぷりを披露して(勉強面で)、レイに会いに行くことにした。
レイの部屋のドアを開けると、窓の外を見て黄昏ているようだった。机の上にはペンと紙と本の山。先程まで勉強していたのだろうか。
「レイ、元気?」
「あ! ……ロゼリアちゃん、久しぶり」
どこか泣きそうな顔で言われたので思わず駆け寄った。
「大丈夫!? どこか具合悪い?」
「ううん。だいじょうぶ。ちょっと休憩してたの」
「本当に? 顔色悪いよ」
「……ロゼリアちゃんに、お勉強が出来ないから、きらわれちゃったのかと思ってた。ロゼリアちゃんは、なんで今日会いに来てくれたの?」
サァ、と身体の血の気が引く。
「どうして!? 嫌ってなんかないよ!」
「だって、会いにきてくれなかったから」
「全然違うよ! あのね、色々私も勉強しないといけなくて、その、礼儀作法とか、ダンスとか、その練習で忙しかったの。ごめんね。もっと会いに来るからね」
「ほんと?」
「うん、本当だよ」
「だから、レイは私のことを嫌わないでね。そうだ、プリンでも食べる? 沢山買っておくように伝えたんだけど……」
我ながら安直だと思う。子供を飯で釣るなんて。
「食べたい。ロゼリアちゃんはプリンが好きなの?」
「ううん。レイが好きなのかなって思って。違った?」
「……あんなに美味しいもの初めて食べた。好き」
「良かった」
私はレイに手を差し出して、繋いだ。
「ロゼリアちゃんは何が好きなの?」
「好きなもの? ラーメンか、カップケーキかな?」
「……そうなんだ」
言ってから思ったが、この世界にラーメンはあるのだろうか。不安になりながらも、手を繋いでプリンを取りに厨房へと歩き出した。