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第33話 夜道

 俺までもがすっかり忘れていた。今日やるべきことを。

 そうだよ、特技決めだ。危うく卒アル鑑賞会で終わるところだった。

 せめて少しはやっておこう。俺一人だけでも。


「小学生の凌君……きゃー!」


 ローテーブルの前に移動。きゃーきゃー騒ぐ白土に背を向け、スマホを出す。

 まずは世のミスコン女子がどんな特技をお持ちなのか調査だ。


「こ、これは入学式の凌君!? 六歳児の凌君……! うきゃー! レアだっ。レアすぎる! 可愛すぎる! うぎゃ~っ!」


 背後から津波のように押し寄せる艶やかしくもうきゃーうぎゃーと甲高い声を無視し、俺は検索バーに『ミスコン 特技』と入力。すると様々な特技が表示された。

 クラシックバレエ、フラワーアレンジメント、書道、友人の声マネ等々。どれも個性的だ。

 そしてやはり、どれもこれも白土には無理だ。


「小さい凌君すっごく可愛い。こんなの、天使だよぉ……!」


 分かっている。高尚な特技を習得させるのは不可能だと。

 それでも探すしかない。アホの子にも覚えられる簡単な何かしらを。

 縋る思いで『特技 簡単』と入力。ヒットしたのは、俺と同じ悩みを持つ人の投稿。オーディションで特技をすることになったのですが、簡単に出来てすごい特技はありませんか? と。

 それに対する回答は『特技とは、費やした手間や努力があってこそ素晴らしく感じます。誰でも簡単に出来るなら意味がありません。あなたはまず、楽をして認めてもらおうという甘えた考えを捨てることから始めてください』というマジレスだった。ムカついた。スマホを放り捨てる。


「癒される……癒されりゅ~! あっ、撮っておこっ」


 分かっている。言われなくても分かってるっつーの! それを承知の上で聞いてるんだよ。正論を叩きつけんな。

 この回答者ぜってーモテねえだろ。女子がSNSで体温計の写真と共に『風邪引いた。。ツライ。。』とツイートしたのに対して『水分補給して栄養あるものを食べればいい。そもそも普段から体調管理はしっかりとするべき』とリプるタイプだ。バーカバーカアーホ。


「これも保存。この写真も保存っ。これも、この凌君も……う、うへ、へへっ、うへへへへへへへへへーっ!」


 さっきからうるせーんだよバーカバーカアーホぉ!

 たまらず後ろを向く。白土が俺の小学校のアルバムをスマホで撮影しまくっていた。甘々で緩々な声を漏らし、おまけに鼻血をドバドバ垂らす。汚ねっ。


「これも可愛い! 保存ーっ! パシャパシャー!」

「……はあ」


 視線をローテーブルに落とし、俺は改めて不安になる。

 このアホにも出来る特技、見つかるのかなあ……。


「凌君も見てよっ」


 こっちの心情なんざ知る由もなく、ベッドから飛び降りた白土が俺の背中にタックル。


「痛いです」

「痛い痛いの飛んでいけーっ! はい完治っ」

「馬鹿なの? 痛いのはお前の頭もだよ」


 俺のツッコミはご存じの通り白土には効かない。

 白土は俺の背中をスリスリさすった後、アルバム持った両腕をヌッと前に突き出し、俺の眼前で広げた。自身は後ろから俺の肩に顎を乗せて。


「これが小学校一年生の凌君っ、遠足してるっ」


 写真を指差し、解説しだした。


「これは小学二年生の凌君っ、学芸会で鍵盤ハーモニカを弾いてるっ。これが小学校三年生の凌君っ、クマさんのお面を被って踊ってるっ。これが小学四年生の凌君っ、スキー教室で」

「待て待て。小一から六まで全て解説するつもり?」

「スキーとても楽しそうだねっ。で、これが」


 続けるんだ? 止まらないんだ?


「お前はあれか? 観光地に設置された、ボタンを押すとその地域や建造物の説明を始める音声案内板なの? あれ一度押すと全て喋り終わるまで停止しなくて正直誰も聞いていな」

「小学五年生の凌君っ、課外授業でカヌーに乗ってるねっ。これが小学六年生の凌君っ、水族館でイルカと記念撮影してるっ」

「うんお前も聞いていないのね」


 こいつ、俺が映っている写真もれなく全てを説明しやがった。なぜ俺が俺の思い出を他人に解説されるハメに……。

 はい、ただ今をもって気力はゼロになりました。全回復させたばかりの気力をたった一日で使い果たした。雨神宮だねぇ。


「頼むからちゃんとしてくれよ」

「ちゃんと? 分かったっ。これが小学校一年生の凌君っ、遠足はたぶん山登りで、一年生の凌君は上級生に手を引かれて」

「もっとちゃんと解説しろって意味じゃねえよ。二周目入るな!」


 また小一から語り始めるの!? クラスの女子よ、豆史だけじゃなくこの子の口も糸で縫い合わせてくれ。

 ……つーか耳元で喋るなよ。息が当たってゾクゾクする。

 正面や横から密着されるのは多々あったが、背後からは初めて。困惑してしまう。

 ……しかも。


「それでこの写真は……ん? 凌君?」


 白土は背後にいる。アルバムが俺にも見えるよう両腕を前に出し、体重を俺に預けてくる。

 つまり背中に白土の……むにゅむにゅが……っ。


「……お前はガードが固いのか甘いのか分かんねーな」


 思いきり押しつけられている。むにゅむにゅ、むぎゅむぎゅと。

 意識しないようにしても神経が勝手に背中に集まる。全身の全神経が「俺も俺も!」といった具合に柔らかい感触を味わおうと集結してしまう。


「どうしたの? 何かあった?」


 ああ何かあるよ。背中にお前の何かが当てられているんだよ。

 だが白土は無頓着。さらに密着。その分だけさらに極上の感触が背中に広がる。波紋のように伝わる。

 結構大きい、高校生になって成長した、そう言っていた白土。

 なるほど、確かにこれはすごい。すごすぎる。

 正面から味わったことがあったが、こうして背に押しつけられるのもまた良きかな。興奮度が増……はっ!?


「て、てえぇい」


 咄嗟に出したせいで声が裏返っていた。

 白土にも負けず劣らずの奇声と共に俺は立ち上がり、無意識のうちに鼻の下を伸ばしていた自分の顔にビンタをかます。てえぇい!

 俺としたことがデレデレしていた……ま、負けてたまるか。


「凌君が自傷行為を!? どうしたの? 頭大丈夫?」


 お前にだけは言われたくねーよ。

 喝を入れ直し、背中に残る余韻を消し飛ばし、白土を見下ろす。


「そろそろ帰ってくれ」


 時刻は午後六時半。外は暗くなった。残念ながらタイムアップ。

 どんな特技にするかは決まらないと予想していたけど、せめて方針は決めておきたかったね。残念だ。それにもっといっぱいおっぱ……てええぇぇい!


「またビンタしてる。凌君がおかしい」

「いいから帰り支度をしなさい」


 俺は腫れ上がった頬をさすり、帰るよう促す。

 すると白土は窓を指差し、物憂げな瞳でこちらを見上げる。


「うん。でも凌君、お外が暗いよ」


 見たら分か……って、白土?


「何だその顔は」

「わ、わたしー、怖いなー。暗いお外が怖いよー」


 白土が床にぺタッと座った。窓を差していた指は下唇に添え、メトロノームみたいに上体を揺らす。


「夜道を女の子一人で帰るのは危ないしー、送ってくれる人がいたら助かるなー。誰かいないかなー?」


 なんつー棒読み。露骨すぎる。こっちをチラチラ見てくるし。

 俺は卒アルを再び押入れの奥に押し入れ、ドアノブに手をかける。


「送っていくよ」

「ほ、ホント? わたしの家まで凌君が送ってくれるのっ?」

「ああ」


 俺が頷くと、白土は両手を使ってガッツポーズした。


「さすが凌君っ。よっ、男を見せるねっ」


 うるせー。わざとらしくアピールしてきたくせに。

 それに、お前が言わなくても俺は最初から送るつもりだった。こうなることは覚悟済みだった。

 暗くなるまで俺の部屋で時間を潰す以上、白土を家まで送る必要がある。一人で帰らせたら三十路がうるさいだろうし、普通に不安だ。

 ああそうだな。男として、俺は責任持って送り届ける義務がある。


「行くぞ」

「おーっ」

「まだ元気なのか。すげーな」


 白土を連れ、家を出る。

 すっかり暗くなった外。俺の目論み通り、この時間帯なら同校の生徒と遭遇する可能性は極めて低い。もし誰かと会いそうになっても暗闇が俺らの姿を隠してくれる。

 それでも細心の注意を払い、街灯を避けて進む。マリパでこんなミニゲームあったな。


「お、おっとっとー? 暗くて足元が見えないー。危ないー。ど、どうしよー。転びそうだなー?」


 と、俺の横を歩く白土が返事する気も失せるクソ棒読みで再び訴えかけてきた。

 要求していることが丸分かり。お前、とことん甘えてくるのな。


「ほら、手」

「え、えへへ。……んっ」


 俺が手を差し出すと、白土は握り返す。

 手を繋ぎ、俺らは夜道を歩く。


「結局、何も決まらなかったな」

「初めて凌君と手を繋いで歩く……っ、嬉しい」

「まあ今日聞かされたばかりだもんな。明日から本格的に始めよう」

「凌君の手、大きい……きゅん」

「俺と会話する気ある?」


 薄闇にくっきりと浮かぶ濡羽色(ぬればいろ)の髪がよく見える。いつにも増してとろけた頬の綻びもよく窺える。


「お化け屋敷で倒れたわたしを起こしてくれたり、手を差し伸べてくれたりしたことはあったけど、こうやってちゃんと手を繋ぐのは初めて。……嬉しい」

「お前はいつも嬉しそうだけどな」

「うん。嬉しいよ。今日だけじゃない。いつも嬉しいことばっかり。凌君と一緒だからっ」

「あっそ。良かったね」

「むっ、凌君は嬉しくないの?」

「別に」

「むーっ!」


 噛みしめるような声は噛みつくような獰猛さに変わり、白土が頬を膨らませる。デレたりムッとしたりと相変わらず感情の揺れ動きが激しいっすね。


「で、これがお前の家か」

「っ?」


 歩くこと十数分、白土の家に到着。

 結構近かった。まあ中学が同じってことは同じ地区に住んでいるってことだよな。


「へえ、一軒家なのか。俺ん家よりデカイな」

「な、なんでわたしの家だって分かったの?」

「俺は中の上なんでね」

「?」


 家まで送るとして、お前に道案内を任せるかよ。

 白土は初めて俺の家に来た。となればそこから家に帰るのも初めて。ポンコツのお前が迷子になる可能性は十分に高く、それを俺が危惧しなかったとでも?

 つーわけで白土の家の住所は事前に木賊先生に教えてもらってある。


「じゃあな。また明日」


 おかげで難なく送り届けることに成功。

 俺は踵を返し、同時に白土の手を弾く。


「あっ……ま、待っ……」

「んあ?」

「こ、ここ、恋、恋び……」


 と、白土が待ったとかけた。

 弾かれたばかりの手を伸ばし、再び俺の手を掴もうとした。


「んあ?」

「な、なんでもない。また今度にするぅ……」


 白土は少し間を置き、手を引っ込めた。口をモゴモゴさせていた。

 何すか? 変な奴だな。まあいつもだけど。


「さっさと家に入って明日に備えろよ」

「あうー……バイバイ凌君、送ってくれてありがと」

「おー」


 今日は疲れた。あ、今日も、の間違いか。そしてこれからも続く。うへぇ。

 夜空を見上げ、俺は帰った。

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