第51話 最もすごかったのは
文化祭最大にして最高のイベント、ミスコン。オープニングからエンディングまで途切れることなく熱気と歓喜が続き、文句なしの大盛り上がりで終幕した。
そして、文句なしだった。優勝者の圧倒的な姿は。
まさに圧倒的大差。得票率は80%超。他の出場者を蹴散らすどころか触れずして場外へと消し飛ばすかの如く存在感と人気度。完璧にして完全な勝利。
その場にいた者全員が口を揃えて言う。
天使が舞い降りた、と。
うん、俺もそう思う。
あの笑顔。あの笑顔。……あいつの姿。それを見た時、自分のことのように嬉しかった。泣きたくなるくらい喜んだ。本気で思った。誰よりも嬉しくて仕方なかった。誰よりも美しかった。
優勝トロフィーを両手で抱え、ミスコン二連覇を達成した白土は……。
「あー、疲れた」
現在、撤収作業が完了した体育館のステージの上に腰かける俺こと刄金凌かっこ中の上イケメンかっことじ。ボソッと呟いてやれやれ感を醸し出しています。
ミスコン終了後は他のイベントも滞りなく消化され、気づけば文化祭そのものが終わっていた。体育館はすっかり静まり返っている。ここが一、二時間前はサウナ状態&ライブハウス状態だったとは思えない。ついさっきまでヤバかったのにね。
ホント、あっという間だった。あの出来事が随分と前のことのようだ。
無数の男子が埋め尽くす中、実行委員が雑踏警備よろしく安全を確保する通路を歩き、近衛兵よろしく白土の後ろにいたのが懐かしいと感じてしまう。
それ程に圧巻で……いやホント何度も言ってすいませんね、マジ圧巻だったんですよ。あいつのすごすぎる存在感と振る舞いを見ていたら時間なんてあっという間に過ぎていったんですよ。
ミスコンも文化祭も無事に終了した。
一人ポツンと佇む俺の中に残っているのは疲労感と、達成感。
「……終わったんだな」
全てが終わった。長きに渡る任務が終わった。
特技披露タイム。投票。結果発表。最後に表彰式。瞬く間に過ぎ去っていった。
でも目を閉じればすぐに浮かぶ。全部覚えている。あいつの姿をこの目に焼きつけている。
最高だったよ。本当の、本当に。
任務を達成したことより、今は別のことで満たされていた。疲労感と達成感、それ以上にあるのは、やはり満足感。精神ぶっ壊れそうなくらい大変だったけど今では全てが満足。大満足だ。
俺は、もう一度、笑う。誰もいなくなった体育館で一人ポツンと……。
「あ、あははは…………負けた……」
……あー……一人ポツンってのは違ったか。
体育館には俺以外にもう一人いた。もう一人、笑っている奴がいた。虚ろな目をして笑う奴が。
二人しかいないから声がよく響く。悲しく虚しく響く。醜い程に哀れに。ボロッボロな声が。
日暮香織が俺の横で放心していた。
きっと俺のことは見えていないだろう。つか何も見えていないと思う。目も表情も死んでおり、口は半開き。両膝をついて自我崩壊。生気がまるでない。惨E越して惨Fやんけー。
相当なショックなのだろう。今年こそは勝てると思っていたのに、去年以上の大差をつけられたことが。
「あたしが負けた……今回こそは……って思ったのに負けた……しかも三倍どころか四倍……あ……あはは、あひひひひひひ」
え、やだ、精神ぶっ壊れていません?
日暮は今にも死にそうだった。未だにアイドル風の衣装を着ているせいか、余計に酷く見える。華やかな姿のまま表情が死んでいるのが痛々しい。
「あー……大丈夫か?」
「あへへへへ……」
「……ご愁傷様です」
両手を合わせて南無阿弥陀仏。
あの、なんかごめんな? 俺もまさか本当に四倍の差がつくとは思わなかったよ。マジでクアドラプルスコアになっちゃったね。あんなに自信満々だったのにね。本人は竜攘虎搏の戦いになると思っていたのかもしれないけど見るも無残なボロ負けでしたね。ただの自惚れでしたね。
意気消沈やら孤城落日といった四字熟語では言い表せられない程に落ち込む日暮。俺に出来ることは両手を合わせるしかなかった。がっしょー。
「ここにいやがったです」
そんなことをしていると、水浪がやって来た。
俺の前に立つ水浪。こいつもまた何やら様子が変だった。両頬を膨らませており、モグモグしている。両腕にチョコを抱えており、ホクホクしている。
「ハムスターのモノマネか?」
「そうです。可愛いです? もきゅもきゅー」
「ハム太郎の足元にも及ばねえよ」
「あれは改めて見るとそこまで可愛くないです」
一時期とはいえ絶大なる人気でアニメ界に名を轟かせた伝説のキャラクターに喧嘩を売るのはやめなさい。
「で、それは何だ?」
「余ったチョコを食べています」
そう告げた際に開いた口に新たなチョコレートを放り込む水浪。俺が作ったチョコだ。
配布用のチョコは全校生徒分作ってきた。だが全校生徒全員に配ることはなかった。まあ当然余るよな。で、それを水浪が処分という名のご馳走として消化している最中ってことか。
「良かったな。全部お前にやるよ」
「刄金凌に感謝です」
「そりゃどーも」
「で、それは何です?」
俺と同じような問いかけで水浪が指差すのは日暮。カジノで破産した奴みたいな顔して朽ちかけている日暮だ。
うーん……水浪? わざとか? 分かっているのに聞いてきたよな?
俺は形だけとはいえ肩を竦め、一応は答える。
「完膚なきまでに負けたことが相当キツイんだろ」
「そうでしたか。ではここぞとばかりに煽っておきます。やーい、噛ませ犬ー。ぷぷぷーっ」
いやだからやめなさいよ。こいつ本当に死んじゃうよ?
「うげげげ、うひひひ……あたしはクソや……あたしの方がカスやったギェヘヘッヘぇぇぇ」
あぁ既に死んでいたわ。既に召されていたわ。なんで俺はこんな奴のことが好きだったんだろうなマジのマジで。俺まで悲しくなってきた。
一方で水浪だけは俺のちょい消沈や日暮のガッツリ消沈を気にもせず、軽快に淡々と口を動かす。
「秘策があると言っておきながらこのザマです。私が言った通り、日暮香織なんて警戒する必要すらなかったです」
「ま……そーだな」
確かに水浪の言った通りになった。日暮を含め、他の出場者なんて相手にならなかった。
日暮はアイドルになりきり、アイドルのような歌と踊りを披露し、アイドル戦法で票を獲得しようとした……が、それでも白土に負けた。白土の足元にも及ばなかった。足の爪先にも達していなかったと思う。
始まるまでは色々と言いまくっていたが、結局は大敗。白土が圧倒的に優勝した分だけ日暮は圧倒的に負けた。結果は去年と同じだ。いや、去年より酷いのかもな。
「トリスコは放っておきましょう。おっと失礼しました。ドラスコに改名しましたね」
クアドラプルスコア。略してドラスコ。日暮の新たなあだ名、もとい蔑称だ。今頃もどこかで女子達が井戸端会議みたく嬉々としてドラスコのことをネタに口をペチャクチャ動かしているだろう。
日暮の明日からの学園生活が少し不憫に思う。こいつも頑張っていたのにね。
ま、仕方ないよね~。本人には悪いが一足先に気持ちを切り替えさせてもらおう。
「にしてもすごかったよな。得票率80%超えだぜ」
絶好調のサファテとギータがいる状態のホークスよりも強かった。強すぎるだろ白土。
「はい、すごかったです。刄金凌が」
「ああ全くだ……って、俺が?」
「はい、あなたです。白土優里佳が完全なる優勝を手にしたのは、あなたがサポートしたおかげです」
「……? あー、はいはいそういうことね」
「何がです?」
「ジュースでいいか? ちょっと待ってろ、財布を出す」
「いや、ですから何を言ってやがるのです?」
「あ? 何か奢ってほしいから俺を褒めたんだろ?」
「違います」
「心の底からあなたに感謝を述べました」
「……はい?」
こいつは急にどうしたのだろう。財布から小銭を取り出した俺は思考ごとフリーズした。
およそ数秒程お互いに無言の後、日暮の奇声をバックにして水浪がチョコを飲み込んで口を開く。
「刄金凌はすごく頑張りました。たった一人で全校生徒分のチョコを作り、包装し、折り紙も作りました」
「折り紙は水浪や白土も作っただろ。手先が器用なお前らに比べたら俺の作った量なんて微々たるものだよ」
「いいえ、私の方こそ、あなたに比べれば微々たるものです」
そう言い、水浪がしっかりと俺を捉える。体ごと視線も合わせて俺に向けて。
生まれつき淡々としてるのが常みたいな水浪が……俺に向けて、真剣な顔つきで何を言おうとして……。
「秘策を思いつき、その為の準備をこなし、お腹を壊したり心身共にボロボロになりながらも最後までやり遂げやがりました。今日までずっと、そして今日一日。あなたがどれ程に頑張ってきたか私は見てきました。私は知っています」
「だから私は言えます。なのでもう一度言います」
「刄金凌、あなたはすごいです。誰よりも輝いていたのは白土優里佳ですが、最もすごかったのはあなたです。本当に、お疲れ様です」
「……お前に褒めてもらえるとはな」
やめろよ……むず痒いだろ。
堪らず視線を横に逸らす。日暮の真っ白な顔が飛び込んできた。あ、こっちはやめておこう。慌てて反対側を向く。
と、そこには既に水浪がいた。水浪が俺の真横に来て、俺の腕を掴んだ。
「来やがれです」
「どこに?」
「決まっています」
「白土優里佳が待っています」




