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第18話 遠足

 『高校生にもなって迷子』は『小学生が学校で大をする』に等しき(あざけ)られる対象になる。

 迷子の刄金君。クラスメイトに馬鹿にされ、ちょっと好きな女子には呆れられてしまい、俺の高校生活は折り返し地点を前に軽く終わったなと覚悟した。


 が、思いのほかそうでもなかった。

 ヒアリに然り、食品への異物混入に然り、世間で一時は騒ぎになるも、人々は割とすぐに忘れる。そんなものだ。

 それは学校という狭き世界でも同様であり、俺が迷子になった件は一日足らずでトレンドから消え去った。翌日には日暮から気さくに「おはよう~」と挨拶してもらえて、体育では北津田君と「スルーパス! そこでスルーパス!」と指示し合ってサッカー部にボールを奪われる。他の人もクスクス笑わなくなった。


 代わり映えのない平穏が戻ってきたのは喜ばしい。それは何よりなのだが、放課後にポンコツ美少女の相手をしなくちゃいけないのもまた変わりない。勉強を教え、お喋りして、時には公園で泥団子を作る。そんな日々が続く。

 気づけば四月は終わり、ゴールデンウィークに突入していた。


「遠足か……ロクなことにはならないだろうな」


 五月の初日。春季キャンプで調整を終えた太陽が早くも本調子に近い輝きを放つ中、俺は大きな遊園地を見上げて小さなため息をつく。

 今日は遠足だ。ウチの高校では一、二年生は遊園地に行く。三年生はなんたら天満宮とかで合格祈願した後に勉強合宿だってさ。進学校ってクソだなと思いまーす。


「おはよう凌。今日は遠足だね!」


 来年の遠足はサボろうと決め、集合場所であるメインゲート前に到着。

 すると豆史が駆け寄ってきた。俺の前で止まり、一点の曇りもない澄み切ったアホ面を浮かべる。


「よう。テンション高いな」

「遊園地だよ? そりゃ興奮するさ。こんなに興奮したのは代打ウィーランド以来さ!」

「割と最近だな」

「でさ、今年も一緒に回ろう」

「別に構わないが、女子と回りたくないのか? 一応は声をかけてみろよ」

「ははっ、凌は甘いね。全滅したから今凌に話しかけているのさ!」

「恐れ入ったよ」


 顔を引き締めて誘えば何人かはオッケーを出すはずなのに。せっかく顔面ガチャでSRを引いたのが台無しだ。

 しかしこの残念イケメン男は女子に声かけて全敗したことを微塵も気にしていない。笑顔で「絶叫マシーンを全制覇しよう!」と熱く喋る。そのメンタルは見習いたい。


「ねぇいいでしょ?」

「まあそうだな」


 さっきも言った通り、俺は構わない。去年もこいつと行動したし、今回もそうするか。

 野郎二人、中の上なりに遊園地をエンジョイしよう。


 まっ、たぶん無理だけど。


「君はこっちに来なさい」


 遊園地に似つかわしくない白衣姿。生徒に向けるべきではない大人の意地悪い微笑。俺らの間に割って入るようにして木賊先生が現れた。

 ニッタリと笑う先生は返事を待たずして俺の首根っこを掴、あーはいはい、せーのっ、ですよね~。


「わりーな豆史、お別れだ」

「え? なんで凌は木賊先生に捕まっているの?」

「せめてお前だけでもハブアナイス遠足」

「あとなんで凌は無抵抗なの!?」


 それはね、抵抗したらロープで捕縛されてしまうからだよ。だったら首根っこ掴まれて連行された方がマシなの。

 訳が分からず驚く豆史に別れを告げ、俺はズルズルと引きずられていく。


「どうせこうなると腹をくくってましたよ」

「君は達観しているわね。いや、諦めが早いのかしら」

「何すか? 男が簡単に諦めるなと言いたいんすか? 俺の親父と同じこと言いますね」

「あら良い父親ね」


 男が簡単に諦めるな、必死に抗え、親父にそう教えてもらった。ちなみにそんな親父はドルマゲスが倒せなくてすぐにゲーム機を投げ捨てたことがある。悲しいなぁ。

 つーわけで俺も早々に諦める。どうぞ遠慮なく引きずってどーぞ。


「あ、これ結構楽っす。その調子で頑張ってください」

「着いたわよ」


 先生が手を離し、俺は地面に落ちる。完全に脱力していたので受け身は取れません。痛いなあ。

 背中をさすりつつ起き上がる。目の前には女子が二人いた。


「あっ! 凌く……刄金君」

「やっと来やがりましたか」


 一人は白土。一瞬だけ気が緩んだものの、お淑やかモードになる。

 もう一人は水浪。一瞬たりとも表情は崩れずポーカーフェイス。

 俺は二人に手で挨拶を返し、先生の方を向く。


「こいつらと一緒に回れってことですね。では説明してください」

「君は冷静沈着ね。いや、ただ無頓着なだけかしら」

「なんか俺ディスられてる?」

「刄金凌は感情が欠落してやがります」

「追いディスりはやめろ水浪」


 感情についてお前に言われたくねーよ、と付け加えて無表情ハーフから目を逸らし、再び先生を促す。どうぞ説明を始めてどーぞ。

 先生は「そうね」と言って白衣のポケットに手を突っ込む。入場を待つ同校の生徒達がキャッキャと盛り上がる光景を遠目に眺めた後、おもむろに口を開いた。


「去年の遠足、優里佳は休んだ。正確に言うと私が休ませたわ。遊園地に興奮してポンコツが露呈する恐れがあったの」


 ポケットから取り出した缶コーヒーを飲み、一息つくと同時に肩を竦める。気苦労がひしひしと伝わってきた。そんでもって&全くもって先生の言う通りだなと思う。

 白土が遊園地で我を忘れてしまうかもしれない。遊園地には生徒が大勢いる。これら二つの要素を足し算すれば、イコールで結びつくのは……ああ、最悪の結末が容易に想像出来る。非常に危険だ。


「は、刄金君、袖に埃がついてるよ。わたしが取ってあげる」

「それで俺は具体的に何をすればいいのでしょうか」


 俺の腕をはたきながら自身の腕を絡めようとしてくる白土を制し、先生に問いかける。

 先生は目を鋭くさせて口も尖らせた。


「あらかじめ言っておくわ。今回は大変よ」

「今までもかなり大変だったんですけど?」

「今までのは大したことなかったと思えるかもね」

「戸愚呂弟がB級だったみたいな絶望を与えないでください」

「優里佳は去年不参加だった分、今日の遠足を楽しみにしている。故にどれだけ暴走するか予想がつかないわ。よって君とフラヴィアさんには、人前では優里佳の興奮を抑え、隙を見て優里佳を満喫させてあげてほしいの」

「……」

「優里佳は去年不参加だった分、今日の遠足を」

「いや聞こえなかったわけじゃないです」


 俺も肩を竦め、ついでに頭を垂らす。

 聞こえていますよ。白土がポンコツモードにならないよう注意し、でも白土がポンコツモードになって楽しめる時間を作り、その姿を何百人といる一般生徒に目撃されないようにしろ。そういうことでしょ。

 考えただけで分かる面倒くさいやつやん。想像しただけで嫌になる任務やん。あかーん。


「刄金君、胸元に埃がついてる。取ってあげるね」


 胸元にくっつこうとする白土を寸前で押さえ、盛大にため息をつく。

 ロクなことにはならないだろう。嫌な予感はしていたが、まさかここまでの無理難題を押しつけられるとはね。

 来年と言わず今日サボれば良かったと後悔する。つーか嫌な予感がした時点で帰るべきだった。判断が甘かった。その辺がホント俺って中の上~。


 ……ま、やるしかないよな。

 ウダウダ言っても仕方ない。さっきも言った通り、早々に諦めているよ。


「刄金君、顔に埃がついてる。取るね」

「俺どんだけ埃まみれなの?」


 顔をベタベタ触ってくる白土を水浪の方へ押しやる。

 さっきからお前は何をしているんだよ。後でいくらでも相手してやる。今は俺が「やれやれ、今日も大変な一日になりそうだやれやれ」と心の中でやれやれするシーンだろうが。


「フラーちゃんフラーちゃんっ、ゴミを取るという巧みな口実で凌君にいっぱい触れたっ」

「そうですね。ウェットティッシュをご用意しましょうか?」


 小声で「きゃーきゃーっ」と歓喜する白土。手を洗うことを勧める水浪。こいつらを見てると俺だけ焦っているのが馬鹿らしくなるよ。

 やるしかない。いや、やってやる。無理難題上等だ。


「分かりましたよ。善処します」


 俺は先生に頷いてみせる。

 先生も頷き、ホッとしたように笑みを浮かべた。


「君を指導係に選んで正解だったわ」

「最初は『人選を間違えたかしら』とか言ってたくせに」

「昔のことは忘れたわ」


 俺は一生忘れねえんで大丈夫っす。


「ま、それなりに頑張ります」

「ありがとう。よろしくね」


 先生がもう一度微笑む。

 ふと、俺ら三人をじっと見る。何か思いついたのか、人差し指を立てて「ところで」という言葉にアクセントを置いて話す。


「ところで、遊園地は二人乗りのアトラクションが多いでしょ? 三人で行動するのは些か不便だと思うわ」

「そうすか? 白土と水浪を並ばせて俺はその後ろに乗ればいい。そして俺は隙を見て逃げる」

「君、さっき頑張りますと言ったばかりよ?」

「それなりに、とも言いましたよね。俺はこういう奴です。えっへん!」

「ならそれを防ぐ為にもやはりもう一人追加すべきね。四人で行動してもらうわ」

「つっても他に誰が」

「そうね……あの子にしようかしら」


 辺りを見渡す先生。すぐにお目当ての人を発見したらしく、ここから少し離れた位置にいる女子グループの方へ視線を向けた。

 残りの指も広げて手を振り、先生は声を張る。


「こっちに来てちょうだい、日暮香織さん」


 一体誰を呼……って、日暮ぃ!?

 先生の声に反応し、一人の女子が肩をピクッと揺らし、こちらを振り向く。

 日暮だ。日暮が走ってくる。え、え?

 のんびり屋さんの彼女にしては珍しい機敏な動き。その際にふわふわの毛先がふわっふわと舞う。

 日暮だ。日暮が俺らの前に来た。え、え、えぇ!?


「……呼びましたか~?」

「ええ。この三人と一緒に回ってほしいの」


 間延びした声で返事をした後、日暮は温和で眠たげな瞳を微かに大きくさせて俺らを見つめる。


「ユリとフラヴィア、それと刄金君……?」

「強制はしないけど、どうかしら?」

「分かりました~」


 彼女らしい鷹揚(おうよう)な挨拶と睦ましげな笑み。

 俺は呆気に取られる。

 何だ? 何が起きた? 三十路教師は何をしているんだ。日暮が俺らのグループに加わった……だと……!?


「ちょ、せんせー? 馬鹿なんすか?」

「後は任せたわ。絶対に優里佳のポンコツは隠し通してねっ」


 先生は去っていった。教師ってクソだなと思いまーす!


「ユリは去年いなかったよね」

「そうですね」

「じゃあ今日は楽しも〜。刄金君もよろしくね〜」


 ……これって色々とマズイのでは?

 何も知らなさそうな日暮の笑顔を前にし、俺はどうやってこの場から逃げるか本気で考えることにした。

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