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第27話 新たな激務の予感

 水浪と別れた後、ファミレスを出たその足で学校を訪れた。

 我ながら涙ぐましい。彼氏教師という今考えても馬鹿げた任務を放棄せず、ラストエリクサー級に貴重なGWの一日を返上して働く。

 俺はすごい。よく頑張っている。自分を褒めてあげたいよ。なぜなら誰も褒めてくれないから。悲しすぎない?


「嘆かわすぃー……あ、うわあ」


 静まり返った廊下を歩いていると、生徒指導室の前で木賊先生が待ち構えていた。

 おいでおいでと手招きをし、微笑んだ際に口元に年相応のシワが薄らと浮かぶ。

 こいつぁキツイ。何が悲しくて休日に三十路と会わなくちゃいけないんだ。

 俺の露骨な吐息が届いたらしく、先生はムッとした表情で白衣のポケットからスマホを取り出す。


『木賊未彩:あと五秒で来なければ』


 嫌なショートメッセージが俺のスマホを震わせる。うわあ~。

 途中で切れた文章。でも何を意味するかは分かる。直ちに向かうべきだ。

 しかし俺は敢えてその場で突っ立つ。回避出来るか試してみよう。


「五秒経過」

「あ、やっぱ無理っすね」


 タイムアップからコンマ数秒後にはロープが俺の体を捕縛。しかもキツめに縛られた。

 クラピカの鎖と同スピードなのでは? しかも拘束力は中指に匹敵する。せんせーはどんな制約と誓約をかけているのだろう。


「早く入りなさい」


 俺は引きずられ、生徒指導室の中に放り込まれた。

 ひでーな。人体の扱い方の雑さがGTAの世界。教師が生徒を引きずるなよ。

 でも慣れたし、こんなのは昨日に比べたら屁でもねーです。

 ロープが解かれた。俺は服についた埃を払い、定位置になりつつあるソファーの上で胡坐(あぐら)をかいて上体を揺らす。


「今日は俺もコーヒー飲みたいなー。ミルクシロップマシマシで」

「君はからかい甲斐がないわね」


 すると先生が面白くなさそうに口を尖らせた。


「俺は反応がクールなんすよ。ひんやり系男子なので」

「それ自分で言う?」

「だって誰も言ってくれないから」

「悲しすぎるわね」


 ほっとけ。


「俺を呼び出した訳は?」

「その前に、昨日はありがとう。あの時は周りに他の生徒がいてウインクしか出来なくてごめんね」


 謝るならウインクしたこと自体を謝罪してほしいものだ。


「つーか先生? 日暮が秘密を知る者ってことは事前に伝えてくださいよ」

「あら? 君は知らなかったの?」

「知る知らない関係なく、どちらにしても言うべきです。いいですか、無理難題を押しつけるからにはホウレンソウをキチッとしましょう。他にも……」

「まぁまぁ。コーヒーを飲みなさい」


 俺の話をぶった切り。コーヒーを渡して知らんぷり。

 あなたのことを無能とまでは言わないが、かなり雑っすよ?


「で、何を話しましょうか」

「まずは定期報告してもらおうかしら」

「定期報告?」

「君が彼氏教師になって三週間が経った。そろそろ成果が出る頃合いかなと。優里佳はどう? ポンコツは治った?」


 先生は居住(いず)まいを正すと、期待した眼差しで尋ねてきた。

 ポンコツは治ったかだと? この時点で一笑モノだ。

 俺は鼻で笑い、その鼻息でコーヒーの湯気を飛ばす。


「先生は中世に生まれるべきでしたね。城の建築を命令した三日後に完成したかと催促するようなものです。暴君の才がありますよ」

「あらありがとう」


 褒めたつもりは微塵たりともございません。

 ともあれ俺は報告とやらを始める。

 最近教えた勉強の内容、どこに遊びに行ったか、水浪とどのように連携しているかエトセトラ。千日回峰行せんにちかいほうぎょうとタメ張る過酷な日々を話す。

 ざっと語り終え、コーヒーを啜る。アロエドリンクの甘さに甘やかされた舌にブラックの苦味が染みた。


「そう。順調みたいね」

「皮肉っすか?」

「本心よ。教師ではなく叔母として、優里佳が楽しく過ごせるのが一番なの」

「ほう? 先生の姪っ子ではない俺はどうなってもいいと?」

「あら? 私は君のことも好きよ」

「上の上に言われてもなあ」


 ブラックコーヒーの味も相まって俺は顔をしかめて言い返す。

 すると先生がご満悦そうに笑った。


「君の評価で私は上の上なのね。嬉しいわ」


 気品ある麗しい微笑み。お淑やかモードの白土の姿が重なる。あいつと同じ血が流れているだけのことはあると思う。

 だが同時に思った。この人はなーに言ってんだ、と。


「勘違いしていますね。上の上と言ったのは容姿についてではありませんよ。俺は年上に興味がありません。なので俺と比べて年齢が上の上である三十路に好きと言われても困」

「なんつったお前?」


 血走る炯眼(けいがん)。浮かび上がる血管。

 直後、30fpsでは捉えきれない速度で飛んできたロープが俺の首を絞めて呼吸が完全にストップ。

 あ、ヤバイ、命もストップするやつだこれ。


「ぜ、ぜんぜー、ごれはマジでじぬやづでず」

「あら? 私は何もしていないわよ」


 へ……?

 よく見てみると、首は縛られていなかった。

 そもそもロープがない。先生が手に持っているのはコーヒーカップのみ。

 あれ? じゃあ今のは? まさか、俺は先生の眼光によって絞められた苦しみを味わったと?


「……すみませんでした」


 怖っ……この人はロープ術の他に幻術にも長けているのかよ。

 慌てて謝罪するも、先生は無言でコーヒーを飲む。顔面に蜘蛛の巣のような青筋を立てて。


「女性を年齢でイジるのは万死に値する。次やったら……」


 先生が口と瞳孔(どうこう)を開いた。

 途中で区切り、でもその先に続く言葉は分かる。

 俺はお辞儀のように深々と頷いて謝り倒す。


「受験生に激落ち君を買いに行かせるようなデリカシーのなさ、誠に申し訳ありませんでした。二度と年齢には触れません」

「それが賢明よ。そうね、私のことは敬愛を込めてミアちゃんと呼びなさい」

「ミア? 何すかそれ」

「木賊未彩。私の名前よ」

「へー」


 そういえばスマホの画面に名前が表示されていたな。ファミレスで水浪も言っていた。


「知っているかしら? 聖母マリアは名を短縮してミアと呼ばれていたの。聖母マリアと同じ呼び名、よって私も聖母。すごいでしょ」


 何度も言ってしつこいけどさ、なんで俺の周りってロクな奴がいねーの?

 心底どうでもいい。三十路の戯言(ざれごと)だ。婚期を逃しかけている聖母とかウケるんですけど~。

 ……とは言えません。直後だもの。幻術・首縛りの術を食らった直後だもの。


「へー」


 テキトーに返し、コーヒーを飲んでお茶を濁す。


「試しに呼んでみて」

「呼びませんよ」

「どうして?」

「教師をちゃん付けで呼ぶ生徒がいるとでも?」

「こんにちはミアちゃん!」


 いたわここに。現れたわここに。

 扉が開かれ、白土が飛び込んできた。


「あっ、凌君! ダーイブっ」


 白土はすぐに俺に気づき、躊躇なくピッタリ&ベッタリとくっつく。家具や壁に顔を擦りつける猫みたく頬ずりしてニッコリニコニコ。

 こいつのこの顔を何度見たことか。ここ最近のチーズタッカルビぐらい目にしてきたよ。


「よう。お前も呼ばれたのか」

「凌君ーっ♪」

「聞いてる?」

「仲良いわね」

「どこがだよ」


 俺は白土を引き剥がし、けれど白土は負けじと寄りかかる。それ見る先生が「さて」と言う。


「さて、優里佳も来たことだし話すわ。呼び出したのは差し迫った問題があるからなの」

「差し迫った? 俺もまさに今こいつに迫られています」

「来月に文化祭があるのは知っているわよね」

「そりゃ当然」


 模擬店やステージ演奏を筆頭に、その他にもイベント盛り沢山のビッグイベント。年に一度のお祭り、その名は文化祭。

 ウチの高校では一ヶ月後、つまり六月に行われる。

 普通は秋なのにね。秋だと三年生の受験に影響するんだと。進学校ってクソだよねー。


「凌君凌君、昨日はありがとっ。遊園地すっごく楽しかった! お礼に折り紙をプレゼントっ」

「文化祭がどうしました」

「今年も文化祭でミスコンが開催されることになったのよ」


 ミスコンと聞いて想起(そうき)するは、やはり去年のミスコン。


「前回は白土が圧勝しましたね」

「故に今回も優里佳が勝つ必要がある。絶対にね」

「絶対に? 何か理由が……」

「見てみてっ、メガカメックス作ってきたよっ」

「あ、先生すいません、一旦メガカメックス見ます」


 無視して話を続けようとしたが、メガカメックスを出されたら中断せざるを得ない。

 なぜメガカメックスだ。カメックスでいいだろ。メガカメックスはランチャーが増えてフォルムが複雑になった分、作るのが難、ってやっぱクオリティ高いなおい! なんで折り紙は上手いんだよ。メガカメックスだよこれ、どう見てもメガカメックスがここにいるよ!


「ミアちゃんも見てみてっ、メガカメックスっ」

「そうね、対面構築向けのアタッカーとして活躍出来るわね。理由は当然、優里佳が高嶺の花だからよ」


 白土を相手し、続けざまに俺とも話す先生。この辺はさすがと言えよう。水浪と同様、慣れている。

 俺はメガカメックスを手のひらに乗せて聞き返す。


「高嶺の花ならば優勝以外はありえないと?」


 今年もミスコンが開催され、今年も白土を出場させる。

 口ぶりからして、白土が去年ミスコンに出たのは先生の指示なのだと察した。

 恐らくはPRの為。そして今回も白土の存在を存分にアピールしていきたい。


「優里佳は優勝しなければならない。常勝しなければならないの」


 立海大附属みたいなこと言いますね。

 白土が「どう? メガカメックスどう?」と尋ねるので俺は「おうカッコイイぞ」と受け答え、先生を見る。


「差し迫った問題と言いましたが、そんなに心配っすか? 余裕でしょ」

「君は楽天家ね。もう少し真剣に考えたらどう?」


 あなたこそ、その真摯さをホウレンソウにも向けてください。


「と言われましても……楽観でなく、本気で大丈夫だと思います。こいつなら棒立ちで優勝しますよ。なあ白土? 何もしなくても勝つよな?」

「うんっ。強者やライオンは鍛えないの。己の才のみで勝つよっ」

「ほら本人も花山薫みたいなこと言って自信満々ですよ」

「お自信お満々っ」

「おいやめろ馬鹿」


 無意識に下品なことを口走る白土を咎め、俺はふと思い出す。


「そういや日暮がリベンジすると意気込んでいました」

「あの子が? 惨敗したくせによくやるわね。また恥をかきたいのかしら」

「先生も辛辣っすね」

「事実よ。確かに君が言った通り、誰が相手でも優里佳の圧勝。私もそう思っているわ。今年のミスコンが例年通り、ならね……」


 苦々しげな顔。言葉の意味深さと淀み方に俺は不穏を感じ取った。


「去年とは違う要素があると?」

「まだ確定ではないわ。詳細は今度、フラヴィアさんも含めて話すわ」


 とりあえず今年もミスコンが開催されることを頭に入れておいて、そう付け加えて先生はカップを持って席を立つ。

 どうやら話は終わりらしい。続けるなら俺にもおかわりを注いでくれるはず。

 そうしないのは帰っていいってことだ。


「では後日。GW中は呼び出さないでくださいね」


 端的に言えば、GW明けにはミスコン対策を始めるからお前も協力しろ、である。

 ロープと同様、避けられない運命だ。ならば今のうちに英気を養うべき。


「えーっ!」


 さっさと帰りたい。なのに白土が不平を鳴らし、俺の足にしがみついて妨害してきた。

 スーパーでお菓子を買ってもらおうとする子供か。お前は高校生だろうが。つーか高校生が「えー」とか言うな。情けねえなあ。


「俺はもう帰りたいの。先生も何か言ってやってください」

「そうね、優里佳も帰りなさい。ということで一緒に帰ってもらえるかしら?」

「えー!!!」

「えー、じゃないわ。彼氏教師でしょ」


 淹れたばかりのカップを置く。その後、両手を背中に置く。俺と白土の背中に。

 先生はいとも容易く俺らを部屋の外に押し出した。


「……ん? わざわざ俺をここに呼び出したのは、今日も白土の相手をさせる為……?」

「後はよろしくね」


 振り向くよりも先に扉が閉めされた。

 GW。生徒がいない校内。静まり返った廊下には俺と白土。


「わ~! 一緒に帰ろっ。寄り道したいっ」

「わ~これマジ雨神宮~」


 俺ってヤバイよな。大変だよな。自分を慰めてあげたい。

 なぜなら誰も慰めてくれないから。悲しすぎない?

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