三日
三日目の朝、調査員は息を引き取った。
致命傷を受けていたのだから、もった方だろう。しかしシャンナにしてみれば苦痛を長引かせた様な気分である。
それでもミゲル師はシャンナ達に頭を下げた。
「御遺体はどちらに安置しましょう?」
「うむ、そうじゃの。広間に置くと皆の集中の妨げとなろう。可哀想ではあるが表の…外扉の脇に置くしかあるまい」
────────
トマス師はベースにて調べものをしていた。
昨日ドラゴ・バルファスの執務室から運び出した書類帳簿の類いを精査している。これらは大量にあり、トマス師独りで調べるのはだいぶ時間がかかる、そう思われた。
「お茶をどうぞ」
シスターエレインがトマス師の机に湯気の立つカップを置いた。
今日はエレインの代わりにシャンナが班に同行している。殺人の現場に居合わせた、その精神的負担を考えての変更であった。
もっともエレイン達シスターはさほどの動揺をしていない。彼女達にとって死は身近なものである。
「大変な量ですわね」
「はははっ、見慣れない方にはそうでしょうが、私にはいつもの仕事ですから」
元々が役人である。
トマス師の冒険は昨日で終了し、後はベースでの調査だけだ。
「正直、私にはここに残る理由がありません。資料が手に入りましたから、次の物資補給があるなら便乗して麓の村に戻っても構わんのです」
「……でも、トマス様はそうする気が無さそうですわね?」
エレインの疑問に、トマス師は受け取ったカップを口にしながら答えた。
「そう…見栄の様なものですかね。同じものを調べている仲間が危険と隣り合わせだというのに、一人で安全な場所に下がる…その方が国にしてみれば良策でしょうが、どうもね、なんだか…」
「解りますわ」
「ま、ミゲル老も自分の仕事は終わってますが、居残ってるでしょ?あの方はここに来る必要も無かったのに責任者として参加してる。私よりよほどたいしたものですよ」
ミゲル師の地勢調査など周囲の観察で済む話だ。城塞に乗り込む必要など無いのである。
話しながら帳簿の頁をめくったトマス師の、指が止まる。
「ん……?」
「どうなさいました?」
「いや……ふぅん、前年度と数値が合わないな。人件費がだいぶ削れて…」
トマス師が集中しだしたので、エレインは邪魔にならない様にその場から離れた。
(人件費?…お給金の事かしら?でも駐留する騎士様の数は減らせないでしょうに)
バルファス城塞の人件費は、国境の防衛費と直結していたと謂っていい。
一目で判るほど目減りさせて良いものでは無いはずである。
その程度、エレインにも理解出来た。
────────
トマス師が帳簿の精査に集中している頃、ハンナ達は昼食の用意をしていた。
「ちょいと!薪を持ってきとくれ」
外扉の見張りをしていたランドの組のフロストと、マリアに声がかかる。
「仕様がねぇな、嬢ちゃんも手伝ってくれ」
フロストは防水布をはね除け表に積んである薪の山に近寄る。
なにしろ冷える。一日中火を絶やさない様にしないといけない。
「これではすぐに薪が無くなってしまいますわね」
「うちのランドが買い付けて来た時は一週間くらい持ちそうに見えたんだがなぁ、持ってあと三日くらいか」
薪を抱えて外扉へ戻る。
その向こうに防水布を被せた遺体がある。死んだ調査員と首をはねられて動かなくなった動死体だ。
「…あら?」
「どうしたよ?」
マリアは薪を置いて防水布のそばに行った。
防水布から首無し死体が覗いている。
マリアは防水布をめくった。
「おい!?死体が!」
調査員の遺体が無くなっていた。
マリアの呼び掛けでミゲル師とシスターエレインが顔を出した。
「……なぜじゃ?フロストよ、お主見張っておったじゃろ」
「爺さん、少なくとも誰も近寄っちゃいねぇ!外扉の前を横切ったりした奴はいねぇよ!」
「ミゲル様、丁度この辺りは外扉から見て死角ですわ」
シスターエレインが外扉を指差す。
「ふぅむ……しかし、死角から誰かが運び去ったとしても、一人で運ぶのは…」
いつの間にか現れたトマス師が怪訝な顔をする。
引きずるなり担ぐなりすれば物音がするだろう。見張りをしていたフロストやマリアの耳に聴こえないものだろうか?
第一、誰が何の目的で死体を持ち去ったというのか?
「ミゲル様、こちらの死体ですけど、動死体となってから…間違っても百年は経っていません。もしかして」
「シスターエレインよ、言いたい事は解るがの?もしそうであればこの様な場所に何十年も住んでおる輩がおる事になるわい」
動死体を造る術者がいて、調査員の死体を奪った。
妥当な考えだが、術者がいたとして何の用意も無しに一日中霜の降りるこの城塞で生活出来る訳が無い。
「これが呪いってヤツなのか?」
「あり得ませんわ、クローディア・バルファスの術が生きているなんて」
皆が口々に話す事に耳を傾けながら、ミゲル師は立ち上がった。
「取り合えず皆広間に戻るぞ」
死体の行方を調べたいのは山々だが、今は無理とミゲル師は考えた。
────────
調査に出向いていた二つの班も戻り、昼食の場でミゲル師は死体消失について語った。
動死体の事と考え合わせれば、術者が城塞内に長期間潜んでいる事になる。が、この寒さだ。暖房の当てが無ければ過ごせるものでは無い。
かと云って、クローディア・バルファスの魔法が現代まで続くなど常識の外である。
「なぁ爺さん、そのクローディアってのはどんだけ凄かったてんだ?」
「ふむ、伝聞でしか無いが魔法に関して稀有な才能を持っとったらしいがの……アレクセイよ、お主の家には何か伝わっておらなんだか?」
ミゲル師の問いに、アレクセイはかぶりを振る。
「たいした話は…ただ、国境の小競り合いでの戦でクローディアの動死体が群れを成して敵軍に襲い掛かったとか、様々な魔導具を開発しただとか、その程度です」
「群れを成して…どこから死体を持ってきたんでしょうね?」
トマス師が首を傾げた。
群れを成す、と云うからには大量の死体が無ければ始まらない。小競り合いとは云え、戦ならば百体やそこらの動死体ではさほどの脅威でも無いだろうとトマス師は思った。
「いやいや!動死体を百体も一度に扱えるなんて信じられませんよ」
マーク師が言った。トマス師は魔法に関して門外漢だから単純に戦の規模で考えたのだが、本来動死体を使役するには術者がそばにいなければならない。必然的に数体程度しか扱えないものなのだ。
「それに動死体に戦闘をさせるなんて難しい動作、やらせられませんよ」
「マークさんよ、でもあの動死体は剣を振り回してたんだぜ?」
「そ、それは…」
ブラスの言葉に誰もが口を閉じた。
「……うーむ、アレクセイの話から察するに、あの動死体を使役した術者はクローディア並の力を持っておる事になる…が、そんな者がおれば噂になるじゃろな」
「ではミゲル様はクローディアが死後も力を振るっていると……なんという邪悪な!」
シスターシャンナが関節鎚を持つ手に力を入れた。今にも飛び出して行きそうな案配である。
「まぁ待たれよシスター、何もそうと決まった事でもない。まずここはクローディアについて早急に調査すべきじゃろうな」
ミゲル師は早くも調査班の再編成を余儀無くされる事になった。
────────




