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第22話 気になるあの子と二人で

 腕がもげた医者、血に染まった殺人鬼、徘徊するミイラ男。

 順序通り進めば、高クオリティに仕上がった彼らが脅かしてくるのであろう屋敷内を、俺は突っ走る。

 飛竜の卵運搬クエストの如く白土を抱きかかえて。


「むっふぅ。凌君とぎゅっと。ぎゅっぎゅーっ」


 泣きまくっていた白土は今、特上級の笑みでニヤつく。幸せの絶頂と言わんばかりに。両手足で俺に抱きついて。

 声も表情もとろけきっており、そして俺らは惚気きっているのだろう。


「ぐおお! って、へ?」

「ひゃっひゃっひゃ……え、可愛い……」

「あんなに可愛い子が……!?」


 ゾクゾクと戦慄させる役のお化け達が続々と戦慄していく。

 目を丸くし、素に戻り、悲鳴を上げる。


「幸せそうに笑って……」

「ぎゅっと抱きついて……」

「あ、死にたい」

「死にたい?」

「死にたい」

「せーの」

「「「あぁ死にたい!」」」


 いやパニックだよこれ。ちゃんとしたパニックが起きているって。

 本来なら彼らはプロだ。おちょくるガキ共、いちゃつくバカップル、それらイラつく&ムカつく客が相手でも職務を全うしてきたはず。

 だが今回ばかりは相手が強すぎる。

 高嶺の花と名高き絶世の美少女。彼氏らしき男に抱きつき甘える。この破壊力は凄まじい。


「「「あぁすごく死にたい!」」」


 医者は崩れ落ち、殺人鬼が血涙(けつるい)し、ゾンビ男は悶絶。声を揃えてスクリームのアンサンブル。

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)だ。悲憤慷慨(ひふんこうがい)だ。通常営業時よりカオスで怖いんだが!?


「誠に申し訳ございません。誠に申し訳ございません。誠に、誠にぃ……」


 彼らの立場だったら俺も同様に動揺して慟哭(どうこく)する。

 気持ちが分かるが故に成る丈謝り続けて迅速に駆け抜け、出口に到着。

 地鳴りみたく「死にたい」コールが反響する背後を振り向き、マジすんませんしたと最後に一礼、俺は白土を地面に降ろす。


「うへへ……へ? もう終わり?」

「もう? やっとの間違いだろ」

「えーっ……」


 我に返った白土。袖をクイクイ。

 物欲しげな目をしており、ああこいつもう一回お化け屋敷に入ろうとかほざくつもりだなと察した。


「駄目だ。次行くぞ」

「袖クイクイー!」

「袖クイやめなさい」

「凌君知らないの? これやると男子は言うこと聞いてくれるんだって。わたし雑誌で読んだよっ」

「出版社どこ? その記事書いた奴の袖を引き裂いてノースリーブにしてやるよ」


 袖クイすれば男が服従するとでも? 確かに豆史ならバニシュデス並みにイチコロだろうよ。

 だが俺には効きません。こうかはいまひとつのようだ。

 あとお前は力を込めすぎ。クイじゃなくグイだ。俺の袖を引き裂くつもり?


「むむぅ」

「外に出るぞ」


 袖グイする白土の手を引き剥がし、黒いカーテンをめくる。

 射し込む光が眩しく、思わず目を細めて且つたまらずため息を吐く。


 あー……すごい出来事だったな。


 超絶可愛い子が彼氏にくっつき、それを見せつけられた男達が発狂する。

 こんなことが現実で起こり得る? ありえねーよ。いや今しがた起きたんだけどさ。


「まだ凌君にくっつきたかった……でも少し満足。ぬへへっ」


 白土ってすごいんだな。

 出来たての焼き芋を割ったかのようにホクホクした笑顔を見て、俺は改めてそう思った。

 同時に不安も感じる。

 いつかポンコツが治り、人前でも満開の笑顔を咲かせる高嶺の花になった時、今のようなパンデミックが頻繁(ひんぱん)に発生するのかな……嫌だなそんな世界。


「お、出てくるの早い。あたし達が出てすぐじゃん~」


 数多の男が吐血する酸鼻(さんび)な未来を憂慮(ゆうりょ)しつつ、日暮水浪ペアと合流。


「……あ……フラーちゃんフラーちゃん」


 と、白土がモジモジしながら水浪に耳打ち。

 水浪は「分かりました」と頷き、こちらを向いた。


「レコーディングです」

「ああそう」


 まあそうだよな。観覧車とお化け屋敷、どちらでも恐怖で尿意を(もよお)していたからな。


「では行ってきます」


 白土を連れ、水浪は去っていく。

 迷子にならないよう気をつけてなー。フラグじゃないからなー?


「ユリとフラヴィアはトイレ?」

「そうだな」


 二人の姿が人混みに消えていくのを眺め、俺は「日暮はいいのか?」と付け加えて日暮が「大丈夫~」と答える。

 さて、しばらく待つか。日暮と二人で。



 ……ん?

 日暮と二人きり……?

 ……んん!?



「遊園地のトイレは混むから時間かかるかもね~」


 おいおい? なんか日暮と二人きりになれたぞ!?


「そ、そそそうだな」


 途端に緊張が走り、全身が湯立つ。ついさっきは自然に言えた「そうだな」が噛み噛みになった。


「刄金君? またおかしくなった~?」

「平気だじぇ!」


 あ、今のは完全に噛んだ。マジかよ俺。だじぇって。某麻雀部のタコス少女か。


「あはは。変なの~」

「……ホントな。たはは」


 心の中で深呼吸をすーはー。現状を見直し、喝を入れる。

 白土と水浪が戻ってくるまで日暮と待機。ただそれだけのこと。

 ソワソワする程のことか? 日暮と二人で遊べるとでも?


「暇だね~」

「しりとりでもするか?」

「あらら~。もうちょっと心くすぐる暇つぶし案は出せないのかね~」

「悪かったな」


 どれだけ緊張し、いくら期待しようとも、それ相応のイベントは発生しない。

 大人しくしておくのが吉。なんてことは既知。


「ね~暇だよ~」

「リンゴ」

「結局しりとり〜? ん~じゃあ、ゴリアテ」

「天空の城」

「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ」

「なんか縛りルール追加されてね?」

「だとしたら刄金君が最初に言ったリンゴはアウトだね~」

「残念だったな。パズーの鞄の中にリンゴが入っている。よってセーフだ」


 つーわけで。日暮と肩を並べてラピュタしりとり。

 これでいい。高望みはしない。

 だってそうだろ? 日暮と遊べるわけが……。


「刄金君」


 突如、日暮が俺の肩を揺すってきた。


「っ、どうした?」


 揺らされたのは肩のみ。

 なのに俺は心も揺すぶられたように感じた。


「待ってるだけじゃ暇でしょ? だからさ」


 途中で言葉を区切り、俺の前に回り込んで屈み込む日暮。

 お化け屋敷へ行く前に見せた困惑とは真逆の色。明るく屈託なく、舌を出して悪戯っぽく笑う。

 そして思いがけない提案をしてきた。


「あたしと二人でどれか乗り行こうよ」

「……今、なんて……?」

「ね、良い案でしょ?」


 日暮に手を引かれ、彼女の笑顔に惹かれる。


「ほら急げ急げ~!」

「お、おーっ。……マジ?」


 え、これって、もしかして……。

 イベントが発生した……!?











 願ってもない展開。手を叩いて大喜び。

 二人になれた。日暮と。

 ……日暮と二人きりぃ!


「ユリ達とはこれに乗った後で合流すればいいよ。せっかくの遊園地だし、時間は有効的に使お~」

「そうだな!」


 いや分かっているよ? 任務が最優先なのは。

 でも俺の中のよしおが「そんなの関係ねー!」と言って背中を押してくれた。

 そうだそうだ。任務がどうしたそんなの関係ねー。日暮と遊ぶーっ。


「やっぱ遊園地といえばジェットコースターだよね~」

「それ分かる」

「刄金君は絶叫系オッケ~な人?」

「おう。日暮も平気そうだな」

「もっちろん~」


 俺らは園内一の絶叫マシーンの列に並ぶ。


「小学校の頃とかさ、同じ班に苦手な人がいて絶叫系に乗れないってことがあったよな」

「あるあるだね~。マジ白けるって感じ~」

「キツイ言い方だな。俺はそこまで言うつもりはなかったのに」

「あ~! 刄金君ズルイ。あたしだけ悪い奴みたいじゃん。この、この~っ」

「おいやめろって~」


 日暮が肩をポカポカと叩き、俺も笑顔が絶えない。

 ニヤニヤしてしまう。むふふっ。


「刄金君? 震えてるよ~。あっ、ホントは怖いんだ?」


 喜びのあまり震えていると、日暮が煽るように笑い、俺の袖をクイッと引っ張った。

 ゾクゾク、ソワソワ。二つが融合した幸福感に包まれてアイアムベリーハッピー。

 袖クイだ。こうかはばつぐんだあぁ!


「日暮こそ怖くなったらいつでも俺の腕にしがみついていいぞ」

「何それキモ~イ。必要ないで~す」


 ここぞとばかりにキザなセリフを吐いてみせると、俺の意図を察した日暮もわざとらしく怪訝そうに毒を吐き返す。

 会話が笑顔と共に弾んでいく。心地良い。

 待ち時間だけでこの充実感ってすごいと思いません?

 これまでが大変だった分、今の時間がより最高に感じる。浮き立ってしまう。

 それは、俺が日暮をどう思っているかは抜きにしても同じことが言える。

 感情を勘定に入れる以前に、まず俺と日暮はそれなりに仲が良い。だから会話が弾むし、だから楽しいと思える。


 だからきっと、日暮も楽しんでいると思う。

 きっと、うん、そうだといいな。

 俺と二人きりの状況を、日暮も満喫しているといいな。


「お、次で乗れそうだ」

「やった~」

「おーっ」

「それでね~……二人になれたことだし、刄金君に聞きたいことがあるんだ」


 列が進み、日暮がこちらを見てきた。

 瞳は妙にキラッとしており、嬉々としており、何を言われるのか分からないなりにも俺は高揚した声で返事をする。


「何かなっ」

「刄金君は……ユリとフラヴィア、どっちを狙っているのかな?」

「……はい?」


 予想外の質問だった。

 返答に(きゅう)していると、日暮が「ん~?」と目を光らせて追撃してきた。


「隠しても無駄だぞ~。あたしには分かるのだ~」

「いや、狙っていないけど」

「え~? だって立て続けに観覧車でユリとフラヴィアと乗ったじゃん。ね~ね~、観覧車の中で何した? お化け屋敷でユリと何かあった~?」


 興味津々。面白おかしく冷やかそうとしてくる。

 なるほど。日暮は俺が白土や水浪のことを好きだと思っているらしい。

 いや、あの……俺が好きなのは……。


「何もしてないよ。普通に乗っただけ」


 俺の気持ち。白土の秘密。当然、どれも言えない。誤魔化そう。

 別に? といったナチュラルな感じで俺は答えてみせた。


「怪しいぞ~? ほれほれ、あたしには話してよ」

「本当に何もないって」

「ホント? ……じゃあさ……刄金君はユリのことを……」

「白土を?」

「……ん、やっぱりやめとく」


 やめとく、そう言って日暮はからかうのもやめて目を逸らした。

 なんとか誤魔化せた。危ねえ。

 ……けれど、気になる。

 一瞬、表情に影が差した。お日様スマイルでお馴染みの日暮が神妙な顔つきになった。


「日暮こそどうしたんだ」

「あたし? あたしは何もおかしくないよ~」

「そうか? でも今、様子が」

「……だって刄金君、ユリやフラヴィアとは二人で乗っているのに、あたしと乗ってくれないもん」


 …………へ?


 ジェットコースターが戻ってきた。

 眼前に目的の乗り物があるのに、俺の視線は横向いたまま。


 ポツリと呟いた声。微かに紅潮した頬。不満げなのが伺える唇の膨れ。

 それらが意味するのは……。


「……それって……っ」

「あたしも刄金君と二人で乗りたいな~……なんてっ」


 ……可愛い。めっちゃ可愛い。

 可愛いよ? 今の可愛いよ!? かわうぃうぃ。かーわっうぃうぃ!

 しかも今のセリフは……日暮も俺のことを……!


「お、おぉう」

「おおっと? 顔が赤いぞ刄金君~」

「ひ、日暮だって」

「そ、そんなことないし~! ……乗ろっか?」

「お……おう!」


 ジェットコースターに乗り込む俺と日暮。

 安全バーを下げ、俺は自分の頬が白土にも負けないくらいとろけているのを自覚した。


 ああ、なんと素敵で甘美なひと時だろう!

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