第26話 ファミレスで事実確認
とあるファミレス。
隣のテーブルでは男子数人がスマホを持ち、銃が乱射される音が響く。通路では子供達がジュースを並々に注いだグラスを持ち、危なっかしく走り回る。
GWとあって店内は大賑わい。人が多くて雨神宮~。
雨神宮とは、俺が考えた造語だ。アメイジングって意味。驚いた際に「それマジ雨神宮~」という感じに使用する。流行るといいな。
そんなことを考えつつ、辺りのを観察をやめて正面を向く。
向かいの席にはシルバーブロンドの髪をした少女が座っている。
少女はじっと見つめる。俺の顔ではなく、テーブルの上でじゅうじゅうと音立てる鉄板を凝視していた。
「日暮香織は昨年の秋に白土優里佳がポンコツだと知りやがり、その秘密を暴露して失墜させる、といった画策をする間もなく木賊未彩に脅され、学内での監視役を命じられて現在に至ります」
淡々と淀みなく話し、その間ずっと涎を垂らす。
さっさと説明を終えて料理にありつきたい。喋りの速さと涎の多さがそれを物語る。
「食べていいぞ」
俺が促すと、待てを解除された犬みたいにステーキに飛びかかり、ナイフを使わずフォークのみで食らいつく。
シルバーブロンドの少女、水浪は恍惚の表情で歓呼の声を上げた。
「ん~! 最高~っ!」
「付き合ってくれてありがとうな」
「気にしやがらないで結構です。私達は仲間です。惜しみなく協力します」
「俺がファミレスで奢ると言うまで動こうとしなかった奴が何言ってやがる」
「美味しい~っ!」
遠足の翌日、俺は水浪を呼び出した。
こいつに確認したいことがある。……日暮香織について。
水を注いだコップを口に運び、俺は改めて問いかける。
「日暮は俺らと同様、白土の秘密を知る生徒ってことで間違いないんだな?」
「そうです。以前、私は言いましたよね。秘密を知る者は他にもいやがります、と」
「まさか日暮だとは思わなかったよ。それに……まさか日暮があんな性格だとはね……」
経緯はともかく、日暮も白土の秘密を知っており、俺と同じく三十路ロープ使いによって手綱で繋がられている。それはまだ良い。
最たる問題は、日暮の本性だ。
気さくで愛嬌あってチャームポイントたっぷりな女の子、というのは全部あいつの演技。
実は性格が悪い。口もめちゃくちゃ悪く、オラオラ系の性悪女。
……事実確認を終え、俺は残りの水をがぶ飲みして椅子に沈み込む。
「受け入れしたけど、本当に本当なんだな……日暮は……うう……」
「幻滅しやがりましたか? ああいう女性は世の中にごまんといやがりますよ」
あっけからんと言う水浪。ステーキを頬張り、頬を緩ませる。
夢心地で肉を味わいやがって。こちとら失恋より虚しい気分を味わったんだぞ。
「お前も先生も知っていたんだな。日暮のことを」
「イエスです」
「なら俺にも伝えておけよ馬鹿」
「忘れていました。てへー」
出ました無表情での首コテン。全然可愛くない。
と言いたいところだが、肉を食した余韻のおかげで少し可愛かった。だからといって許すつもりはありませんが。
「ざけんな。昨日、俺が日暮に対してどれだけ気を遣ったと思っている」
「無駄な苦労でしたね」
「あら喧嘩を販売しておりますの?」
「もし真実を告げたとして、あなたは信じます? 日暮香織がクソ女だと信じましたか?」
「……」
飲み干したコップを呷り、視線を天井へ逃がす。
「黙るってことは肯定です」
そんな俺を水浪が撃ち落とした。観覧車での仕返しのつもりかよ……。
「まあ信じなかっただろうけど、せめて日暮が秘密を知る者ってことは報告してくれよ」
「それに関してはすみませんでした。ではついでに、補足します」
ステーキを完食し、ニュートラルの無表情に戻った水浪が「ではついでに」に言った際にメニュー表を手に取り、ハンバーグの写真をペシペシと叩き始めた。
食欲旺盛だな。
俺は呼びボタンを押し、店員に注文を告げる。
「チーズインハンバーグをください」
「では話します」
がめつい奴め。昨日、肉てんこ盛りプレートを食べたのにまだ肉を食うのか。普段はどんな生活をしているのだろうね。
注文を取った店員さんが鉄板を下げようとするのを「まだソースを楽しむので下げやがらないでください」と耳覆いたくなるみっともない抗議で制する水浪を見て、俺は椅子に座り直す。
「補足とは?」
「日暮香織は秘密を知る者であり、秘密を守る者。ただそれだけです。指導係ではないです。なぜなら日暮香織はあなた以上にアホです」
「頭の悪さは本人に聞いたし、この目で確認したよ」
「あともう一つ。日暮香織は白土優里佳の正体を知っていやがりますが、白土優里佳は日暮香織の正体を知りません」
水浪はそう言い、鉄板に残ったソースを舐める。
ん? 日暮は白土の正体を知っているが、白土は日暮の正体を知らない?
それは一体どういう意味……あ、はいはい、なるほど。
「さらに事情が飲み込めてきたよ」
「刄金凌は聡明です。説明の手間が省けます」
そりゃどーも。
微妙に複雑な相互関係を把握した。
白土は気づいていない。日暮が自分の秘密を知っていること、そして日暮の本性を。
故に日暮に対してお淑やかモードで接した。バレないように「そうですね」で返事していたんだ。
そして日暮もまた、自分の本性がバレないように「そうですね」を受け入れた。腸が煮えくり返りながらも……。
なんだか日暮が可哀想に思えてきた。一番可哀想なのは俺だけどな。
「日暮が一方的に白土の秘密を知っていて、一方的に敵対心を持っている」
「その通りです。ところで、喉が渇きました」
「水はタダだぞ」
「刄金凌はアホです。水は学校でいくらでも飲めますし補充出来ます」
丁度、店員がハンバーグを持ってきた。
俺は二度目の追加注文を告げる。
「すいません、彼女にドリンクバーをつけてください」
「刄金凌は良い人です」
「お決まりのネタをやってる場合か。日暮は次のミスコンで王座陥落を狙っているぞ」
「それは初耳です」
水浪がほんの少しだけ目を見開く。
けれど本当に機微たる変化で、次の瞬間にはとろける笑みでとろけるチーズインハンバーグを食べた。
「ハンバーグも良い~っ!」
「いいのか? さっきお前が説明した通り、日暮は先生に脅されているから白土の秘密をバラしはしない。が、なら正々堂々とリベンジしてやろうと虎視眈々だぞ」
「トリスコの恨みですね」
「水浪もそのあだ名を知っているのか?」
「女子の間では有名です。みんな陰でコソコソ言ってやがりますよ。女という生き物は自分より華やかで人気のある女を多人数でコケに出来る条件が整えば容赦なく牙を剥くのです」
「嫌な世界情勢を聞かされた」
「話を戻します。日暮香織は今年度のミスコンで白土優里佳を負かし、トリスコの雪辱を果たそうとしてやがるのですね」
「そういうことだ」
「まぁあの程度なら警戒するまでもないです」
水浪はむしゃむしゃと食べ、その余韻を使って一笑した。
ホント幸せそうに食べますね。シェフに見せてあげたい。
……ちなみに俺は水のみだ。一応言ってみるか。
「なあ、一口くれ」
「嫌です」
「俺は水だけだぞ?」
「刄金凌は甘いです。同級生が美味しそうにご飯を食べやがる中、水しか飲めない状況を幾度も経験したことがある私にその手の同情は効かないです」
悲しい奴だな。まあ一番悲しいのは俺だけどぉ!
「とにかく、日暮の狙いは伝えたからな」
「了解です。どうせ無駄な努力です。また去年と同じ恥をかくだけでしょう」
「お前も口が悪いよな」
「日暮香織程ではないです」
「あれと比べるな」
好きだった女の子をあれ呼ばわりする自分が少し寂しかった。
俺、もう過去のことだと割り切っているんだなあ……。
「それにしても、刄金凌はやはり感情が欠落してやがりますね。日暮香織の正体を知れば普通の男子ならもっと動揺します」
何を言う。俺だって驚愕はした。雨神宮だったよ。
「ビックリしたよ。だが親父から何が起きても取り乱すなと教わっているんでね」
男ならドンと構えろ。親父の教えだ。
そう言った親父は正月の集まりでお年玉を用意し忘れてパニクったことがある。挙句、俺が貰ったばかりのお年玉をそのまま従兄弟に渡すから寄越せと詰め寄ってきた。まだ六歳だった俺に「クソだな」と言わせた親父はすごい。何の話だこれ?
そりゃ日暮がクソ女だと知った時は相当ショックだった。今もキツイ。過去のことだと割り切っても辛いものは辛い。
昨日は苦しみのあまり眠れなかったよ。某サクセスゲームなら『不眠症になってしまった』と表示されてトゥルル~(↓)ってSEが流れてる。あ、でも恋の病は治ったか。トゥルル~(↑)
「遅かれ早かれ知る真実です。今のうちに気づけて良かったですね。今後は日暮香織とも協力しやがれです」
「あいつは俺らのことを敵だと思っているぞ?」
「だとしても、学内では白土優里佳の監視をしなければならないです。脅されていますからね。馬鹿は哀れです」
「俺にも刺さるからやめろよ」
「ドリンクバーを取りに行ってきます」
フォークを置く水浪。真一文字の唇が微かに浮き立った。
「ああそう」
「私、初めてのドリンクバーです。メロンソーダとコーヒーを混ぜればいいのでしょうか?」
「その遊びは小学生向けだ。自分が飲みたいやつを一種のみ注げ」
「分かりました。肉汁ってありますか?」
「どんだけ肉が好きなんだよ」
どこの世界に肉汁のドリンクバーがあるんだよ。ボタン押したら肉汁が出てくるとか嫌だろ。
「よく分からないので刄金凌もついて来やがれです」
「嫌だ。俺はもう行く」
「帰りやがるのですか?」
「次は木賊先生のところに行くんだよ」
正確には呼び出しを受けた。
俺はテーブル端の伝票を取り、財布を取り出す。
水しか飲んでねーのに二人分の料金を払うことになろうとはな。
「大変ですね。ご苦労様です」
「全ては白土のポンコツを治す為だ」
「そうですね。ゲイツの為です」
「お前はブレないね」
「頑張ってください。私はハンバーグとジュースを楽しみます」
「ごゆっくりどうぞ」
俺は伝票に記載された金額を釣りなくピッタリとテーブルに置き、席を立つ。
背後から「お釣りが出ないです。お札のみで払いやがれです。刄金凌はケチです」と淡々とした文句が聞こえたが、賑やかな店内だから聞こえないフリしてファミレスを出た。




