第37話 バイキング
夕日がビル群の奥へ落ち、空の色はオレンジから紫紺へクロスフェード。と思いきや一気に黒く染まる。
数多のビルと空を見上げ、薄闇が辺りを覆い尽くしていくのを眺め、俺は「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」と呟く。最近ハマっている漫画が丸分かり~。
「もうすぐで着く。次の交差点を右に曲がった先だ」
しっとり温い夜気に吹かれ、俺は地図アプリを閉じて後方の二人に話しかける。
「なんであたしまで……」
「いつまでブツブツ言いやがるのです? 耳障りです」
「あ? フラヴィアこそしゃーしぃやろ。ブスがあたしに絡んでくんな」
「そうですね、トリスコに絡んでも時間の無駄です」
「あぁ!? 刄金、この貧乏女を黙らせろや!」
「刄金凌、こちらの性悪女を黙らせやがれです」
……俺の背後で女子二人、日暮と水浪が激しい口論を繰り広げる。学校を出てからずっと。
白土の秘密を知る者同士であり、秘密を守る言わば仲間。しかしこの二人は仲が非常に悪かった。
まあ水浪は白土のおこぼれを狙う従者で、日暮はその白土を蹴落とそうとする言わば敵キャラ。友好的な関係は築けなくても仕方ない。
とはいえ、そろそろやめてほしいものだ。
売り言葉に買い言葉。水と油。殺伐とした舌戦を聞かされて俺の胃はもう限界。ズタボロの胃をこれ以上傷つけとんといてー。
「どっちも黙れよ。そうすれば互いに嫌な思いはしな」
「あぁ!?」
「あなたはホント普段とのキャラが違いますね……」
こんな奴が好きだった昔の自分が不憫だ。
「刄金凌、早く案内しやがれです。早く美味しいご飯が食べたいです」
「涎を垂らすなや。汚いんよ。ただでさえブスのくせに涎出しとると余計キメェ」
「いえいえ、キモさではあなたの足元にも及ばないです」
「あぁ!?」
「ほらキモイです」
女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かでできている、というフレーズをどこかで見たことがある。
残念なことに昨今の女の子は原材料が変わったらしい。
この二人に甘みは全くなく、スパイスどころか超激辛、殴り合いにも似た罵倒の応酬に素敵な要素は微塵も感じられなかった。すごいね、まだバトるんだ?
うーん、保健室に来た女子も含め、女ってのはロクでもねー奴ばかりだね。
こうして考えると、白土はまともな部類なのかもしれません。良かったな白土、謎に評価が上がったぞ。
「あっ、凌君!」
噂をすれば何とやら。交差点を右に曲がると、白土がいた。
「よう。衣装は決まっ、ぐぼぉあ!?」
「えへへーっ」
駆け寄ってきた白土。身を丸め、俺の懐に飛び込む。
弾丸の如く突撃。腹ん中がごぽごぽぉ! ようやく小康状態になった腹が今の一撃で再び瀕死に……っ~!?
「や、やっぱお前、まともじゃねえや……」
「凌君?」
俺は白土を引き剥がし、腹をさする。
「優里佳様、こんばんはです」
「あ、ユリだ~」
俺に続いて曲がり角を曲がった水浪と日暮。二人は白土を見るなり、喧嘩をやめた。
おまけに日暮はほんの一瞬でぽわぽわ系女子になった。
「フラーちゃんと香織ちゃん、こんばんは」
そして白土もまたキャラをチェンジ。
お淑やかに笑う白土を中心に、女子三人はキャピキャピと喋りだした。
「あたしも呼んでくれてありがと~」
「そうですね」
「優里佳様、早くお店に入りましょう。私はワクワクです」
つい数秒前まで口喧嘩や弾丸タックルをかました連中とは思えない和気藹々っぷり。どいつもこいつも裏にお粗末な本性を隠し持つくせに。
にしても白土は大変だな。日暮がいるせいでニュートラルになれない。
いっそのこと白土にも日暮の正体を教えてあげればいいでは?
「教えても大したメリットはないわ。それに優里佳が気を緩めてもいい相手はなるべく少数に抑えたいの」
「せんせー、顔も見ずに心の声を読むのはやめてください」
気づかぬうちに俺の背後には白衣を着たエスパー使い兼ロープ使い兼幻術使いのサーティーウーマン木賊ミアちゃん聖母先生が立っていた。ジョブ何個あるんだよ。ラノベタイトル並みに長くなってきたぞ。
俺は振り向き、続けざまに抗議する。
「言われた通り、来ましたよ。今日はさっさと帰りたかったんですけどね」
「そう言わないで。呼んだのは君の為を思ってよ」
「俺の?」
聞き返すも、先生は答えずに女子三人の元へ歩を進める。
「フラヴィアさんと日暮さんも来てくれてありがとう。一緒にご飯を食べましょう」
ニコリと微笑み、先生は手招きする。
それ見て水浪は涎を垂らして頷き、一方で日暮は……。
「は、はい~」
返事がぎこちなかった。
目尻をピクピクと震わせ、柔和な笑みには不具合が生じる。明らかに様子がおかしい。
ま、俺には日暮の心情が手に取るように分かる。
木賊先生が怖いんだろ? ニコリと微笑んで手招きするおばさんの黒い笑みが恐ろしく、心胆を寒からしめるものなのだろう。その気持ちはよく分かるよ。
「今日は私の奢りよ。遠慮しなくていいわ」
「は、はい~……」
逆らえばどうなるかは明白。弱みを握られた者は大人しく従う他ない。可哀想だなあ。
首を縮こまらせて咳き込むようにして頷く日暮にちょっぴり同情しつつ、でも俺に散々キツイ悪態を浴びせた報復だバーカ、という気持ちが夕空を塗り潰す黒のように俺の心を埋め尽くす。ざまーみろー。
「ところで先生は街中でも白衣なんすね。白衣を着なくちゃいけない呪いをかけられているんすか?」
「こっちよ」
「シンプルに無視」
先生が先導し、俺らはレンガ作りのモダンで洋風なお店に入る。モダンって表現したけどモダンって何?
「……へえ、良さげな店っすね」
中に入り、唖然とする。内装の絢爛さ、上品さに。
店内は広く、そして高く、天井にまで届く木製の棚にはワインや香辛料の瓶が綺麗に並べられ、間接照明の明かりに照らされてちょっとした芸術作品のよう。
わわっ、木が輝いている。この店内をレイアウトした人はセンスの塊だ。
さらにはバイキング形式なのか、豪華な料理がお出迎え。馥郁とした香気が鼻をくすぐり、視覚と嗅覚が立て続けに情報を送るせいで脳は大混乱。はへえ~。
「君も将来、こういうお店に優里佳を連れていけるような大人になってね」
雅致のある空間に呑まれてガチガチな俺を、木賊先生が肘で小突いてきた。頬をニヤニヤとさせて。
「そっすね、中の上の彼女を作ったら是非行きたいっすねー」
「二股は許さないわよ?」
「ご安心を。彼女役とはいえ一応は現カノですし、正式に別れた後に新たに彼女を作りますよ」
「……」
無言で見つめられた。何ですかその不満げな顔は。
「ほら席に座りましょうよ。水浪の涎で床がビシャビシャになる前に」
「そうね」
そう言って先生は店員に自身の名前を告げる。わー予約してあるんだー大人だなー。
ウェイターに案内され、木製のオシャレなテーブルを囲む俺、木賊先生、白土、水浪、日暮の五人。男は俺のみだ。
遠足を思い出すね。居心地が悪い。周りから視線を感じるし。ま、視線の大半は白土に集中してるけど。
「わぁ~、バイキングだって~」
「そうですね」
「どれ食べるか悩むよね~」
「そうですね」
「あははっ、ユリおもしろ~い」
「そうですね」
「あはは~……」
テーブルの向かいにある様々な品々が並べられたコーナーを見て、日暮は白土と仲睦まじげに話す。
うんうん、でも俺には見えるよ。
日暮の笑顔には微かに血管が浮かび上がっている。目尻の痙攣は木賊先生に対する恐怖から白土への苛立ちに変わっていた。
事情を知悉して俯瞰するとこうも分かりやすいのな。ドンマイ悪女。略してド悪女。
「刄金凌、あそこに料理がいっぱいありやがります」
そして水浪は洪水みたく涎を流す。つい最近までドリンクバーすらも未経験だったこいつが初バイキングなのは考えるまでもない。
着席した直後だってのに腰を浮かせ、前のめりになって料理を凝視。病気のように狂喜。食べる前から水浪は満面の笑顔だ。
「では食べましょうか。好きな料理を取ってきなさい」
先生が開始を告げ、すぐさま水浪が椅子から飛び上がった。
「行きますよ刄金凌」
俺の腕を掴み、引っ張る。
「ちょ、引っ張るな」
「私はバイキングが初めてです。どのように料理を取るのか教えやがれです。手掴みで食べればいいのです?」
水浪は料理が並べられたコーナーへ一直線。まるで「猪突猛進!」と叫んで突き進む鬼殺隊士のように。俺が最近ハマっている漫画が丸分かり~、って言ってる場合か。このままだとこいつは料理にダイブしかねない。
俺は踵でブレーキをかけ、まずは皿を取れと指示を出す。
「お皿に自分が食べたい物を乗せるんだ。料理は色んなのがあるから一品だけを取りすぎるなよ」
「なるほどです。ワクワクです」
「お前ずっとワクワクさんだな」
「料理名が書かれていやがります。分からないので説明しやがれです」
「めんどくせーな」
料理が盛られた大皿の下にはネームプレート。料理名が記載されてある。
どれどれ、一体どんな品々が……。
『ポルチーニ フェットチーネ』
『香草風味 ブラックオリーブのマリネ』
『水牛モッツァレラチーズとチェリートマトのカプレーゼ』
『クワトロ フォルマッジ』
……いや俺も分からん。イタリア料理か? もれなく全て分からんぞ。
どれも名前がオシャレで語呂が良く、どれも謎だ。こういう場所にこそ音声案内板を設置しろよ。
「早くしやがれです」
「んー……どれも美味しいから気にせず全部食べろ」
「分かりました」
分かったんかい。
必死になって料理を皿に盛る水浪。配置や色彩なんざ度外視、手が届く範囲の品は全て取る。あまりの速さに手が残像となっていくつも見えた。すごいなおい。
「時間はあるし、ゆっくり食べろよ」
俺はそう言い残して自分の分をテキトーに見繕い、料理を取り終えて席に戻る。
テーブルでは既に木賊先生が食べていた。
少量ずつ綺麗に盛ったお皿。バイキングに浮き立つ学生と違い、大人の風格を感じた。
「これ美味しいわよ。君も食べる?」
「何すかこれ?」
「グリッシーニとプロシュートよ」
先生が俺に勧めてきたのはプロシュートが巻かれたグリッシーニ。もしかしたらグリッシーニが巻かれたプロシュートなのかもしれん。
いやいや、だからこれは何なの? 俺には生ハムが巻かれたポテロングにしか見えてねーんですけど?
「これも美味しいわ。ゼッポレよ」
「軟骨の唐揚げみたいっすね」
「こっちはブルスケッタ」
「沢○靖子のリッツパーティーみたいっすね」
「これはサルッシャ・エ・フリアリエッリ」
「十刃みたいっすね」
あ、もういいです。名前を言われても理解不能なんで。
「せんせー、わざとでしょ。俺の反応を楽しんでるでしょ?」
俺が語気強めて詰問すると、先生はクスッと笑みをこぼす。
「ええ。でも予想通りね。君はリアクションが薄い」
「そりゃすんません」
「少しくらいは名前を覚えて帰りなさい。大人になったら優里佳をこういったお店に連れていくこともあるのだから」
「大人になるまであいつの指導係をする気は毛頭ねーです」
「あら? 指導係じゃなくて彼氏でしょ?」
「ああそうでしたね、彼氏教師でした」
「……君は強情ね」
「先生もしつこいっすよ」
やれやれ、俺と白土をくっつけようとするのはやめていただきたい。
俺は顔を逸らし、受け取った生ハム巻きポテロングを啄む。あ、美味いなこれ。




