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第36話 ハーフ女子VS性悪女子

 自傷行為による腹の悲鳴で女子生徒を撃退後、白目を剥いて就寝。ワードの意味不明さは自分で理解してる。

 目を覚ますと、白い壁は夕日によって赤く染まっていた。

 寝たおかげか、あるいは時間経過のおかげか、腹痛は少しだけ治まった。少しだけね。


「さて、行こうかな」


 伸びと欠伸をした後、保健室を出る。

 向かう先はまさかの生徒指導室。


「こんな体調でも顔を出しに行く俺は社畜の素質があるかも」


 欠伸の際に緩んだ口が勝手に悲しい独り言を漏らすのを手で塞ぎ、もう片方の手をポケットに突っ込む。

 腹痛を理由に帰宅するのは可能。寧ろ帰るべき。それどころか病院に行くべきだ。医者に診せたら「即入院だね」と告げられる自信がある。

 なのだが、なーんか釈然としない自分が待ったをかけた。

 頭おかしぃーね。足を進める前に勧めたい。腹の前に頭の検査を勧めたいよ。


 でもまあいいんじゃね?


 今度は声に出さず心の中で呟き、ポケットの中では鍵を転がす。木賊先生に貰った生徒指導室の鍵を。


「どぅも刄金でぇす」


 開錠、入室、施錠、そんで挨拶。


「生きていましたか」


 中にいたのは水浪。一人のみ。

 シルバーブロンドの髪は見事に銀色。老人みたく白髪混じりのどんよりとした灰色ではなくキラキラとしてサラサラ。

 そんなサラリとした髪を耳にかけ、水浪は挨拶代わりに随分と失礼なことを言いやがった。


「死んだと思っていたのかよ」


 俺はソファーに倒れ込み、水浪は淡々と言葉を返す。


「話は聞きました。白土優里佳の料理を食べやがったそうですね。私でもあれには手をつけないです」


 ダンゴムシすら食べた経験があり、食い意地張った水浪が言うなら相当だな。実際クソ不味かったよ。


「白土は?」

「木賊未彩とお出かけです。当日に着る衣装を見に行くそうです」

「お前は同伴しなかったのか」

「今日はこれがあるので」


 素っ気なく返事した水浪が手元のダンボールを傾ける。

 中には大量の造花。ああ内職か。


「相変わらず大変だな」

「刄金凌には負けます」

「うるせー」


 俺はソファーの膝かけに頭を乗せ、顔はテーブルの方へ向ける。

 テーブルには本が何冊も置かれてあった。手品、料理、その他にも様々な本がズラリ。


「セクハラです」


 と、向かい側のソファーで水浪がスカートを押さえた。

 漫画なら直線と半円のみで描かれるようなジト目で睨んでくるので、俺は目を閉ざして反論。


「冤罪だ」

「スカートの中を覗こうとしやがりました。訴えます」

「貧乏ハーフの貧乏な下着を見ても興奮しねえよ」

「セクハラです。あと侮辱です」

「今のはそうだな」


 テキトーに返し、手を伸ばして本を取る。

 本の傾向から察するに……ふーん、俺が不在の間にも特技の選定をしてたのか。


「先程まで白土優里佳はそれらを熱心に読んでいました」

「あいつなりにやる気はあるんだな」


 まあ殺る気とも言える。俺のメンタルと胃袋は殺されかけたよ。


「特技披露はどうです? 順調です?」

「聞くな」


 放った三文字に張りはなく、ボテボテの内野ゴロみたくテーブルを転がる。

 そのボールを拾った水浪は俺の心情を悟って「でしょうね」と返球し、せっせと造花の作業に勤しむ。


「白土優里佳はポンコツです。出来ることは人の十分の一です」

「だから言うなって。辛くなる」

「頑張りやがれです。でなければゲイツ籠絡は無理です」

「そもそもゲイツは無理だっつーの」


 ゲイツさんを何だと思ってやがる。あの人は世界を代表するすごい人なんだよ。


「でしたらゲイツ以外でも可です。お金持ちなら誰でもいいです」

「見境なしかよ」

「とにかく、世の富豪を籠絡させるなら高校のミスコンくらい勝って当然です」

「……勝って当然、か」

「何です?」


 作業を中断し、水浪が問いかけてきた。

 俺は手の平ヒラヒラ、なんでもねーよと返す。


 ま、優勝は当然だよな。

 白土が勝つ。誰しもがそう思っている。水浪も、保健室に来た女子生徒も、俺だってそう思う。そう決めてつけている。


 ……でも。


 高嶺の花なら優勝は絶対。言い換えればそれは重責となり、白土に重くのしかかる。

 そして、たとえ、優勝したとしても、当たり前だと言われる。誰からも称賛されず、誰にも褒めてもらえず……。


「あー……俺、余計なこと考えてるな」


 はい頭おかすぃー。俺は馬鹿ー。本をテーブルに戻して「あーあー」と連呼。


「さっきから何です? 死ぬなら黙って死にやがれです」

「辛辣だな。やめてくれ、キツイ。母親のパンチラをパブリックビューイングで見せられるくらいキツイ」

「もう一声」

「父親の全裸をローアングルで見せられるくらいキツイ」

「刄金凌はよく上手い例えを言いたがりますが、大して上手くないです」

「じゃあなんでアンコールしたんだよ」

「てへーです」


 作業を再開する水浪が首をコテン。可愛くねえ。

 俺も視線を対面から外し、再びソファーに寝転がる。


 その時、ドアがノックされた。


「……誰か来たぞ」


 コンコンと小気味良い音。

 俺が扉を指差すも、水浪は顔も上げずに聞き返す。


「何ですか」

「開けてこいよ」

「私は忙しいです。暇そうなあなたが開けやがれです」

「クソが……」


 体に衝撃が伝わらないよう慎重に歩いて扉へ向かう。

 腹部を押さえてヨタヨタ歩く姿は漏らす寸前の人みたいで、執拗にノックされる扉も相まってトイレを彷彿とさせる。ったく、はいはい入っていますよ~。

 誰だろうね。生徒指導室に用がある問題児は……って……っ!?


「あ、刄金君だ~」


 扉を開けると、日暮が立っていた。

 ぽわぽわ、ぽかぽか。(たお)やかに浮かべる笑みは春の陽光そのもの。

 けれどそれは一瞬のみ。

 日暮は室内を覗き込むと、瞬く間に表情を豹変させた。


「ユリはいないんやね。あっそ。じゃあ気ぃ遣わんでいい」


 奥底に潜んでいた悪女が登場し、微笑みは闇マリクよろしく邪悪な強面に変貌。

 言葉遣いも激変、性悪女モードとなった日暮は俺を押し退けて強引に入室もとい侵入してきた。


「あ、おい」

「あ?」


 ガンつけられた。怖い。足がガクブル。

 日暮は鋭い眼光で睨んだ後、首をクイッと動かす。恐らくは「はよドア閉めりぃよ」ってことか。

 お前がやれよ……ってのは心の中で呟き、俺は口を閉ざして扉も閉める。


「特技披露タイムで何するかを考えてんの?」


 その間に日暮はソファーに座り、テーブルに置かれた本を手に取る。

 パラパラとめくり、舌打ちを放つ。


「ちっ、やっぱここでコソコソ準備しとったんか」

「やっぱここで? ……ああ」


 なぜ日暮がここに来たのか、俺は察した。同時に以前、こいつが生徒指導室に来た日のことを思い出す。

 合点がいった。そういうことか。

 日暮がここに来た目的は偵察だ。今も、あの時も。

 宿敵を倒すべく、ミスコンが開催されるか分からない四月の段階で行動を始めていたのね……。


「そうか。あん時、既に刄金は指導係やったんか」


 同タイミングで同じことを考えていたのか、日暮が俺を見る。すごく嫌そうな目つきで。


「そりゃそうやん。少し考えれば分かることやった。ちっ……あん時に気づいとけばアンタに媚び売るの早めに終われたやん。あーウザ」


 ……記憶が蘇る。日暮が「刄金君と一緒に帰りたかったの~」と誘ってくれたあの日の記憶が。

 あの時、俺は咄嗟に嘘をついたが、実はこいつも嘘をついていた。

 恐ろしい奴だ。そしてそうとは知らず、日暮と一緒に帰れる幸せイベント到来うっほぉと浮かれた当時の自分も含めて何もかもが恐ろしい……。


「で? ユリはどこ行ったん?」


 本を床に投げ捨て、両足をテーブルの上に放り投げる。

 やはり本性を曝け出した傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な態度は見るに堪えないな。


「白土は木賊先生と衣装を見に行ったそうだ」


 俺は視線を逸らすついでに本を拾い、答える。

 すると日暮が「はっ」とアッコさん級のアクセントで短く息をついて冷笑した。


「衣装? 文化祭はまだ先なのに随分と張り切っとるやん。さすがミスコン優勝者様やな」


 両腕を背もたれに乗せ、テーブルの上に伸ばした足で本を蹴飛ばす。893かよ……。


「それに何なんこの本は。こんなんせんでもどーせユリの圧勝やろ。どーせあたしなんか相手じゃないんやろ? あーすごいな~」


 捲し立てる口調こそは「はいはいあたしは勝てませんよ」と不貞腐れている。

 が、目は燃え盛っていた。寧ろやる気、いや殺る気満々だ。


「つーかそこまでして勝ちたいん? うわ必死やん。優勝者様のくせに必死やん。キモっ」


 必死なのはお前の方では? わざわざ敵情視察に来たお前こそ、そこまでして勝ちたいのか。

 まあそんなこと言おうものならブチギレ待ったなし。俺は何も言わず、その場で立ち尽くす。大人しくしておこう。


「偵察ならもっと上手くしやがれです」


 口を噤む俺の横を、言葉を紡ぐ誰かが通過していっ……水浪だった。

 水浪はスッと日暮の傍に身を寄せ、顔色を変えず告げた。

 対する日暮は眉間に大シワを寄せ、顔面を歪めて唸った。


「フラヴィア……。何なんその言い方?」

「事実です。去年の秋、白土優里佳の弱みを握ろうとした結果、木賊未彩に捕まって逆に弱みを握られたのを忘れやがりました?」


 日暮と水浪。どちらも白土の秘密を知る者。

 そういや、こいつらが裏表なく話す姿は初めて見る。……なんか既に喧々としてるけど大丈夫?


「しゃーしぃ。ユリの腰巾着のくせに威張んな」

「日暮香織、あなたの任務は普段の学校生活における白土優里佳のサポート、それのみです。ここには来やがらないでください」

「そんなこと言ってええん? あたしがその気になればいつでもユリの秘密を暴露出来るんよ?」

「あなたは出来ないです。補習を怖がるアホですから」

「あら喧嘩を販売しとるん? いいよ買ったるよ?」


 テーブルを蹴りつけて立ち上がった日暮が水浪の胸ぐらを掴、あらやだ険悪なムード!?


「余裕ぶってられるんも今のうちだけや。今度のミスコンであたしがユリをぶっ倒してやるけん」

「楽しみです。懲りず出場してまたトリスコと馬鹿にされたいのですね」

「あぁ?」

「やーいトリスコー」

「あぁ!?」


 胸ぐらを掴み掴まれ、睨み合って言い合って火花を散らし、繰り広げられるは熾烈な口喧嘩。片方が淡々と煽れば相手は咆哮と激昂。

 そんな両者を見て俺は動けずに口をパクパク。立ち位置的には行司だけど「のこったのこった!」なんて言えない。というか「参った参った!」と言って降参したい。

 空気が痛い……な、何だこの空気の悪さは。水浪と日暮って仲悪いの……!?


「こんの貧乏ハーフが」

「はい貧乏です。てへー」

「……無表情で『てへー』とか『やーい』って言うんやめろや。腹立つんやけど」

「猫被るあなたよりマシです。今日もお日様ぽかぽかだよ~、とか言って恥ずかしくないです? ぷぷー」


 水浪の「ぷぷー」に呼応し、ビギギッと音立てて日暮の額に青筋が浮かぶ。


「表出ろや。ボコボコにしてやるけん!」

「ほら日暮香織はアホです。ボコボコにしたいのなら誰も来ないこの生徒指導室がベストなのにわざわざ外に出ようとしやがります。アホです。アホです」

「アホアホしゃーしぃんよ! 黙りぃや!」

「教えてあげます。ここ最近も女子は陰で『トリスコが出場したらウケる~』と馬鹿にしまくりです。日暮香織は哀れですね。やーい。ぷぷー」

「黙れ言うとるやろがあぁ!」


 参った参った! もうやめてぇ!

 無理、見ている俺が死ぬ! 空気が痛すぎる! こちとら腹が痛いのに空気まで痛くなったらあらやだ死んじゃうよ!?


「だ、誰か助け……し、白土……?」


 スマホが震え、画面に『白土優里佳』の文字。電話がかかってきた。

 な……ナイスタイミング……初めてお前に救われたよ。


「あのー、白土から電話きたので静かにしてもらえます?」

「あぁ? ユリ?」


 日暮が力を緩めた。

 その間に脱出した水浪が俺の背後に移動して「やれやれです。トリスコ臭かったです」と尚も煽る。おい水浪やめろ、日暮が血走った目で俺ごと睨んできた。


「あー、もしもし?」


 視線を天井に逃がし、通話を開始。

 するとすぐに聞き慣れた元気いっぱいな声が俺の耳に体当たりしてきた。


『あっ、凌君! 凌君だっ!』

「そりゃ俺のスマホだもの」

『凌君は今どこにいる?』

「生徒指導室だ」

『他に誰かいる?』

「水浪と日暮」

『……楽しそうだね』


 楽しそうだねと言った後、白土は「うー」と妬ましげな声を漏らした。

 声だけで感情変化がよく伝わる。言っておくけど全然楽しくねーよ?


「何か用か」

『えっとね、ミアちゃんがご飯を食べようって』

「飯?」

『あ、代わるね』


 白土の声は引っ込み、三十路の声が聞こえてきた。うわぁ三十路だ。


『今うわぁって言った?』


 心の声を聞かれた。しかも電話越しに。

 え、この人はエスパー使いなの? スキルの所持数多くね?


「なんでもありません。で、飯に行くんすか?」

『ええ。今、フラヴィアさんと日暮さんもいるのね』

「そうっす」

『その二人も連れてきなさい。以上』

「……え? あの、行くとは言っ」


 返事を待たず通話は終了。入れ替わりにメッセージが届く。店の名前と地図が載せられたURLが。

 あの、行くとは言ってないんですけど? ってことも言えなかったんですけど?


「ユリがなんて? はよ言えや刄金」

「刄金凌、私はワクワクです」


 日暮がイライラを露わにする一方、背後で通話を聞いていた水浪は涎をドバドバ垂らす。首筋に生温かい液体の感触が……やめろや。


「今から飯を食べるんだと。お前らも来い」


 俺が告げると、日暮は歯を剥き出して吠えた。


「あたしも? はぁ!? ふざけんな死ね刄金!」


 え、なんで俺が怒られるの?


「なんで放課後もユリと飯を食わんといけんのよ。あたし行かんけん!」

「木賊先生の命令なんだけど」

「……」


 木賊先生の名を出すと一瞬にして黙った日暮。


「お前……やっぱり弱みを」

「あぁなんか言うた!?」


 いえ何も言っていません。


「やはり弱みを握られていやがります。やーいアホー」

「あぁ!?」


 俺の代わりに水浪が全て言ってしまい、日暮はブチギレ。怒号が生徒指導室内に残響してこだまする。まーた残響ぉ。腹に響くから喧嘩するなよ……。

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