第25話 性悪女の轟々シャウト
人生何が起きるか分からない。
全くもってその通りだ。そして人生はクソゲーだ。
人生は、現実は……残酷だ。
扉を開けるまで、俺は好きな子を驚かせようと画策していた。二人でカラオケを楽しもうとワクワクしていた。
「ちっ! ストレス発散させてたんが台無し。あーウザ。しかも刄金かよ」
それが今、どうだ。目の前にいるのは誰だ。
ゆるふわの髪をガジガジと掻き、火花が散ったと思うくらい舌打ちを響かせる、この人は一体誰だ?
「本当に日暮なのか……?」
「見て分からんの? 盲目なん? てゆーか頭イカれてんの? 前からアホや思っとったけど酷すぎやろ」
「……」
俺が好きな女の子の名前は日暮香織。
可憐な容姿と仕草。伸び伸びとした声音は気怠けで、おっとりとした瞳は眠たげで、けれど芯はしっかりとしており、クラスの姉御的存在。たまに見せる毒舌はちょっとした刺激、それも愛くるしくて人懐っこい。
バランス良くて心地良く、とても良い子。
扉を開けるまで、そう思っていた。
それが日暮香織で、俺が好きな人だった。
「関係者なら媚び売ったん無駄やん。マジ最悪」
悪い意味で細くなる目つき。歪みに歪む不機嫌な顔つき。
お日様いっぱいの少女はどこにもいない。見る影もなく、見るも無残な姿に変わり果てている。
おまけに口が悪い。言葉遣いが乱暴だし汚いし、ホント、もう……。
気分が最悪なのは俺だよ。酷すぎるのはお前だろ。
嘘だと言ってくれ。夢なら覚めてくれ。双子の妹でした的なオチであってくれ。
願いつつも……認めるしかない。受け入れるしかない。
これが現実。これが本性だと。
ミスコン準優勝、日暮香織。学年二位の美少女は実はドがつく程の性悪女。
俺が好きな女子は、とんでもなく性格が悪かった。
「キャラ変わりすぎだ……」
「いつまで突っ立ってるん? 目障りやけん座りぃよ」
「……へーい」
落胆と幻滅が混ざって青息吐息。俺は弱々しく座る。
向かい側には日暮。テーブルの上に足を乗せる。
足を組んでセクシーだ~、スカートの中が見えそうだ~、といった色情は微塵も湧かず、ドキドキもソワソワもしなかった。こいつ態度悪ぅ……。
「言っとくけど、あたしの秘密バラしたら許さんけん。殴殺してやる」
女子高生が放つべき言葉と声の低さじゃねえ。殴り殺すのかよ。
はあ~……。
こんなことがあるんだ。こんな形で終わるんだな。
さようなら、俺の恋。
「……整理させてくれ。聞くことが山程ある」
俺の想いはゴミ箱にぶち込むとして、色々と確認していこう。
「あっそ。さっさとしぃや」
こっちは必死に意識を保っているのに、その元凶は歯牙にもかけない。
ぞんざいな返し、日暮は足でコップを引き寄せる。
何この人? 口も性格も目つきも態度も行儀も何もかもが悪い。足を開くな足を。
「それがお前の本性なんだな?」
「そうって言いよるやん。しつこい。キモッ」
うわあキツすぎる。可愛い姿を知っている分、今のキャラが酷すぎる。
ギャップ萌えの逆って何だろう? ギャップおえぇかな? うん吐きそうです。おええぇ……!
……すうぅ、はあぁ……。
普通なら好きな子が豹変したら唖然として言葉を失う。嘔吐もする。
だが俺は普通ではない。中の上だ。
刄金凌よ、こういう場面でこそ冷静になれ。
「あー、狙いは? 愛想良くするのは理由があるんだろ?」
「当たり前やん。ああしとけば男子はあたしに票を入れるやろ」
「票?」
「ミスコン」
対話を面倒くさがっているのが返答の短さからよく伝わる。
「良ければ説明してくれるか」
恐る恐る問いかけると日暮は口をひん曲げて露骨に嫌がったが、左右の足を組み変えて話し始めた。
「見ての通り。これが本当のあたし。普段はキャラ作っとる。ミスコンで勝つ為に」
「勝つ為って、お前は準優勝……」
「あぁ? 黙れや!」
はい黙ります。なので足でテーブルを叩くのはおやめください。恐ろしいです。
震え上がる俺を気にも留めず、日暮は踏ん反り返った。
「あたしって可愛いやろ?」
「……そうですね」
「次それ言ったら絞殺するけん」
「……」
「キャラは策略。優しく気さくに笑って接して、いかにも男が喜びそうなぽわぽわ系を演じた。そしたら案の定、男共は鼻の下伸ばしよるんよ。はっ、マジ滑稽や」
性格が悪すぎる。ついでに笑みも邪悪だ。
女子が「はっ」って笑うなよ。女性で「はっ」と言っていいのはアッコさんだけだ。
「猫被って男子を籠絡していると?」
「そやけど? 悪い? あぁ、刄金もあたしにデレデレしとったね」
唐突に名指しされて少し言葉が詰まるも、臆せず聞き返す。
「いや……俺は違うだろ? デレデレとか関係なく、俺とお前は結構仲が良かった」
すると日暮は毛先に指を絡ませ、待ってましたと言わんばかりに鼻で笑った。
「ほらね、あたしの目論みは成功しとる。他の連中もアンタみたいに『いや俺は他と違って特に親密だし』と思っとるよ」
これはかなり効いた。突き刺さった。
言うならば、キャバクラ通いのおっさんが「あの子は俺に対しては本気で優しいんだよ」と浮かれて金を貢ぐのと同じなのだろう。
……あ、そういうこと?
思い出す。日暮とジェットコースターに乗ったことを。
頬を赤らめてあんな風に言ったのはこいつの作戦。俺に好意があったわけではなかった。
なのに俺はニヤニヤブヒブヒした。悪女の手のひらで転がされているとも知らず。
……死にてえ。今日一で死にたくなった。本日のラインナップを抑えて堂々の死にたい出来事一位なんだが!?
「ごめんな~、さぞやショックやろな~?」
黙る俺に追撃が襲いかかる。
語尾の緩ませ方はおっとりではなくねっとりと。日暮が悪意満々に頬をニヤつかせた。
ゆ、許せねえ。この野郎、よくも弄びやがっ……。
ぐっ……冷静になれ。
殴りたくなった。が、こんな奴でも女だ。女の子を殴ることと排水口に油を流すのは絶対にしてはいけない。すうぅ、はあぁ。
心の中で深呼吸。淡泊に答えてみせる。
「確かにショックだ。友達がこんなクソ女だとはな」
「は? あたしのこと好きやったんやろが」
「いーやこれっぽっちも?」
嘘です好きでした惚れていました。数分前まで「そっか。うん、間違いないよな……俺は……」と乙女チックに浸っていました。恥っず!
なんとか平常心を装い、成功し、日暮の顔が白ける。
「つまらん反応。まぁアンタからは票が取れんしどうでもいい。あっちの味方やろ」
「あっちの味方? 白土のことか?」
「その名前をあたしの前で言うな」
憤怒の炎が再燃。右拳を掲げて殴殺の構え、左手を広げて絞殺の構え。
俺は両手を挙げて降伏した後、遠慮がちに質問を続ける。
「確認だが、お前はあいつの秘密を……」
「知っとるよ。あの子がポンコツってことを」
忌々しげに顔をしかめてコップを手に取り、口に含んだばかりの氷を噛み砕く。女子が氷を食らう姿はエグイのぉ。
俺は視線を下げ、下げた手を組んで納得した。
白土の秘密を知っている。既にバレている。
だから先の遠足、先生は日暮をメンバーに加えた。このことは水浪も把握済みなのだろう。
……だったら俺に伝えとけよ。日暮を警戒したのが無意味じゃねえか。
「アンタも知っとるとはね。そんな気がしたけん探りを入れとったけど……ちっ、指導係増やしたんなら言っとけや」
俺もそー思う。
「まとめると、お前はミスコン優勝の為にキャラを演じている。……で、白土のことが嫌いなんだな?」
視線を上げ、見つめる。
すると悪女は氷と唸り声を飲み込み、口を閉ざした。
「……」
ストレスを発散しにカラオケ。白土のポンコツに辟易。
俺との共通点が多く、けれど俺との違いは、日暮は白土のことをすこぶる嫌っている。
なぜならこいつからは白土に対する強い憎しみを感じた。
「どうして嫌いなんだ。教室ではよくお喋りしてるし、今日の遠足だって仲良さそうだったぞ」
「は……はは、あっははは」
え、やだ、怖い。
急に天井を見上げて笑いだした。
「あたしは可愛い。男受けが良いキャラで人気を獲得。去年のミスコンはあたしが優勝するはずやった」
なぜ笑いだしたのか。
俺には分かる。さっき俺も豆史相手にこんな感じだったから。
これは……ブチギレの前兆だ。
「でもあの子が現れた……白土優里佳が」
あ、ヤバイな。
脳裏に一つのセリフが思い浮かぶ。漫画でよくあるセリフであり、現実では一度も聞いたことがないセリフが。
まさか実際に使う機会が訪れようとは。
俺はそっと呟く。
来るぞ、と。
「何なん……何なんあの子!? 可愛すぎるやろ! あ゛ぁ゛ぁ゛!」
ほーら来た。劈く怒号がマイクなしで空間を埋め尽くす。
カンフーなハッスルで声を武器にするおばちゃんがいたなぁ、なんて思いながら俺は床に伏せて耳を塞ぐ。
「あんなんどうやって勝てって言うん? 勝てるわけないやろが! ボロ負けするに決まっとるやろうがぁあ!?」
まさに音の爆弾。ガノトトスがいたら飛び出す威力。
揺れるテーブル。落ちるコップ。割れたコップは俺の心情を表しているかのようだー。
「はあ、はあっ!」
「落ち着けよ」
「アンタ、あたしのあだ名知っとる? あたしが陰で他の女子から何て呼ばれとるか知っとる?」
「あだ名?」
「……トリスコよ」
獰猛な鼻息、肩で息をつき、最後にため息ついた日暮が渋面でそう言った。
「トリプルスコアの大差で負けたあたしはトリスコって呼ばれとる。女子が『今日もトリスコが調子こいてたー』とか『トリスコのくせによく笑っていられるねー』と言ってヒソヒソとクスクス……あ? あぁ!? トリスコトリスコしゃーしぃんよ! あたしだって好きでトリプルスコアで負けたんじゃないんよ! あの子が強すぎるんじゃあぁ!!」
轟々シャウトの第2ウェーブ。
「お、落ち着けって。声帯が壊れるぞ」
というか精神崩壊してるしキャラも壊れてるけど。
「クソが……! あの子は可愛すぎる。強すぎる。……なのに……はぁ? 実はポンコツってどういうこと?」
殺気立ち、遂には立ち上がり、とうとうマイクを持った日暮が息を吸い込み始める。
「あの子の監視をせんといけんことを知らん! 毎日アホな会話に付き合う苦しみを誰も知らんのよ!」
俺は床を這いずり、急いでマイクの音量を下げに向かう。
その間も不満と憤懣の噴火が続く。
「しかもあの子は返事のレパートリーが『そうですね』しかない。そうですねそうですね、何を言ってもそうですねで返されて……あたしはタモさんか!? 気が狂いそうになるんよ! ふざけんな! あんなポンコツ女に負けたトリスコの気持ちなんて誰も知らんやろうよぉ!」
発狂の刄金君より発狂してるね。気持ちは分かるけど。
「はぁ、はぁ……!」
「一ついい?」
「何よ!」
「思ったんだが、白土の秘密を暴露したら? あいつの人気を落とせるし、お前は一位になれるだろ」
そんなに嫌いなら言えばいい。万事解決だ。
俺の提案は至極まともだと思う。
しかし日暮は固まり、冷や汗を滲ませる。
「……」
「日暮?」
「だ、だって……」
「だって?」
「秘密をバラしたら赤点の補習を与えるって木賊先生が……」
……いやお前も三十路に弱み握られているんかーい!
「お前も頭悪いの!?」
「は? あたしアホやないし。ウチの高校は偏差値高いやろ。そん中であたしは下位。よってあたしは上の下。そんなことも分からんの?」
なるほど、聞く側になるとこんなにもイライラする言い分なのね。
「補習くらい甘んじて受けろよ」
「そんなん嫌やし! それに、黙って従えば今後の赤点も目を瞑ってくれる条って件やもん。あたしは死んでも補習受けたくない!」
「どうして俺の周りってアホしかいねーんだマジで?」
「ふんっ! てゆーか秘密はバラさん。あたしは真っ向勝負で倒したいんよ」
体の硬直を解き、代わりに意志を固くして日暮がテーブルの上に乗った。パンツが見えてるよ?
「今に見とけ」
うんパンツ見てる。
「今年のミスコンでユリを高嶺の花から叩き落としたる。トリスコの汚名を返上したる! ぐふふ……!」
俺を指差し、汚い低音で声を荒げて笑う。
意気込みは伝わった。白土の秘密をバラさないことも分かった。
それらを踏まえ、俺は頭を捻らせる。
「あー、トリプルの次はクアドラプルだっけ?」
「……はぁ?」
「じゃあ次のあだ名は『ドラスコ』で決定か」
「はぁ!? 今度は四倍の差で負けるってこと!? 焼殺したろか!」
「一番苦しい殺し方だな」
「なんで四倍なんよ!」
「仕方ねーだろ。今年度は白土の支持者が増えているんだ」
「どういうこと?」
「白土の写真が学校の広告に使用されたことは知っているか? そのおかげで受験者数が何十倍にも増えたらしいぞ」
「何それ復活したエルレのライブ?」
俺もそー思った。
「つまり、だ。今年の一年男子は白土が目的で入学したと言っても過言ではない」
「……」
「お前に票が集まると思うか?」
「……」
「何か言えよ」
「……しんちゃんの声優って変わったんよね」
「話の逸らし方下手すぎだろ。それ流行っているの?」
先程の勢いと剣幕はどこへやら。
のそのそとテーブルから降りてソファーに崩れる。なんと見事な意気消沈っぷりだろう。
「そ、それが何? あたしは絶対勝つんやから!」
しばらくその状態だったが、今度はソファーの上に立ち上がった。動作と感情が忙しないなあ。
「正々堂々と勝つ! たとえ人気や容姿では負けても、キャラクターと内面の良さで勝負よ!」
「内面クソだろお前」
「あぁ? なんつった!?」
「そうですね」
「それ言うな言うたやろうがぁあぁ!」
……そろそろいいかな。
俺は席を立ち、扉へ向かう。
「まあ頑張って」
「しゃーしぃ! アンタは敵よ! 二度とあたしに話しかけんな!」
「言われるまでもなく話しかけねえよ」
部屋を出て、扉を閉める。
直後、室内からドブみてーな声が響く。
俺は壁にもたれかかる。……喪失感と共に。
「人生ってクソだなと思いまーす……」
気力を尽くして奮闘し、ニューあだ名で貶されたり男子に嫌われて、三十路のウインクでトドメの一撃。今日は散々だった。予感していた以上にロクなことがなかった。
だというのに、さらに痛めつけられた。
唯一の癒しであった日暮の正体を知ってしまった。好きな女の子はとんでもない性悪女だった。
人生はクソゲーで残酷だとしてもさ、こんなにキツイの?
「明日から何を糧に生きていけばいいのだろう」
嘆息を漏らし、明日のことを考える。
……明日からも彼氏教師として働くしかないんだよな。
「帰ろ……」
空っぽの心と重たい足を引きずり、俺は一曲も歌わずにカラオケ店を出た。




