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第43話 白土は俺がいれば無敵

 今頃、クラスメイトは前夜祭の最中なのだろうか。

 他のクラスもどこかで集まっているかもしれない。そうでない者は家で(いこ)ったり、もしくはミスコンのPR動画を観ているのかな。

 どのように過ごしているかは想像することしか出来ないが、大半の生徒が明日の文化祭に備えての何かしらをやっているに違いない。


 俺らだけだろうよ。

 前日にこんなことするのは。


「この道、懐かしいな」

「だねっ。久しぶりぶりっ」

「ぶりぶり言うな」


 微かな月光が照らす下、俺と白土は懐かしき登下校道を歩く。

 しばらく歩き、目的地に到着。

 訪れたのは中学校。約一年二ヶ月ぶりに見る、俺と白土の母校だ。

 俺は金色の文字で記された表札のプレートに手を置き、ここまで来て言うのも何だが、至極まともな疑問を投げかける。


「勝手に入っていいのか?」

「母校だからセーフ。OBのわたし達は不法侵入には該当しないっ」

「ホントかよ。ちなみにお前はOBではなくOGな」

「お痔? わたしは凌君と違ってお痔にはなってないよ」

「俺もまだなってねえよ!」

「なったらすぐ言ってね。お薬塗り塗りするよっ」

「なったらすぐ病院に行くよ」


 ったく、呑気なものだ。俺の肛門より目の前の校門をどうするかを考えろ。


「ではいざ行かんーっ」


 控えめに声を張る白土。

 一歩進み、正門を通過……出来ない。

 なぜなら門は閉められていた。


「ですよねー」

「き、緊急事態発生。ゲートが閉ざされている!」

「なんでちょっとカッコ良く言ったの?」


 てかそれ前提で来たのでは? あ、違うんだ? はいお馬鹿ー。


「むむ、こうなったら」

「どこか抜け道を探すか」

「飛び越えようっ」

「正気っすか?」

「母校に潜入っ。となれば門を飛び越えるのがセロリ! でしょ?」


 いやいや、何十年前ならいざ知らず、今時の警備は厳重だ。門を越えたら即バレると思う。

 あとセロリじゃなくてセオリーな。そんでお前、侵入って言ってるじゃん。じゃあ駄目じゃん。ツッコミポイント多すぎて喉枯れるわ。例えツッコミ難すぃー。


「やめとけよ。別のルートを」

「とうっ」

「マジっすか」


 躊躇なく跳躍。白土はひと息で華麗に門を飛び越えた。

 着地し、門越しに俺を見る。


「むふーっ」


 腕組んで大股開いてドヤー。引くわー。

 だが警報は鳴らなかった。母校のずさんな管理に感謝。


「はいはい、共犯になりますよ」


 俺も白土に続き、門を越えて敷地内に足を踏み入れる。

 まさか高校の文化祭前日に中学へ侵入することになろうとはね。


「見てみて校舎だよ。あの頃のままっ。久しっ!」

「ぶりぶり言うなと言ったが、ぶりは言っていいんだぞ」

「わー、また凌君が変なこと言ってる」

「誰のせいでしょうね?」


 ツッコミ入れた後は息を潜め、壁伝いに奥へと侵入していく。

 土曜日、しかも夜。静まり返っており、人の気配はない。

 誰かいるとしたら警備員、または幽霊か。どちらともエンカウントしないことを祈ろう。


「夜の学校でドキドキするねっ」

「ドキドキはともかく、そろそろ話せよ。ここに来た目的を」

「タイムカプセルを掘りに来たの」

「タイムカプセル?」

「凌君のお部屋で卒業アルバムを見た時に思い出したの。わたし、中学校の卒業式にタイムカプセルを埋めたんだっ」


 ほー。粋なことしたんですね。

 だがなぜ文化祭の前日にタイムカプセルを掘り起こす? という至極まともな疑念を今すぐ口から吐き出したいが、言ったところで俺が納得出来る回答は返ってこない。白土だもの。

 動機を聞くのは放棄、他の疑問を呟こう。


「掘り返すの早くね?」


 卒業して一年ちょい。いくら何でも早い。タイムカプセルとワインは十年くらい寝かせるべき。最低でも成人式ではなかろうか。


「いいの、今掘り出すっ」

「そう言うと思ったよ」


 だって白土だもの。

 なぜ山に登るのか、そこに山があるからだ。登山家もこいつも理屈じゃないってこと。


「着いた。ここに埋めたっ」


 やって来たのは体育館の裏。

 在学中でも近寄らなかった場所だ。雑草が生い茂り、ここでも母校のずさんさが窺える。

 学期末になると教師が大掃除と銘打って生徒に草抜きをさせるのだろう。実際させられた記憶がある。教師ってクソだよな、中学も高校も。

 俺はしゃがみ、地面に触れる。


「土が固い。よく埋められたな」

「大変だったよ。一人で掘るのは折れが骨た」

「アツがナツいぜの類似語ってあるのね。それを言うなら骨が折れただ」


 さて、さっさと掘るか。

 都合良くスコップが投げ捨てられていた。あらナイス。

 手に取り、白土に問いかける。


「どの辺に埋めた? 目印はあるんだろ?」

「うんっ。柱の影の先っぽに埋めたよっ」

「はいお馬鹿ー」


 小学生並みの失態。何やってんのー。

 影は動くんだよ。埋めた時は目印になってもその後は意味がない。しかも今は夜だし。


「……あっ。ど、どうしよう、影が見えない」


 オーキドよりもキレッキレに放ってやる。そりゃそうじゃ!

 見事に詰んだ。では帰りましょ。

 俺はスコップを投げ捨て……ず、地面に突き立てる。


「はあ……目印がなくても大まかな位置は覚えているだろ」

「ふぇ?」


 今日は早めに寝られると思ったんだがな。

 はいはい、やりますよ。


「お前は指示を出せ。俺が掘ってやる」

「凌君……うん任せてっ。まずは記憶を掘り起こす!」

「上手いこと言いやがって」


 白土はこめかみに指を当てて唸り出す。


「うぬぬ~っ」

「ちなみにどんな箱だ」

「箱?」

「タイムカプセルは箱に入れるのが定番だろ? お菓子やアルミの箱とかに」

「んーん、そのまま埋めたよ」


 俺はスコップを投げ捨てる。はいお馬鹿ぁ!


「おい? おいおいおい? 箱に入れず、そのまま埋めた、だと?」

「うんっ」


 ケロッと言うな。言うなぁ!

 例えば将来の自分へ送る手紙や玩具だったとして、それらをそのまま土に埋めた? それタイムカプセルじゃなくてただの土葬じゃね!?


「やめだ。諦めろ」


 土を削る前にやる気が削がれた。

 さ、帰りましょう。


「え、えぇ? 俺が掘ってやるってカッコつけたくせに」

「うるせえ。俺は恥ずかしげもなく前言撤回が出来る男だ。社会に出たら俺みたいな奴が意外と出世するんだよ」

「自分で言うと小物臭がすごいねっ」


 ほっとけ。


「つーか明日は大一番だぞ。帰って早めに寝るべきだ」

「まぁそう言わず、少し休んでいこ」


 ここで休まず自宅で休んだ方が良いと思うんだけど。回復量が段違いだ。俺が効率厨だったらどうする。俺が効率厨じゃなくて良かったな。


「そうですかい」


 白土が体育館前の階段に座り込み、俺はその横に立つ。


「ちょっと寒いね」

「どこが? 蒸し暑いくらいだ」


 太陽なめんな。春季キャンプやオープン戦の段階で本調子を取り戻し、六月に入ってからは早くも熱盛なプレーを披露している。

 夜になれば少しは気温が下がるとはいえ、春特有の肌寒さは感じなくなったよ。


「さ、寒いなー。夜だもんなー」


 だが白土は寒いと言う。

 あからさまに両手で肩を抱き、出ました棒読み。


「困ったなー。どうしよー?」


 そんな演技力で明日の本番は大丈夫なのかね。

 ったく……分かったよ。

 明日は本番。始まったら終わるまで気を抜けない。ならば今のうちに存分に緩ませてあげるべきだ。

 ああ、そうだな。前日くらい好きなように過ごさせてやろう。それにどうせこいつは骨ない。つーわけで俺に拒否権はナッシングスカーブドインストーン。


「ほらよ」


 俺は制服の上着を脱いで白土に渡し、横に座る。

 白土は受け取った上着を羽織り、出ましたとろける笑み。


「えへへ。凌君の匂いっ。そんで温かいっ」

「良かったな」

「ねぇ今どんな気持ち?」

「別に。強いて挙げるならお前が『あたたかい』を言えるようになったことにビックリしてる」

「い、言えるよ。あの時は動揺してて『た』の数を間違えただけだもんっ」

「動揺しても普通の奴なら間違えねーよ」


 この中学校と同様、あの日のことが懐かしい。あたかい、あたたたたたかい、って言い間違えていたよな。

 白土が実はポンコツだと知ったあの日は忘れもしない。衝撃的だった。

 あの頃と比べたら今は多少まともになったと思う。それでもまだポンコツだけど。それこそクソがつく程に……。


 ……クソポンコツ、ねぇ。

 言ってくれるじゃねえか。あんの悪女め。


「凌君?」

「何でもない」

「いよいよ明日だねっ」

「ああ。……白土、一ついいか?」

「ん?」

「お前に言いたいことがある」

「何? あっ……も、ももも、もしかして、あ、愛の告は……っ!」


 何だこいつ? 体をくねらせてどうした。


「良い雰囲気だからって……え、えぇ~もぉ~」

「大して良い雰囲気じゃねえよ」

「凌君ったら、し、しょうがないなぁ。……うん、嬉しい。実は、わたしもだよ」

「確実に勘違いされているんでパパッと言いますね」


 薄暗い中、白土が顔を真っ赤にさせる。

 俺は視線を前に向け……言い放つ。




「明日のミスコン、辞退してもいいんだぞ」

「……へ?」


 間抜けな声が返ってきた。

 続いて上着が擦れる音。白土がこちらを向いたのだろう。

 俺は視線を固定したまま話を続ける。


「今からでも間に合う。お前が嫌だと言えば先生は了承するはずだ」

「えっと……急にどうしたの? わたし、明日の為に頑張ってきたんだよ?」

「おーそうだな」


 お前は頑張ってきた。散々付き合わされた俺はよく知っているよ。お前も頻繁に「わたし頑張るっ」って意気込んでいたよな。

 でもな、そこまでする義理も意味もねーんだよ。


「そもそもどうして頑張るんだよ。なんで頑張れるんだよ」

「どうしてって……」

「頑張らなくていいだろ。二連覇なんて気にせず、無理もせず、出なくていいんだ」

「どうして?」

「メリットが少ないからだよ」


 去年、白土は圧倒的大差で一位に輝いた。

 ならば今回も圧勝するはず、と全員が思っている。あ、日暮は違うか。言い直そう。ほぼ全員が思っている。

 誰がどう思おうがそいつの自由だし、俺の想像でしかない。

 でも一つ、断言出来る。


「勝って当然。みんながそう思っている。つまり、お前が優勝したところで誰も特に驚きもしない。賛辞を述べてはくれないんだ」

「……? はぁ、そうすか」


 それ俺の真似か? 茶化さず聞けよ。


「勝って当然。……それは裏を返せば、負ければその瞬間からコケにされるってことでもある」


 日暮が言っていたように、負けたら嘲笑われて蔑まれるかもしれない。もしポンコツが露呈すればそれ以上のバッシングと蔑視(べっし)が待っている。

 たとえ連覇したところで「さすが高嶺の花」の一言でおしまいだ。


「負ければ非難囂々(ひなんごうごう)。優勝しても当然だと言われて流される。どいつもこいつも、好き勝手に言いやがるんだ。……んだよそれ。お前に何の得があるか? ないだろ?」


 男子はお前を拝みたいだけ。女子の中では僻む奴もいる。

 それら全員、お前が優勝してもすごいと言ってくれない。気にも留めない。


 そんなの、遣る瀬ないし許せない。

 だったら出場する意味なんてあるのかよ。

 ポンコツがバレるリスクを冒してまで出る必要なんて……。


「うーん……うん? うぬぬ……?」

「何だよ」

「わたしが勝っても、誰も褒めてくれないってこと?」

「まあ、そういうことだ。な? やる意味あるか?」

「凌君も褒めてくれないの?」

「……はい?」


 今度は俺が間抜けな声を漏らしてしまった。

 たまらず視線を横へ向ける。

 白土はまっすぐ、俺を見つめていた。


「わたしが優勝しても、凌君も当然だと言って片付けちゃうの?」


 凛とした透き通るような声。

 まっすぐな視線と共にぶつけられて、またしても俺はたまらずたじろいでしまう。


「俺? いや、俺は……」


 俺は……違う。

 散々付き合わされた俺は知っている。

 こいつが頑張っていたことを。こいつの努力を一番近くで見てきた俺は知っている。


「わたしはね、凌君がいれば無敵なんだよ」

「それ、食事会の時にも言っていたよな。どういう意味だ?」


 尋ねると、白土は答える前にまず上を見上げる。

 俺らの頭上では、月と共に星々が散らばった綺麗な夜空が広がっていた。


「ミスコン、出るよ。わたし、頑張る」


 白土は上着を羽織り直し、ハッキリと告げた。


「なんで……」

「他のことはあんまり気にならない。だってわたしには」


 そこで区切り、白土は再び俺を見る。

 微かな月明かりに照らされる、夜空よりも綺麗で美しい、笑顔。


「わたしには、凌君がいる」


 白土は笑顔で俺の名を呼んだ。


「凌君がいるなら、凌君が褒めてくれるなら。それだけでいい、それで十分。わたしは頑張れるよ。わたしは無敵だよっ」


 白土の言葉はどこか遠くにまで届きそうな勢いがあった。

 元気いっぱいに、けれど研ぎ澄まされ、抜刀された白刃のように眩い光を放った。

 放たれた光と言葉。

 俺はズバッと斬られた。……目が覚める思いだった。


「ねぇ、凌君は褒めてくれる? 明日、わたしが勝ったら褒めてくれる?」


 負けたら王座陥落、ポンコツがバレてもアウト。勝っても「あーはいはい」で済まされる。

 そんな戦いに挑む白土。優勝すると意気込む。

 ……俺が褒めるかだって?


 そんなの、決まっている。


「もちろんだ。俺は褒める」


 それこそ、当然だ。


「はい、それがわたしが出場する理由っ」

「……ん、そうだな」

「えへへ、優勝したら何かご褒美をおねだりしようかなっ。むふふーっ」


 本当、俺もまだまだ甘いな。

 認識が違った。俺とこいつで。

 こいつは最初からメリットデメリットが眼中にない。周りの人間がどう思っているかなんてのもどうでもいい。


 俺が褒める。俺が見ている。

 ただそれだけでいい。それだけの理由で白土は戦えるんだ。



 白土は俺がいれば無敵なんだ。



「……どうやら馬鹿なのは俺の方だった」

「そだね、凌君はたまに頭が悪いっ」


 お前には言われたくねーっての。

 ……勝ったらご褒美、か。


「ああ、いいぞ」

「はひ?」

「ふへほ。優勝したら一つだけ言うこと聞いてやるよ」

「ほ、ホント……? あららっ、さらにやる気アップっ。わたし絶対に優勝する!」


 周りに何を言われようが、俺は違う。俺だけは違う。

 俺は知っているだろ。こいつの頑張りを。

 なら俺がすべきことはデメリットを提示したり辞退を勧めることではない。


 信じることなんだ。

 こいつを信じ、こいつが圧勝する姿を見届けてやろう。


「優勝目指して、ファイトー!」

「おーっ」


 俺と白土は声を揃え、肩を並べ、共に夜空に向けて拳を高々と突き上げる。

 明日はいよいよ、文化祭だ。

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