第44話 想定外の光景
模擬店やステージ演奏を筆頭に、その他にもイベント盛り沢山のビッグイベント。年に一度のお祭り、その名は文化祭。
遂にこの時が来た。
今日は文化祭、当日。
さあ、祭りの始まりだ。
「ふわあ……あぁ重たい」
朝七時半。俺は大きな欠伸をかまし、大きな袋を背負う。
袋の中にはチョコレートが大量のチョコレートが詰め込まれている。
今思うとこれが一番大変だったかもな。
作るのに何時間かかり、その全てを包装するのに何時間を要しただろう。考えたくもないね。何度も気が狂いそうになったよ。
ま、今日で全てが報われる。
これまでの頑張りは今日、集大成となり、花を開く。
顔面を接写されまくったり、腹を壊したり、長電話につき合わされたりと色々あったけども。
やることはやった。後は見守るのみ。
これまでの頑張りが花開く瞬間を見届ける。そしてあいつが咲き誇る姿を目に焼きつけよう。
さあ、祭りの始まりだ!
と、言いたかったが……。
「……何だこれは」
朝七時半。早めに登校した俺を待ち構えていたのは、目を逸らしたくなる程の、世にも恐ろしい光景だった。
「お、落ち着いてください! 配布開始は八時です。列は乱さず、ど、どうか静かにお待ちください!」
実行委員の腕章をつけた生徒が汗を垂らして動き回り、拡声器を使って注意を呼びかける。
……校庭には長蛇の列があった。
まるでコミケやフェス会場。いくつもの列を形成し、無数の男がうじゃうじゃと蠢く。
男子生徒全員が並んでいる……?
いや、にしても多い。え……他校や一般の男性もいるのでは……!?
……まあ待て。きっと夢だ。
まだ寝ぼけているんだ。でなければおかしい。こんなことが現実に起きてたまるか。
瞼を閉じ、澄みきった朝の空気を吸い込む。目を瞑ったらそれはそれで大群の気配を肌で感じるし空気は臭かったけど気のせいだ。
よし……いざ、開眼。
校庭には長蛇の列があった。
「うわあ……あ゛ぁ゛キモイ」
眠気は吹っ飛び、背負う袋の重みも忘れ、俺は異様で異常な光景を前に茫然と立ち尽くす。
現実かよ。これ現実かよ。
キモイよ。キモすぎるよ。世界の終焉より終わってるよこれ。吐いていい? 自分、吐いていいっすか? 今ならアクア様より見事な嘔吐が出来る自信がある。
なんとか吐き気は抑えて口元を覆い、目も覆いたくなるような何百にも及ぶ長い列、その一番端にあるプラカードを見つける。
プラカードには『ミスコン整理券最後尾』と書かれてあった。
だと思った。ミスコンね。
イベント盛り沢山の中、一番の目玉はミスコン。
ここにいる奴らの目当てはミスコンであり、厳密に言えば、白土が目当てだ。
ステージに立つ綺羅を飾った白土をなるべく良い席で観るべく、蟻みたく男共は並ぶ。この人気っぷりはさす兄の妹レベルに並ぶ。
まあー……すごいですこと。
「あ、朝五時に来たのに」
「おい大丈夫だよな……? 整理券貰えるよな!?」
「噂によると夜十二時から並んでいる猛者もいるらしい」
「う、うぅ白土さん……」
あ、白土のPR動画がどうのこうの騒いでいた四人組だ。
昨日は幸せそうに鼻の下を伸ばしていたのが、今は鉛色の顔で四つん這いになっている。
マジで朝の五時から並んだのね。が、それでも彼らの位置は先頭から数えて五十番目くらい。つまり朝五時よりも早く来た奴が五十人近くいる。
どんだけ楽しみなんだよ。並ぶの早すぎだろ。復活したエルレの物販かよ。
……行ってみるか。
昇降口へ向かうがてら行列を辿る。
この列を作りし最初の者。言わばこの群衆のトップ。
一番前にいるのは一体どんな奴だ?
「はっはっは、これだから共学上がりの男は甘いね」
先頭には豆史がい、お前かよ!?
「豆史……」
「おはよう凌。おっと! 割り込みは勘弁な!」
「お前こそ勘弁してくれよ」
先頭には豆史がいた。
一番の友が列の一番目にいた……。
深夜から並んでいるって噂はマジらしい。
その証拠に装備がえげつない。
ブルーシートが敷かれ、その上にはランプやケトルが置かれてあり、豆史自身は寝袋にくるまって芋虫状態。湯気出すマグカップを啜る。
「水分補給は大切! こまめにね!」
「何だこいつ」
心の底から湧いた言葉を吐き出すも、
「え? だってミスコンの整理券だよ? これくらい朝飯前さ!」
平然とした顔と口調で返された。
「朝飯の前どころか夜明け前から待機してるんだろ?」
「そのとぉーり! 昨日、前夜祭を終えたらすぐここに戻ってきた。その甲斐あって俺が一番乗りさ。見なよ!」
豆史は丸めていた背を伸ばし、したり顔で後方を眺める。
そうだな、一番だな。つまりお前が一番ヤベェ奴ってことだよ。
「キモイなお前」
「うーんこの男が密集した時特有の臭さ、懐かしいねぇ」
一番臭いのもお前……ん?
前夜祭を終えたらすぐに戻ってきた?
「夜の十二時からじゃねえの?」
「十二時? いんや、九時からだよ」
十二時ではなく九時だった。
「……は? 午後二十一時!?」
おい? おいおいおい!?
嘘だと言ってくれよ海月豆史。かれこれ十時間以上もここにいる? 整理券の為に十一時間も待つ気でいる!? 嘘だと言ってくれよ海月豆史ぃ!
「ところで凌が持ってる巨大な荷物は何?」
「いや俺のことなんてどうでもいいだろ。お前こそ何? 何なのお前?」
「ふっふっふ、驚いているね」
「呆れているんだよ」
本格的に友達やめたいんだが? 今この場で絶交の手続きを済ませようぜ?
「説明してあげるよ。俺は後ろの連中と違い、男子校出身だ。良かったことなんて、どうせ女子と話す機会はゼロだから遠慮せずラーメン屋でおろしニンニクを投入出来るぐらいしかなかった悲しい男子校出身だっ。故に俺はミスコンがいかに素敵なイベントなのかを知っている! 必ず整理券一番を手に入れる、その為なら何十時間だろうと待つよ!」
「男子校の奴ってこんなに酷いのか」
「凌、見くびるな。俺が特にすごいってだけさ!」
「いやだからお前が特にヤベェってことよ?」
アホだとは思っていたが、ここまでクレイジーだったとは。
酷すぎる。キモすぎる。ヤバすぎる。すいません友達やめてください。
「ヤバイのは後ろの連中さ。情けないよ。朝五時に並べばイケる、なんて黒豆より甘い考えをした奴が俺の遥か後方にいるだろうね」
そのとぉーりだけども。
「というか凌は? 人の事より足下の豆を拾えって言うでしょ。こんな遅くに来て整理券が貰えるとでも思ったか馬鹿め!」
これでも早めに登校したつもりだし馬鹿なのはお前だ。まあ言っても意味ねーか。馬鹿は放っておこう。
俺は袋を背負い直し、立ち去る。
「終わったらさっさと教室に行けよ」
「え、マジで並ばないの? 凌はミスコン観ないの?」
いーや? 俺も観るよ。
それも、整番一番のお前よりも良い特等席でな。
出そうになった言葉を喉元で抑え、足を止めて振り向く。
先頭の豆史を含め、視界いっぱいに、うわやっぱキモおえぇ、映る男子達にも伝えるような思いで俺はニヤリと笑う。
「ま、楽しみにしとけ。最高のミスコンになるぞ」
「はへ?」
「じゃあまた後で」
俺は豆史に別れを告げ、校舎の中に入っていく。
校内はカラフルに彩られていた。手作りの装飾はいかにも高校の文化祭って感じがして微笑ましい。
とはいえ装飾が施されているのは校舎の一部分のみ。何も全域が使用されるわけではない。
俺は歩き、進む。いつも通り。
ピンと張られたロープと『立ち入り禁止』と貼られた立札。中学校の門よりも軽々と飛び越え、歩き、進む。いつも通り、いつもの教室へ。
自分の教室? いーや、まずはこっち。
本日、立ち入り厳禁エリアは多々ある。
だが今日だけではなく、普段でも近寄ってはいけない場所が一つある。
我が校が誇り、そして抱える、とある人物の秘密を匿う場所。
言わば聖域であり、そこの扉を開錠出来る者は数人のみであり、俺はそのうちの一人。
「さて、と」
先程見た悍ましい光景の記憶は頭の中の室伏さんに頼んで頭の外に投げ飛ばしもらい、ポケットの中では鍵を転がす。木賊先生に貰った生徒指導室の鍵を。
ここを訪れるのは何十回目だろうね。考えたくもないね。
ロープで捕縛されて拉致されたこともあれば、腹痛を耐えて来たこともあった。
何回、何十回と来た秘密の場所。
いつも通り、いつものように鍵を鍵穴に差す。
三度目になるが、でも言わせてくれ。
「さあ、祭りの始まりだ」
それくらい楽しみなんだ。
あいつが咲き誇る姿を目に焼きつけよう。
俺は鍵を回し、扉を開けた。
入室した俺の視界に飛び込んだのは、またしても想像していなかった光景だった。
「凌君……っ?」
中にいたのは白土と水浪。
水浪は白土の横に立ち、白土は制服のボタンを外しており……。
「……へ?」
白土は、着替えている最中……だった。
……。
…………。
あばばばばばば。
「き、きゃああぁ!?」
「うわあああぁぁ!?」
白土が悲鳴を上げ、俺も叫ぶ。
「凌君のエッチ!」
「しずかちゃん並みにテンプレなセリフ!」
待て。待て待て、待て待て待て待て待て待てぇい!
なんで? なーんで!?
入ったら白土が着替えていた、なーんてことあります!?
ボタンが外され、露わになった腹部。透き通るような色白の美しさが際立ち、匂やかで艶やかな白土の白い肌が曝け出されている。
腰はキュッと締まっており、パッと見ただけで分かる完璧なくびれ。肌は綺麗だしお腹が全部見えている。あ、おへそ。おへそだ。マジか。おへそだ。見ちゃった。おへそっ。でも幸いなことにお腹以外はまだ制服で隠されている。でもせっかくなら腹部だけでなく胸部も見
何を実況しているんだ俺は!?
「り、凌君、いつまで見てて……あ、あぅ……~っ!」
あ、いや、そ、その……。
白土が真っ赤な顔して水浪の背後に隠れた。
俺は、俺は……。
「ご……ごめん!」
テンプレなセリフを放ち、扉を閉めた。後ずさりし、壁にもたれかかってしゃがみ込む。
な、なんてこった。
思いきり、着替えの姿を見てしまった。
ドアを開けたら白土が……あ、あばばぁ……。
「刄金凌は最低です」
扉が少しだけ開いた。
隙間から覗くギョロリとした青い瞳。立腹と軽蔑、どちらとも取れる冷淡な眼差し。
しゃがみ込んだ俺を水浪が見下ろし、今までのどの「刄金凌は最低です」よりも冷たい声を放った。
「ご、誤解だ」
「優里佳様の着替えを覗きやがりました。変態です。ガチで訴えます」
「違、ち、違うんだって。たまたまタイミングが……」
だってそうだろ? まさか着替えの最中とは思いもしなかった。
こんなことってある? ラノベなら間違いなく巻頭の挿絵になるようなこんなことがあるかね!? ラッキースケベって実在したんだ!? はへー!?
「ドン引きです。校庭で並んでいる男子ぐらいキモイです」
「わ、悪かった。だから俺のことをゴミ見るような目で見るのはやめてくれ」
氷柱のように鋭く、冷水のように冷たい水浪の視線が体に突き刺さる。
たまらず頭を下げ、床に擦りつける。す、すみましぇんでした。
「やれやれです。……優里佳様、お着替えは終わりました?」
扉の向こうで水浪が白土と何やらやり取りを行う。
と、水浪が「入ってきやがれです」と告げた。
……まずは白土に謝ろう。
事故とはいえ見たのは事実だ。俺が最低なのは間違いない。俺はクソだ。
何がクソって、未だに白土のおへそが目に焼きついている。おへそフェチだったのか俺は。いやいやぁ俺は胸の方が好、そういうところだぞ刄金凌ぉ!
まずは白土に謝り倒そう。
それこそ土下座だ。額が腫れ上がるくらい床に叩きつけて謝るんだ。
扉を開き、改めて中に入る。
「さっきは悪かった。ごめん!」
すぐに頭を下げて謝る。額を打ちつける!
「そ、それはもういいよ。怒ってないよっ」
すぐに制された。あ、はい。
「それより凌君……お顔を上げてみて」
「お、おう」
俺は言われた通り、顔を上げ……。
俺の顔は真っ赤になった。
「…………白土……?」
「えへへっ。どうかなっ、この衣装っ」
顔を上げた先、そこに立っていたのは……っ。




