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第45話 イケメンと共に

 その後、最終リハーサルを行った。

 セリフや手順の確認を滞りなく済ませ、白土は衣装から制服に着替え直すことになり、水浪はその補助をすることに。

 よって男の俺は邪魔者。冷やかな目で「扉の向こうに刄金凌がいやがると思うと気色が悪いです」と言われて廊下に叩き出され、現在はトボトボと一足先に教室に向かっている。


 いや覗く気はなかったんだ……。

 タイミング良すぎだろ。ドア開けたら着替えの最中て。そんなことある? 事故なんだマジで。信じてプリーズ。


 まあ? 眼福でしたけどね?

 ボタンが外され、普段は隠れている部分を拝めてアイアムハッピーだった。

 お腹が丸見えだったし、くびれって実在したんすね。ボンキュボンのキュってまさにあれのことなんだな。彫刻のように洗練されて煽情(せんじょう)そそるし肌が眩しかった。触ったら絶対スベスベでやみつきになるよあれ。それにおへそが、うへへぇ~、目に焼きつけちゃっ……。


「あ、俺キモイ」


 思考を強制終了。足も止め、代わりに腕を動かして頬にビンタを放つ。

 よくぞ気づいた俺。今のは豆史ぐらいキモかったな。

 何がスベスベだよ。俺はスケベスケベじゃねえか。何が目に焼きついただよ。あいつの姿を目に焼きつけようとは言ったが、俺が見るべきなのはあいつの……っ。


「あいつの衣装姿、すごかったな……」


 再び扉を開けた時、白土は本番で使用する衣装を身に纏っていた。

 綺羅を飾り、輝き、君臨するかのように立つあの姿は……とてつもなく綺……はっ!?


「せぇい!」


 再びビンタを放つ。今度は両手を使って奥歯が揺れる威力で左右の頬をプレス。

 ふー……デレデレするな。まもなく文化祭が始まるぞ。

 ミスコンの開始時刻は午後一時。残り四時間を切った。それまではクラスの手伝いをしておこう。

 気合いを入れて思考を再試行。赤く腫れた頬を共に、まあビンタする前から顔は照れて真っ、いいから教室に行くぞ!


『二年一組 タピオカジュース店』

『二年一組には昨年のミスコン優勝者とイケメン男子がいます!』

『ミスコン準優勝者もいるよ!』


 廊下の壁に立てかけられた看板を横切り、教室に入る。

 中ではクラスメイト達が最後の準備に追われていた。

 机同士を合わせ、テーブルクロスを被せる。小銭の束を外し、レジ用の箱に入れる。チョークを使い、黒板をカラフルに彩る。

 おー、良い感じに仕上がっていますね。


「刄金君、こっち来て」


 ぼんやり眺める俺を、一人の女子が興奮した声で呼ぶ。

 そこでは輪が出来上がっており、数人の女子がワーキャーとざわめき立っていた。


「どしたの?」

「これ見てよ」


 これ、と言って女子は指差す。

 輪の中心に立っていたのは豆史だった。

 でも豆史ではなかった。

 ウェイターの制服を身に着けて、甘いマスクをつけた豆史だった。


「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ。ご注文はお決まりでしょうか。かしこまりました。ご注文を繰り返します。少々お待ちくださいませ」


 セリフを復唱していく豆史。聞き心地良い颯爽とした声。浮かべる笑みも爽やかで、白い歯がキラッと光って目はキリッとしてクール。


 どういうことだ。

 豆史がカッコイイ、だと……?


 全てを言い終えたのか、豆史を囲む女子達が一斉に拍手を送る。


「完璧だね海月君! すごく良い」

「練習した成果が出てるっ」

「ね、刄金君もそう思うでしょ?」


 お、おお、そうだな。

 確かに完璧だ。見事にイケメン店員だ。

 素直に驚き、そんな俺に対して豆史が微笑む。


「どうだ? 俺の店員っぷりは」

「ホントに豆史なのか?」

「あぁ俺は海月豆史だ」

「まるで別人だな」


 さっき会った奴と同一人物とは思えなかった。一時間前は整理券を待つ寝袋芋虫野郎だったのに。

 今は十人中十人が頷く程の、某社長が「Youウチに来なよ」とスカウトする程のイケメン。上の上。ランクはA。眉目秀麗(びもくしゅうれい)と呼ぶに値する美青年じゃねえか!

 はー……感服だ。

 喋ればアホ。黙ればイケメン。前々からそう評してきたが、ここまで変わるとは。あとはクラスの女子による調きょ、失礼、訓練の賜物なのかも。


「みんな、今日は力を合わせて頑張ろう」


 教室全体を見渡し、分け隔てなくニッコリと笑う。

 豆史が何かを発せばいつもなら「は? 海月君キメェ」からの「女子に貶されて幸せぇ!」のコンボが発生するのだが、女子達はいつもと真逆の反応を示す。


「海月君、カッコイイ……」

「普段とのギャップが良いというか……っ、し、写真撮っておこ」

「え、あれって一組の脳みそ豆粒野郎!? あ、でも……きゃー……!」


 顔を赤らめる奴が何人もいるし、廊下では他クラスの女子が立ち止まって豆史に釘づけ。おいおい瞳にハートマーク浮かんじゃってまっせ? おいおいモテモテでっせ!?


「く、海月君こっち向いてー」

「あぁいいよ」

「キュン……!」


 豆史が手を振り、廊下の女子が喜ぶ。

 キュンって言っちゃってるよ。んなことある? まるで豆史が……。


 ……あれ?

 ふと思ったんだが……。

 豆史って、主人公?


 いや、だってこれ、完全に主人公のアレじゃん? よくある主人公のパターンじゃね? 実は高スペックだけど目つきが悪い等の理由で普段は注目されず、でもそこを治した途端に女子にキャーキャー言われる的な? ヒロインが「私は前から知ってたのに……むうーっ」って拗ねるシーンもあるよ的な!?


「何だこいつ……」


 女子にチヤホヤされている。アホのくせに。

 ふざけんな! ふざけん……ふ、ふざけ……。

 豆史は主人公タイプの人間だった……。


「凌? 神妙な顔してどうしたのさ」

「お前が俺とは違う世界の人になった気がしてな」

「パワプロ君がスタメンに選ばれたのに自分はベンチ入りも出来なかった時の矢部君みたいなこと言うなよ」


 あ、まさにそんな気持ちだ。サクセス一年目で試合に出ると矢部君の評価が下がるよね。お前の例え上手いな。俺より上手い。んだよイケメンふざけんなよ俺のお株を奪うんじゃねえよ……。


「放っておいてくれ。お前に俺の気持ちは分からない」

「分からないとしても俺には話してよ。頼ってくれ。俺と凌は親友だろ」


 あらやだ発言もイケメン。

 普段も似たようなこと言われてテキトーに受け流していたけど、今の豆史に言われると胸にグッときた……キュン。

 な、何だよお前。良い奴かよっ。

 俺の中で発生しつつあった僻みと妬みが今の言葉で浄化された。お前すげーな。すげー良い奴だな!


「豆史、俺らは一生友達だ」


 確信した。俺とお前は一生友達だ。ベストフレンドだ。一時間前は絶交しようと言ったがあれは嘘だ。てへぺろだ。

 俺は手を差し出す。それ見て豆史も手を出し、俺らは握手を交わして友情を確かめ合う。


「うん。凌と俺は親友さ」

「ああ親友だ」


 なので今後は任せた。俺を流行りの『イケメン主人公の冴えない親友キャラだった俺がある日を境にハーレムを築いた件』に導いてくれ。あれすげー良いよね。俺も体験してみたいんだ。頼むぞマイベストフレンド。


「よし、じゃあ今日は一緒にお店を盛り上げようね」


 豆史と友達で良かった。お前のことを誇りに思う。

 ああそうだな! 一緒にお店を盛り上……。



 一緒に?


「一緒にってどういうことだ」

「え? 昨日言ったじゃん」

「何を言っ……」

「はい。凌の分」


 豆史は手を離し、ある物を持った。

 イケメンなスマイルと共に渡してきたのは、ウェイターの制服。


 ……ん?

 んん……?


「さっきから何を言っているんだよ」

「何がって、凌もウェイター係だよ」


 ……。

 口を閉ざし、一歩下がる。

 落ち着こう。冷静になろう。

 俺もウェイター係、だと……?


「俺もこれ着て接客を?」

「そうだよ」

「……」

「一緒に頑張ろう」


 ……。


 はぁ!?


「聞いてねーけど!?」


 俺が接客? ホール担当!?


「案ずるなかれ。サイズはジャストフィットだよ」

「いや案ずるよ? 案ずりまくるわ! まず俺はお前みたいに採寸をされた覚えがない。なぜサイズが分かる」


 豆史がドヤ顔になる。


「俺と凌は親友。親友の体のサイズは当然知っているさ」

「キメェ!」


 ち、ちょっと待てぇ。

 これは良くない。良くない流れだ。嫌な予感がするぞ。


「採寸された覚えも、言った覚えもねえ。俺がいつ接客をすると言った!」

「凌は言ってないね。でも俺は言ったよ? 凌の分の仕事は俺が片付けておくよ、と」

「あれはつまり、俺の仕事は豆史がやってくれるってことだろ」

「あれはつまり、凌の仕事内容は俺が決めるという意味だよ」

「頭バグってんのか!?」


 てっきり俺は備品を運ぶ等の雑務だと思っていた。

 でも違った。俺は接客だった。

 ふ、ふ、ふざけんなぁあ!


「そもそもどうして凌はムカついているのさ。恥ずかしがり屋だっけ?」

「シンプルに接客が嫌なんだよ。なんで知らん奴に笑顔で接客しなくちゃいけないんだ」

「シンプルにクソな理由だね」

「あとシンプルにお前がムカつく」


 俺は直前まで知らされていなかったが、こいつは知っていた。てかこいつが俺をホール担当にしやがった。

 こいつはその旨を言わなかった。これまでも、昨日も今朝も、言うタイミングはあったのに一切言わなかった。それにムカついているのさ!

 言うことを忘れちゃったのかな? ああそうだよな、脳みそ豆粒サイズだもんな。なら仕方ない、と言うとでも思ったかクソ豆野郎ぉ。


「凌? 握り拳を作って何するつもり?」

「決まってんだろ。殴るんだよ」


 反動をつけて拳を大きくしならせ、その間に照準を豆史の顔に合わせる。

 奥歯が揺れるどころか取れる威力でそのイケメン面を殴ってやるよ!


「ちょっと刄金君、やめなよ」


 と、俺と豆史の間に女子が割り込んできた。


「さっきから海月君に対して当たりがキツくない?」

「そうだよ。酷いよっ」


 数人の女子もそれに続き、そして全員が俺を訝しげな顔でバッシングしてきた。

 ……またしても嫌な流れを感じるんだが。


「海月君は刄金君の分も仕事をしたんだよ」

「接客の練習で大変なのにだよ? 頑張ってきた海月君に酷いこと言うなんてサイテー!」

「少しは海月君の言うこと聞いてあげなよ」


 普段ならありえない。女子がこぞって豆史の味方をするだなんて。

 いつの間にか俺は包囲されてい、あっ、これ一対多数による集中砲火だ。


「生徒会の仕事ばっかでこっちにほとんど顔出さなかったくせに」

「大人しく接客くらいやりなよ」

「いつまでやれやれ系やってるつもり? 薄ら寒いのよ!」

「この高二病風情が!」

「成人式で見かけても『あいつ誰だっけ?』って言われるような顔してるくせに!」


 最後に言った奴誰だおい! ただの悪口じゃね!? 俺そんなに個性ないの!?


「まぁ許してあげて。きっと凌も大変だったんだ」


 女子による非難の嵐。

 それを止めたのは豆史の一声だった。

 女子達が「海月君がそう言うなら」と言って退く中、豆史は俺の肩に手を置く。


「豆史……」

「ウェイター、やるよね?」


 イケメンスマイルのまま、ニヤリと笑った。

 ……豆史が完全に流れを掌握した。

 俺は今、こいつに庇われた。こうなっては俺に拒否権はない。


「ぐっ……」


 豆史と友達で良くなかった。

 何がベストフレンドだ。やっぱ絶交の手続き済ませようぜ!?

 おのれ……おのれイケメン豆ぇ……!






「おっ、さすが凌。似合ってるよ」

「……」


 俺はウェイターの衣装を着た。サイズがジャストフィットしてるのが腹立たしい。

 豆史は俺を見てうんうんと頷き、教壇の前に移動する。


「みんな、聞いてくれ。今日の文化祭、絶対に成功させよう」

「「おー!」」

「白土さんが不参加なのは相当な痛手だが、みんなで力を合わせれば大丈夫さ。準備はいいか?」

「「おー!」」

「二年一組タピオカジュース店、ただ今より開店だ!」

「「おぉー!!」」


 豆史の鼓舞により、クラスメイト達が元気に声を揃える。


「おー……」


 その中に混ざり、俺は一人弱々しく声を漏らす。

 さあ、祭りの始まりだー……。

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