第50話 高嶺の花が咲き誇る
静まり返った体育館。誰もが口を固く閉ざし、目は大きく開く。
まもなく訪れるその時を前にして。彼女の一挙手一投足を見逃すまいとして。
「エントリーナンバー6、白土優里佳です」
特技披露、最後の一人、白土が一歩前に出る。
その一歩で水面に足をつけるかのように波紋が浮かぶ。マイクを通して届く声が会場に浸透していき、改めて名前を述べるだけで静寂が払われて観客が歓喜していき、渋谷ハロウィンにも匹敵する熱狂がストームとなって巻き起こっていく。
たったの一歩。まずは一声。ただそれだけ。なのに、まるで世界を統べるかのように、今しがた日暮が荒らした場の空気を一瞬にして取り戻す様は圧巻だった。
ああ、うん。圧巻で圧倒的だ。その姿。その立ち振る舞いは。
白土はとても落ち着いていた。全注目と大歓声を浴びても。緊張や重圧に負けず、ものともせず、焦ることなく。迦陵頻伽の如く透き通る美声が観客の心を掴んだ。
微笑みを浮かべ、自分の特技を語り始める。
「わたしの特技はお菓子作りと折り紙です」
何十回と練習したセリフ。柔らかい口調でスラスラと喋る。
「ですが、どちらも今この場で披露するのは難しいです。実行委員の方や先生方と協議した結果、このような形を取ることにしました」
そう言った後、一拍置いてゆっくりと横を向き、目配せをする。ステージ袖で待機している俺と水浪へ。
「合図だ。行くぞ」
「了解です」
立ち上がる俺と水浪。それぞれ大きな袋を持ち、白土の元へ向かう。
……うーん。やっぱステージに上がったら野郎共の熱気が一段とヤベェな。不快度が違う。真正面から食らうと……うっぷ、おえぇ。今すぐ引き返していいっすか?
といった弱音は言っていられない。気を保ち、袋の紐を解く。その間に白土が説明をする。
「こちらはわたしが事前に作ってきたチョコレートと折り紙です」
袋の一つには大量のチョコ。もう一つには大量の折り紙。俺と水浪は中身が見えるよう袋を傾ける。
それを見た途端、観客がピタッと固まった。息も表情も硬直した。
しばしの沈黙。時間にして秒。そんで、秒のうちで、観客は察していく。
「事前に作ってきた……? どうして?」
「かなりたくさん用意してあるみたいだけど」
「……っ! ま、まさか……!?」
どよめく場内。次第に騒然となっていく。察しが良いですねー。
なぜ事前に作ってきたのか。なぜこの場に持ってきたのか。分かるよな? 理解したよな?
まもなく訪れるその時を前にして。この場にいる全員が答えに辿り着く。
俺はニヤリと笑う。その横で白土は笑顔を炸裂させる。
最高の美少女が応えるように最高の笑顔を披露した。
「今からここにいる皆様にお配りします」
「「う……うおおおおおおおぉ!?」」
最高級の笑顔に乗せて告げた言葉を受け取り、観客が幾重にも重なった悲鳴や狂った金切り声で咆哮する。鼓膜が破れるかと思った。
「あ、あー。皆様、お聞きください」
負けじと俺もマイクを持ち、声を張り上げよう。ところどころ単語を強調させて。
よーし。よーく聞きやがれ男子共。お前らに最高のプレゼントだ!
「ただ今より、白土優里佳による『手作り』チョコレートと折り紙をお配りします。白土優里佳が皆様に『直接』お渡しします」
「「「「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
大爆発。大絶叫。予想通りの展開。こうも見事に決まるとはね。
白土が一歩前に出る。一歩、さらに一歩。それに合わせ、ステージの下では実行委員数名が階段を運ぶ。話は事前に通してある。この為に用意しておいてもらった。
設置された階段へと向かう白土。悠々と神々しく、天使が地上に舞い降りるかの如く。
ホント、綺麗だよな。冗談抜きに。
その姿をいつまでも見ておきたい。が、俺も自分の仕事をしなくては。
「準備がありますので、しばしお待ちください」
俺はマイクを司会者に渡し、水浪を連れてステージを後にする。白土が階段で降りる間に次の準備に取りかかろう。
「上手いこといきやがりましたね」
「な? 言った通りだろ?」
ステージ袖に戻り、俺は自分の胸を叩く。ドヤ顔で。ニヤリと。フフンと。
対する水浪はブルーアイズを半目にしてこちらを見つめる。んだよ。
「今一度、改めて思います。刄金凌の策はズルイと」
「あっはっは、褒めるなよ」
「褒めてないです」
白土の特技はお菓子作りと折り紙。どちらもステージで実演するのは厳しい。調理は出来ないし折り紙は地味。
だったら変えればいい。やり方、見せ方を。その場で披露するのが無理なら前もって用意しておき、それを観客に渡せばいい。白土は配るだけで済む。それなら華やかで高尚な特技を習得させる必要がないし、ポンコツちゃんでもあらやだビックリ簡単に出来ちゃうよ。
そう、これが、俺のとっておきの秘策であーる! どーん!
「チョコレートと折り紙を学校一の美少女が配る。手作り、そんで手渡し。盛り上がるのは必然と言えよう」
「特技披露ではなくただの配布です」
「一応は披露しているよ。完成品をな」
「そもそも、です。白土優里佳の手作り? 嘘です」
ああその通りだ。嘘だよ。
チョコは市販の商品を溶かして型に流し込んで固めてラッピングしただけ。折り紙は三人で分担して作った。
ズルイというかただの嘘。手作りチョコも折り紙もぜーんぶ嘘。ぜーんぶが白土の手作りというわけではない。
「でもな、真偽はどうでもいいんだよ」
どいつもこいつも知らねぇ。何も知らねぇ奴ばっかだ。
俺やお前が名前を知らないイタリア料理を美味しく食べたように、白土の正体を知らない男子共はあいつの手作りというだけウッハウハなんだよ。見たかよあいつらの顔。あの興奮状態なら犬の糞を渡しても手作りチョコだと信じて疑わずグルメ漫画みたく絶頂して食べるだろうね。ウケるー。
「折り紙に関しては白土優里佳も作ったからまだともかく、チョコレートは完全にアウトです。全校生徒分のチョコを作ったのは刄金凌、あなた一人です」
「そうだな。今から男子共は俺の手作りチョコを大喜びで受け取ることになる。俺が鼻をほじりながら作ったチョコを……ぷぷっ、ぷぷぷぅ! あーっはっは! マジウケるぅー!」
「……」
「そう睨むなよ。確かに作ったのは俺だ。で、何か問題でも?」
「もしバレたらどうしやがるのですか」
「バレたら?」
問われ、俺はさらに頬をニヤつかせる。ついでに肩を震わせて笑いを堪える。くっくっく。
「笑うのをやめやがれです」
「水浪、お前に良いことを教えてやろう。俺が木賊先生に言われた言葉を」
「?」
「バレなければいい!」
「マジですか……」
マジですよ。どんな問題でも秘密でも、バレなければいい。はい以上。異常じゃないよ以上だよっ。
そもそも白土には既にポンコツという爆弾を抱えている。一つあるのだから二つ三つ増えたところで差異はねーよ。バレたら一巻の終わりなのは元よりだ。
「何より、俺らのバックには強力な味方がいるだろ」
「そうかもしれませんが、何かとギリギリな秘策です」
「素晴らしい秘策と言え」
「それにしても……刄金凌、あなたは……」
「んだよ。まだ文句があるのか?」
「……いえ、急ぎましょう。白土優里佳が待っています」
それもそうだな。成功を喜ぶのは早い。
これまたあらかじめ用意しておいたカゴを取り出し、チョコと折り紙を入れる。
このカゴを白土に持ってもらい、白土が観客に配る。俺らは背後で随時補充する。はい完璧。
「準備完了。じゃあ白土の元へ」
「待てやクソ共!」
最後の支度を終えて待機室を出ようとした時、一人、誰かが飛び込んできた。
こちらを睨み、唸り、燃え盛る。アイドル風の衣装には似つかわしくない顔と瞳は怒りを放つのは、日暮香織。
……無視して行くのは無理だな。やれやれ。
日暮の方へ顔を向け、声は水浪へかける。
「あいつの相手は俺がやっておく。お前は先に行け」
「分かりました」
カゴと袋を抱えて水浪が出口へと駆けていく。
残った俺は両手を下げ、待ち構える。わざわざ行かなくてもあっちから猛進してくるだろう。
「刄金ぇえぇ!」
ほらね。日暮が憤激&進撃してきた。
「大声出すなよ。まあ誰にも聞こえていないからいいけど」
男子の狂気染みた声が待機室にも響く。今頃は水浪が到着して白土によるチョコと折り紙の配布が始まっている。
なのでパパッと要件を済ませてもらおうか。ド悪女さん?
「何なん……」
「何が?」
「ステージを降りてお菓子を配るとか、手渡しとか……そんなんアリなん!?」
バーノンおじさん並みに真っ赤な顔で詰め寄ってきた日暮が俺の寸前で止まり、荒げる声と鼻息のまま口をパクパクさせた。なので俺はダンブルドアよろしく朗らかな声と息遣いで迎え撃つ。
「アリでしょ」
「作ったチョコを配る? んなの実行委員の衛生係が黙ってないやろ!」
「当然許可を貰っているに決まってるだろ」
「それにあの子だけステージから降りるとか……あんなんルール違反やんか!」
「ステージから降りてはいけないなんて決まりはない。つーかわざと遅れて登場して注目をかっさらおうとした奴がルール違反云々を責め立ててくるなよ」
こちとら準備は入念に整えてきた。ポンコツという予測不能の不安があるからな。事前に出来ることは全てした。
木賊先生によるミスコン情報の横流し。他の出場者がどんな特技をするかを把握し、実行委員には俺と水浪が補佐役として出ることを伝えておく。何かあっても学校と教師が誤魔化してくれる。対策は完璧だ。
「っ……」
「もういいか? 俺も行かなくちゃいけないんで」
「……全校生徒分を作る……そんなん、ユリには絶対に無理や」
「おいおい、決めつけるなよ」
まあ確かに無理だけど。
「なら考えられるのはアンタや」
「水浪という可能性もあるけどな」
「……アンタ一人で作ったん……?」
「あ?」
十分に詰めてきた距離をさらに詰め、爪を立てて俺の胸ぐらを掴む。日暮の瞳からは怒りがうっすらと消え、上塗りするように驚きの色が浮かび上がってくる。
「ありえんやろ。どうしてそこまでするん」
「どうしてって」
「あたしと同じであのカス女の世話をさせられとるんやろ? 嫌々しとるんやろ? なのに、なんでそこまで出来るん……なんでそんなに頑張れるんや!」
……さあ、なんでだろうな。
なんで、どうして、俺があいつの為に必死こいて尽くしているのだろう。
「ってことは、つい最近の俺も考えていたよ」
「あぁ!?」
でも今は違うよな。分かるよな? 理解してるよな? なあ俺よ。今の俺よ。
日暮の手を振りほどき、ヘラッと笑ってみせる。目だけは真剣なまま。
「日暮、思わないのか? 本当に嫌なら、とっくの前に辞めていると思わないか? 俺もお前もな」
「あたしも……?」
「なぜ頑張るか、だって? じゃあなぜお前は白土の秘密をバラさないんだ」
「それはだからあのクソ教師に弱みを」
だな。弱みを握られているよな。俺もお前もな。木賊先生に従わなければ赤点の補習を受けさせられる。
「けどそれってそんなに嫌か? 弱みとはいえ、膝を畳んで屈服する程のことじゃねえ。拒否は出来る。その気になれば逃げられる」
「それはそうやけど……」
「でもお前はそうしない。なぜなら白土を正々堂々と倒したいから。だからバラさない。で、俺にも同じような理由があるってことだよ」
お前が正々堂々と倒したいと思うように、俺にも理由がある。
「アンタが? それこそなんでよ。ユリを倒したいあたしとは違う。アンタはなんでそこまでしてユリの為に頑張るんよ!?」
超シンプルで超絶簡単なことだよ。
俺は自分の胸を叩く。ドヤ顔で。ニヤリと。フフンと。目だけは真剣なまま。気持ち良く声を張って応える。
それはな、
「俺が彼氏教師だからだよ」
「……は?」
「はい以上。異常じゃないよ以上だよ。じゃあな」
「ま、待ちぃや。まだ話は終わって……」
何言っても無駄だよ日暮。もう終わったんだ。もう誰にもあいつを止められない。
俺や水浪や木賊先生が協力して最大級のお膳立てをした。優勝への道を作った。いくら白土がポンコツだろうとも。それを台無しにはしない。
本気になったあいつはこのまま突き進む。誰も寄せつけず、悠々と神々しく、圧倒的で圧巻なまま突き進むんだ。俺は知っている。知っているんだよ。
「お前こそ見とけよ。今から見せつけてやるよ。お前がカスだと言った奴がどれだけすげーのかを」
最後は目も緩め、俺は踵を返して去る。日暮を放置して。何も知らない奴を無視して。
分かってねえんだよ日暮。何も、何一つとして。あいつのことを。
あいつは、あいつはな……。
「んあ……? 俺を待っていたのか?」
待機室を出て、コミケ級の密度&熱気に包まれた体育館のフロアに赴く。不快度がすーごいです。男共が狂いまくってドえらいことになってます。ラクーンシティのゾンビかよ。
その中で白土と水浪がいた。柵で仕切られた通路で立っていた。
両者共に動こうとせず、俺を見つめる。
「優里佳様が三人一緒で配りたいとおっしゃいました」
「ふーん」
俺が合流すると、水浪が袋を渡してきた。素直に受け取り、すると白土が口を開く。
「刄金君、フラーちゃん。準備はいい?」
策越しに手を伸ばすゾンビのような男子達を前にし、白土は微笑む。
「バッチリです」
「任せろ」
水浪が答え、俺も頷く。自信お満々に。誇らしげに。
そうすれば白土もまた、嬉しそうに微笑む。チョコと折り紙を入れたカゴを腕に下げ、間も呼吸も置かずにスッと歩を進めてゾンビ男子の群れへと向かう。
白土による配布が始まった。最高の時間の始まりでもある。
無数に伸びる野郎の手に、白土はそっと乗せるようにチョコと折り紙を渡す。
「どうぞ」
「あばばばば!? 白土さんの手作りチョコレート……!」
「そうですね。どうぞ」
「あばばばば!? ぱ、パンダさん可愛い! これ白土さんが作ったの!?」
「そうですね。どうぞ」
「あばばばば!? ボルボロスだ! カッコイイ!」
「そうですね。どうぞ」
「あばばばばいただきます! う……うぅ、うううぅぅ! チョコ美味じいでず……お゛い゛じい゛でず!」
「そうですね。どうぞ」
白土が一人ずつ丁寧に配っていく。そんでカゴの中身が少なくなれば俺と水浪で補充する。
配布は順調に進んでいく。これ以上ない程に。ありえない程に。ありえない程に異常な世界で白土は堂々と君臨して完璧に高嶺の花を演じる。
「ふぅ……」
とはいえ、さすがに人数が多い。一人ひとりに丁寧に配るのは折れが骨る。白土が疲れてきた。
「あ、あわわっ」
と、白土の体がぐらつく。足がもつれたのか、バランスを崩してしまい……。
でも問題ない。その為に俺と水浪がいる。その為に俺らがいる。
「大丈夫か?」
俺はすぐに動けた。倒れかけた白土の腕を掴み、問いかける。
「うん。わたし、頑張る」
そして白土はすぐに答えた。そして再び観客へ応える。笑顔を振りまいて。日暮の媚び売る笑顔とは違い、優しくて麗しくてあたたたたたかな表情で。
やはり問題ない。順調に配っていく白土を見届け、背後で俺は一人ひっそりと笑う。狂って狂いまくって異常な会場内で一人だけひっそりと微笑む。
なあ日暮。見てるか?
お前じゃ白土には勝てないんだよ。どれだけ媚を売ろうが。奇をてらおうが。お前では白土に届かない。お前と白土では三倍以上の差があるんだよ。
お前は散々馬鹿にしやがったよな。白土がクソポンコツだって? あぁ?
ああそうだよ。その通りだよ。
白土はポンコツだ。ドがつく程の想像を絶するポンコツだ。デートでバスタオルを持ってくるし、迷子になる。高所とおばけが苦手、歌と料理は壊滅的。発言と行動はほぼ終わってる。
でも、こいつは頑張っている。こいつなりに頑張っている。
すごいんだよ。すげー奴なんだ。
一人で幾度のピンチを乗り切り、必死に高嶺の花を演じる。今回のミスコンは一生懸命特訓してきた。ポンコツなりに一生懸命やっている。
「刄金君」
「ああ、見ているよ」
「うん、ありがとう」
だってこいつは頑張れる。俺がいるだけで頑張る。
白土は俺がいれば無敵なんだ。
特技披露タイムが終わった。すぐに投票が行われる。
そして、結果が発表される。
「優勝は……エントリーナンバー6! 白土優里佳さんです!!」
二位との票数は四倍差。クアドラプルスコアの差。白土が圧倒的な票数で優勝した。
勝って当然。あーはいはい出来レース。
そう思われてもいい。何も知らねー奴は勝手に僻んでおけ。
「凌君」
「おう」
表彰式を終え、戻ってきた白土が嬉しそうにこちらへ寄ってくる。手を差し出してきた。
ホント、綺麗で。ホント、とてつもなく嬉しそうに。
俺も手を伸ばし、笑う。今ならこいつにも負けないくらい純粋無垢に子供みてーな笑顔を浮かべて。応えるように最高の笑顔をして。心の底から笑い、喜び合って。
俺と白土。互いに咲き誇る満面の笑みで俺らはハイタッチをした。




