表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

神はお許しになるでしょう

お題:ありきたりな許し

「大丈夫です。許します」

 聖母のような笑みを浮かべて、彼女は告げる。

「神はあなたの罪をお許しになるでしょう」

 優しく口元を歪めて、厳かに言葉を渡す。それは、なんともありきたりな、彼女の常套句だった。


 俺はクズだった。罪と名のつくものなら大概の事はやった。生きるためだった、というのはただの言い訳だ。人を殴る時、火をつける時、ナイフで刺す時、俺はいつも恐ろしかった。自分の罪に震えていたわけではない。

 そういう時、ただただ俺は、自分が生きているという喜びを噛み締めていた。

 他人の痛みを、苦しみを、死を目の前で感じる時、自分が生きているのだと強く思う。その対比。相手は死んで、けれど俺は生きている。目の前に正反対のマイナスがあるからこそ、自分の持つプラスが余計に引き立った。だから、老い先短い老人はあまり殺さなかった。年端もいかない子どもや、輝く未来を信じている若い夫婦を殺すのが特によかった。妊婦とその夫を殺すのはまた格別に俺の生を引き立ててくれた。

 もちろん、それは自分でもから恐ろしかった。そんなことをしなければ生きる喜びを感じられないなんて。人を殴った後、火をつけた時、ナイフで刺した時、いつでも俺は後悔していた。あんな恐ろしいことを、ただ自分の喜びのためにしてしまうなんて。けれど、あの喜びはまるで麻薬だった。俺はその暗く冷たい喜びの中毒になっていった。そのことも恐ろしくてたまらなかった。

 あの教会を見つけたのはそんな時だった。

 教会には優しいシスターがいた。彼女はいつでも笑みを浮かべて、罪人の懺悔を受け止めていた。そして優しく、厳かに、許しを告げてくれる。

「大丈夫です。神はあなたの罪をお許しになるでしょう」

 なんの根拠もない、ありきたりな言葉ではあったが、彼女に告げられるとそれは途端に重みを持って、罪人の心に降り注いだ。ああ、俺は許されるんだ。許されていいのだ。

 俺は罪を犯す度、教会に赴き、彼女へと懺悔した。彼女はいつでも俺の懺悔を受け止め、そして優しく許しを告げた。それは暖かい喜びだった。

 けれど、それでは駄目だった。俺はあの、人の死を目の前にする、冷たい喜びの中毒になっていたから。それに暖かい喜びがついてくるとなれば、尚更罪からは逃れられなくなっていった。どうにかしたいと思っていたが、どうにもならないだろうとも思っていた。俺はまた何度も罪を重ねた。子どもを殺し、若夫婦を殺し、新しい命を殺した。その度に教会へ通い、シスターに許しをもらっていた。

 ある日、彼女の顔は険しかった。俺がどうしたのか、と尋ねてしまう程だった。彼女は少し逡巡して、それから口を開いた。

 ――十数年前殺された、一組の夫婦のことを、あなたは覚えているだろうか、と。

 確かに覚えがあった。満月の夜、馬車に乗っていた夫婦を俺は殺した。二人はまだ若かった。妻の方は妊婦だった。なんて素晴らしい巡り合わせだろうと、俺は彼らを殺した。妻を守る夫を、腹を庇う妻を、そして生まれてもいない新しい命を。俺が妊婦を狙うようになったのはそれ以来だった。

 シスターは笑っている。これまでに見たことがない、冷たい笑みを浮かべている。

「その夫婦は私の両親です」

 あの新しい命は奇跡的に生き残っていたのだ、と彼女は言った。厳かに、冷たく告げた。

「神はあなたの罪をお許しになるでしょう。――例え、私が許さなくとも」

 気がつけば俺は涙を流していた。ああそれは、人を殺した時の、暗く冷たい喜びに酷く似ているような気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ