第14話 彼氏教師として
トイレ休憩を設けた俺は白土と別れ、それを監視していた水浪もトイレに入った。
女子トイレは当たり前だが全て個室であり、数分とはいえ、水浪が白土を視認不可能な時間が発生する。
白土が一足先にレーディングを終えたのだろう。なら通路で俺が出てくるのを待っているはずだ。
だが、いなかった。姿が見当たらない。
緊急事態だ。白土とはぐれた。
高校生にもなって迷子になるなよ……という愚痴は一旦置いといて、まずは連絡だ。
俺はスマホを取り出す。
取り出して、しまったと気づく。
「あ、まだ連絡先を交換していなかった。水浪、代わりに頼めるか?」
「私が携帯電話を持っているとでも?」
「なんでちょっと偉そうなの?」
俺は白土の連絡先を知らず、貧乏ハーフに至っては携帯電話を所有すらしていない。
……マジでヤバイ。マジでどうする?
白土が迷子。だとしたらまだマシだ。それよりも最悪のケースが思い浮かぶ。
危惧すべきは一人でどこかへ行ったではなく、誰かによってどこかへ連れていかれた、だ。
見た目は完璧。ナンパされた可能性は高い。最悪の場合、誘拐の恐れもある。
ナンパ……誘拐……。
「まだ近くにいるかもしれない」
俺は通路を出て辺りを見渡す。四方八方に目を走らせ、足を走らせて、隈なく探す。まだ近くにいると願って。
探した。走った。
だが、いなかった。姿が見当たらない。
白土……どこに行ったんだ……っ。
「落ち着きやがれです」
肩を叩かれる。
後ろに立っていたのは水浪。こんな状況でも無感情で無表情のまま。
「……お前はもっと焦ろよ。ナンパもしくは誘拐されたかもしれないんだぞ」
滅多なことでは驚かない俺でさえ狼狽してる最中だってのに、どうして平静でいられるんだ。
「安心しやがれです。白土優里佳はナンパも誘拐もされていないです」
依然としてクールな口調。抑揚のない声。濁りなき瞳には確信にも似た強みを感じた。
「……? なぜ断言出来る」
問いかけると、水浪は真一文字の唇をほとんど動かさずに淡々と答える。
「白土優里佳がただの美少女なら、男は我先にとナンパしやがるでしょう。けれど白土優里佳はただの美少女ではないです。ズバ抜けた美少女、高嶺の花です」
「まあ、そうだな」
「女慣れしたチャラ男でも声をかけていいか戸惑います。仮に男が話しかけたとして、ナンパにしろ誘拐にしろ、人が多いデパート内で常に人目を引く白土優里佳を強引に連れ去ることは出来るはずがないです」
……脳が水浪の言葉を理解していく。
お、おお? 言われてみれば、その通りかも?
もし白土が連れ去られようとしたら騒ぎになる。他の人が目撃しているはずだ。
だが辺りの人は先程までと同様に映画の感想を言い合っている。この場で何かが起きた直後とは思えない。
つまり白土がナンパされていないことを裏付けていた。
……俺は息を呑んで水浪を見つめる。
「お前、賢いな」
「刄金凌はアホです。私は以前言いました。私は頭悪くないです」
「さいですか。で? 白土は一人でどこかに行ったと?」
「白土優里佳ならありえます」
だよな。白土なら余裕でありえる。
「一人で移動した。デパートのどこかにいる。探せばそのうち見つかる。ってことだよな?」
「ですね」
「なら時間の問題だな。ああ良かった」
「……あ」
ナンパや誘拐ではない。シンプルに迷子。地道に探せばいずれ会える。
不安と焦慮が消えていく。良かった、ほんとぅーに良かったあ。
……って、水浪? 今「あ」って言った?
「どうした?」
「大変です。刄金凌の言う通り、時間の問題です」
「何が?」
「時間をかければ見つかります。ですが、私達が見つけるより先に白土優里佳のポンコツが露呈する危険が……」
……あ゛。
「迷子の白土優里佳はいずれ心細さで大泣きします。そうなったら」
そうだった。白土はすぐに泣く。
はぐれて十数分は経った。安堵してる場合か。事態は最悪を免れただけで好転はしていない。急がなくては。
「手分けして探すぞ」
「駄目です。闇雲に探すのは時間がかかります」
「つっても他に探す方法があるか?」
「迷子センターで呼び出してもらうのはどうでしょう」
迷子の呼び出し……いや、それこそ駄目だ。
俺は首を振って水浪の案を却下し、理由を述べる。
「今現在、デパート内に同じ学校の奴がいる可能性がある以上、放送で白土の名前を出すのは避けたい。高嶺の花とあろう者が迷子の呼び出しをされてはいけないだろ」
「ではどうします。他に打つ手がありやがります?」
「地道に探すしか……」
「私に妙案があります」
「マジで?」
「では行ってきます」
そう言うと、水浪はスーッと人混みに入って姿を消した。
俺はそれを見届け、胸を撫で下ろす。
妙案、か。良い案が思いついたのだろう。
信じてみよう。今日の水浪は頼りになる。戻ってきたらポップコーンとフランクフルトも買ってあげよ。
よし、俺も出来る範囲で探そう。小走りで移動しつつ辺りを丁寧に見ていく。
『ご来店中のお客様に迷子のお知らせをします』
と、館内放送が流れた。迷子のお知らせだ。
小さなお子さんなのかな。子供は親に会いたくて泣きじゃくっているだろうね。
……白土が泣く前に見つかるといいんだけど。
いや大丈夫。俺が見つけられなくても水浪がどうにかしてくれる。
俺はあいつを信じる。今頃は素晴らしい妙案を実行中のはずだ。
『刄金凌君、お連れの水浪様がお待ちです』
……。
……ん?
足が止まる。心臓も止まりかけた。
今、俺の名前が……?
『一階の迷子センターまでお越しくださいませ』
いやあ、まさかね。
聞き間違いだ、あはは。そんなわけ……。
『繰り返します。刄金凌君、お連れの水浪様がお待ちです。一階の迷子センターまでお越しくださいませ』
館内に轟く俺のフルネーム。まさかの呼び出しだ。
間違いなく俺の名前。俺の名前が呼ばれた。
間違いなく俺は今、迷子のお呼び出しを受けた。
……。
「すううぅ、はああぁ」
顔が赤いのが分かる。耳まで真っ赤なのが嫌でも伝わる。
俺は息を吸い、吐く。足に全パワーを込め、床を蹴った。
向かう先は一階、迷子センター。
全力疾走だ。スピードは落とさない。エスカレーターを駆け下り、一階を突き進む。
見えてきた。あそこだ。
俺は渾身の力で扉を蹴り飛ばす。迷子センターの中に飛び込み、ありったけの声でシャウトする。
「お前何やってんのおおおぉ!?」
どこだ。どこだおい! 俺を辱めた奴はどこにいるぅ!
扉が吹き飛び、従業員のお姉さんが悲鳴をあげる。
その隣には、こちらに向けてピースサインをする無表情の女子。
いた。こいつだ。こいつが俺を辱めた奴だあぁ!
「水浪テメェおい、よくもやってくれたな……!」
胸ぐらを掴み、宙へ持ち上げる。
「胸ぐらを掴まないでください。セクハラです」
「俺はモラハラを受けたんだが? 馬鹿、おい馬鹿。なんで俺の名前を呼んだの? なんで俺を迷子扱いしたの? なんで俺が!?」
いやありえねえよ!? 滅多なことでは驚かない俺でもこれはブチギレ案件だわ!
高校生にもなって迷子の呼び出し? めちゃくちゃ恥ずかしいぞ! 軽く死にたいわ!
「お、お客様おやめください」
「どーも迷子の刄金凌でえぇす! なんかすみませんねえぇ!」
「ひいぃヤバイ奴ぅぅ」
従業員のお姉さんが机の下に逃げ込んだ。
それに構わず俺は水浪を睨みつけ、水浪は上体をバタバタさせながら声を絞り出す。
「落ち着きやがれです」
「これのどこが妙案? アホだろ。頭の中身もハーフなのかなアハン? おいハーフ女ぁ!」
「お、落ち着きやがれです。刄金凌の名前を聞けば白土優里佳は安心するはずです。そしてここへ来るはずです」
「ふーん? へーん? ほーん?」
「被害は最小限です」
「ああ最小限だな。だって被害を受けたのは俺だけだ。その俺は多大なる屈辱を受けたけどなあ!」
死にたい。軽く死にたい! つーか死んだよ俺の名誉! お前が殺したわ!
このまま二時間は文句を言いたい。言いたいが、はあ~……もういいや。
俺は水浪を離し、その場に座り込む。
「ところで、刄金凌はもっと冷めた人間だと思っていました。大声を出せるのですね」
「あんなことされたら誰だって発狂するわ」
「ドンマイです」
「お前のせいだろうが!」
要するに俺が白土の代わりに犠牲になったってことだ。かっなりムカつくけど許してやる。かっっっなりムカついているけどな!
ともあれ問題は解決した。後は白土が来るのを待つだけだ。
「刄金凌、お腹が空きました」
「試食コーナーに行ってろ」
「え、ポップコーンは?」
「まだ買ってもらえると思っているお前の頭がポップコーンだよ馬鹿」
従業員の掠れた悲鳴を無視し、水浪と刺々しくも会話しながら白土が来るのを待つ。
五分が経った。
さらに五分が経過した。
……。
「おかしいですね」
「……あいつ来ないぞ」
放送はちゃんと流れていた。しかし白土は来ない。来る気配がまるでない。
水浪も不審に思い、顎下に指を添えて首を傾げた。
「もしかすると、既にデパート内にいない可能性があります」
「外に出たってことか?」
「放送が聞こえていればここに来ます。来ないってことは放送を聞いていない、聞こえない場所にいるってことです」
「そうだけど……じゃあどうする」
このままだと俺は無駄死だよ? 俺が悲しすぎるんだが?
俺らは顔を見合わせ、水浪が「仕方ないです」と言って立ち上がる。
「さっきの放送を聞き逃したかもしれないです。もう一度放送してみましょう」
「俺にもう一回死ねと?」
「ドンマイです」
悪魔かお前。放送は駄目だったのだから早急に新たな手を講じるべきだ。
馬鹿なことをやっている場合じゃねえんだよ。俺らがこんなことしている間もあいつは……あいつは……。
「……こうしている間も白土は……」
はぐれて何分経った。あいつが一人になって何十分経った。
俺が酷い目に遭ったなんてどうでも良くないか? 最も気にすべきは俺のことよりも白土のポンコツがバレないことよりも、今あいつがどんな気持ちでいるかじゃないのか……?
あいつが、白土が、一人じゃ何も出来ないポンコツがずっと一人でいる。きっと必死になって俺を探している。心細いだろう。寂しいはずだ。
俺が今日何度もお淑やかモードになれと命じ、白土はそれに従った。恐らく今も我慢している。耐えているに違いない。
今になって気づく。俺は馬鹿だ。
白土は今も一人で頑張っていて、そしてもう既に十分に頑張ってきた。
「……刄金凌?」
「トイレで別れる直前のあいつ、すげー悲しそうな顔をしてた」
学校いる間は常にお淑やかモード。だからお淑やかでいることは苦じゃないだろうと思っていた。
そんなことない。あいつはずっと辛かった。そうに決まっている。素の自分を隠して気を張り続けるのは苦しいはずだ。
だからあいつは俺の前では笑っていた。今日も満面の笑みだった。
楽しそうに頬を緩ませて嬉しげに目をとろけさせる。本当の姿を見せる時のあいつは本当に幸せそうだった。
それなのに俺は厳しく注意しまくった。
あいつが頑張っていたことを今になって気づく。もっと優しくしてあげれば良かったと今になって後悔する。
いつも満面の笑顔だった白土が最後に見せた、あの悲しげな表情が忘れられない。
「水浪はここで待っていろ」
反省は後だ。ウダウダと後悔して現状が変わるかよ。
まだ出来ることはある。少なくてもここで待つのが俺のベストではない。
俺は白土の彼氏教師だ。
最優先すべきは白土のポンコツを隠すこと。ああ、間違ってはねーよ。
でもそれ以上に、そんなことよりも、俺が今すべきことがある。
あいつの傍にいなくてどうする。あいつが来ないなら俺があいつを探しに行かなくてどうする。
「……どうしやがるのですか」
「探しに行ってくる」
「この広いデパートの中を? 時間がかかります。それに白土優里佳がデパート内にいるかどうかも分からないのですよ?」
「いないなら外も探す。ぜってー見つける」
水浪の肩を叩き、怯える従業員に深く頭を下げて詫びる。
自分が冷静になっていくのが分かる。表面の熱が急速に引き、けれど体の内側は燃えるように熱かった。
「水浪、俺もそう思っていたよ」
「……何がです?」
「もし白土がここに来た時は頼む。じゃあな」
迷子センターを出る。足を走らせ、目を走らせ、あいつを探す。
水浪の言う通り、自分はもっと冷めた人間だと思っていた。
中の上でいい。ちょいと順風満帆な高校生活を過ごせればいいやと思っていた。
そんな俺が誰かの為に頑張ろうとしている。意地でも見つけてやると躍起になっている。
なんでだろう……? よく分からないけど、あいつが苦しそうな表情をしているのが嫌なんだと思う。あいつに泣いてほしくない。
だって本当の白土優里佳は、無理してお淑やかでいるよりも満面の笑顔の方が似合っているから。
白土には笑ってほしい。せめて俺が一緒にいる時は心の底から笑ってほしいな。
その為なら俺は彼氏教師として出来る限りのことをやってやる。
俺は走る。白土が見つかるその時まで。
待っていろ。必ず見つけてやる。
頭の上から聞こえた凌君の名前。
迷子センター? どこだろう……?
近くにいる人に聞きたい。
でも話しかけたらわたしのポンコツがバレちゃうかもしれない。
わたしはポンコツだとバレてはいけない。高嶺のお花を演じることを条件に高校に入れてもらったから。凌君と同じ学校に入れてもらった。
「凌君……」
あ、涙が……っ、だ、駄目、凌君に泣いちゃいけないって言われた。お淑やかモードを解除しちゃ駄目って言われた。
ひ、一人で探さないと。凌君がいる場所を。大丈夫、見つかる。凌君はどこかにいる。
でもここがどこかも分からない……。
「凌君……助けて……ひ、ひっく……っ」
凌君。いつもカッコイイ凌君。
凌君自身はそんなことないって言ってたけど、ううん、そんなことないことはない。凌君はカッコイイ。
わたしにとって凌君は……。
「凌君は覚えていないよね。わたしは昔、凌君に助けてもらったんだよ」
中学生の時、凌君はわたしに手を差し伸べてくれたんだよ……。




