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85-4

 三人は、いつにも増して圧巻のパフォーマンスを見せた。

 会場は大盛り上がり。地鳴りのような歓声が、何度も何度も響き渡った。

 やがて、アンコールも終わり、約二時間のライブが終了する。


「ふー! 終わった終わったぁ!」


 ホテルに帰る途中、カノンが大きく伸びをする。


「お嬢たち……ほんっと最高のライブだったぜ! アタシ、うぅ、涙が止まらねぇ……!」


 宇佐森さんは、ライブの途中から今に至るまで、ずっと涙を流し続けていた。

 当然、顔はもうグチャグチャで、鼻水まで垂れている。


「ほら、チーンしな? 可愛い顔が台無しだよ」

「ううっ……すんません……」


 宇佐森さんが、チーンと音を出しながら、思い切り(はな)をかむ。

 三人が総出で頭や背中を撫でていると、やがて宇佐森さんも落ち着いてきた。

 すると突然、宇佐森さんのスマホが震える。


「……仲間からだ」


 宇佐森さんが、ポツッとつぶやく。


「少し、会えないかって。悪い、お嬢たちは先に――――」

「ここに呼んだらいいんじゃないかな」

「え?」

「ボクらも、会ってみたいんだ。葵ちゃんの仲間に」


 ミアの言葉に続いて、カノンと玲が頷く。

 宇佐森さんは、しばらく逡巡したあと、躊躇いがちに頷いた。


「わ、分かった」


 ホテルのロビーでひと息つきながら待っていると、ひとりの女性が近づいてきた。

 Tシャツにデニムというラフなスタイルで、髪は金色に染めており、ウィッグを外した宇佐森さんと同じように、若干プリンになっている。


「……よお、葵」

「ラン……」


 そう呼ばれた女性は、気まずそうに頬を掻く。

 二人が向かい合っているところを、俺たちは少し離れたところから見ていた。


「その……ライブのことだけどよ……」


 この距離でも、宇佐森さんが唾を飲み込む音が聞こえた。


「――――マジ最高だった!」


 そんな声が聞こえた瞬間、俺はグッと拳を握っていた。

 玲たちも、嬉しそうに顔を見合わせている。


「なんか! 歌とかダンスとか! バーッてなって! ドカーンっていうか! その、とにかくすげぇなって! めちゃくちゃ、元気もらえた!」

「っ……だろ⁉」

「ああ! 思わずグッズまで買っちまった!」


 ランさんは、鞄からタオルやTシャツを取り出した。

 物販にまで行くとは、本当にハマったようだ。


「……他のみんなも、めっちゃ楽しんでたよ。アイドルってすげぇんだな!」


 そう言って、ランさんは宇佐森さんに向かって、深々と頭を下げた。


「あのときは、腑抜け扱いして悪かった。あんなにすげぇのに、知りもしないで笑ってた自分が情けねえ」

「……頭を上げてくれ。アタシだって、ムキになって飛び出しちまう前に、もっとちゃんと話していればって、ずっと後悔してたんだ」


 今度は、宇佐森さんが頭を下げた。


「勝手に東京行ってごめん。みんなで叶えようとしていた夢を、裏切ってごめん」

「……葵」


 ランさんが、宇佐森さんの肩に手を置く。

 そして、小さく笑った。


「そりゃ、最初はみんなムッとしたけどさ……。今はもう、誰も気にしてねぇよ。そうだ、またみんなでライブ行こうって話してんだ。ミルスタのこと、よければもっと教えてくれよ」

「っ! おう! お安い御用だ!」


 一件落着、ということでよさそうだ。

 俺たちは、宇佐森さんのもとへ近寄った。


「ん? なんだあんたら……って、もしかして⁉」

「あ、ああ、ミルスタのお三方と、サポーターの志藤さんだ」

「うぇぇえええ⁉」


 ランさんは、目を見開き、その場で腰を抜かしてしまった。

 ていうか、割と見える位置にいたのに、今まで気づいてなかったのかよ……。



 それから俺たちは、ランさんと地元の仲間が経営しているもつ鍋屋に誘われた。

 高校卒業後、宇佐森さんを除いたメンバーで、本当に店を作ったそうだ。

 店内はとても綺麗で、座席は掘りごたつになっている。装飾も少なく、必要最低限のものだけで固められている。ランさんたちのこだわりを、強く感じた。

 他の客がいるとリラックスできないだろうという配慮で、なんと店を貸し切りにしてくれた。

 至れり尽くせりで、逆に申し訳ない。だが、そんな俺の罪悪感とは裏腹に、ランさんたちはとても嬉しそうにしていた。


「よしっ! そろそろ食べ頃だよ!」

「「「お~!」」」


 ランさんが、鍋の蓋を開ける。

 ぐつぐつと煮立つもつ鍋を前に、三人が興奮気味に声を上げた。

 どっさりと盛られたニラの下には、ぷりぷりのもつ、キャベツ、ごぼう、豆腐が見えている。

 初めてのもつ鍋に、俺もワクワクが止まらない。


「こっちが醤油ベース、んでこっちが味噌ベースだ」


 ライブ終わりで疲れ切った彼女たちが、ひとつの鍋で満足するはずもなく、二種の鍋を用意してもらった。


「ぷ、ぷるぷるすぎて、箸から逃げる……!」

「おたま使えって」

「ありがとう」


 もつと格闘する玲に、おたまを手渡す。

 空腹で気が()いていたとはいえ、菜箸でもつを掴もうとするのは無理がある。


「ん~! ほんとぷりっぷり! しかもめちゃくちゃ甘いわ!」

「もつはコラーゲンたっぷりだし、お肌にも良さそう」


 ミアがそう言うと、追加の具材を運んできたランさんが、深く頷いた。


「博多は美人が多いなんて言われるのは、もつ鍋のおかげかもしれねえな!」

「なるほど、確かにランさんもお肌ツヤツヤだよね」

「よ、よせやい。お世辞なんて」

「お世辞じゃないさ。本当に綺麗だよ」

「うっ……」


 ミアが微笑むと、ランさんは分かりやすく顔を赤くした。

 こいつは何故、息をするように人を口説けるのだろうか。


「あ、あのランが……博多のダイナマイトタイガーと呼ばれたあのランが……女の顔をしている……⁉ さすがミアさんだぜ……」


 宇佐森さんが、ごくりと喉を鳴らし、小さく拍手をする。

 デンジャラスラビットといい、博多では異名をつけなきゃいけないルールでもあるのか?

 気を取り直して、もつを口に運ぶ。

 カノンの言っていた通り、とても甘い。スープと、もつの旨味を存分に吸った野菜たちも、抜群に美味い。


「そうだ、シメどうする? あたしはラーメンがいい」

「ん……雑炊も捨てがたい」

「じゃあ、片方はラーメン、もう片方は雑炊にしてもらう?」


 ミアがそう提案すると、カノンと玲はコクコクと頷いた。

 米を醤油ベースに、ラーメンを味噌ベースに入れてもらう。

 煮詰まったスープを、これでもかと吸ったシメは、信じられないほど絶品で、あっという間になくなってしまった。


「ねぇ、葵ちゃん」


 満足そうにしている宇佐森さんに、ミアが声をかける。


「せっかく地元に帰ってきたんだし、友達だけで話したいんじゃない?」

「え? い、いや、でも……」

「今日くらい、ゆっくりしたっていいんじゃないかな。明日は時間に余裕あるし」


 宇佐森さんが、俺たちの顔をぐるりと見回す。

 彼女の背中を押すために、俺たちは同時に深く頷いた。


「……ありがとう」


 控えめな笑みを浮かべた宇佐森さんは、ランさんに声をかける。


「話は聞いてたぜ。みんなに声かけてやるよ」

「ああ、頼む」

「でも、いいのか? 多分朝まで帰さねぇぞ」


 ランさんの挑発的な視線を受け、宇佐森さんは声を上げて笑った。


「望むところだよ!」


 宇佐森さんの顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだ。

俺はテーブルを綺麗にして、玲たちとそっとその場をあとにした。


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