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三人は、いつにも増して圧巻のパフォーマンスを見せた。
会場は大盛り上がり。地鳴りのような歓声が、何度も何度も響き渡った。
やがて、アンコールも終わり、約二時間のライブが終了する。
「ふー! 終わった終わったぁ!」
ホテルに帰る途中、カノンが大きく伸びをする。
「お嬢たち……ほんっと最高のライブだったぜ! アタシ、うぅ、涙が止まらねぇ……!」
宇佐森さんは、ライブの途中から今に至るまで、ずっと涙を流し続けていた。
当然、顔はもうグチャグチャで、鼻水まで垂れている。
「ほら、チーンしな? 可愛い顔が台無しだよ」
「ううっ……すんません……」
宇佐森さんが、チーンと音を出しながら、思い切り洟をかむ。
三人が総出で頭や背中を撫でていると、やがて宇佐森さんも落ち着いてきた。
すると突然、宇佐森さんのスマホが震える。
「……仲間からだ」
宇佐森さんが、ポツッとつぶやく。
「少し、会えないかって。悪い、お嬢たちは先に――――」
「ここに呼んだらいいんじゃないかな」
「え?」
「ボクらも、会ってみたいんだ。葵ちゃんの仲間に」
ミアの言葉に続いて、カノンと玲が頷く。
宇佐森さんは、しばらく逡巡したあと、躊躇いがちに頷いた。
「わ、分かった」
ホテルのロビーでひと息つきながら待っていると、ひとりの女性が近づいてきた。
Tシャツにデニムというラフなスタイルで、髪は金色に染めており、ウィッグを外した宇佐森さんと同じように、若干プリンになっている。
「……よお、葵」
「ラン……」
そう呼ばれた女性は、気まずそうに頬を掻く。
二人が向かい合っているところを、俺たちは少し離れたところから見ていた。
「その……ライブのことだけどよ……」
この距離でも、宇佐森さんが唾を飲み込む音が聞こえた。
「――――マジ最高だった!」
そんな声が聞こえた瞬間、俺はグッと拳を握っていた。
玲たちも、嬉しそうに顔を見合わせている。
「なんか! 歌とかダンスとか! バーッてなって! ドカーンっていうか! その、とにかくすげぇなって! めちゃくちゃ、元気もらえた!」
「っ……だろ⁉」
「ああ! 思わずグッズまで買っちまった!」
ランさんは、鞄からタオルやTシャツを取り出した。
物販にまで行くとは、本当にハマったようだ。
「……他のみんなも、めっちゃ楽しんでたよ。アイドルってすげぇんだな!」
そう言って、ランさんは宇佐森さんに向かって、深々と頭を下げた。
「あのときは、腑抜け扱いして悪かった。あんなにすげぇのに、知りもしないで笑ってた自分が情けねえ」
「……頭を上げてくれ。アタシだって、ムキになって飛び出しちまう前に、もっとちゃんと話していればって、ずっと後悔してたんだ」
今度は、宇佐森さんが頭を下げた。
「勝手に東京行ってごめん。みんなで叶えようとしていた夢を、裏切ってごめん」
「……葵」
ランさんが、宇佐森さんの肩に手を置く。
そして、小さく笑った。
「そりゃ、最初はみんなムッとしたけどさ……。今はもう、誰も気にしてねぇよ。そうだ、またみんなでライブ行こうって話してんだ。ミルスタのこと、よければもっと教えてくれよ」
「っ! おう! お安い御用だ!」
一件落着、ということでよさそうだ。
俺たちは、宇佐森さんのもとへ近寄った。
「ん? なんだあんたら……って、もしかして⁉」
「あ、ああ、ミルスタのお三方と、サポーターの志藤さんだ」
「うぇぇえええ⁉」
ランさんは、目を見開き、その場で腰を抜かしてしまった。
ていうか、割と見える位置にいたのに、今まで気づいてなかったのかよ……。
それから俺たちは、ランさんと地元の仲間が経営しているもつ鍋屋に誘われた。
高校卒業後、宇佐森さんを除いたメンバーで、本当に店を作ったそうだ。
店内はとても綺麗で、座席は掘りごたつになっている。装飾も少なく、必要最低限のものだけで固められている。ランさんたちのこだわりを、強く感じた。
他の客がいるとリラックスできないだろうという配慮で、なんと店を貸し切りにしてくれた。
至れり尽くせりで、逆に申し訳ない。だが、そんな俺の罪悪感とは裏腹に、ランさんたちはとても嬉しそうにしていた。
「よしっ! そろそろ食べ頃だよ!」
「「「お~!」」」
ランさんが、鍋の蓋を開ける。
ぐつぐつと煮立つもつ鍋を前に、三人が興奮気味に声を上げた。
どっさりと盛られたニラの下には、ぷりぷりのもつ、キャベツ、ごぼう、豆腐が見えている。
初めてのもつ鍋に、俺もワクワクが止まらない。
「こっちが醤油ベース、んでこっちが味噌ベースだ」
ライブ終わりで疲れ切った彼女たちが、ひとつの鍋で満足するはずもなく、二種の鍋を用意してもらった。
「ぷ、ぷるぷるすぎて、箸から逃げる……!」
「おたま使えって」
「ありがとう」
もつと格闘する玲に、おたまを手渡す。
空腹で気が急いていたとはいえ、菜箸でもつを掴もうとするのは無理がある。
「ん~! ほんとぷりっぷり! しかもめちゃくちゃ甘いわ!」
「もつはコラーゲンたっぷりだし、お肌にも良さそう」
ミアがそう言うと、追加の具材を運んできたランさんが、深く頷いた。
「博多は美人が多いなんて言われるのは、もつ鍋のおかげかもしれねえな!」
「なるほど、確かにランさんもお肌ツヤツヤだよね」
「よ、よせやい。お世辞なんて」
「お世辞じゃないさ。本当に綺麗だよ」
「うっ……」
ミアが微笑むと、ランさんは分かりやすく顔を赤くした。
こいつは何故、息をするように人を口説けるのだろうか。
「あ、あのランが……博多のダイナマイトタイガーと呼ばれたあのランが……女の顔をしている……⁉ さすがミアさんだぜ……」
宇佐森さんが、ごくりと喉を鳴らし、小さく拍手をする。
デンジャラスラビットといい、博多では異名をつけなきゃいけないルールでもあるのか?
気を取り直して、もつを口に運ぶ。
カノンの言っていた通り、とても甘い。スープと、もつの旨味を存分に吸った野菜たちも、抜群に美味い。
「そうだ、シメどうする? あたしはラーメンがいい」
「ん……雑炊も捨てがたい」
「じゃあ、片方はラーメン、もう片方は雑炊にしてもらう?」
ミアがそう提案すると、カノンと玲はコクコクと頷いた。
米を醤油ベースに、ラーメンを味噌ベースに入れてもらう。
煮詰まったスープを、これでもかと吸ったシメは、信じられないほど絶品で、あっという間になくなってしまった。
「ねぇ、葵ちゃん」
満足そうにしている宇佐森さんに、ミアが声をかける。
「せっかく地元に帰ってきたんだし、友達だけで話したいんじゃない?」
「え? い、いや、でも……」
「今日くらい、ゆっくりしたっていいんじゃないかな。明日は時間に余裕あるし」
宇佐森さんが、俺たちの顔をぐるりと見回す。
彼女の背中を押すために、俺たちは同時に深く頷いた。
「……ありがとう」
控えめな笑みを浮かべた宇佐森さんは、ランさんに声をかける。
「話は聞いてたぜ。みんなに声かけてやるよ」
「ああ、頼む」
「でも、いいのか? 多分朝まで帰さねぇぞ」
ランさんの挑発的な視線を受け、宇佐森さんは声を上げて笑った。
「望むところだよ!」
宇佐森さんの顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだ。
俺はテーブルを綺麗にして、玲たちとそっとその場をあとにした。




