第34話 失敗、失敗、大失敗
魔法とアイテムしか使えない狂信者の塔並みに厄介な任務を言い渡された日の翌日。
今日も今日とて授業。机に拘束されて勉強漬け。先生方よ、たまには「よっしゃ今日はエピソードⅣからⅢまで観ようか!」と提案してもいいんだよ?
そんなことを考えつつ授業を受け流し、気づけば放課後。
「居残りは程々にね」
ロープ使い兼幻術使いのサーティーウーマン木賊ミアちゃん先生によるHRが終わり、先生が去ると同時に教室内は騒がしくなる。
いつもなら部活に行く者やゲーセンに行く者、彼氏とでぇと(はぁと)、といった様々な予定を控えた紳士淑女が移動を開始するはずなのが、誰も教室から出ずに何やら作業を始めた。
何やらというのは当然、文化祭の準備である。
「予算は決まった?」
「まだ。でも去年のを参考にすると……」
「少し厳しいね。足りないかも」
「材料費が圧迫してるっぽいな」
机をくっつけ、ノートを広げ、クラスメイト達が議論を重ねては慌ただしく動き回る。
素晴らしき結束だ。タピオカジュース店を成功させるべく、協心戮力して作業を進めていく。
「やっぱりタピオカは冷凍タイプより値が安い常温タイプにした方が」
「常温は調理に時間がかかるから大変だよ?」
「家庭科室の使用時間も限られてくるだろうし」
「うーん、困ったな。黒字にならなくてもいいけど赤字覚悟ってのは……」
大変そうだけど活き活きとした表情。遠巻きに眺める俺には雄大なカルスト台地の情景のように映り、心を動かされる。
みんなの姿が眩しく、ただひたすらに羨ましかった。
今回ばかりは中の上じゃなくていい。中の中でいい。俺も人並みに文化祭の準備をしたかったなあ……。
「VIPルームを設けよう! プラス三千円で女子が水着になるオプションを付けるんだ! そうすればガッポリ大儲……あ、はい、黙ります。なので裁縫道具を持って俺を包囲しないで女子達!」
一番の友、豆史が口を縫われそうになる姿から目を逸らし、俺は教室を出る。騒がしくも楽しげな級友達を尻目に。早々に。白土と共に。
最速最短の道を通り、家に到着。自分の部屋に入る。
「お邪魔しますっ。今日も凌君のお部屋だぁ!」
鞄を降ろし、腰を下ろす。あと強引に溜飲を下げる。
さ、他人を羨ましがったり不満を漏らしても仕方ねーぞ。俺は俺のやるべきことを頑張ろう。
両頬を叩いて気合いを注入。始めようか。
「いいか白土、今日こそは特技を決」
俺は白土に声をか……白土は跳躍していた。
「ダーイブ!」
跳躍し、ベッドにダイビング。
「それ昨日、散々やっただろうが……」
「凌君の匂い! はむはむっ」
枕を啄むな。何が俺の匂いだ。既にお前の匂いで上書きされている。そのせいで昨夜は興奮して眠れなかったんだぞ。いや興奮したのかよ俺ぇ。
「降りなさい。今日はお遊びなしで真面目にやるぞ」
「お遊び? いやいやぁ凌君、わたしを馬鹿にしないで。わたしはお遊びじゃなく本気でゴロゴロしてるよ」
「尚のことタチ悪いんだが?」
「ふふーんっ」
ドヤ顔の白土。鼻息を飛ばし、出した分だけ息を吸い込む。俺の枕に顔をうずめて。
マズイな。このままだと昨日の二の舞となってしまう。
そうはさせません。今日は真面目にやると決めた。
「ほらこっちに来い。刄金の隣、空いてますよ」
「わーいっ」
春日さんの真似して誘うと、すぐに寄ってきた白土は俺が広げた腕の中に収まり座り込み頬をとろけるチーズ。
大人しく座らせることが出来た。昨日より進展したことに涙が出そうになるも、気を入れ直す。
「特技に関して俺なりに準備してきた」
昨夜。今朝。昼休み。時間を見つけてはスマホで調べ、策を練った。
俺はとある品をローテーブルの上に置く。
「これって、けん玉?」
白土は手に取り、首を傾げて見つめる。
俺が用意したのは、けん玉。スタンダードなフォルムをした昔ながらの遊具、けん玉だ。
さて、なぜ俺がけん玉をチョイスしたのか。いくつか理由がある。
大前提として、白土に華やかな特技を習得させるのは不可能。絶対に無理。断言する。ぜーったいに無理。
色々と調べては考え、俺は一つの結論に至った。
ミスコンの特技披露は必ずしも華やかである必要はない、と。
木賊先生は地味なのは駄目だと言ったが、そんなことねーんですよ。
大切なのは見せ場があるかどうか。
で、だ。それを踏まえてもけん玉は地味だろう。
そりゃ極めればすごいことになる。ジャンピング宇宙遊泳や灯台とんぼ返りといった絶技をすれば大盛り上がりだ。
だが難易度の高い技は白土には無理。ぜえぇったい無理ぃ。
だとしてもよ? 一ヶ月も練習すれば玉をけんに刺すくらいの技は習得出来るよな?
それでいい。それで場は十分に沸く。
地味だとしても、絶技じゃなくても、白土がやれば拍手喝采のはずだ。
「けん玉はやったことあるか?」
俺が問いかけると、白土は自信なさげにけん玉のグリップを握った。
「ない。たぶん下手だよ?」
「とりあえず一回やってみろ。大皿に乗せるんだ」
「分かった」
白土が立ち上がり、けん玉の糸と玉を垂らす。俺はそれを座って見つめる。
最悪、失敗してもいい。けん玉ならポンコツ露呈のリスクが低い。
「て、てやっ」
玉を静止させた後、白土は腕を振るう。かけ声可愛いなおい。
と思ったのも束の間。信じられないミスが起きた。
「ふぎゅ!?」
勢いよく上げたせいで玉が白土の額に直撃。痛々しい音が響き、白土が悲鳴を上げる。
玉はぶつかった後も跳ね上がった勢いそのまま、俺の額に落下してきた。
「ぐはぁ!」
い、痛えぇ……!
しかしそれで終わらなかった。
糸に引っ張られ、引き寄せられ、今度はけん玉の本体が俺の額にぶつかっ、また俺!?
「っ、っ、ぐおおぉ……!?」
痛々しい音がぁ……! 同じ箇所に連撃を……い、痛い。なんで俺は二回攻撃受けたの? けん玉じゃなくてはやぶさの剣かな!?
ピンボールみたく弾け飛んだけん玉。床に落ちた。
そして俺と白土も床でのたうち回る。額を押さえて痛みに悶える。
「ふぎゅうぅ……」
「あががぁ……!」
か、完全に想定外。
なんて奴だ。大皿に乗せることすら出来ないどころかミラクルな失敗をしやがった!
「い、痛いよぉ。でもわたし頑張る。もう一回やってみる!」
「もういい。けん玉はやめておこう」
痛い程分かった。つか現に痛い。
一ヶ月でけん玉を習得させるのは無理だ。数年の修行が必要だ。それくらい絶望的な失敗を見せられた。
もしステージで今のような失敗、醜態を晒したら……。
「凌君もおでこが痛いの? 痛い痛いの飛んでけー!」
「はい完治。どーも」
「どういたしましてっ。じゃあ次は凌君がわたしに」
「じゃあ次はこれだ」
まだだ。他にも案は用意してある。
俺はけん玉を部屋の隅に投げ捨て、続いてトランプを取り出す。
「トランプ?」
「手品をやってもらう」
これまた地味。特にステージ上でやるには不向き。
でもいいんだよ。あなたが引いたのはこのカードですね、といったベタなマジックでも白土がやればスタンディングオベーションだ。
「手品? わたし、やったことないよ?」
「とりあえずカードをシャッフルしてみて」
「分かったっ」
そう言って白土は両手でトランプを持つ。
「ひぎゅ!? い、痛い……指が……あううぅ……!」
トランプを素早く切る。そして指も切った。
「……よーしトランプもやめておこう」
手品をやる前にこのポンコツっぷり。これまた失敗。おぉふ……。
「あうぅ、指が切れた」
「唾つけとけ」
「り、凌君の唾がいいなぁ」
「はい絆創膏」
「むーっ……」
「キッチンに行くぞ」
ま、まだだ。まだ終わらんぞ!
頬をぷっくり膨らませる白土を連れて一階のキッチンに移動。
「次は何するの?」
「簡単なやつでいい。何か料理を作れ」
ステージで実際に料理を作り、可能なら観客に食わせる。場は盛り上がりすること間違いなし。
「料理……わたし、作ったことないよ?」
「ないこと尽くしだな。まあいい。オムレツを作って」
女の子といえば料理やお菓子作りが定番であり、男子受けは抜群である。
しかし……ああ、察している。ポンコツの白土が完璧な品を作り上げるなんて無理なのは百も承知だ。
でもオムレツくらいは作ってくれ。それくらいは期待させてくれ。作れさえすれば後はケッチャプで『ユリカです(はぁと)』とか描いて男はウハウハなんですよ。
「簡単なやつ?」
「そうだ」
頼む。ホント簡単な品でいいから。
祈る思いで見つめると、白土は手に持った卵を頭上に掲げた。
「分かった。じゃあ凌君が好きって言ってたオムライスを作るねっ」
「簡単なやつでいいって確認取った直後だよな? 簡単なやつでいいのよ? なんで俺の好みは覚えているのに直前言ったことは忘れているんだよ!」
俺は両手で顔を覆ってしゃがみ込む。もうやだこの子……。
「出来たっ」
「作るの速ぇな!?」
今の一瞬で作ったの? オムライスを!?
俺は慌てて顔を上げる。そこにあったのは……。
「お……おおおぉ!?」
満月のような衣に包まれたオムライス。どこからどう見ても見事なオムライスがあった。
見た目は完璧だ……マジでか。
出た。出た出た、これを待っていた。白土のポンコツ能力『なんでこれは上手く出来るんだよ。それはそれでポンコツだなおい』が発動した!
「ど、どうかな?」
白土が頬を赤らめておずおずと聞いてきた。俺はすぐに白土を褒める。
「よくやった。すげーよ」
「凌君に褒められたっ。えへへ。……な、撫でて」
「よしよ~し」
「ふわああぁぁ」
ガクガク痙攣して白目を剥く。あ、気色悪ぃ。
「まあいい。後は味だな」
片手で白土の頭をナデナデしつつ俺は空いた手でスプーンを持ち、オムライスの中心部に差し込む。
黒い瘴気が出てきた。
……瘴気というものを見たことはない。漫画やアニメでしか見たことがない。
だが分かるぞ。これは瘴気だと。
スプーンを差し込んだ卵の衣の隙間から靄のような黒々として毒々しい粒子が噴き出し、たちまち芳烈な異臭がキッチンを埋め尽くす。
「白土、これは何だ」
「ふあああぁぁ」
「この野郎おおぉぉ……!」
おい待て、中身はどうなっている。この薄い卵の衣をめくった先に何があるんだ……?
少しスプーンを捩じり、隙間を覗き込む。
ごぽっ。ごぽっ。
なんか沸騰してる音がする……ごぽごぽ言うてますよこいつ?
……一口、掬ってみる。
薄い卵の下、そこにあったのは真っ黒の物体。ごぽごぽと音立てて気泡を出す。
いや……ほらさ? ラノベや漫画でよくあるよね? 料理が下手なキャラが消し炭のような物体を作る展開が。すげーありがちでしょ? ドリフ並みに定番だよね。
でもさぁ……まさか実物を見る日が来るとは思いもしなかったよ……。
「……さーて、エピソードⅣからⅢまで観ようかな」
俺の直感が告げた。これは食べてはいけないと。
スプーンから手を離し、直ちに逃げ
「凌君、食べないの?」
られなかった。
白土が俺を見つめてくる。潤んだ瞳で。上目遣いで。
「いや、これは……」
「食べないの……?」
作れと言ったのは俺。作らせておいて食べないのは……ぐっ……ぐぐっ、うぅ、十六歳で死にたくねえんだけど……!
俺は再びスプーンを持つ。
「た、食べるよ。うん。……いただきます」
覚悟を決め、俺はオムライスを口の中に放り込んだ。
「ふわあぁああぁ!?」
俺は白目を剥いた。




